19 こんな所いてられるか、私は狩りに出かけるぞ
「やっすみーやっすみー」
スピカは上機嫌であった。
何故なら今日は学府が休みなのだ。
さらに次の日も休みなのだ。
2日も休みなのだ。
嬉しくないはずがない。
最近、スピカの教室にまでやってくるあのウザキモい男と顔を会わせなくて済むのだから。
もう、会わないというだけで嬉しくなるという領域に来ていた。
「現金残り少なくなってきたし、今日は狩りに行こっか。この辺りで強い魔物っていたっけ?」
るんるん気分でスピカは準備をする。
「最近運動不足だからね。今日はいっぱい戦おっと」
運動というにはかなり物騒であるが、スピカとって最近は本当に運動不足なのだ。
何故なら最近、剣を振れていないのだ。
学府には選択制だが剣の授業がある。
スピカは他の流派の剣を習うのもいいかなと思い、とりあえず見学してみた。
しかし、スピカは落胆する。
あまりにもレベルが低いのだ。
この学府は基本的に有能な者しか入れない。
よって剣を習う者も才能がある者が多い。
しかし、それでは足りないのだ。
スピカのレベルからかけ離れてしまっていたのだ。
強豪とはいえ、中学の部活にプロが参加するようなものになってしまうのだ。
残念ながらスピカが望むような相手はいなかった。
先生を含めて。
「師匠も様々な人と戦えって言っていたけど、アレじゃあただの弱い者イジメになっちゃうもんね」
《そうね。まあ、魔物相手でもいい授業になるわ》
「だね。よし、準備完了」
さっそく出かけようと立ち上がると、ノックの音が聞こえた。
「スピカさん」
寮母さんの声だ。
「その、レイフォールドさんがスピカさんを迎えに来ているのですが」
それを聞いた瞬間、スピカはダッシュで窓を開け、飛び降りた。
そのまま裏門から走り去る。
そのまま街の外門を素早く抜けて、人のいないところまで全力疾走し、人竜化して飛び去った。
ー▽ー
「はあ〜。サイアク。ギルドによって依頼を見ようと思っていたのに」
スピカは王都からかなり離れた森に降り立った。
「何の前触れもなく迎えにくるとか。しかも、朝早くに。何なの意味わからない気持ち悪い」
《スピカ……》
メーティスは心底スピカに同情した。
もし、メーティスに実体があれば心から涙を流していただろう。
「グオォォン!!」
と、その時、スピカの目の前にトラの魔物が現れた。
「ははは。ちょうどいいところに来てくれたね」
スピカは嬉しそうに剣を抜く。
「私のストレス発散に付き合ってもらうよ」
ー▽ー
トラの魔物をはじめとして、スピカは様々な魔物と戦った。
運良く、この辺りは魔物が豊富であり、そして強かった。
剣技のみで戦う分には闘気を使えないスピカの攻撃力は高くない。
簡単に剣が刺さらない魔物が多く、いい感じに苦戦できるのだ。
しかも、それは修行になる上にストレス発散にもなる。
一瞬で殺してしまうよりは、何度も斬る方が良いのだ。
獲物を良好な状態で仕留める事をスピカはしなかった。
「はあ。明日はゆっくり本を読もうと思っていたけど、このまま狩りを続けようか」
もし、寮に戻り、明日もレオナルドに来られたら嫌なので、スピカはこのまま2日続けて狩りを続行する事にした。
スピカは夜になり、暗くなっても狩りを続ける。
辺りに回復魔法を飛ばしまくってそれを光源として戦う。
無駄なこと極まりないが、スピカの魔力が尽きる事はない。
また、眠る事もしなかった。
1日くらいどうって事はないのもあるが、睡魔も、眠らない事で生じる異常もスピカは回復する事ができる。
理論上はスピカは常に戦い続ける事はできるのだ。
もっとも、精神的な疲れは回復できないし、いつもはちゃんと寝ている。
しかし、今はストレスの発散と今まで戦えなかった分を補うように戦い続けるのであった。
ー▽ー
「はあ、 はあ、はあ、はあ。つ、疲れたぁ。でも満足」
ドサリと後ろから寝っ転がるスピカ。
その顔にはやりきったような満足感が見えている。
《まあ、これだけ戦えばね。いったい何体の魔物を倒したのよ》
「あはは、覚えていない」
鬱憤を晴らすかのように、サーチ&デストロイを続けていたのだ。
ここまで戦ったのもデュランに修行の過程で魔物の巣窟に放り込まれた時以来だろうかとスピカは考える。
あの時は悲鳴を上げながら戦ったものだ。
もう二度とやりたくないって思っていたが、まさか自分から似たような事をしだすとは。
《そろそろ帰りましょう》
「はあ。そうだね。帰りたくないなぁ」
しかし、帰らない訳にもいかないので仕方なく立ち上がり、人竜化して飛び去った。
ちゃっかり大量の魔物の素材を手に入れているので、当分お金には困らないであろう。
ー▽ー
