帝国前戦
星歴1864年。大和帝国は、大陸を牛耳る列強諸国からの侵略に抗し、画期的にして前衛的な兵器の開発を成功させた。
人心鎧騎兵。通称ヴァルキュリオスと呼ばれるそれは、圧倒的な兵力差を覆し、絶望的だった最南端の前戦、琉ノ島の奪還を成功させ、戦場に一縷の希望を齎す。
しかし、戦況の打開とは裏腹に、帝国内部には、ヴァルキュリオスの在り方を巡って混沌が広がりつつあった。
人心鎧騎兵。その名が示すままに、ヴァルキュリオスは実際に人間が搭乗して操作するシステムが採用されており、納屋の3階程もある巨大はまるで人間のような四肢を持つ。指の一本に至るまで精密に稼働するその電子回路は、正に人間の神経と同等の性能を有し、搭乗型兵器の概念を根底から覆す、正にありとあらゆる動きを可能とさせた。
その唯一のデメリットは、操縦系統を、操縦型、つまりはコクピットに落とし込むことが出来なかったことである。
あまりにも緻密過ぎたプログラムは、どれ程複雑な操縦システムに適用させても、ヴァルキュリオスの機能を完全に引き出すことは敵わなかった。
故に、帝国軍が取った苦肉の策。
それは、人間の脳を肉体から切り離し、直接ヴァルキュリオスの操縦システムとして組み込むことであった。
当然、組み込まれた人間は二度と元の姿に戻ることは出来ない上、ヴァルキュリオスの内部の生命維持システムに生命活動の全てを依存するため、搭乗した時点で、兵器と運命を共にすることとなる。
更には、メンテナンスを怠れば、酸素を送り込むためのポンプの燃料が尽き、3日足らずで死に至る。
人間の尊厳、そして倫理を完全に無視した代物に、世間は戦争の為にやむなしとする賛成派と、そうとは割り切れなかった人々による反対派の2つに分かれた。
そんな中、増してゆく戦火に、帝国はついに民間の市民達へもヴァルキュリオスへの徴兵を出した。
黒い封筒に包まれたそれは、人々の間で「死兵書」と呼ばれ、一世帯につき最低一名の出兵を求めた。
やがてそれは、脳さえ無事なら誰でも良いと、体の不自由な者や、口減らしのための子供、子供を産めない女のように、弱者への生贄の儀式となってゆく。
狂った国に、破滅へと向かう時代。
これは、そんな狂乱の戦火を駆け抜けた、一人の少女と、青年の物語。