15 王都オーレリア
「お、親分がやられちまった」
「う、うそだ」
「にげろーーーっっ!!」
親分がやられてしまった。
鋼の肉体を持ち何者の攻撃を寄せ付けない親分が。
誰よりも強い親分が。
最大戦力と精神的な柱を壊させてしまった盗賊達はただ本当に逃げ惑うだけの存在になってしまった。
「逃がさないよ。"クリアオーラ"」
辺り一帯がオーラに包まれる。
それは、暖かで優しいオーラで、全ての盗賊の顔を地面につけた。
盗賊達を対象として全体回復魔法を放ってのである。
もちろん、過剰回復で。
「むう。まだ何人か意識はあるね。やっぱり瞬時に発動できる全体回復魔法じゃまだ出力がたりてないね」
《そこらへんは今後の課題ね。とりあえず、ゲルテさんの所に戻りましょう》
「だね」
やれやれといった風にスピカは剣をしまい、ゲルテ達の元へ向かう。
「はっはー、すげぇな嬢ちゃん。めちゃくちゃつぇーじゃねーか」
まず、最初に回復させた護衛がスピカを上機嫌で迎え入れる。
自身を回復させた上に、盗賊達を全滅させたのだ。
恐れられるか、敬まれられるかのどちらかだが、護衛の人の良さとスピカの容姿の良さで恐れられる事はなかった。
最後の過剰回復についても、何か不思議な力を使ったんだなぁとしか思わなかった。
むしろ、過剰回復のかの字も思いつかなかった。
何故ならありえない事であったから。
そして、他の護衛やゲルテまでもスピカに礼を言う。
「嬢ちゃん。ありがとう。また助けられてしまったな」
「いいよいいよ。それより、まだ何人か意識はあるみたいだけどどうしようか?」
スピカは、彼らの処遇について問う。
町まで連れていくのか、この場で殺すのか。
「ふむ。意識がある者は縛って荷台にでも乗せておこう。次の町までもう少しじゃし」
「だな。あとは、他の盗賊達の身ぐるみを剥いでおこう。それでいいですよね旦那?」
「うむ」
「これじゃあどっちが盗賊なのかわからないね」
「まったくだ」
はっはっは、護衛のリーダーは笑う。
つられる様にみんな笑う。
危機を乗り越えた後は嬉しいものなのだ。
「嬢ちゃん、後はワシらに任せな。嬢ちゃんのシュリの所に戻ってやってくれ」
「わかりましたー」
スピカはゲルテに言われた通りにシュリの所に向かう。
「スピカお姉ちゃん、大丈夫?」
そこでは、大きなぬいぐるみを不安そうに抱えるシュリがいた。
「私はこの通り大丈夫だよ」
「悪い人たちは?」
「私たちでみんな倒しちゃったよ」
「本当!?」
「うん。だからもう安全だよ」
と、スピカはシュリを安心させる。
こんな小さな少女をこんな時に一人にさせてしまったので心配だったが、スピカが姿を見せた事でそんな心配は必要なくなった。
ー▽ー
その後、衛生面を考え、死んだ盗賊達を集めて燃やした。
中でも、少し強かった大男はけっこうなお尋ね者らしく、討伐証明のために首だけ切り取った。
そして、生き残った者達は縛られて、荷台に入れられて、次の町で町の警備隊に引き渡された。
他にも、ゲルテが盗賊達の装備を売却したり、大男の討伐の報奨金をもらったりして、スピカもその分け前をもらった。
《そういえば、お金全然なかったね》
《うん。宝石とかはあるんだけど現金が無いのは危なかったね》
幸い、師匠との修行の過程で冒険者には登録しているので身分を証明する事は出来る。
もっとも、ただのスピカで登録されているが。
どちらにせよ、現金は領地にいる時とは違い、自分で支払わなければならないので早急に必要なのであった。
その間、スピカはシュリと遊んでいるだけであったので楽なものであった。
全てシュリのおじいちゃんがやってくれました。
その後も、町について宿屋に泊まりを繰り返して、ついに王都オーレリアに到着した。
「ここって、おとぎ話の勇者の名前から付けられたんだっけ」
「ほう。嬢ちゃんは物知りじゃな。そう通りじゃよ。かつて、邪神を封印した勇者の一人の名前から付けられたのじゃ」
スピカの独り言に返事をするゲルテ。
王都民であるゲルテはともかく、どこからともなくやってきたスピカがそれを知っている事には驚いたのだ。
「さてと、ゲルテさん達、ここまで乗せていただいてありがとう」
