4.マンションの屋根裏ってなんだよ。
壊れたデジタル時計とともに、10階の1031号室に帰ってきた。ドアを開ける。
中からテレビの音が聞こえてきた。あの魔界人たちも、さすがにテレビのつけ方は分かったみたいだな。
「ただいまー」
僕が3人のもとへ向かった時、ちょうどニュースはあの事件について放送しているところだった。
キャスターがまじめな声で読み上げていた。
『・・・昨夜未明、何者かが道路を破壊する事件が発生しましたが、道路の命に別状はありませんでした。
道路を破壊した凶器は、現場に残されていた大量の焼き芋だとみられます。警察は殺道路未遂の疑いで捜査しています。それでは現場から中継です』
『はい、私は今、night町の西部にある『はずれ地』と呼ばれる廃墟街に来ています! 見てください、この大量のいも! アスファルトにびっしり、めりこんでいます』
『はずれ地というのは、一体どういった地域なのでしょうか?』
『廃墟のみで構成された町です。普段は悪の組織やポルターガイストなどが、人目を忍んで利用している模様です』
『そうですか。では、めり込んだ芋について、詳しい説明をお願いします』
『んーっ! 芋はすべて冷めてしまっているものの、ホクホクしていておいしいです。秋を感じます! 皆さんもぜひ、食べに来てみてはいかがでしょうか? 現場からは以上です』
『ありがとうございました。では、続いてのニュースです・・・』
「ねぇねぇ、スバるん! これって、昨日秋君がばらまいた焼き芋のことだよね? 秋君、殺道路未遂で捜査だってよ! キャァァァァ、テンションあがっちゃうぅぅぅぅl!」
リンがリモコンを振り回しながら、ホウキでビュンビュン飛び回った。
スゴーイ、スゴイーイ、秋君天才! と一人で盛り上がりまくっている。
僕はそんなリンをボーッと眺めながら、考えた。
今のニュース、ツッコミどころありすぎじゃないか?
ツッコミどころが多すぎて、萎えてきた。
が、ここはこの物語の唯一のツッコミ役として、僕が役目を果たさなくてはならない。
というわけで僕は、ツッコミどころを脳内で箇条書きしていく。
1.まず、何だよ殺道路未遂って。器物損壊罪だろ普通は。
2.はずれ地の設定もおかしいだろ。廃墟のみで構成された街って、存在意義あるのかよ。
3.ポルターガイストが廃墟を利用してるって、日本語おかしくない? ポルターガイストって、現象の名前だよな?
4.『めり込んだ芋について詳しい説明をお願いします』の下りで、何で焼き芋の食レポが始まるんだよ。絶対そんなこと、求められてなかっただろ。そもそもアスファルトにめり込んだ芋なんて、食べようと思わないだろ。
5.是非食べてみてはいかがでしょうかって、平然と視聴者の皆様におすすめしてんじゃねぇよ。それ、一応凶器なんだろ? 食べたら証拠隠滅になるだろうが!
6.昨日秋が、芋で倒した電柱のほうは無視か? 電柱倒れてんのは、重大インシデントではないのか?
7.っていうか、「どうやったら芋がアスファルトにめり込むんだ」って、誰も疑問に思わないのかよ?! 芋はめり込むのが普通なのか? 常識なのか? 芋ってめり込むものなのか?
僕の脳内に、はてな台風が襲来した。
ツッコみ1人に対してボケが多すぎると、訳が分からなくなるから、やめてほしい。
「おい、リン! 続いてのニュースだって言ってんだろ! きけよ!!」
カミ男が、飛び回る高速ハイテンション魔女を戒めた。
アイツ、急にマジなトーンになってるけど、大丈夫か?
「カミ男って・・・ニュース好きなの?」
リンが動きを止めてきいた。
カミ男は、意味深に微笑むと、テレビに向きなおった。
・・・何だこの展開。
おいカミ男! 僕は心の中で叫ぶ。
こんな意味不明なボケに、ツッコミなんて入れてやらないからな! 質の悪いボケ、かましてんじゃねぇぞ!
僕は何事もなかったかのように、続いてのニュースを視聴した。
『今日、サイバー犯罪グループ『宇位琉s』のリーダー、テクノロ爺が、コンピューターウイルスを拡散したという趣旨の犯行声明を出しました。
宇位琉sは、テクノロ爺が体調不良で入院したのをきっかけに、一時活動を停止していましたが、テクノロ爺の退院によって、再び活性化したものと思われます。
今回拡散されたウイルスは新型であり、既存のウイルスバスターソフトでは駆除できません。
身の回りの機器がウイルスに感染した場合は、感染拡大を防ぐために、ネットワークから切断してから、下記の番号まで連絡してください。
0120-528-0924
繰り返します。『いやよ-ういるす』です・・・』
僕はニュースを聞く気力を失った。
ただ、これだけは言わせてほしい。
電話番号、覚えにくっ!
