12 病気の少女
「よっと」
スピカは地面に降り立つ。
先ほど、背後の山を飛び越えてきたのだ。
もうここはアルデバラン王国である。
通常、あの場からアルデバラン王国に行こうと思えば、背後の山を大きく迂回していかなければならない。
何故ならあの山、というより山脈を越えようと思えば、何度も山を越えなければいけないし、それぞれの山は険しく、人が通るような所ではないからだ。
しかし、空を飛ぶ事ができるスピカであればそんな事関係なくまさにひとっ飛びであった。
「ここからは歩いて行こうか。飛ぶだけじゃ味気ないしね」
《そうね。時間はあるのだしゆっくりしましょう》
と、ここまで来たスピードはなんだったのかと思う様なスロースピードでスピカは歩き出す。
歩くのが遅いのではなく、飛びスピードが速かっただけなのだが。
「このまま西に進めば王都だっけ。とりあえずそっち方面に行こうか」
《そうしましょう》
いずれ何処かに着けばいい。
時間はたっぷりあるのだからとスピカ達は景色を楽しみながら歩いていく。
数時間歩き、街道を見つけ、それに沿って歩き、景色を眺めるのも飽きたのでメーティスと話したり、本を読みながらさらに歩く。
お昼も過ぎてお腹がすき、食べ物がない事に気が付いて悲しくなった。
空腹を回復させるという荒技を披露して、何処かの町か村に着くか、夜になる前に狩りをするかと考え、それまで我慢する事にした。
「おーーい」
お茶。
なんて事を誰かさんはとっさに考えてしまったが、スピカはそれを知らずに声する後方へと向く。
そこには、いくつもの馬車とそれを引く馬。そして、それらに乗る複数の人がいた。
おそらく商人とその護衛だろうとスピカは思う。
彼らはスピカの前に止まる。
「おーい、嬢ちゃんこんな所で一人旅か? しかも、そんな軽装で危ないじゃないか」
とその中でも人が良さそうな初老の域に入った男性がスピカを注意するように言う。
事実、スピカは軽装、と言うよりも手ぶらであり、腰にふた振りの剣が刺さっているくらいである。
「ワシらは王都に向かっているのだが、良かったら嬢ちゃんも乗っていくかい?」
明らかに怪しい誘いであった。
しかし、スピカには本当に善意によるモノだと感じた。
スピカを攫おうとする者は何人もいた。
故にスピカは人の悪意というモノに敏感である。
しかし、この老人からはそれが感じられなかった。
《メーティス、どうする?》
《私も嫌な感じはしないし。どちらでもいいわ。スピカの好きにしなさい》
と、メーティスと心の中で話し合った。
「それだったら便乗させていただこうかな。私はスピカだよ。よろしく。」
最低限の礼儀のため、スピカは被っていたフードをとり、頭を下げる。
「ほぉー、嬢ちゃん、かなりのべっぴんさんだな。誘ったかいがあったわい」
老人は眼福眼福といった感じに頷く。
「ところで嬢ちゃん、馬車に乗せる代わりといっちゃなんだが、ひとつ頼み事があるんじゃが」
「頼み事?」
スピカは自分の容姿を見て心変わりをしたのならこの場で全員切り殺す、
「実は、ワシの孫もいるのじゃが病気でな。ここはみんな大人じゃし、孫も暇であろう。だから看病と話し相手をしてくれぬか」
なんて考えはすぐに捨てた。
《こんな人もいるんだね》
《本当にね》
おもわず、スピカもメーティスも根っからの善人なんだなぁ〜と思った。
「うん。それくらいならお安い御用だよ」
「ほっほっ。お嬢ちゃんありがとう。孫がいるのはこの馬車じゃ。入ってくれ」
老人に促されてスピカは馬車に入る。
馬車の中は広く、何より特質すべきなのは大量のクッションとぬいぐるみであった。
大量のクッションが敷き詰められた馬車の内部は揺れを最大限吸収し、病人にとって最高の馬車であった。
そして、ぬいぐるみも老人の孫の為のものであった。
「おじいちゃんどうしたの?」
中にいたのはちょうど5歳くらいの女の子であった。
「うむ。偶然このお嬢ちゃんと出会ってな。シュリの話し相手をしてくれる事になったんじゃ」
「ほんとう!?」
シュリと呼ばれた女の子はパァっと顔を明るくする。
退屈だったのだろう。
「わぁ!! お姫様みたいに綺麗!! あのね、シュリはね、シュリっていうの!!」
スピカの格好はフード付きのケープとワンピースといった軽い格好をしているのだが、白くて綺麗なスピカは絵本に出てくるお姫様みたいだとシュリは思った。
「シュリちゃんだね。私はスピカっていうだよ。よろしくねシュリちゃん」
「よろしくスピカお姉ちゃん!!」
シュリはスピカをキラキラした目でお姉ちゃんと呼んだ。
「お姉ちゃん、か」
「スピカお姉ちゃん?」
「ううんなんでもないよ。お爺さん、シュリちゃんの事は任せてね」
「ホッホッホ。頼むぞい」
そうして、スピカはシュリの馬車に入った。
《あの子達が心配?》
《まあね。少し……とても心配。でも、事前に手紙も書いていたしアントンもいるし、シリウスだって他の子だってみんな元気だよ》
《そうね!!》
と、スピカは残してきた兄弟達に思いを馳せていた。