スピカは馬車から降りて礼を言う。
「礼を言うのはこちらの方じゃ。シュリの病気を治してもらった上に、我らの命まで救ってもらったからな。こちらの方こそ感謝してもしきれぬ」
そう言うゲルテの言葉に護衛達は頷く。
「スピカお姉ちゃん。お別れなの?」
そして、シュリは相変わらずぬいぐるみを抱きしめて泣きそうになる。
自分の病気を治してくれたのだ。
怖い人たちを倒してくれたのだ。
一緒に遊んでくれたのだ。
優しくしてくれたのだ。
シュリはスピカの事が大好きになっていた。
悲しくないはずがない。
「そうだね。でも、しばらく王都にいるつもりだから、また会えるよ」
「うん」
別れを惜しんでいるシュリの頭を優しく撫でる。
「あ、そうだ。どこかいい宿屋を知らない?」
「ふむ。そうじゃな。ワシの知り合いがやっている『止まり木亭』という宿屋がオススメじゃな。飯もうまいし部屋もいい。どれ、少し待っておれ。今、紹介状を書いてやろう」
そう言って、ゲルテは紙を取り出し、文書を書いてスピカに渡す。
「ありがとうございます」
「何、これくらい容易い事だ。お嬢ちゃん。本当にありがとう。何かあればエーデル商会に来てくれ。息子に会長の座は譲ったが、ワシにもまだまだできる事はあるからな」
「うん。何かあればお願いするよ。それじゃみんなバイバイ」
「スピカお姉ちゃんバイバーイ!!」
こうして、スピカはゲルテやシュリ達と別れた。
「エーデル商会って、確かこの王都で三指に入る大きな商会だよね」
《そうね》
重病とはいえ、孫娘一人のために様々な医者に見せたり隣国まで行ったりとしていたのでかなりの金持ちだとは思っていた。
しかし、まさか隣国の領地に引きこもっているスピカまでも知っているほど大きな商会の元会長とは思いもしなかった。
「さて、これからどうしようか?」
《紹介状も貰ったんだし、とりあえず宿屋に行きましょう》
「そうだね」
ご丁寧に簡単な地図まで書かれた紹介状を手に、スピカは『止まり木亭』に向う。
「それにしても大きいね。さすが王都って感じ」
《私達、領地からほとんど出た事ないものね。自国の王都よりも先に他国の王都に来るなんてね。それよりもあんまりキョロキョロしないでよ。田舎者に思われるわよ》
「了解です」
スピカ、と言うよりはメーティスが大きく発展させたクラリス領だが、やはり、王都には劣ってしまうのだ。
だから、スピカは少し物珍しさを感じてしまう。
もっとも、今はフードを被っているため、多少キョロキョロした所で誰も気づかないのだが。
「うーん。目移りしちゃう。明日は観光でもしよっか」
《いいわね。後はお買い物もしましょ》
「うん。と、ここだね」
『止まり木亭』に到着したスピカは早速中に入る。
「すみませーん」
「はいはい、ただいま」
出迎えてくれたのは、ふくよかで人の良さそうな中年の女性であった。
「泊まりたいんだけど、お部屋空いている?」
「ああ、空いてるよ。お嬢ちゃん一人かい?」
「うんそうだよ。それと、一応紹介状をいただいたのだけど」
スピカは持っていた紹介状を渡す。
「おや、ゲルテさんからの紹介かい。お嬢ちゃん、小さいのにすごいねぇ。これはサービスしなきゃね。それで、何日泊まるんだい?」
「とりあえず、10日ほどお願い」
受付を済ませお金を支払う。
ちなみに、スピカは確かに小さいが、実際はその年齢の平均より少し下程度である。
しかし、まだ成人にも達していないため、やはり小さく見えるのだ。
「朝食は5時から7時。昼食は無しで夕食は6時から9時までの間だよ。それから、お湯は個別料金だから気をつけておくれ」
「了解しました〜」
そして、鍵を受け取ってスピカは部屋に入る。
「おー、簡素だけどかなり綺麗だね」
《そうね。確かにいい宿屋ね。ゲルテさんもいいところを紹介してくれるわ》
さすがに、妾腹とはいえ、貴族の令嬢にして屋敷内では実質トップであったスピカの屋敷の部屋には遠く及ばない。
それでも、十分満足できる部屋であった。
「持ち物を確認して、明日は観光しながら必要な物を買いに行こうか」
《そうしましょう》
スピカはこれからの事に想いを馳せながらベッドに転がり込んだ。