22 不浄の蛇
黒い宝玉からおぞましく黒い靄が溢れ出す。
それは次々と形取っていき、最後には中から爛れ、腐り、朽ちた醜く恐ろしい化け物が多数現れた。
「ひっ、あっ、あっ……。いやぁぁーーーーーーー!!」
突然出現した魔物にミラは腰を抜かす。
箱入り娘であったミラにとってその魔物は酷く恐ろしいものであった。
「死んじゃえ!!」
エステルが叫ぶと同時に、魔物はミラに襲いかかる。
「い、いやっ。だ、誰か。いやぁーーーーーーー!!!」
まさに、魔物がミラに猛威を振るおうとしたその瞬間、
「間に合ったあーーー!!」
ミラの前に立ち塞がったスピカの回復魔法によって、魔物たちは消滅した。
ー▽ー
《ギリギリだったね》
《ええ。間に合って良かったわ》
悲鳴と不浄の気配を感知したスピカは、全力でその場に向かった。
かなりのスピードを誇るスピカであったが、それでも本当にギリギリであった。
《あいつが来なければもっと余裕があったのに》
スピカは心の中でレオナルドを罵倒する。
スピカの好感度は20下がった。
元々好感度は存在しないので、0のまま。
或いはマイナスであった。
《それより今はアレよ》
「うん。見つけた、黒い宝玉!!」
そして、スピカは亜空間から二降りの剣を取り出して抜き放つ。
スピカは回復魔法以外の魔法はほぼ使えない。
しかし、いくつか例外もあるのだ。
その一つが、亜空間に物を入れておける空納の魔法。
これがあるからスピカは手ぶらに見えて、その実、大量の物資を保有しているのだ。
学府では帯剣できないため、亜空間に剣を入れていたのである。
「あ、あなたは」
「危ないからそこから動かないでね。必ず守ってあげるから」
スピカは剣を構える。
「ッッ!! あなたは何なのよ!!」
「自分で呼び出しておいて何なのよはないんじゃないの? そんな事より、その宝玉を渡して。命は助けてあげるから」
「ふざけるな!! あいつをグビリ殺せ!!」
エステルは、次々と不浄の魔物を作り出す。
それは、ゾンビのようであったり、スケルトンのようであったり。
俗にアンデットと呼ばれる不浄の魔物を。
それらをスピカにけしかける。
「ひっ」
スピカにけしかけるという事は、その側にいるミラの方にも向かっているという事である。
恐ろしい魔物が近づいてきてミラは声を漏らす。
「大丈夫だよ」
そう、ミラに聞こえるように呟くと、スピカは蹂躙を始める。
まさに蹂躙であった。
癒しの力を纏った剣はアンデットである魔物を簡単に切り裂き、それと並行して縦横無尽に回復魔法を飛ばす。
それだけで、魔物たちは消滅していくのだ。
人を簡単に過剰回復で殺せるスピカの癒しの力はとても強い。
故に、多少強くとも、アンデットである魔物たちは簡単に消滅してしまうのだ。
(一体一体はそれほどでもないけど、生成速度は速いな)
しかし、消滅させてもさせても魔物は生み出されていく。
このままではキリがない。
さらにミラの元を離れてられないため、口調の割には余裕はあまりないのだ。
「な、何なのよ。あなた、本当に何なのよぉーーッッ!!」
対して、エステルの方は折れかかっていた。
次々と化け物を創り出していくエステル。
こんな醜くおぞましい力を使っているのに。
レオナルドの為に。
レオナルドにとって自分といるのが一番レオナルドの為になるとエステルは本気で思っている。
だから、どんな手を使ってでも自分の、ひいてはレオナルドの害となるスピカとミラを始末する為に、こんな醜くおぞましい力を使っているのだ。
レオナルドの為なら例えこの手が汚れようが構わなかった。
なのに、それに対抗するスピカが訳がわからなかった。
貴族の令嬢である自分よりも弱々しく儚げなのに。
触れただけで壊れそうなのに。
エステルの理解が及ばない力で次々と化け物を消滅させていっている。
これにはエステルの心は折れそうになっていた。
だからこそ、その隙を突かれた。
黒い宝玉はただ使用者の欲望を叶える為の物ではない。
黒い宝玉からさらに黒い靄が溢れ出す。
しかし、それは魔物を創り出す事はなく、エステルの絡まっていく。
「い、いやっ! 何これ!? 離れてっ!!いや、いやっ」
それは次々とエステルに集まり、密度を増し、巨大になっていく。
そして、
「あああああああああああああああああああああアアアアアアア!!」
エステルの悲鳴を最後に現れたのは、巨大で爛れた蛇の化け物であった。