語呂合わせが何の意味もなしてない。っていうか、語呂合わせになってないぞ。
僕はリンからリモコンを取り上げ、テレビを消した。
トマが僕のほうを見た。
「この宇位琉sというのは、何者なのかね?」
僕は舌足らずなニュースキャスターの補足説明をかってでた。
「宇位琉sは、数年前から存在するサイバー犯罪集団だよ。主にコンピューターウイルスの密売及び拡散を生業としているんだ。
迷惑なやつらだよ。テクノロ爺って人が主犯格らしいんだけど、最近になって入院したってこと以外、彼のことは詳しくは明らかになってないんだ。警察が捜査してくれてるよ」
僕は警察の方々にききたい。
なぜ「入院した」とかいう超プライベートなことは突き止めたのに、奴らの所在地すらつかめてないんだ?!
ちゃんと捜査してるのか?
そのとき
『タイ・・・ヨウ』
僕のカバンからうめき声が聞こえた。
ああ、そういえば仕事。
何とかしないと。
「おい、スバル。お前まさかっ!」
カミ男は、ギョッとして僕のカバンから離れた。
「カバンの中で、小人を監禁してるのか?!」
「違う」
僕は即切りした。
カミ男が『グハァ・・・ッ』と倒れる動きをした。そのまましばらく動かなくなる。
いや、即切りって・・・本当に切ったわけじゃなくて、君のセリフを間髪入れずに否定したって意味だって。ごめんってカミ男。元気出せよ。分かりにくい表現を使って、悪かったな。
僕はそこまで考えて、ハッとする。
って、カミ男! 僕の思考を読んでまで、ボケてんじゃねぇぞ。
お前、人の心が読めるとか、そんな設定持ってないだろ!!
「小人じゃなくて、時計だよ。今日の仕事。こいつを普通なデジタル時計に直せってさ」
カバンからさっきの時計を取り出す。
『タイヨ・・・ウ・・・』
相変わらず死にかけた声を発している。僕はこの声をきいて、げんなりした。
一方リンは、死にかけボイスを聞いて、目を輝かせた。
「わぁ、この時計、うめくの?! ほしいっ!!」
リンが僕の手から、時計をひったくった。
『タ・・・イヨウ・・・』
「アハッ。タイヨウだって。ウケる笑・・・今日から、この子の名前は、キャロラインねっ!」
「キャロライン?」
僕は訊き返した。
それ、ジャイ衛門の時計なんだけど。
勝手にペット化しないで。
「そうだよ! カッコいい名前でしょ!? ね?! ね?!?!」
リンがものすごいハイテンションで叫ぶ。もはや半狂乱と形容しても過言ではないその姿に、僕は閉口した。
ったく、キャロラインでも何でもいいけど、頼むから壊さないでくれよ。
「キャロラインか。いい名前だな。なんだかこう・・・人参線を想起する感じが・・・いい名前だ」
トマがよくわからない誉め言葉を口走る。
カミ男が横で、「リンにしては、やるじゃねぇか」とうなずいた。
「キャロットラインって何」
僕が尋ねると、カミ男は「電車の路線だ」と教えてくれた。
さらに聞いてみると、魔界には人参線と呼ばれる電車路線が存在していて、田舎と大都市を縦横無尽に結んでいるらしいことがわかった。ただ、田舎から都市へ向かう線路はあるのに、都市から田舎へ向かう電車はほぼ走っていないという。
「人参専用車両ばっかりで、あたしたちは、あまり乗れないんだけどね」
リンが付け加えた。
それってつまり、ニンジンを輸送してる貨物車だよな。
そりゃあんたら、乗れないだろ。
・・・キャロットラインの正体がわかっても、トマの誉め言葉の意味はあまり理解できなかった。ので、僕は理解するのをあきらめた。
『タイヨウ・・・』
「キャロラインが鳴いた!」
リンが嬉しそうにはしゃいでいる。
鳴き声なのだろうか。
いやまあ何でもいいや。
僕はツッコミへの熱意が、徐々に薄れていくのを感じた。
トマはキャロラインの鳴き声を聞いて、つぶやいた。
「この子はどうやら、太陽を欲しているようだな」
僕はため息をついた。
「そうなんだよ。でもnight町には太陽が昇らないから、どうしようもなくてさ」
