皇后がお呼び2
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「いいお天気ねえ。ね、ソフィーさん?」
「そうですねえ、風が気持ちいいですねえ」
ここは王宮。
そしてソフィーの目の前にいるのは、クローム殿下のお母様。皇后のライラ様だ。
先日王宮から届いた手紙の封を切ってみると、
クロームの淡白な字で、皇后直々に王宮へ招待したいと書かれていた。
ライラ様は、前世でもよくお茶に誘ってくれた。
クロームに見向きもされない孤独で不安な王宮生活でも、ライラ様だけは唯一ソフィーを気にかけてくれた。
ほわほわとした雰囲気のマイペースな皇后様だけど、
人の感情の機微に聡く、思い通りに人を動かすのが得意な人だった。
「今日は東方からとりよせたお茶を煎じてみたのよ。ぜひ飲んでみて」
「東方のお茶でございますか……!ありがとうございます!」
今のライラ様の前でも油断はできないけど、
前世ではそれこそ娘のように仲良くしていただいた記憶があるから、
ついその雰囲気につられて、のんびりとした会話になってしまった。
そして東方のお茶と言われて、ライラが口をつける前に、何も考えず手をのばす。
「ハッ……失礼いたしました。その、つい……申し訳ございません」
「あら、そんなに固くならなくてもいいのよ~。あなたが嬉しそうで私も嬉しいわ。そのうち家族になるんだから、気を楽にして?ね?」
「ありがとうございます!ライラ様は本当~に、クローム殿下のお母様とは思えないほどお優しいですね!なんでしたら私、クローム殿下ではなくライラ様に嫁ぎたいですわ」
「私のところに?まあ!面白いこと言うのね~ふふっ」
「わりと本気です……それに、クローム殿下が妃として迎えたいのは私ではありませんから」
「あら、クロームもあなたのことは大事に思っているはずよ?」
「いいえ、ライラ様。クローム殿下には……愛されるどころか、何かと疑われてばかりです。信用すらされていませんの」
「ふうん?」
納得していないような顔をしたライラ様は少し思案して、思いついたようにこう言った。
「そういえばクロームに届ける書類があったのよ。ソフィーさん、申し訳ないのだけど、あの子のところに届けてくださる?」
声色は優しいのに、目が「届けるわよね?」と言っている。
首を思いきり縦に振って、預かった書類を手に皇子宮へと向かった。
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皇子の執務室へ案内されると、広々とした部屋の奥で、クロームが山のように積み上げられた書類の確認をしていた。
「殿下。皇后陛下様よりお届けものです」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
中央には応接間があり、左右は図書館のように何列にも及ぶ本棚がところ狭しと並んでいる。
前世ではわたしがここに呼ばれることは一度もなかったな……
初めて入ったクロームの執務室が物珍しく、きょろきょろと部屋を見回した。
「……何か珍しいものでも?」
「い、いえ!それでは私はこれで」
クロームに手短に挨拶をして、さっさと部屋を出ようと後ろを向いたとき、近くで作業をしていたらしい近衛騎士が口を開いた。
「あの~、ソフィー様。もし、もう少しだけお時間がありましたら、殿下にお茶を淹れていただけたりしませんか?」
「お茶、ですか?」
「はい。申し遅れましたが、私、クローム殿下の近衛騎士兼、秘書兼、付き人……のようなことをしております、ランデルと申します。私がお茶を淹れてお出ししたいところなのですが、今日は人手が足りず、このとおり猫の手も借りたい状況でして……」
ランデルと名乗る騎士をよくよく見ると、目の下のクマがひどい。近衛騎士の制服も心なしかヨレていて、困ったように笑いながら、顔に疲労を浮かべている。
「時間はありますけれど……」
チラリとクロームの方を見ると、表情は淡々としておりいつもと変わらないものの、近衛騎士と同じように目の下にクマができている。黙々と書類に目を通しているから、ランデルとの会話は聞こえていないみたいね。
(……2人とも、かなり疲れているわ)
「わかりました、お茶を淹れてきます」
「ありがとうございます!」
異常に喜んでいるランデルに、給仕室の場所だけ確認して部屋を出た。
執務室の扉が閉まる前に、たまには美しい女性にお茶を淹れてもらわないとやってられません、と文句を言う声が聞こえた気がしたが、気のせいよね。




