23 自爆?
『ジャアァァ』
不浄の蛇はおぞましい声をあげる。
それは、聞くものを不快にさせ恐怖させる声であった。
「ス、スピカさん、あ、あれは何なのですか」
ミラは困惑している。
もう訳がわからなかったのだ。
友人に化け物をけしかけられたと思ったら、今度はその本人がさらにおぞましい化け物になったのだ。
気を失っていないだけ大したものである。
「私にもわからない。でも、とても良くないもの。今から倒すから、絶対に私から離れないでね」
「た、倒すってスピカさんがですか!? む、無理ですわ、あんな化け物」
先ほどのスピカの戦いを見て、素人であるが見た目に反してスピカはかなり強いとミラは理解する事ができた。
しかし、それでもあんな大きくておぞましい化け物に勝てるとは思えなかった。
「に、逃げましょう。あんな化け物には敵いませんわ」
「逃げればアレは私たちを追いかけてくるはずだし、そうすれば他の人たちを巻き添えにしてしまうから無理だよ。かといって、あなた一人を逃がしてあげたいところだけど……」
と、スピカは言葉を詰まらせる。
不浄の蛇が出現するまでに、他の魔物は全滅させたのだが、不浄の蛇は再度魔物を創り出した。
「さすがにこれら全部を相手にしながらあなたを逃すのは難しいよ。大丈夫。絶対に勝つし、守るからっ!!」
スピカは不浄の蛇や魔物たちに向かって回復魔法を飛ばす。
次々と魔物たちを消滅させるが、やはりそれだけでは不浄の蛇を消滅させる事はできない。
ヒトを過剰回復させるほどの威力があっても、アンデットの魔物を簡単に消滅させるほどの威力であっても、不浄の蛇には多少のダメージを与えるくらいにしかなかった。
「ジャアァッ!!」
自身を浄化させようとする敵を殺すため、不浄の蛇は突進する。
その速さは以前スピカが戦った不浄の化け物とは比べものにならないほどの速さであった。
「舌噛まないでねっ!」
「え?」
しかし、そんな見え見えの突進に当たるスピカではなく、ミラを抱えて素早く跳躍する。
「きゃあああああああ!!」
抱えられて数メートル跳躍するという恐怖を味わったミラは悲鳴をあげる。
自身を襲う浮遊感がとても怖いのだ。
もっと恐ろしい存在が真下にいるが、怖いものは怖いのだ。
「っと」
着地し、ミラを降ろして体勢を取り直す。
多少、乱雑に降ろしてしまったが仕方がないだろう。
ゆっくり丁寧に降ろす暇なんてないのだ。
「ううう、どうしてわたくしがこんな目に」
今更であったが、ミラはとても辛くなった。
「さてと、反撃開始だよ」
ー▽ー
バサリと純白の竜の翼を生やす。
スピカの本気、人竜形態だ。
人形態でいるよりも、実は人竜形態の方が能力が上昇するのだ。
相手は不浄の化け物と同類。
油断なんて出来ない。
ここにはミラしかいないのが幸いであった。
「ス、スピカさん……そのお姿は……」
そして、突然翼が生えたスピカを見てミラは驚く。
当然だ。
驚かないはずがない。
「ヒールサンクチュアリ」
そんなミラの言葉を無視して、スピカは半径2メートルの聖なる聖域を作り出す。
これは、その聖域内の対象を回復し続ける回復魔法だ。
スピカの作った超高密度の聖域である為、並のアンデットではそこから漏れ出る光だけで消滅してしまうだろう。
その聖域内にミラを入れる。
ミラに対しては回復しないように細工もしている。
過剰回復してしまうから。
「そこから出ないでね。中には魔物は入ってこれないから」
「わ、わかりましたわ」
ミラを抱えながら戦っていては、両手を塞がれて剣が使えなくて厳しいと感じたスピカはミラを守る聖域を作り出した。
