幕間 スピカの手紙
スピカが失踪した。
それ屋敷中に衝撃を与えた。
大好きな姉がいなくなった子供達は皆泣き叫ぶ。
どれだけ探してもどれだけ呼んでも姉は現れないのだ。
いつも、優しく抱きしめてくれた姉がいないのだ。
泣いても泣いても姉は現れない。
その事実が本当に姉がいないのだと子供達が理解する理由になり、泣き声はさらに加速する。
使用人達もショックを受けていた。
使用人達にとってスピカは優しく、美しく、賢く、強く。
まさに理想の主であった。
そんな存在が突然消えたのだ。
ショックも受ける。
それに対して、ファクスとその女達は怒り狂っていた。
ファクスはこの自分が慰めてやろうとしたのに、文字どおり足蹴にされ、気絶させられた事に深くプライドを傷つけられた。
ファクスはそれが許せず、使用人達に捜索命令を出させた。
見つけ出し、捕まえて、許しを乞うまで犯してやると決意した。
その薄いプライドと醜い欲望故にそうしないと気が済まなかったのだ。
さらにファクスの女もファクスを傷つけた事に憤っていた。
もちろん、その中にはスピカの実の母親も含まれていた。
そんな中、アントンはスピカの通っていた道場にやって来た。
半壊した道場と盛り上がった庭の土。
何があったか半分察したアントンは、盛り上がった庭の土に祈ってから持ち込んでいたスコップで地面を掘り始めた。
そこは、デュランのいる盛り上がった土ではなく、そこから離れたとある木の根元だ。
アントンはスピカが失踪するずっと前から言われていた事がある。
「もし、私が何らかの理由で屋敷からいなくなったらこの場所を掘ってね」
まさか、アントンは本当に掘りかえすことになるとは思わなかった。
そして、掘り進めていくと、一つの箱が見つかった。
その中には大量の手紙があり、一番上には自分宛の手紙があった。
ーーーーーーーー
アントンへ
この手紙を読んでいるって事は私が何らかの理由で屋敷からいなくなった事だと思います。アントンには世話をかけるけれど、いくつかお願いあります。この箱には兄弟達に向けての手紙が書かれています。それを渡して欲しい。そして、それとは別にまだ施行していないこの領地で有用と思われる政策を纏めたものを記しておくので是非活用してください。最後に、相変わらず迷惑をかけるけれど、どうか他の兄弟達をお願いします。ーーーーースピカより
ーーーーーーーー
「お嬢様……」
アントンは涙を流す。
どうして、こんなに素晴らしい少女がこんなに辛い目に合わなくてはいけないのだと。
あの少女が何をしたのかと。
どうしてあの男はお嬢様を傷つけるのかと。
アントンは辛くて、お嬢様を憂いて涙を流す。
「かしこまりましたスピカお嬢様。おぼっちゃま方やお嬢様方は私どもにお任せください。スピカお嬢様はどうかご無事で」
アントンはそう言葉に出して、庭を元に戻し、箱を大切に持って道場を後にする。
そして、そのまま子供達のいる別館に向かう。
別館は相変わらず阿鼻叫喚の図であった。
「皆様、スピカお嬢様よりお手紙をお預かりいたしました」
その言葉を聞いた子供達の泣き声は一斉に止まる。
「お姉様の!?」
「あにぇうぇ?」
「ねぇのおてがみ?」
アントンは子供達一人一人に手紙を渡す。
文字の読めない子供には他の使用人達に読ませてあげる。
言葉がわからない者にもちゃんと手紙が書かれていた。
一昨日、この場に迎え入れられたミアプラにも。
その量は紙束となるほど多く、いかにスピカが兄弟達を大切にしていたかがわかる。
兄弟達はスピカの手紙を真剣に読む、或いは聞く。
読みながら泣く者もいるが、先ほどのようにただただ泣いているだけではない。
しっかりと真剣に読んでいる。
「アントン、姉上はご無事だろうか?」
最初に読み終えたのは兄弟で一番のスピカの信奉者であるシリウスであった。
先ほどまでのシリウスは本当に酷かった。
使用人から見て自殺しかねない程落ち込んでいたのだ。
それが、今や生気が戻り、強い意志が宿った目になっている。
「ええ。スピカお嬢様の事です。きっとご無事でございます。そのうちひょっこりと帰ってくるかもしれません」
アントンはスピカの強さを知っている。
十年前に失踪してから自力で帰ってきた事も知っている。
もはや、騎士達も含めて誰一人敵わないような技量を持つ事を知っている。
挫けぬ心を持っている事を知っている。
そんなスピカが、屋敷からいなく程度で無事じゃないはずがない事をアントンは知っている。
「そうか。ならば姉上が帰ってくるまで僕がしっかりしていないとな。僕が一番お兄ちゃんなんだから」
そこに先ほどまでの死にそうな姿はない。
姉のように兄弟達を護るという強い意志を持った少年がいた。
そして、それはシリウスだけではない。
「お兄様、私も頑張ります!!」
「僕も頑張る!!」
「あたちもがんあう!!」
皆がみんな護ろうとする強い意志を持っていた。
あの姉のように強くなろうという意志を持っていた。
何故なら、自分達もお兄ちゃんでお姉ちゃんなのだから。
スピカが帰ってくるまで頑張るのだ。
「よし!! 姉上が帰ってくるまで。いや、今度は僕達が姉上を護れるようにみんなで頑張るぞぉ!!」
「「「おおぉーー!!」」」
一致団結する兄弟達の姿に使用人達は涙ぐみながらお手伝いいたしますと決意した。