13.今度こそ今生の別れだ。
リンザイはいつの間にか、何事もなかったかのように立ち上がっていた。さっきまで死にかけの絶叫を上げていたのに。こいつのテンションが、全く読めない。
「お前ら」
とリンザイは口を開いた。今度は真面目なトーンだ。
次はどんなボケが来るのか、と僕は身構えた。
「その様子から察するに、テクノロ爺の退院パーティーを邪魔しに来たんだな」
リンザイは言った。
いったいどの様子から察したのだろうか。
と思いながら、僕はテクノロ爺という響きを、脳内で反芻した。
テクノロ爺って、最近どこかで聞いたよな。
まさか、リンザイの言うオレたちって・・・。
「宇位琉s?!」
僕は絶叫した。みんなが僕をすごい目で見た。
そうだ、間違いない。テクノロ爺は、今朝のニュースで出てきた『宇位琉s』の主犯格だ。night町中にウイルスをまき散らした、サイバー犯罪集団。
ということは、リンザイは宇位琉sの構成員?
こんないかれポンチが、コンピュータウイルスをばらまいていたなんて。
ネット社会ってのは、意外ともろく崩れやすい。
僕はショックを受けながら、リンザイを見つめた。
そういえば、ニュースで『ウイルスを発見したら電話しろ』みたいなことを言っていなかったっけ。と僕は今朝の記憶を発掘していく。
そこに通報するべきだろうか。僕は番号を思い出そうとした。
電話番号の語呂合わせが、あったはずだ。
確か・・・『いやよ-ういるす』
184-う1るす・・・?
そうだった。
この語呂合わせ、まったく機能してないんだった。
あのクソニュース番組め!
もっとちゃんとした語呂合わせ考えろよな!!
いや、落ち着くんだ。僕は荒ぶる呼吸を整えた。
僕まで頭がおかしくなったら、この物語はオワリだ。
電話できないなら、自力でキャロラインを取り返すだけ。
僕は決然とリンザイを見返した。
「やはりオレたちのパーティを、邪魔しに来たんだな」
リンザイは僕の目を見て何を悟ったのか、静かな声で言った。
「いや、違います」
僕はまたもや彼のセリフを即切りする。
今度はリンザイが、顔にはてなマークを浮かべる番だった。
やっとこっちにツキが回ってきた。
「そうなのか? 本当か? マジで言ってんのか?!」
リンザイは混乱したようで、きいてもいないことをべらべらと喋りだした。
「実はちょっと前、オレたち宇位琉sのリーダー・テクノロ爺が、病院から退院したんだ。
オレたちは、町中の電化製品を集めて、テクノロ爺の退院を祝おうと考えた。テクノロ爺は、テクノロジーの進化を体現した電化製品という存在が、大好きなんだ。
だが、電化製品をたくさん集めるのは、結構大変だ。しかも、ただ電化製品を集めたって、宇位琉s的にはつまらない。そこでオレたちは、night町全体に『無生物に命を吹き込むウイルス』をばらまいたんだ。生きている電化製品だと、テクノロ爺も喜んでくれそうだからな。
努力の甲斐あって、オレたちのばらまいたウイルスは、すぐに町中の電化製品の0.1%に感染した。電化製品たちは次々とロボット風手足を生やし、言葉を話すようになった。
そし今日、退院パーティー当日。オレたちのウイルス作戦は、最終段階に入った。命の吹き込まれた電化製品たちを、ここ、宇位琉sのアジトに呼び集めたのさ。
おかげで、ほら。こんなにもたくさんの電化製品たちが、ここに集まってくれた。これならテクノロ爺も、発狂して喜ぶだろう。
だがそのせいで、オレたちはnight町の人たちに迷惑をかけてしまった。電化製品が勝手に出て行ってしまって、町の人たちはカンカンだ。
だからお前らは、そのウイルスを根絶して、電化製品たちを解放するために、ここへ来たんじゃないのか?」
リンザイは罪を告白しきって、すっきりした顔をした。
お前ら、そんなことしてたのか。
じゃあ、キャロラインがおかしくなったのは、魔界性太陽のせいではなく、宇位琉sがばらまいたウイルスのせいなのか。
非常に迷惑な話だ。
できればその不届きなウイルスを全滅させてやりたい。
が、僕はあくまで修理屋。キャロラインが元に戻れば、それでいい。
ウイルス処理は、警察でもなんでも、もっと強い組織がやってくれるだろう。
僕は首を横に振った。
「いいや、違う。キャロラインを普通の時計に戻してくれたら。僕はそれで満足だ」
「そ・・・そんなわけないだろ?!」
リンザイが叫んだ。
「お前らは警察が送り込んできた、ウイルス根絶スペシャリストに違いない! そうやって、オレたちを油断させておいて、隙を見てウイルスを全滅させるつもりなんだろっ! オレたちがテクノロ爺のために丹精込めて作った、命を吹き込むウイルスを・・・っ!」
被害妄想全開かよ。
僕はあきれながら、断固としてそれを否定した。
「いいや、違う。キャロラインを普通の時計に戻してくれたら。僕はそれで満足だ」
「・・・そうなのか?」
「そうなんだよ」
「本当に?」
「本当に」
「ちくわの穴にかけて、そう誓えるか?」
「・・・誓えるよ。なぜちくわに誓うのかは、分からないけど」
「ドーナツの穴には?」
「誓える」
「視力検査の輪っかの穴は?!」
「誓えるってば」
「じゃ・・・じゃあ、スマホについているイヤホンを差し込むための穴は・・・っ?!」
「誓えるっつーの。世の中の穴という穴、すべてに誓ってやってもいい。とにかくキャロラインを元に戻せ」
「そうか・・・」
リンザイは、放心したように、僕らを呆然と見つめた。
