14 スピカの過剰回復
シュリの病気が治り、ゲルテと赤ん坊の頃からシュリを知っている護衛達と喜びを分かち合った翌日。
空気を読めず盗賊達は現れた。
「くっ、まずいな。かなり数が多い。シュリちゃんとスピカちゃんは馬車に隠れててくれ」
と護衛の人に言われたのでスピカはシュリと共に馬車に隠れる事にした。
ちなみにゲルテは戦うそうだ。
若い頃から何度も盗賊に襲われてきたゲルテは商人ながらそれなりの腕っ節があるとの事。
何よりシュリと恩人のスピカを護らんがために。
そして、戦闘が始まる。
「スピカお姉ちゃん。怖いよぅ」
馬車の中にいるものの、戦闘の音は聞こえてくる。
当然だが盗賊は怖いものだ。
何人もの大きな大人が武器をもって自分達に襲いかかってくる。
怖くないはずがない。
「大丈夫だよ。私がついているから」
「うん」
とは言ったもののとスピカは窓から外を見る。
見た感じ、こちらの護衛達の方が強い。
しかし、盗賊達の方が数は圧倒的におおいのだ。
どこにこんなに潜んでいたのかというくらい。
《これマズイよね》
《ええ。かなりマズイわ》
数は力だ。
このまま押し切られるのは明らかであった。
「くっそう。だんなぁ!! 俺たちが道を切り開く。あの二人を連れて逃げてくだぐあっ!!」
護衛の一人が漢気溢れるセリフを放つが、隙を突かれてダメージを受けてしまう。
致命傷ではないが、このまま戦闘を続行するのは難しいそうだ。
《これはダメだね。仕方がない。やろうかメーティス》
《オッケー》
メーティスと会話したスピカは剣を取って立ち上がる。
「スピカお姉ちゃん?」
「シュリちゃん。私、ちょっといってくるね。絶対に馬車から出ちゃうダメだよ」
そう言って頭を撫でてスピカは馬車を出る。
その瞬間、盗賊達の動きが止まった。
動きを止めてまで魅入ってしまったのだ。
馬車から出てきたスピカを。
盗賊達から見て、スピカは上玉も上玉であった。
多少幼く見えるが、白く、美しく、儚げなスピカはとてつもない美少女である。
触れただけで壊れそうなスピカを欲する者は多い。
盗賊達は見た事もない美少女のスピカに目を奪われてしまった。
「へっ、へへへ。とんでもねぇ上玉を隠していやがったなぁ。そりゃ必死にもなるわなぁ」
盗賊は舌を舐めずりながら下卑た目線でスピカを見る。
アレを売ればいくらになるのだろうか?
一生遊べそうな金になりそうだ。
いや、自分達で遊んでから売ったって十分な金になる。
と脳裏で狸の皮算用をしていた。
それは、ほぼ全ての盗賊がそうであった。
「じょ、嬢ちゃん。どうして出てきた!!」
そして、スピカの希少性と美しさをきちんと把握しているゲルテは頭を抱えた。
盗賊達は何としてもスピカを捉えようとするだろう。
どこに逃げようが必ず追ってくる。
だから、馬車に隠れててもらったのだ。
スピカが出てきてしまった今、盗賊達から逃げるのは困難極まりない。
しかし、スピカは何事もないかのように先ほど怪我をした護衛の元に向かう。
「はい。これで大丈夫」
「え、あっ」
スピカによって回復魔法をかけられた護衛は気づかぬ内に傷が塞がっていた。
「皆はそのままシュリちゃんを護っていてね」
そう言った瞬間、スピカはその場から消えた。
「「「え?」」」
「そんな視線は慣れているけど、不愉快なのは変わらないんだよ。だから死ね」
ーーボトリ
スピカが現れたのは先ほど目線だけでなく、言葉まで出した盗賊の真後ろだ。
そして、そのまま剣を抜き、その首を切り落とした。
「次はお前の番ね」
そのまま滑るように近くにいた盗賊を切り捨て、さらに次々と盗賊達を一撃で殺していく。
「ギャーーーーー、なんだこいつっ!?」
「なんでこんな弱そう奴が!!」
「一撃だ、一撃当てろ!!」
などと、盗賊達は半分パニックになりながら叫ぶ。
信じられなかったのだ。
スピカの見た目は弱々しくて儚げだ。
触れただけで壊れてしまいそう。
そんな存在が自分達をあっさり殺していく。
いくら剣を振るおうが、スピカに当たる事はない。
逆に、スピカの動きを把握できない盗賊達は防ぐ事も避ける事もままならずに殺されていく。
