5.関所にやたら攻撃的な関守がいるらしい。
リンたちに連れられて、僕は屋根裏に突入した。
梯子を上った先にあったのは、すごく狭い部屋だった。電話ボックス6こ分ぐらいの大きさの、木でできた部屋。天井からランプが下がっていて、あたりをほんのり照らしている。そして、目の前には、一枚の扉があった。
「ここを出たら、魔界だよ」
リンはそう言って、木の扉を開け放った。
外は、トンネルのようになっていた。真っ白い壁のトンネル。少し進んだ先には、受付窓口的なものが見える。その右隣りには、改札が取り付けられている。
近代的とか、空港みたいだ、とかそんな感想が浮かぶ光景だった。
ここが魔界?
僕は拍子抜けした。
なんか思ってたんと違う。
「ここは関所だよ! あそこの窓口の人に言って、ここを通してもらうの。あの改札の向こうが、あたしたちの住んでる街なんだ!」
リンはそう言って、僕をほうきから降ろし、続いて自分も下りた。
そういえば、関所でドレスコードに引っかかって送り帰された、とか言ってたっけ。カミ男のジーンズが破れすぎなのが原因で、3人とも僕の部屋に送り帰されてきたはずだ。
僕はカミ男のジーンズに目をやった。
当然のことながら、カミ男のダメージジーンズは何も改善されていない。昨日、関所で通行拒否をもらったままだ。
え、じゃあ、通れなくね?
僕がそのことを指摘すると、トマは自信なさげに言った。
「関守は、毎日同じ人がやってるわけじゃないんだ。今日の人は、運よく見逃してくれるかもしれない」
なるほど。
つまり、こっそりすり抜ける作戦か。
「案ずるより産むがやすし方式だ。いこーぜ」
カミ男は意気揚々と窓口に向かっていった。
そのわずか3秒後。
「だめだ。帰れ。お前のジーンズはもはや、ダメージに耐えきれてない。ただの青布と化している。通してやることはできない」
カミ男はまたもや、即切りされた。なんか予想通りの反応だったな。魔界人はカミ男のダメージジーンズについて、かなり辛口な評価をする傾向にある。カミ男はまたしても、グハァ・・・ッと倒れた。
ただ、それより驚いたことがあった。
窓口の奥に座っていたのは、昨日の焼き芋少年、秋だったのだ。
現在、殺道路未遂の疑いで捜査されている、あの彼だ。
「今日は秋が関守なのかい。珍しいな」
トマが話しかけると、秋はうつむいた。
「昨日は人間界でパーティするために、無断で寮から抜け出してきてたから」
「なるほど。それで、寮長先生に、こっちに回されてしまった、というわけだね」
秋は腹立たし気にうなずいた。
「そう。今日1日、じっくり反省しろだって。こんなところで、反省できるかよ。死ね、寮長!」
秋はかなりお怒りモードだ。
僕はしみじみと考える。
秋って学生なのか。
っていうか、そもそも論として、魔界って、学校あるのか。
「バイト代も出ねぇのに、ご苦労なこった」
カミ男が言うと、秋はため息をついた。
寮生活か。門限とか、厳しいんだろうか。
僕が秋に「大変だね」とねぎらうと、
「あ、でも、昨日は楽しかったから。ありがとね。名前なんて言うの?」
と返ってきた。
「スバルだよ。一之瀬昴星」
と返事した。
彼は「スバル・・・オッケー覚えた」とうなずいた。
「知ってるかもしれないけど、秋だよ。苗字はない」
苗字、無いんだ。変わってるな。
僕はこんな当り障りない、かつあまり人間界では無いような会話を繰り広げる。
その時、視界の端っこに、動く黒い影が映った。ちらっとだけ横目で見てみると、リンがホウキに乗って、こっそり改札を抜けようとしていた。
僕らがしゃべってる間に、こっそりむこう側に抜ける作戦だな。
僕はとにかく秋の気を引き続けることにした。
「今日は、読書とか、焼き芋食べたりとか、秋を体現してないんだね」
と思いついたことをテキトーに言ってみる。
キャロラインはリンが持ってるから、リンさえむこう側へ行って太陽を浴びてきてくれれば、ミッションクリアだ。僕はできるだけ、リンのほうを見ないように心掛けた。
秋は「あー、あれ」と不機嫌に頬杖をついた。
「全部寮長に没収された。今日ちゃんと反省したら返すとか言ってたけど。絶対返す気ないぞ、あのばばぁ」
秋はうぐぁぁ~と、頭をかきむしった。
寮長、どんだけ信用無いんだよ。
リンがホウキで、改札の真上を通過した。
よし、あとちょっとだ。頑張れ。
「秋って、学生なの? 何の勉強してるの?」
僕はさらに時間を稼いだ。
秋はまだ、リンに気付いた様子はない。
