29 竜少女
「や、やっと到着しましたわ」
フラフラになりながらミラは感慨深そうに口にする。
歩くのに並行して魔法の練習もしていたのだ。
体力はスピカの回復魔法でなんとかなるが、魔力や精神的な疲れは回復できないのだ。
疲れるのも仕方がない。
「何とか1日で到着したね。陽も暮れるしさっさと宿をとろっか」
その言葉を聞いてミラは目を輝かせる。
やっと休めるのだ。
疲労は回復魔法で回復させるのではなく、休んで回復させるのが一番である。
その事にミラは短時間で気づいてしまった。
だから、早く休みたいのであった。
無事宿をとって、二人は部屋に入る。
「……あんまり綺麗じゃないね」
「……そう、ですわね」
二人の言う通り、部屋は綺麗ではなかった。
一応掃除はしている程度であった。
さすがに虫とかはいないが、あまり好ましいものではなくかった。
「布団もペラペラですわね」
詰め物がほとんどない布団はほぼ布であった。
「宿屋も当たり外れが大きいみたいだね。これは酷いのかな?」
「スピカは宿屋に泊まった事ございませんの?」
「あんまりないね。泊めてもらうか野宿だったし」
領地にいた時に屋敷に帰れなかった時は、その町のお偉いさんの屋敷に泊まったりしていたのだ。
対して野宿は多く、こちらはデュランとの修行の時に良くしていた。
普通の民間が利用するような宿屋にはアルデバラン王国の王都の宿屋『止まり木亭』くらいしか利用していない。
つまり、一般的な宿屋の基準がわからないのだ。
当たり外れがあると聞いた事があるだけであった。
「とりあえず、洗浄して、寝る時は自分達の毛布を使おっか」
「頼みますわ」
スピカは部屋に洗浄効果のある回復魔法を念入りに使い、部屋を綺麗にした。
「はぁぁぁ、やっと休めますわ」
ボスンとミラはベッドに倒れ込む。
ベッドは堅かったが気にしない。
「ミラも今日は頑張ったね。お疲れ様」
そんなミラの様子を見て、スピカは労いの言葉をかける。
貴族の令嬢で、箱入り娘であったミラが泣き言を言いながらも頑張ってここまで来たのだ。
素直に賞賛を送りたい気持ちになったのであった。
「……」
「ミラ?」
返事がなかったので顔を覗いてみると、目をつむって規則正しい寝息を立てていた。
「スー、スー」
「よっぽど疲れたんだね」
《まあ、あれだけ魔法を使って、長距離を歩きまでして。そりゃ疲れるわよ》
スピカの回復魔法は、肉体的な体力も疲れも回復させる事が可能だ。
しかし、精神的疲労はほぼ不可能だ。
多少楽になるくらいであった。
ミラもその恩恵にはあずかるものの、疲れるものは疲れるのだ。
「それにしても、思った以上にミラはすごいね」
ミラの予想以上の逞しさもそうであったが、何より凄いのは魔法の才能であった。
《基礎とはいえたった1日で魔力操作を習得したし、コツも掴んだって言っていたから完全に習得して使いこなすのも時間の問題ね。ハッキリ言って超天才だわ》
「それは頼もしいね」
ミラが強くなってくれれば、スピカの負担も減るのだ。
どんな状況になっても、自分の身を確実に守れるようになってくれれば完璧である。
「とりあえず、明日はシェダル王国行きの船を探さないとね」
《大陸に行かないと話にならないものね》
「どこかの商会の方で聞けばわかるかな?」
《さあ、どうでしょう? まあ、できる事からやっていきましょう》
「だね」
スピカもベッドに腰を下ろす。
食事まで時間があるので、亜空間に閉まっていた本を読んで時間を潰した。
ー▽ー
翌日、そのまま眠り、夕食をとらなかったミラとともに情報収集を開始した。
商会に行ったり、港の船着場に行ったりして、様々な人に話を聞いた。
美少女である二人の質問に男たちは喜んで答えてくれた。
「数ヶ月は船こないんだって」
あの町の町長が言っていた通り、シェダル王国とは確かに貿易をしているらしい。
しかし、それは本当に小さなもので船の行き来も年に数度しかないのだ。
単純にシェダル王国行きの船もない為、このままでは数ヶ月は身動きがとれないのである。
「どうしますの? 船が来るまでここで待ちます?」
「うーん。いや、別の方法で行こう」
「別の方法?」
「うん。この町を出よっか」
ミラは疑問に思いつつもスピカに付いて町を出た。
そして、そのまま人がいない所までいく。
「こんな所に来てどうするのですの?」
「前に、不浄の化け物と戦っている時に私に翼があったの覚えている?」
コクリとミラは頷く。
あの後、そのまま何処かへ飛ばされたり、いつの間にか盗賊に捕まっていたりしていて、聞くタイミングがなくその事は聞けなかったが、ミラはずっと気になっていた。
「私は人竜とでも言えばいいのかな。その姿になれる事が出来るんだ」
そう言ってスピカは人竜形態をとる。
「そして、ここから私はさらに別の形態をとる事ができる。」
スピカ目を瞑る。
そして、一瞬スピカが光ったかと思うとスピカは別の存在になっていた。
大きさにして八メートルはあるであろう巨大な純白の竜。
スピカは人竜化からさらに進めて本物の竜になったのであった。
「……きれい」
その姿を見てミラは、驚くでもなく、怯えるでもなく、うっとりと目を細めた。
ミラの言う通り、完全な竜となったスピカは芸術的でとても美しかった。
『ふふふ、ありがとう』
怯えるかなぁと思っていたにもかかわらず、きれいだと褒められたスピカはとても嬉しかった。
悲鳴を上げられて怯えられるくらいは覚悟していたから。
『空を飛んでシェダル王国に向かおう思うんだけど、どうする? 嫌なら船が来るまで待つのも手だけど』
ミラは悩む。
以前、スピカに抱えられて数メートル飛んだ時は恐ろしかった。
しかし、同時に空を飛んでみたいとも思った。
あの時、自分より小さなスピカに抱えられて跳躍したのではなく、竜になったスピカに乗って空を飛ぶのでは違うかもしれないと思った。
何より、数ヶ月も船を待つのは嫌であった。
「構いませんわ。このまま行きましょう」
『分かった。じゃあ、背中に乗って』
そう言ってスピカは身をかがめる。
そして、ミラがしっかりと背中に乗った事を確認すると、その大きな翼を羽ばたかせて上空へ飛び上がった。