ここなら、不浄の蛇が創り出した魔物は近づくことも出来ないであろう。
こうすれば、不浄の蛇に集中する事ができる。
あとは、ミラに気を配りながら戦い、もし、不浄の蛇がミラの方に向かったら、急いでミラを回収してまた同じ事をするだけだ。
《よし、メーティス。全力でいくよ!!》
《ええ。いくわよ!!》
スピカは高速で移動し、不浄の蛇に斬りつける。
闘気の代わりにスピカの癒しの力を存分に纏った攻撃は大いに力を発揮し、斬りつけたところを浄化していく。
『ジャアァ!!』
負けじと、不浄の蛇は体を捻りその長い尻尾を叩き助けるが、スピカは華麗に回避して、さらに斬りこむ。
闘気の代わりに癒しの力を使った剣技は強力だ。
技や状況にもよるが、普通に放つ回復魔法よりも威力が高い。
そして、その技量はデュランに届き得るもの。
英雄と言われるような存在と何ら変わりないものであった。
次々と不浄の蛇を攻撃して浄化していく。
「流石にこいつらは強いね」
《でも、こっちの方が有利よ。このまま油断せずに決めちゃうわよ!!》
どれだけの人数を過剰回復させられるのかわからない程の攻撃を与えたが、不浄の蛇は一向に消滅する気配はない。
しかし、大きなダメージを与えているのも確かである。
スピカは、不浄の蛇が生み出し続ける魔物を倒しながら油断せずに挑む。
不浄の蛇はこのままではまずいと思ったのか、スピカから距離をとり、大きく息を吸い込む。
『ジャアァ!!』
そして、その大きな口より巨大で穢れた呪いのブレスを吐く。
「だったらこっちもぉ!!」
そして、それに対抗するようにスピカもその小さな口から淡く輝くブレスを吐く。
竜人族の中には竜と同様にブレスを吐く事ができる者もいる。
本来、血がかなり薄くなり外見は人族と変わらないスピカには不可能なはずであった。
しかし、人竜形態のスピカは人型の竜であると言ってもいい。
スピカには竜の力、ブレスを扱う事ができる。
スピカが放ったブレスは不浄の蛇のブレスをも飲み込み、不浄の蛇に直撃する。
ブレスは、スピカが出せる技の中でもかなりの出力を誇るのだ。
『ジャアァッッ!!!』
「このままトドメ!!」
そして、スピカは己に出来る最高の技を放つ。
デュランに名付けられた技。
闘気を使う事が出来ないスピカがデュランに致命傷を与えた技。
スピカだけの奥義。
「"竜閃"!!」
スピカの竜閃が炸裂する。
不浄の蛇にそれを防ぐ術はなく、その長い胴体を横に真っ二つにされてしまった。
ー▽ー
スピカは不浄の蛇から離れてミラの元に向かう。
不浄の蛇は消滅せずにまだ存在しているが、死に体である。
死に際の生物ほど怖いものはない。
アンデットである不浄の蛇も同様であろう。
だから、何があってもいいようにミラの側にいるのだ。
「た、倒しましたの?」
「まだ生きているけど、ほとんど死んでいる。でも、油断しないで。何するかわからない」
スピカは自分に言い聞かせるように言った。
自分一人ならちゃんとトドメを刺しに行けるけれど、ミラの命もかかっているのだ。
軽率な行動をとることは出来ない。
しかし、その慎重さが痣になった。
『ジャ、ジャアァ』
真っ二つにされたところから浄化され消滅していっている不浄の蛇の体が突如膨れ始めた。
「あれは……まさか自爆!?」
そのまさかであるかのように、それはどんどん膨れ上がっていく。
「させない!!」
スピカは右手の剣に魔力を最大限込めて不浄の蛇に投擲した。
自爆する前に殺すために。
しかし、それは一瞬叶わなかった。
辺り一体が光に包まれて、スピカの意識は消え失せた。




