視察7
頭を下げたままのクロームと、ポカンとそれを見つめる少年。
しばらくしてようやく顔を上げたクロームは、少年に目線を合わせてこう言った。
「取引をしよう」
「ぐすっ……とりひき……?」
「そうだ。あと10年待て。戦争も奪い合いもない、干ばつにも負けない、強い土地にしてみせる」
「そんなの……10年後なんて意味ないよ!父ちゃんも母ちゃんも、もういないんだ。10年待ったって、おれには何もない……うっ」
「……じゃあ明日にでも、と言いたいところだが、明日は約束できない。だが……」
自分のポケットに手を入れ、とあるものを少年の手に掴ませた。
「たね……?」
「そうだ。干ばつにも負けない作物の改良種だ。これをお前が育ててみろ」
「!!殿下!それは「だまって」」
ランデルが間に入ろうとするのを、今度はソフィーが全力で引き留める。
「無論、お前一人じゃない。この領地の全員に配るつもりだ。種を植えて、毎日世話をするんだ。二度と荒らされないように、収穫の時期には警備員もつける。当分は、作物を収める義務も課さない」
「おれが、そだてる?」
「そうだ。だが、その代わりに、お前はここで必ず生き抜くんだ。生きて、耐えて、育てろ。辛いこともあるだろう。また畑を荒らす奴がいるかもしれない。俺が守れないこともあるかもしれない。……でも」
クロームは少年の肩を掴んで言った。
「誰かが何かしてくれる、そう思ってるだけじゃ何も変わらない。俺も、お前もだ。この種が育ち、領民たちがみな安定した生活を送れるようになれば、作物を奪い合うこともなくなる。……父ちゃんも母ちゃんも、もう戻ってはこないが、またいつか新しい家族をつくるんだ。そして今度はお前がみんなを守れ」
「……おれがみんなを……」
「そうだ。まずは自分を守れるようになれ。そして、みんなを守れるか?できないなら、俺かいかに強い土地に育てても意味はない。重要なのはお前の気持ちだ。約束できるなら、俺もこの命をかけて誓おう。10年後、争いのない土地にしてみせると」
「……やるよ、やるしかないだろ。おれにはもうほかに何もないから」
「……そうか」
クロームは少年の言葉に頷き、周りで控えていた騎士たちに罰は必要ない、と伝えた。
その後、少年に一言二言、言葉を交わしたようだが、ソフィー達には聞こえなかった。
ふいにクロームがソフィーの方を振り返り言った。
「遅いぞ、ソフィー嬢。よくそんなに遅く歩けるな」
「はい!?もうずいぶん前から追い付いておりましたが!?」
(殿下のこと、少しだけ見直したところだったのに)
少年との真面目な会話が嘘のように、いつも通りの嫌味に、ソフィーもいつも通り反発して返してしまった。
「……悪かったな」
「??」
クロームのそばへ近づくと、クロームに手を掴まれ、手を引かれるように歩き出した。
「急ごう。やることは山積みだからな」
そっとクロームの横顔を盗み見たが、怒っているわけではなさそうだ。
(なんだか、こんなに優しく扱われると……)
「むずむずするわ」
「は?」
「あっいえ、なんでもないです」
(以前の殿下とは、どこか違うわ)
ソフィーは大人しくクロームに手を引かれ黙々と歩き、何事もなく目的の教会に到着した。
大きな聖堂の中に何十人という人々が横たわり、戦場の救護室のような隊形をとっていた。
セントラルノ教会とはまるで違う。所々壁面は崩れ、聖堂内には悪臭が漂っている。
見るからに誰もが疲弊しており、みな虚ろな目をしていた。
中には怪我人もいて、シスター達が忙しなく動き回っている。
うめき声とこども達の鳴き声が聖堂内に響き、まるで悪夢のような光景だ。
「なんてこと……」
目の前の惨状が、ソフィーの想像をはるかに超える深刻な状況であることを突きつけた。




