3 白き星竜
「私を呼んだのはあなた?」
『そうです。あなたをここに呼んだのはわたくしです』
スピカは自身を導いた声の主と対面している。
とても優しく、切実な声を聞いたスピカは不思議とその存在を信じられ、会わなければならないと感じていた。
《この竜、もしかして星竜?》
『そうです。幼子に宿る精霊よ』
《!? 私の声が聞こえるの!?》
『ええ。はっきりと』
本来、精霊の声は宿主にしか聞こえない。
精霊は宿主の心に住まい、宿主の心に話しかけているのだから。
しかし、目の前の竜にはその声が聞こえるのだ。
「星竜?」
《私もよく分からないのだけど、竜族の上位存在。或いは神の様な存在よ》
「うーん、よく、わからない」
これまで、回復魔法で瀕死の重傷から回復したり、ノーライフキングを撃破したりと常識はずれな行いをしてきたスピカだが、まだ幼子なのだ。
難しい話は分からない。
《ようするに偉い存在ってこと》
「そっかぁ」
だが、単純で感覚的な事ならわかる。
《それで、私の声が聞こえるならスピカの代わりに私が話すわ。あなたはこの子をノーライフキングと戦わせてまでどうしてここに呼んだの?》
メーティスにとって、ノーライフキングとの戦闘は予想外もいいところだった。
普通なら死んでいた。
何とか勝てたが結果は関係ない。
メーティスはスピカを家に帰らせなければならないのだ。
このような危険な事は出来るならしたくはなかった。
だから、そんな危険な行為を行わせた目の前の星竜に警戒してしまう。
『それについては謝罪を。わたくしも必死だったのです。わたくしの声を聞こえる者が現れたのが嬉しくてつい。まさかこの様な幼子だとは思わなかったのです。危ない目に合わせて申し訳ございません』
《はあ、スピカがいいなら私はいいわよ。スピカはどう? この星竜を許すの?》
「許す? 何を?」
《あのノーライフキングと戦わせたりとか危ない目に合わせた事よ》
「私は声のする所に行かなきゃって思ったから行っただけだよ。竜さんは私を呼んだだけで何も悪い事はしてないよ?」
《だってさ星竜さん》
スピカは純真で優しい。
スピカに宿ってまだ1日も経っていないが、メーティスは心からそれが伝わってきた。
それがメーティスの心を温かくし、星竜の心さえも温かくする。
『ありがとうございます』
久しぶりに触れた心の温かさに星竜は涙を流す。
《それで、どうしてスピカをここに呼んだの?》
『それは、あなた方にこの封印を解いて欲しいからです』
《封印……その楔ね》
メーティスは星竜を見る。
何本もの爛れた楔を身体に打ち付けられ、地面に縫い付けられている真竜を。
『ええ。……遥か昔、わたくしはとある存在に敗北し、この地に封印されたのです。以来千年、出る事も動く事も叶いませんでした。近くの存在に声を届けようとする事がやっとでした。肉体が滅びて死に至ってさえ魂の状態でここに封じ込められているのです。どうかお願いします。わたくしの封印を解いていただけませんか?』
この声だった。
スピカが感じ取った声だった。
優しくて、切実な声。
スピカには話の半分も理解できていなかった。
しかし、目の前の竜さんが苦しんでいる事はわかった。
助けたいと思った。
メーティスがスピカを助けたように。
「うん。わかった」
『ありがとうございますっ』
星竜はスピカの善意に涙を流す。
封印されて千年。
やっと竜の因子を持つ存在が現れたのだ。
やっと声が届いたのだ。
そして、やっと封印が解かれるかもしれないのだ。
《事情は分かったわ。スピカが乗り気みたいだし協力してあげる。だけど、星竜を千年封印、あまつさえ殺してしまうような封印なんてスピカに解け……れる……解けそうね》
メーティスは目の前の封印を解く事が不可能だと思った。
それほど強い封印だったのだ。
しかし、その封印にはアンデットなどと同じ様な不浄の気配が強く伝わってくる。
癒しの力を持つスピカなら封印を解く事ができるかもしれない。
