8 不機嫌スピカ
「ちっ」
それを聞いたスピカが最初にした事は舌打ちだった。
それも露骨に嫌そうな顔をして。
「それで、いつ到着する予定なの?」
「明後日の正午前を予定しているようです」
「はあ。今度は何人増えているのかね。賭けでもする?」
「そのような下品な賭けはお止めください」
冗談を交えて話すがそれでも不機嫌なのは止まらない。
何せあの男が帰ってくるのだ。
スピカが最も嫌いな男が。
男の名前はファクス・リンカネーシア。
スピカの父親で真性のクズだ。
幾人もの女を侍らせ、遊び惚ける。
一応、正室としてシリウスの母親が妻としているが、何十名ものあらゆる種族の妾を囲っていて未だに増やし続けている。
スピカの母親もその一人だ。
そして、子供を孕めば出産はするが子育ては一切しない。
ファクスは子供に興味がないし、女達も子育てでファクスとの時間が減るのが嫌なのだ。
ハッキリ言って理解できないが、クズを理解するだけ無駄だとスピカは思っている。
そんな真性のクズだが、民からの評判はいい。
何故か英雄扱いなのだ。
何やら大きな功績を立てて、貴族位と領地、そしてこの国の姫までもらっているのだ。
絵に描いたような立身出世。
王からの信頼も厚いらしい。
さらに領地では善政を敷いている才色兼備の男。
それが世間一般でのファクスの評判だった。
スピカにはそれが心底理解できなかった。
アントンに取っても善政を敷いているのはスピカであって、ファクスはいたずらに領地をかき回した存在だ。
それなのに、スピカがした仕事をファクスが評価されている。
それが我慢ならなかった。
シリウス達に取ってもあの姉が嫌っている悪い奴といった評価であった。
ぶっちゃけ、リンカネーシア邸での評判は最悪であった。
しかし、仮にも相手は英雄で当主である。
それなりに歓迎して、さっさとこんな田舎領地から優雅な王都へと帰って貰おう。
それがリンカネーシア邸の者全ての思惑であった。
「どうせ数日しかいないのだし仕事もしないのだから何時も通り酒で酔わせておきましょう。適当によいしょしておけば気分良く帰ってもらえるだろうし」
「かしこまりました」
「私もお父様達には会いたくないし、弟達にも合わせたくないからしばらく別館にいるよ。あと、念のため若い娘達もお父様に近づけさせないようにね」
「そうですな」
「ゴメンねアントン。あんな奴の相手をさせちゃって」
「ご心配なされるな。あの者の相手は慣れておりますゆえ。お嬢様とあの者を会わせる方が我ら使用人一同気が気ではございません」
アントンの言う通り、自分達の大切なお嬢様を使用人達はファクスと会わせたくないのだ。
お嬢様をあの様な目に合わせたクズには。
「とりあえず、お父様が帰ってくるまでにできるだけ仕事を終わらせよっか」
「かしこまりました」
それから2日後。
予定通りファクスが帰ってきた。
もちろん、スピカは出迎えなんてしない。
出迎えなんてしなくてもファクスはスピカ達子供に興味はないので何の問題もない。
今回帰って来たのだって、領主としての世間体とうるさくて邪魔な生まれた赤子をこの屋敷に預けに来たのだ。
種族的にもデキにくい者もいる。
実際、スピカの母親はスピカしか産んでいないのだが、妾の数は多いのだ。
よって、一年に何人かの子供が生まれる。
ファクスにとって子供はうるさくて邪魔な存在だ。
だから、子供が生まれるとこの領主の屋敷に送ってくる。
今回はその目的も含まれているのだ。
相変わらずのクズである。
そして、スピカは別館で待機中だ。
父親達に会いたくないし、何より新しい家族を出迎えなければならない。
「お嬢様、お連れしましたよ」
「あぎゃぁ、あぎゃぁ、あぎゃぁ!!」
予定通りに、少し歳のとった一人の侍女が赤ん坊を抱いてスピカ達のいる別館にやって来た。
「今回は一人みたいだね。この子の名前は?」
スピカは侍女に名前を聞くが、侍女は顔を強張らせるのであった。
「それが……その……名前を考えるのはもう面倒なのでこちらで勝手に付けろと」
「は?」
その言葉に流石のスピカも呆然とした。
どこの世界に面倒だからと名前を考えない親がいるのか。
《は、ははは。何なのよあの男は。もう死んじゃった方が世の中のためじゃない? みんな協力するわよきっと》
メーティスも死ねばいいのにと盛大に愚痴る。
全くもってその通りであった。
「はあ。本当にあの男は。それなら私が名前を付けてもいいかな?」
「ええ。お嬢様なら誰も文句はいいませんよ」
「そっか。男の子? 女の子?」
「女の子でございます」
《うーん。どうしよう。何かいい案はあるメーティス?》
《そうね。……》
しばらくメーティスと共に赤ん坊の名前を考える。
そして、
「ミアプラなんてどうかな?」
「大変よろしいかと」
「ふふふ。ようかな? 私に抱っこさせてもらって良い?」
「ええ、もちろん」
スピカは侍女からミアプラをゆっくりと受け取る。
「私はあなたのお姉ちゃんのスピカだよ。今日からよろしくねミアプラ」
《聞こえないだろうけど、私はメーティスよ。よろしくね》
「あぎゃぁ、あぎゃあ、うー? きゃっきゃっ!!」
スピカに抱っこされたミアプラは泣くのを止めて笑い出す。
今まで生かされているだけであったミアプラが初めて愛に触れた故か。
ミアプラは無邪気に笑うのであった。
「それじゃあ、他のお兄ちゃん達とお姉ちゃん達に会いに行こうね。今日からみんな一緒だよ」
「うー!!」
ミアプラはまるで返事をするかの様に元気よく声を上げるのであった。
ー▽ー
「て事でミアプラを歓迎してみんなでお昼を食べました。ミアプラもすぐに他の兄弟に馴染んだみたいに嬉しそうにしているので良かったです。今はみんなでお昼寝中ですね」
小さな子が多いスピカの兄弟達はもちろんお昼寝をする。
その間に眠くない子供は起こさない様に静かに遊んだり勉強をしたりするのだ。
シリウスなんかも頑張って勉強中だ。
そして、スピカはその間にデュランの元にきて修行を積んでいる。
もっとも、デュランとは剣を交えていない。
半年前ほどからデュランはあまり剣を握れなくなったのだ。
病気や怪我などではない。
それならば、大いなる癒しの力を持つスピカが治す事ができる。
単純に老いがそこまで来てしまったのだ。
剣を振るうことは出来る。
だが、もはや打ち合うこともままならないのだ。
だから、スピカはデュランの前で教えられた型を披露する形になっている。
「ところでスピカよ」
「はい」
「明日、この時間に道場に来られるか?」
「? ええ大丈夫ですよ。どうしたんです?」
「いや、何もない。来てくれたらそれで良いのだ。ほら、そろそろ子供達が目を覚ます時間であろう。今日はもう帰るが良い」
「はあ、わかりました」
スピカはデュランに促されるままに帰路に着く。
「何か今日の師匠変じゃなかった? 口数も少なかったし。帰らせるのも早いし」
スピカは違和感を感じていた。
何か焦っているような切望しているような。
星竜メラクの声と似たような感じがしたのだ。
《そうね。確かに何か変だったわね》
それはスピカと常にいるメーティスも同様に感じていた事であった。
《ま、明日になればわかるわよ》
「そうだね」
釈然としない気持ちのままスピカは兄弟たちのもとに帰っていった。