視察5
ソフィーが寝息を立て始めたのを見て、クロームはようやく重い腰をあげた。
「ランデルの奴……恨むぞ」
倍返ししてやる、と物騒な独り言をこぼした後、ベッドの端ギリギリで寝落ちたソフィーをそっと中央に移動させ、その無防備な寝顔をしばらく眺めた。
3年前のお茶会から、クロームはソフィーにどう接したらいいか計り兼ねていた。
前世で彼女を苦しめた罪悪感から、もうこれ以上傷つけないように、なるべく彼女を遠ざけてしまいたい気持ちと、知らなかった新しい一面を発見するたび、彼女のことをもっと知りたいと思う気持ちが綯い交ぜになっていた。
もし婚約が解消されれば、二人の関わりは一切なくなる。
王家のしがらみからも解放された彼女は、知らない人と知らない土地で、幸せな人生を歩むだろう。
そうなることを望んでいるはずなのに、クロームは、婚約というたった一つの彼女との繋がりを絶つことができない。
極力関わらないようにしながらも関わりは絶ちたくないという、自分のどっちつかずな気持ちは、そろそろ自覚していた。
この距離感を保ち続ければ、二人の関係は何も始まらないし、終わりも来ない。
「今更だよな……」
クロームは、ベッドから少し離れたところにあるソファに身を預け、これ以上何も考えないように、キツく目を閉じた。
____
窓から差し込む朝陽に、ソフィーは自然と目を覚ました。
ふと目に映った見慣れない天井に、南部への視察の途中だったことを思い出した。
(いつのまにか寝てしまったわ……)
横をみてもクロームの姿はない。
ムクリと起き上がると、少し離れたソファに彼が横になっているのが見えた。
「まさか……」
皇子をさしおいて、自分だけベッドで眠ってしまったことに気づいた。
ベッドから抜け出してソファに近づくと、クロームの静かな寝息が聞こえる。
「私、先に寝てしまったのね」
本当はベッドで殿下が寝たのを見届けたら、自分はソファーに移動しようと思っていたが、どうやら眠気が勝ってしまったらしい。
クロームはソファの上で窮屈そうに身をよじり、ソフィーの方に顔を向けた。いつもの強張った表情より幾分穏やかに見える。
いつの間にか警戒するのを忘れて、クロームの無防備な寝顔をもう少し近くで見てみようと近づいた時だった。
「へっ」
グイッと手を引かれて、視界が反転したと思えば、目の前にクロームの顔があった。
「殿下……?」
「……ソフィー?」
今、呼び捨てされた?
ぐんと近づいたクロームからいい匂いがして、ソフィーはすん、と鼻を鳴らした。
(あ、この匂い、好きかもしれないわ……)
ソフィーは「何の香りかしら?」とクロームの香りを熱心に嗅いだ。
(じゃなくて、)
「起きました、か?」
ぼーっとソフィーを見ていたクロームだが、ソフィーが声をかけると、ようやく意識がハッキリしたようだ。
「あ、ああ。悪い」
すぐにソファーから降りたクロームだが、今度はソフィーから目を逸らして気まずそうに言った。
「その……はだけてるぞ」
「えっ」
クロームの指摘でネグリジェがはだけていることに気づいたソフィーは、捲れあがっていた部分をサッと手で直した。おそらくクロームにも完全に見えていただろう。ソフィーは一瞬で顔に熱が集まるのを感じた。
(最悪!!!み、見られたわ~~~!)
ソフィーが羞恥心に悶えている間に、クロームはいつもの冷静さを取り戻した。
「そ、それよりも!なぜ私だけベッドで寝ていたんですか!殿下もベッドで寝ると約束したのに」
「そうだったか?」
「しらを切るんですか?!」
「あ、そろそろ朝食の時間だな。君も早く支度をしないとだろう」
先に着替える、と言ってそのまま服を脱ぎだしたので、ソフィーは急いで部屋を出た。
(……くう~!不覚だわ……)
朝からどっと疲れたソフィーだが、お付きのメイドに声をかけて、支度を急いだ。




