第5話
お久しぶりです。覚えてるかな?覚えてないかな?覚えてない人を責められない。俺がプロットを覚えていない。
五話 転機-ii
二泊三日の合宿も早いもので、最終日に差し掛かった。本来参加はここだけで許されていたはずの、各校男女全混合駅伝の始まりだ。
「あ゛ー………痛い………こんなんで走るとか正気じゃねーよ……」
さて、体力に欠けていた俺は当然の如く当たり前のような顔をして襲い来る筋肉痛に歩くので精一杯な有様だった。許さん佐川。覚えてろ。
「その………ごめんね?湊……君?」
そんな俺を見ながら申し訳なさそうに笑う色白細身天パ男子。名前を出雲と言う。
「いやーー……出雲のせいじゃ無いよ……あと呼び捨てで構わんよ。タメだし。」
「はは……ありがとう。じゃ、湊で。昨日はどうやった……って聞くのも野暮なレベルの満身創痍やね。僕ちょっと今日が不安になってきたや……」
「………すまん、安心させられる様な要素が無いけ何も言われん……アップで5.5kmだし……」
あ、出雲が固まった。
駅伝のチームは小坂と一緒だった。あとは他校の男子二人と女子一人。名前?覚えてないな。
さて、この合宿は隣の市……の、山の上で行われている。酸素的な負荷だの気温によるダメージを減らすだの、まぁそんな理由で。
で、長距離の練習、それも駅伝と言えば何となく予測は着くかもしれないが……いやつかなかった俺が悪いのだが、山を下って途中の神社を駆け下り、山道始まりの店の並びで折り返してまた山を昇るコースを五人で分けるらしい。正気か?
コースを聞いて呆けていたらいつにも増して気合いの籠ったアップをしていた小坂に心配された。大丈夫?だってさ。大丈夫じゃないよマジで。余程声に生気が無かったらしく逆に笑われた。
「登りの階段コースのところは俺が走るよ。多分一年坊には体力的に荷が重いからね。」
そう言ってニカッと爽やかに笑う他校男子①。あとから聞いた話だと県内でもトップレベルの怪物らしい。格好良いな、と同性ながらにちょっと思った。
「じゃあ、最終区私に下さい。頑張りたいです。」
そう意気込んで見せたのは小坂だ。マジかよ、と目線で問うたら何を勘違いしたのか頬を染めてやがる。やめろ。可愛い。
「じゃあ下り一区下さい。正直一昨日まで短距離練習してて、体力に全く自信が無いので最初に借金作ると思いますけど……」
弱気な宣言は俺だ。とりあえずコケずに走り抜くことを目標に設定した。
結論から言えば、コケずに走り抜く……事は出来た。着順?聞くな。詳細も覚えてない……やけに重い自分の足と下り坂を走る事による普段と違う負荷に気を取られすぎた。下りだから楽だと思ってた過去の自分を殴りたい。
重い足を引き摺りながらスタート地点の合宿所に戻り、一通りのダウンを終えた頃、先頭集団が戻ってき始めたので合宿所の看板付近のモニュメントに腰かけてぼーっと眺めていたら佐川がいつの間にか隣に座っていた。
「どうだった、湊。長距離キッついだろ?」
「どうも何もこのザマデスが?全くついていけもしませんでしたよ。体力足りてねぇッス。」
「まぁまぁまぁそう悲観するなよ、あれだけの練習こなしてゲロっても無いんだろ?素質ある方だと思うぞ?長距離転向どうだ?」
「…………考えておきますネ」
ひとしきりゲラゲラと笑って満足したのか、佐川はヒラヒラと手を振りながら出雲に話しかけに行った。転向?冗談じゃないね。
そうこうしているうちに小坂の姿が見えた。
随分とヘタって居るみたいだ。体の芯はブレて居る。まるで左脚を庇ってるみたいな
脚を?庇う?
刹那、昨日の夕方の小坂を思い出す。感じた違和感。歩調の乱れ。もしや。
そこまで思い当たった時にはもう駆け出していた。自分のカバンから冷水の入った水筒とタオルを引っ掴んでゴールへ。
「小坂ァ!!!大丈夫か!!!」
ゴールしてきてフラフラと倒れそうになる小坂の腕をどうにか支えて肩を貸す。冷水で冷やしたタオルも手渡して様子を伺うと完全に呆気に取られた小坂の顔が見えた。なんで呆気に取られてんだこいつ。
「湊……元気ね?」
「いやまぁ元気っちゃ元気だけどお前は大丈夫なんかよその脚?庇っとるやろ?」
「んー……まぁ、ね?軽くダウンしてアイシングするつもり。大丈夫だよ。」
「……痛みは?無いの?」
「めっちゃ痛い」
「佐川先生!!!!こいつ足やってます!!!」
とりあえず佐川に反対側を支えてもらいながら医務の先生の所まで運んだ。
「じゃあ俺はこれで……佐川先生、お願いします。」
「おーう頼まれた。良く気付いてくれたな、湊。ありがとよ。」
「いえ。では。」
立ち去ろうとしたところで小坂に呼び止められた。
「湊。」
「……何?」
「一緒のチームで走れたの、ちょっと楽しかった。運んでくれてありがと。」
「そんなになってまで走んなバカ。はよ引っ込んで処置受けろ。」
捨て台詞を吐いて医務テントを後にした。ありがと、と言いながらちょっと切なげに笑う小坂の顔が脳裏に酷くこびり付いた。これが最後という訳でも無いだろうに。縁起でもない。
一波乱も二波乱もあった一年夏の合宿だったが、終わってしまえばまだまだ元気な中学生、帰りのバスの中はお祭り騒ぎだった。席は行きと同じ。前に小坂と荻野、横に松野。松野はまた早々に寝ていたので、俺も会話する必要も無くのんびりできる、とイヤホンを付けて外を眺めていた。
ぼーっとしていたら前から紙が流れて来た。小坂からだった。
『ヒマだし絵しりとりしない?』
『まぁ良いけど。はい。(下手なリンゴの絵)』
斯くして合宿は終わった。
ただ一つ、小坂の故障という残酷な結末を残して。
これが俺が長距離部門に所属したきっかけで、原点だ。
同じチームで走った夏の日を最後にしたくなくて。
小坂が心底楽しそうに走っていた長距離に転向した。
結局、最後になってしまったけれど。