視察2
「本来は今日視察に出る予定だったが、さすがに君ら二人をすぐ連れていくわけにはいかない。視察に同行するというなら、3日後の出発がギリギリだ。行けるか?」
「問題ありませんわ!ね?ソフィー!」
ソフィーに拒否権はないらしい。
(うーん、クロームに同行するっていうのが難点だけど……南部の状況には興味があるし……」
「……はい、私も問題ありませんわ」
「では3日後に」
「はい!では、私達はこれで失礼いたします」
「あー楽しみ」と顔を綻ばせながら執務室を出ていくリリーを追いかけようとしたとき、クロームに呼び止められた。
「あのお茶だが、君が煎じたのか?」
「ああ、先日入れたお茶のことですか?私が淹れましたが。なにか問題でもありましたか?」
「いや……ならいい。その、少し体調がよくなった」
「そうですか。それはよかったですわ」
クロームからお茶の報告をされるとは思わなかった。
(遠征から戻ってきた殿下は、なんていうか……雰囲気が少し和らいだ気がするわ)
以前のクロームとは、このようになんでもない会話をすること自体、ありえなかった。
いつかのお茶会でソフィーが毒を飲まされた後、クロームに謝罪されたことも、ソフィーは未だ信じられなかった。何か裏があるんじゃないかと勘繰っていたが、少なくともクロームに害を及ぼす気はないことを認めてくれたんだろうか?と、ソフィーはクロームへの印象をほんの少し改めた。
その後ソフィーもカンデス家へと戻り、3日後と迫った視察への準備を急いで進めた。
____
「どうしてこうなるのかしら……」
ソフィーは馬車に揺られながらつぶやいた。
今日から南部へ視察へ行くため、ソフィーはいつもよりさらに地味な恰好をしている。質素なワンピースに軽い羽織りと、日よけの帽子をかぶって、日焼け対策は万全だ。
視察という名目だが、正直、リリーと初めての遠出をたのしみにしていた。
が。
「ソフィー様。そうがっかりしないでください」
「ランデルさん」
「まさかリリー様が体調を崩されるなんて予想外でしたが」
そう、今日一緒に行くはずだったリリーがまさかの熱を出し、来れなくなってしまった。クロームら王宮の視察団と合流したときには、一緒に乗るはずだったリリーの姿はなく、
“ごめん。私の分も実地調査よろしくね”
と一言書かれた手紙だけがソフィーの元に届けられた。
そして護衛の都合で、馬車にはソフィー、ランデル、そしてクロームの3人が乗っている。
「予想外すぎます。楽しみにしすぎて熱を出すなんて」
(まさか殿下と2人……いや、ランデルさんがいるから3人だけど)
楽しみだった気持ちはすっ飛び、意気消沈モードのソフィーだが、すでに馬車は出発し、目的の場所へと向かっていた。
南部へは王宮から馬車で1日ほど、視察の場所へはそこからさらに半日かかるので、長い旅になる。
(これからずっと殿下と一緒なんて、息がつまるんですけど。というか、むしろ息の根を止められそう……)
気まずい雰囲気の中、ランデルが気を遣ってソフィーに南部の事前情報を話してくれた。
まず最初に行くのは、商人の町。元々活気がありにぎやかだったその町も、ここ数年で治安が悪くなり、盗みや街中での揉め事が日常茶飯時のようだ。
干ばつの影響で人の出入りも少なくなり、稼ぎどころを失った商人たちが、街で悪さを働いているらしい。昼間でも関係のない女性や子どもがさらわれたり、路上で喧嘩が始まったりと、危険な場所になっているという。
(そんな状況が続いているなんて知らなかった)
ランデルが話す南部の現状をソフィーが真剣に聞いている一方で、クロームは移動中もずっと書類に目を通していた。
クロームと話す機会は殆どなく、それほど杞憂に思う必要もないかも、とソフィーは少し肩の力を抜いて、馬車の外の景色を眺めていた。