***
リンザイはキャロラインから、ウイルスを除去した。キャロラインは、瞬く間に元の時計に戻った。
もう、手足も生えていないし、うめき声を上げたりもしない。
修理成功じゃん。
いぇい。
キャロラインを返してもらった僕は、初めてリンザイに笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
リンザイはコクンとうなずいた。
すると彼の後ろで、さっき通り過ぎていった談笑するドラム式洗濯機たちが、騒がしい音を立て始めた。ドン、トンと、互いの体をぶつけあっている。
「あ、ドラムの音だー!」
リンが嬉しそうに言った。言われてみれば、洗濯機たちの奏でる音は、ドラムに聞こえなくもない。
ほかにも、集まってきていたテレビやパソコンなどが、次々に音を立て始めた。
廃墟の工場内、いや、宇位琉sのアジト内が、一気に騒がしくなる。生きている電化製品が奏でる音が、何とも言えないハーモニーを作り出した。
「パーティー開始の音楽だ!」
リンザイが、この何とも言えないメロディーに、何とも言えないダンスを合わせる。
その周りを、キャロライン以外のデジタル時計たちが、空中浮遊しながら発光して、蛍のように飛び回った。
なるほど、このウイルスに感染した電化製品は、退院パーティーで楽器や装飾の役割を果たすんだな。
いや、だったら楽器とか飾りつけとか、普通にそろえろよ。
いくらテクノロ爺が電化製品好きでも、この光景はさすがにカオスすぎるだろ。
少なくとも、ちょっと前に退院したばかりの老人に見せるべき光景ではない気がする。
音楽というか、機械たちの奏でる猛烈な騒音にひきつけられて、工場の奥からさらに人が出てきた。おそらく、リンザイ以外の宇位琉sの構成員たちだ。
その中の一人、かなり高齢の男性が、僕らに向かって笑いかけた。
「我が退院パーティーへ、ようこそ。君たちもぜひ、楽しんでいってくれ」
おまえが、テクノロ爺か。
ったく、しょっちゅう意味不明なウイルスをまき散らしやがって。
迷惑だから、早く引退してくれ。
僕はそう心の中でののしりながら、魔界人3人衆が口を開く前に言った。
「いえ、僕らはもう帰ります。では」
「え、何で? スバるん、遊んで帰ろーよぉ」
リンが不平をこぼした。カミ男とトマも口々に訴えてくる。
「おいおい、せっかくのパーティーだぞ? 参加しないと損だって!」
「せっかく誘ってくれているのだから、このまま帰るのは、味気なくないかい?」
魔界人ってのは戦闘だけではなく、クレイジーなパーティーもこよなく愛しているようだ。
が、僕はどちらも好きじゃない。
僕は一言一句、はっきりと宣言した。
「僕らは、もう、帰る」
3人は僕の迫力に気おされて、おとなしく従った。
***
その日の午後、ジャイ衛門に時計を返した。
彼は時計が直ったことで大喜びした。
「この時計は、先祖代々伝わる貴重な品だったんですよ!」
「はあ・・・そうなんですか」
デジタル時計って、そんなに昔から存在するものだっただろうか。
「泣いて感謝します。うわぁぁぁん涙」
「あ、泣かないでください。僕、もう帰りますから。失礼しました」
個性的な依頼人による個性的な仕事は、やっと一件落着を迎えた。
***
家に戻ると、カミ男が新しいダメージジーンズに履き替えていた。出会った頃の自称ロック系オオカミ男に戻っている。
「で、それならドレスコードに引っかからずに、関所を通過できるわけ?」
僕がきくと、カミ男とリンが同時に言った。
「できる」
「絶対無理」
「え、どっち?」
トマに助けを求める視線を送った。
「そうだなぁ」
とトマは考える。
「魔界人はダメージジーンズを好まない人が多いから、十中八九、無理だろうな」
マジで言ってんのか。と僕は絶句する。
せっかくカミ男にズボンを買ってやったっていうのに、まだ帰ってくれないのか?!
カミ男は、自慢のダメージジーンズを「十中八九無理」などと言われ、グハァ・・・ッと床に倒れこんだ。
「だがしかし、カミ男をオオカミに変身させればいいだけの話だ」
トマはそう付け足した。
なるほど、確かに。
さきのドラゴン戦で得た、唯一の有用な知識だ。
「じゃあ今度こそ、帰ってくれるんだね?」
僕は期待のこもった声で尋ねた。
やっとコイツらとの、お別れの時が来たか。
「そーだね」
とリンは心なしか残念そうに言った。
「あたしも、そろそろ帰らないと、おうちがカバの群れに占拠されちゃう」
彼女はいったい、どんな所に住んでいるのだろうか。
何はともあれ、帰ってくれるんだな。
僕は心の中で、ガッツポーズした。
ここまで長かった!
今までの数々の苦難が、脳内をよぎっていった。鬼ごっこで夜の町を走り回らされたこと。ドラゴンと戦わされたこと。キャロラインと鬼ごっこさせられたこと。宇位琉sのアジトに乗り込んでしまったこと。
カミ男はゼェゼェと荒い息をしながら立ち上がった。
「俺も帰って、ギターを練習しないといけないんだゼェ。うゼェかばも、追い払うんだゼェ。ゼゼゼのゼェ」
こいつの家も、カバの被害にあっているのか。魔界、すげぇな。
僕はゼゼゼのゼェにはツッコミはしないことにした。
「では、帰るとするか」
トマが言って、3人はクローゼットの中、魔界への入口へ歩いて行く。
僕は彼らのうしろ姿を見送った。
クローゼットがバタンと閉まった。
やっと家が静かになった。
ナチュラルに、嬉しかった。