「でもとりあえず、太陽光を浴びさせてみないと、なにも状況は変わらないだろ。何か方法はないのかよ?」
カミ男からまともな意見が飛び出す。確かにそうかもしれない。
だが、僕はさっき見たニュースを思い出して首を振った。
「宇位琉sがウイルスを拡散したって言ってたから、しばらくこの町から外へは、誰も出られなくなるよ」
「ウイルスとそれと、何の関係があるんだよ?」
「ウイルスがこの町の外に拡散していくのを防ぐために、night町から外部へ出るゲートがすべて閉鎖されるんだよ。ウイルス騒動が起こった時は、毎回そうなるんだ」
この世界では、ある地区から違う地区へ行こうとすると『地区境通行許可証』を発行してもらわなければならない。しかしウイルスが発生すると、その町は基本的に許可証を発行しなくなってしまうのだ。
「へぇぇぇ。人間界は大変だなぁ」
カミ男がどうでもよさそうにつぶやいた。
リンはそれを聞いて、ポンと手を打った。
「あっ、じゃあさ。あたしたちの世界に来たらいいじゃん! 魔界は、太陽、登ってるよ!」
リンは「ね~、キャロライン」と時計をなでなでしている。
「それもそうだな」
「行ってみるか」
トマとカミ男が、言いながらこっちを見た。
「え・・・魔界って・・・」
僕はかなり躊躇した。
魔界って響きが、もうすでになんかイヤだし。昨日の鬼ごっこから察するに、魔界人みんな脳内ミソスープ野郎としか思えないし。ワープロードなるものに飛び込むのも、抵抗がある。
迷っていると、カミ男が手招きした。
「来いよ。魔界って言っても、そんなたいそうなものじゃないって。俺たちみたいなのが、集まって住んでる街だと思えばいい」
いや、お前らみたいなのが集まってるから、心配なんだろうが。
「そうだぞ、スバル。それに、太陽を手っ取り早く浴びるには、リンの提案が最も適当ではないか?」
「うんうん。それに、昨日はあたしたちがこっちで遊んだんだから、今日はあたしたちがスバるんを招待する番だよっ。って言っても、ここの屋根裏だけどね~魔界って」
トマとリンが次々に僕に声をかけた。
ウイルス騒動が起こってしまった今、やはり魔界の太陽に頼ってみるしかないのか。ここは修理屋の名に懸けて、魔界に踏み込むべきなんだろうか。
いや、でもやっぱり嫌だな。だって魔界って、人の家に勝手に上がり込んで、パーティ開いているような変人の巣窟だろ。
・・・ん?
「リン」
僕は尋ねた。
「魔界がここの屋根裏って、どういう意味?」
リンはふぇ~? と首を傾げた。
「どういう意味って・・・そのままの意味だよ? スバるんの家の屋根裏が、魔界と人間界の境界になってるってこと。スバるん、読解力、大丈夫?」
ああ、まずいな。
脳内が困惑を極めてきた。
「えーっと・・・ここ、マンションだから。屋根裏なんて、ないと思うけど。ジャイ衛門のところみたいに、上下に部屋を持ってるわけじゃないし」
僕が言うと、リンは不思議そうに僕を見返した。
「え? でも、あたしたち、昨日は屋根裏からスバるんの家に来て、パーティーしてたんだよ?」
「そうなのか?」
侵略者たちの侵入経路が屋根裏?
いや、だからマンションの屋根裏って何?
どういうこと?
僕がますます混乱を極めていると、トマがすたすたとクローゼットのほうに歩いて行った。彼はサッとクローゼットを開けた。
「ほら、ここから屋根裏に上がれるぞ」
僕は目を疑った。
クローゼットの中に、見覚えのない木の梯子があった。しかもその梯子は、上に向かって伸びている。
こんなもの、いつからあったんだ?
「はい、スバるん! 行くよ!」
リンが僕を強引に引っ張り上げて、ホウキに乗せた。足が宙に浮いた。落ちないようにホウキをしっかりつかんだ。
こいつら、なにがなんでも、僕を魔界に連れていきたいらしい。
そこまでされたら、ちょっと断りづらい感じがある。
それに、マンションの屋根裏がどんなものなのかも、ちょっと気になってきた。
よし。いっちょ逝ってみますか。
僕は魔界行きの覚悟を決めた。