冬の入り口
皮膚を切るような風の吹く朝だった。
まだ暦では秋の後半だというのに、吐く息は白く、指先は赤くかじかむ。
ヒミカの寝覚めは家の誰よりも早い。
まだ日も昇らぬ内から、玄関を掃き、竃に火を入れ、皆が起きてくるまでの支度を揃える。
朝食の支度だけは、母の仕事で、それ以外、父と兄の服の用意と、洗濯と、掃除は全てヒミカの仕事だ。
食事の支度を任されない理由は至って単純。皆、ヒミカの触った食材を口にしたくないからだ。
まだ薄暗い空の下、洗濯物を詰め込んだ樽を抱えて、家の裏の土手を下る。
100メートル程の所で、さらさらと澄んだ小川が見えてくる。
本音を言えばもっと暖かく日の高い時間にやりたい所だが、昼間はヒミカ自身出稼ぎに出ているし、何より他所の女達が同じように洗濯をしに来てしまう。
小川の淵にしゃがみこみ、弱い光でうっすらと水面に映った己の顔は、見慣れた自分ですら吐き気がする程醜い。
長く垂らした前髪の隙間から覗いた額から両目もと、鼻先まで、火傷のように皮膚が紫色に爛れている。
生まれてから18年と2ヶ月。この顔と付き合ってきた。
醜女、怪物、バケモノ。小さな子供には目が合っただけで大泣きされることも少なくなかった。
幼い頃から外見に指を指され、集団の中では常にいじめに遭った。大人になっても、それは変わらない。
父も兄も、家畜を相手にするかのように接してくる。
唯一人間扱いしてくれたのは、母だけだ。
その母も、亭主関白の父の前では強く出られず、結局ヒミカを守ることは出来なかった。
食事以外の全てを押し付けてきたのは、父の命令。「変な病気でもうつされたら困る」と、食事に手を触れさせないのも、父の命令。
はじめのうちは泣きながらこなしていた冬の洗濯も、今となっては何も感じない。
差別も、侮蔑も、肌を刺す北風と、さして変わりはしない。
けれど、「あの目」で、汚物を見るかような、冷たい目で見られた時、胸に覚える痛みは、未だ、消えることはなかった。