32 陽動作戦
「今日はここで寝ようか」
集まってきたユニコーンの子供達の対処にひと段落終えたスピカはそう切り出した。
「まだ日は高いですわよ?」
「そうだけど、数時間もすれば日が暮れるからね。それなら明日朝早くから移動を開始した方がいいよ。ここなら下手な場所で野宿するよりも安全だし。最初からハイペースだとね。それにミラ疲れたでしょ?」
墜落したりユニコーンの子供達に囲まれたりとした為、箱入り娘であったミラの体力はかなり消耗しているのだ。
仮にすぐに出発しようものならすぐに疲れはててしまうだろう。
「と言うわけでここで野宿しようと思うんだけどいいよねユニコーンさん?」
『うむ。ここは我らの縄張りではあるが、我らだけの縄張りではない。好きにするとよい』
ユニコーンの長が言う通り、周囲にはユニコーンが目立っているが、リスなどの小動物もそこそこいる。
ここは動物達の憩いの場でもあるのだ。
『ただ最近何者かがこの辺りをうろついていてな』
「何者かってヒト?」
『おそらくは。もしかしたら悪意のある者かもしれん。この付近にいる間は気をつけるのだぞ」
「了解。ありがとうね」
こうしてスピカとミラはユニコーン達のいるこの場で休む事になった。
ー▽ー
夜、多数の大きな嘶きによってミラは目を覚ます。
「なんですの!?」
「ああちょうどよかった。今起こそうと思ったところだよ」
ビックリして目を覚ましたミラとは対照的にスピカは既に目を覚ましており落ち着いたものであった。
しかし、その目はとても鋭いものを、つまり警戒をしている。
「スピカ何か起こっていますの?」
ミラの耳には嘶きの声しか聞こえないが、それだけにしてはスピカの態度がおかしいので疑問に思った。
「…遠くで戦闘が起こってる」
「戦闘!?」
「朝にユニコーンさんが誰かうろついているって言っていたでしょ。それじゃないかな?」
その言葉を聞いてミラは耳をすますと、確かに人と思われる叫び声が聞こえてきた。
それも掛け声では無くて悲鳴が。
「悲鳴が! 誰か襲われて」
「逆だよ。人が襲ってるの」
「え」
「ね。ユニコーンってどう思う?」
「どうとは?」
「なんて言うかそうだね。市場価値って言うのが妥当かな。もし、ユニコーンの素材を売ったらいくらになると思う?」
ミラはスピカが言わんとしていることがわかった。
ユニコーンは幻獣である。
そしてその価値は非常に高い。
つまり、今の悲鳴の主は金のためにユニコーンを襲って返り討ちにあっただけなのだ。
「それって」
「うん。特にツノなんかは薬としての価値が非常に高いらしいからね。一本売れば一生遊んで暮らせるんじゃないかな」
ミラは開いた口が塞がらなかった。
ミラだって冒険者の存在を知っている。
知っているどころか憧れている節があった。
なぜなら話で聞く英雄譚などはほとんどが主人公が冒険者だったから。
二人いる兄がそういうのが大好きで集めていており、その影響をうけて憧れたりはした。
例えば荒れ狂うドラゴンを倒した話。
例えば秘境に住まう古の大狼と戦い、牙を手に入れた話。
冒険者は、冒険をして戦い、苦難を乗り越えて大きな名声を得る。
逆に言えば、そのような英雄譚しか知らない。
大半の冒険者がどういうものなのかは知らない。
そして、狩られる側の感情は知らなかった。
狩る側の俗な欲望を知らなかった。
ユニコーンは金になる。
だからこそ、こうしてヒトたちはユニコーンを襲っているのだ。
ミラはそれを理解した。
「さて、ミラどうしようか」
「え」
「選択は三つ。ユニコーン側に付くか、ヒト側に付くか。それともすべてを見て見ぬふりをして逃げるか。ミラはどうしたい?」
「わ、わたくしは」
ミラは困惑している。
当然だ。
先日までは命の争いとは無縁だった貴族令嬢。
なのに、ミラは突然選択を迫られたのだ。
迷惑かけたにもかかわらず優しくしてくれたユニコーンたちか。
あったこともないヒトたちか。
それらからすべて逃げるのか。
スピカは自分でなんて酷な質問をするのだろうと自分で思う。
ミラは優しい。
だからこそユニコーンたちを助けたいだろう。
だからこそ悲鳴を挙げているヒトを助けたいだろう。
こんなひどい選択を迫るなんてやはり酷だと思う。
でも、これはミラの成長のチャンスでもあるととらえていた。
どんな選択をするにしても、それを選択して実行することは難しい。
しかし、それをできるようになれば、この旅で役に立つと思っている。
ここ一番で迷わないということはとても大事なことなのだ。
だからこそスピカはミラに選択を迫った。
自身が選択したものと同じものを選んでくれることを祈りながら。
「わ、わたくしは」
「あ、ごめん。時間切れだ」
そう言ってスピカは前方をじろりとにらむ。
ちょうどその瞬間、木々の間から数人のヒトが現れた。
「なんでここに女がいる?」
そのうちの一人がスピカたちを見て思わずそう言った。
「やっぱりね。あちら側では妙に戦力が足りなさ過ぎると思ったよ。仮にもユニコーン、それも何頭も相手にするにはあれじゃおそまつだからね。数だけはあったけど」
「スピカどういうことですの?」
「ミラ。ヒトの悪意は本当に怖いんだよ。戦争とかでもよくあるけど、本命の前に邪魔者がいたらどかすよね。消すことができればいいけど、無理だったら誘導するよね。誘導っていうより陽動かな。あいつらの目的はおそらくこの子達」
スピカはちらりとユニコーンの子供たちを見る。
「大人のユニコーンを倒すのは困難。だったら子供を狙えばいいんだよ。子供のほうが遥に弱いし上手くいけば生け捕りにできる。そのためには大人のユニコーンたちが邪魔。それをおびき寄せるために雇ったのか有志を募ったのかは知らないけど陽動の役のヒトたちを大人のユニコーンたちにけしかけた。まあ陽動って言ったけれど捨て駒だろうね。そして、その捨て駒たちが頑張っている間に安全で楽なこちらに隠れながら今ここに来たんだよ」
「嬢ちゃん、あんたいったい何者だ?」
生意気そうにスピカはペラペラと高説を垂れ流しているが、その説明はすべてあたっているため男達は警戒してしまう。
「私? 私は通りすがりのユニコーンが好きな超絶可愛いスピカちゃんだよ」
スピカはユニコーンの子供達の前に立ってニコリと微笑んだ。
これ書いた時は確かバハムート環境だったはず