彼はこくんとうなずいた。
「戦うための訓練を受けてるんだ。将来、町に出てきて悪事を働くモンスターをしばくために、ね。・・・ちょうど、こんなふうに」
秋の目つきが鋭くなった。
次の瞬間、ヒュッという風を切る音がした。続いて、ひぃぃぃぃっ、とリンの悲鳴が上がった。
リンの顔すれすれのところで、刃物が壁に突き刺さって、振動していた。
「通さないって言っただろ」
秋は言ってから、ふっと笑った。
リンはすごすごと引き下がった。顔が真っ青だ。彼女はホウキから降りて、トマの後ろに隠れた。
コワッ・・・。
僕は昨日、こんなモンスターと焼き芋バトルしてたのか。
よくもまあ、生き延びられたものだ。
「で、カミ男」
秋は何事もなかったかのように、言った。
「お前がその壊滅寸前のジーンズを何とかしたら、通してあげるんだけど」
カミ男は腕を組んで、プイッとそっぽを向いた。
「壊滅寸前じゃねぇ。ファッションだ」
「あーそう。じゃあ一生通れねーよ?」
秋は、先リンに投げたのと同じ種類の刃物を取り出して、手でもてあそび始めた。秋の手の中で、刃物が高速回転する。キラキラと光が反射した。
カミ男は意地を張って沈黙している。
見かねたトマが口を開いた。
「秋、いいのかい? こんなところで大人しく、関守なんぞやらされていて?」
「どういう意味?」
トマは袖にしがみついているリンごと、前に進み出た。
「君はもともと、寮長の言うことにはいつも反発しているじゃないか。それこそ片っ端から、すべての指示に反抗しているだろう?」
「そうだね」
秋は言った。
そうなのか。
秋って、かなり問題児なんだな。
「そんな君が、今日に限って寮長の命令に従っているのは、どういうわけだい? いつものように、無視してしまえばいいじゃないか」
とトマは、大人の風上にも置けない説得を開始する。
「そもそもなぜ、夜に寮から出たぐらいで、罰を受けなければならないんだい? 夜の外出を禁止されたら、私たち吸血鬼のような、夜行性の生物はどうなる? そんな校則、理不尽じゃないか」
「・・・確かに」
秋は刃物をくるくる回すのをやめた。
トマは勢いづいて、さらにリンが持っている時計を指さした。
「しかも我々は、このキャロラインに、少し太陽光を浴びさせたらすぐに帰るつもりだ。それぐらいなら、通してくれたって、かまわないだろう?」
「このキャロラインって? どのキャロライン?」
秋が言うと、ここぞとばかりにキャロラインは鳴き声を上げた。
『タイ・・・ヨウ・・・』
「ああ、それがキャロライン・・・時計かと思ってた」
秋は珍しいペットでも見たような反応を示した。
いや、時計なんだが。
壊れているだけで、本来はただのデジタル時計なのだが。
秋はしばらくキャロラインを見ていたが、やがていじっていた刃物を腰につけているケースに収納した。
「確かにね。一理あるよ」
と彼は言った。
「でも、もし無断で魔界に入ったことがバレたら、アンタたちがまずいんじゃないのか? うちの先輩たち・・・治安部隊に、攻撃されるかもよ? 寮長だって、お出ましかもしれない。アイツ、ヒマだから」
秋は言った。口調の端々から、寮長先生に対する敵意がにじみ出ている。
「そうか、それはまずいな・・・」
トマは言った。次なる返答を考え出そうと、考え込んでいる。
僕はそのすきに、口をはさんだ。
「あのさ、ドレスコードって、守らないと治安部隊に攻撃されるほど、重要なものかな?」
しばらくの沈黙。
そして、その場にいた魔界人たちは口をそろえて叫んだ。
「確かに!」
スバるン、賢いッ! とリンがほめてくれた。
いや・・・。
あんたらがバカなだけだろ。
秋は窓口のカウンターをひょいと飛び越えて、こっち側に出てきた。
「分かった。4人とも通ってよし。ただし、僕も同行する。治安部隊が来たら、その時はその時だ。僕が迎撃してやる」
「やったっ! よかったね、キャロライン!」
『タ・・・イヨウ!!』
リンとキャロラインが、口をそろえて喜んだ。
カミ男とトマも、ハイタッチしている。
秋のセリフの当て字部分で、少し心配なところもあったけど・・・。
ま、いいや。
とりあえず今は太陽が浴びれればそれでいい。
ついに僕らに、通行許可が下りた。
結果オーライだ。
改札を抜けるとき、秋は独り言をつぶやいた。
「出てきやがれ寮長・・・。このナイフで、お迎えしてやる」
秋の腰には切れ味のよさそうなナイフが、何本もセットされていた。
僕は何も聞かなかったことにして、改札をくぐった。