《でも、今は無理ね。この子、魔力はすっからかんだもん》
『ならばわたくしの魔力を分けましょう』
スピカを回復魔法に似た温かな光が包み込む。
それによって、スピカの魔力は次第に回復していった。
《これならいけるかもしれないわね。スピカ、先に怪我を治しておきなさい》
「うん、わかった」
スピカは患部に回復魔法をかける。
ノーライフキングとの戦闘時に受けた傷だ。
我慢してはいたが、とても痛かったのだ。
その痛みが治まってスピカはホッとする。
「それじゃあ、あの竜さんに刺さってるヤツを引っこ抜いたらいいの?」
《引っこ抜くより破壊した方がいいわね。魔物を倒した時と同じ要領で魔力をぶつけてみなさい》
「はーい。うううううん……てりゃぁぁぁあ!!」
可愛らしい掛け声とともにスピカから魔力が放たれる。
それは星竜を包み込み、そして、楔を消し去っていく。
そして、
『ああ……ああ……。封印が、封印が解けました』
星竜を封じ込めていた封印は解かれ、星竜は歓喜する。
『ありがとうございます。ありがとうございます。幼子よ、そして精霊よ。名は?』
「私? 私はスピカだよ!!」
《私はメーティスよ》
『ああ。スピカ、そしてメーティスよ。本当にありがとうございます。おかげで私の魂は解放されました。これでようやく自由になれます』
星竜は歓喜で涙を流す。
千年。
千年間待ち焦がれていた時がやっと来たのだ。
喜ばないはずがない。
『ありがとうございます。これでやっと逝く事ができます』
《そっか、既に死んでいるんだもんね》
「竜さん死んじゃうの?」
その言葉にスピカは悲しそうな顔をする。
死の淵を体験したスピカは死が恐ろしい。
そんな恐ろしい目に竜さんが会うなんて……と。
優しいスピカはそう思った。
『いいえ、私は既に死んでいるのです。だから、本来の場所に帰ると言えばよろしいでしょうか。とにかく、スピカが悲しむ事はないのです』
スピカに難しい事は分からない。
でも、竜さんの顔は悲しい顔じゃない。
嬉しそうな声だ。
だから、スピカは悪い事ではないんだと思った。
『スピカ、メーティス。わたくしはもう逝きます。重ね重ね本当にありがとうございます。わたくしは星竜メラク。星竜メラクの名の下に二人に精一杯の幸があらん事を』
そう言い残して、星竜メラクは静かに消えていった。
後には、空中に浮かぶ小さな光。
「なんだろうあれ?」
その光はフワフワと漂い、スピカの中に入り込んだ。
ーードクン。
「え?」
その瞬間、スピカは淡く輝きだす。
「なに……これ……。からだが……あつい」
《スピカ!? どうしたの!? 大丈夫!?》
「だい……じょうぶ。あついけど……悪い感じじゃない」
ーードクン、ドクン。
心臓の音とともに淡い輝きが鼓動する。
「ああああぁぁぁぁぁっ!!」
そして、一際強い光を放ったかと思うと突如光は治まった。
「はあ、はあ、はあ」
《スピカ、大丈夫?》
「うん。なんだかとっても調子がいいよ」
疲れは吹き飛び、身体中から力が湧いてくるようにスピカは感じていた。
《それはよかったんだけど、あのねスピカ》
「なあに?」
《その……背中から翼が生えてるわよ。》
メーティスの言う通り、光が治まったスピカは翼が生えていたのだ。
星竜メラクに似通った竜の翼が。
「あと角も生えてるわね」
「あれ、本当だ」
《本当だって。あなた楽観的ね》
「らっかんてき?」
《不安はないの? ってこと》
「うん。竜さんみたいな温かな感じがするから大丈夫だよ。メーティスもしない?」
《そうね》
スピカに言われた通りメーティスにはメラクの魔力に似た何かがスピカに宿った事が分かった。
そして、コレがスピカを傷つけるモノではない事も。
何故、スピカに翼が生えたのかは分からないが、少なくとも悪意は感じなかった。
ーースピカ、メーティス。封印を解いてくださったお礼にわたくしの加護を授けます。どうかお役に立ててください。ーー
何処からともなくそう聞こえてきた。