「スピカちゃん。機嫌が悪いね」
そして、休み明け。
友人の女子生徒が言う通りスピカの機嫌は悪かった。
「だってぇ。休みが終わっちゃったんだよ。永遠に休みだったらいいにの」
自ら学府に編入しておいて何を言っているんだと思うが、アレの存在がスピカをこんな風にしている。
スピカは学府に通う事自体は嫌いじゃない。
今までできなかった同年代の友達もそれなりにできたし、授業も自分の知識の確認になる。
それに、黒い宝玉の捜索という重要な目的があるのだ。
しかし、アレがつきまとってくると思うと途端に学府が嫌なモノになる。
この学府に潜入する上である程度は覚悟していたが、それでも限度はある。
とっとと黒い宝玉を見つけて竜国にでも行きたいものであった。
「聞いたよ。レイフォールド様がスピカの所に来てたんでしょ?」
スピカの友人は羨ましそうにするでもなく、むしろスピカを気遣うように言った。
この女子生徒だって以前まではレオナルドに憧れていたものだ。
自分は中堅の商家の子。
むこうは大貴族の長男。
身分違いの恋には憧れるものだ。
しかし、この教室にまでやって来てスピカを疲弊させている様子を見ると、憧れなんて消えてしまった。
今や、スピカが逃げる事を応援する始末である。
「うん。偶々私は寮にいなかったから会わなかったけど」
実際は瞬時に逃げたのだが、対面的にはそういう事にしている。
身分社会は面倒なのだ。
「おや、僕の話かい?」
そして、面倒な男がやって来た。
「スピカ、どうして昨日も一昨日もいなかったのだい? せっかく迎えに行ったのに。君に会えなくて僕は本当に寂しかったよ」
そう言ってレオナルドはスピカの手を取る。
まさか、こんな時間帯に来るとは思わなかった。
レオナルドが教室までくるのは時間の長いお昼休みだ。
だから、スピカはこうして友人と話していた。
しかし、授業まで残り時間が短いにもかかわらずレオナルドはこうしてきてしまった。
「ああ、スピカ。僕は不安で仕方がなかった。僕は君が寮からいなくなったと聞いて、君が雪のように儚く消えてしまったのではないかと心配したよ」
つらつらくどくど。
自身がどれほどスピカを心配したのか、どれだけスピカが大切なのかをありったけの想いを乗せてスピカに囁く。
スピカの目は死んでいた。
朝からしんどいのだ。
早く帰らないかなぁと思っていた。
しかし、
ーーゾクリ
「ッッ!?」
バンッとスピカは立ち上がる。
「どうしたんだいスピカ。急に立ち上がって。危ないよ?」
レオナルドがそう言っているが今は無視である。
《メーティス、今感じたよね?》
《うん。近くにいるはず》
学府祭の時より感じなかった不浄の気配を今、確かに感じたのだ。
「レイフォールド様、申し訳ございません。急用ができたので失礼します」
スピカはその場から離れて教室から出る。
先ほど感じたのは廊下の方からだった。
まだ近くにいるはずと、スピカを集中しながら探し回る。
「クソッ、いない!!」
「あら、スピカさんごきげんよう」
と、そこでミラとその取り巻き達に偶然出会ってしまった。
「……ごきげんよう」
「こんな所で走り回るなんてはしたないですわよ」
「はい。ご忠告感謝します」
「次から気をつけなさいな。では」
それだけ言うとミラ達は去っていった。
(……え、それだけ?)
てっきりスピカはミラに先ほどレオナルドがスピカの所に来た事や、昨日や一昨日にスピカの寮にまで来た事でお話されるのかと思った。
しかし、実際は、仕方がないとはいえ廊下を走っていたスピカを注意しただけであった。
ある意味模範的な行動だ。
故に、スピカは緊急事態にもかかわらず呆気にとられた。
《はあ。とりあえず落ち着こうか》
だからこそ冷静になる事ができた。
《そうね。やっぱり黒い宝玉を持っているのはこの学府の生徒ね》
《うん。先生とかの職員もいなかったしそれで間違いないと思う》
《生徒達の大半には接触したはずだけど、それでも感じ取れなかったのだから、普段、黒い宝玉の気配は感じ取れないのだと思ったほうがいいわね》
スピカとメーティスは、むやみやたらと探し回るのを止めて考察にはいる。
《だったら、あの気配を感じ取れるときは、持ち主が黒い宝玉を使った時、或いは使おうとした時?》
《使おうした時と考えるのが自然ね。師匠の時の事を考えると、もし黒い宝玉を使っていたらもっと気配を感じても良いはずよ》
《なるほど。だとしたら、ちょっとまずいかもね。少なくとも黒い宝玉を使う意思が多少なりともあるのだから。不浄の化け物がいつ出てきても良いようにしておかないと》
この日は念のために、不浄の化け物が何処に出現しても駆けつけられるように別の場所で待機しておいた。