猛スピードでスピカは盗賊達を殺していくが、
「どっせぇい!!」
目の前で巨大な戦斧が地面に叩きつけられる。
当たる事はなかったが、スピカの盗賊殺しは止められた。
「はっはっは。やるじゃねぇか嬢ちゃん」
そして、現れたのはその戦斧を持った大男であった。
その男は明らかに他の盗賊とは違い、確かな技量があるとスピカは感じた。
「うぉーー親分!!」
「さすが親分、あの女を止めやがった!!」
「親分なら、親分なら!!」
先ほどまでスピカから逃げ惑っていた盗賊達は歓声をあげる。
「どうだ、嬢ちゃん。俺の女になるってんならあいつらは見逃してやるよ」
「は? お断りだよ。死ね」
スピカは瞬時に距離を詰めて大男を斬る。
しかし、
「ふんぬぅ!!」
剣から伝わってきた感覚は、肉を切り裂くような感覚ではなく、鉄に剣を叩きつけたような感覚だった。
「はっはっは。どうやら嬢ちゃんの腕じゃあ、俺の体は切れないようだな」
大男は上機嫌でスピカに言う。
スピカの斬撃が防がれた以上、スピカには大男に勝てないのだから。
大男はこのままスピカが戦おうが降伏しようが、スピカを手に入れることができるのだ。
「それは、"赤鋼体"かな」
「おお、よく知っているな。そうだ。これは"赤鋼体"だ」
"赤鋼体"とは、闘気で己の全身を固めて防御力を上昇させる技である。
ちゃんと使えれば、その体は赤くなり、鋼鉄の様に頑丈になる。
習得は難しいが、その分こと防御においては絶対な力を発揮する。
事実、スピカの剣でも"赤鋼体"を発動させた大男を殺す事は出来なかった。
「確かに、私じゃあそれを突破する事は出来ないね。精々皮膚を切り裂くぐらいかな」
それでも、大男の皮膚を切る事には成功している。
闘気を扱う事が出来ないにもかかわらず、それを成したスピカの技量は凄まじい。
しかし、皮膚を一枚切ったぐらいではこの大男を殺す事は出来ないのだ。
「まあ、でも関係ないけどね」
「あ?」
次の瞬間、大男は突如倒れこんだ。
「なん……だこれ」
突然の出来事に大男は困惑している。
頭がガンガン痛い。
吐き気がする。
全身が膨れ上がって張り裂けそうだ。
意識が朦朧とする。
「なに……を……した」
「教える義務はないんだけど、まあ特別に教えてあげる」
スピカは男の頭の元へ移動する。
「過剰回復って知っているかな?」
「かじょう……かいふく……だと」
「うん。過剰回復。普通、回復魔法ってその人を回復させるでしょう? 怪我を治したり病気を治したり。でもね、薬も過ぎれば毒となる。回復魔法も通常の何千何万倍もかければその人にとって害になるんだよ。人によって症状は違ったりするけど、大抵は極度の頭痛や目眩、吐き気、全身の水膨れかな。内臓にも異常をきたしているから内側も痛いと思うけど。そして、それが第一段階。さらに強い回復魔法をかけられると死んじゃうんだよ」
「ばか……な……そんな……めちゃくちゃな事が……あってたまるか」
大男のいうめちゃくちゃな事とは、過剰回復といった現象ではなく、それを行ったスピカの事だ。
回復魔法とはかなり魔力を消費する。
どんな回復魔法の達人であっても、精々一人しか過剰回復が出来ない。それも全魔力を使って。
しかし、スピカはそれを平然と行える。
スピカの大いなる癒しの力と、馬鹿げた魔力の出力。そして、かつて星竜メラクからもらった尽きない魔力が存在するのだ。
幼い頃、星竜メラクからもらった加護は尽きない魔力。
正確に言えば、"魔力無限増幅"である。
これは、魔力で魔力を増幅生産する事ができる。
扱いが非常に難しいので、まだまだ扱いきれていないが、失った量の魔力を瞬時に補給する事くらいは出来る。
これがあるスピカの魔力は尽きる事がない。
これらが合わさって、スピカは過剰回復を瞬時に行う事が出来るのだ。
「いくら否定しても現実はあなたがそこで倒れている事だよ。相手が悪かったね。それじゃあ、バイバイ」
スピカは大男に回復魔法をかける。
魔力の光は大男を包み込み、消えていった。
大男の命とともに。
やっとタイトル回収。




