11 最悪な別れ
「ふぅ。これでいいかな」
スピカは道場の庭にデュランの遺体を埋めて墓を作った。
「道場、ぐっちゃぐっちゃだし出来るだけ掃除していこうか」
《そうね》
スピカの言う通り、道場の中は中々に悲惨だ。
主に不浄の化け物のせいで壁は崩れ、床は抜けている。
「あっ、師匠の剣と黒い宝玉。どうしよう」
スピカはとりあえず抜き身の剣を鞘に戻し、黒い宝玉を拾い上げる。
「気配は弱まっているけどあんまり良くないものだよね」
《そうね。あの化け物の原因だし。壊すのも怖いし、かと言って放置しておくのも怖いわよね。とりあえず持っておきましょう。気配は弱いから大丈夫だと思うわ》
「わかった」
そしてスピカは剣を持ち、黒い宝玉を懐に入れた。
「掃除しようと思ったけど、一人でどうこうなるもんじゃないね」
《そうね。一人じゃ無理ね》
「今度人を手配して修復してもらおうか」
《それがいいと思うわ》
道場の掃除は無理だと判断し、次は道場に隣接されたデュランの家に向かう。
最後に片付けてと言われたから。
「この家もどうしたらいいんだろう」
そう呟きながら家に入ると、そこには手紙が置いてあった。
手紙、と言うより遺書であった。
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スピカよこの手紙を読んでいるという事はわしはお主と死合い、死んだのであろう。辛い目に合わせて本当にすまぬなぁ。にもかかわらずわしの願いを叶えてくれた事を嬉しく思う。スピカよ、お主にはわしの剣を譲ろう。話した事があるとは思うが、とあるドラゴンの爪より作り出した業物じゃ。お主なら十全に扱えるであろう。その他にもわしが所有している物は全てスピカの譲る。それがわしに出来る最後の物じゃ。スピカよ、お主は子供の頃から不思議であったなぁ。竜の翼を生やしたり、強い癒しの力を持っていたり、尽きぬ魔力を持っていたり、精霊がいたり。他の者が嫉妬しそうなほど沢山のモノを持っている。だが、お主の剣技はお主のその強さに対するひたむきさが育てたものだ。お主は闘気を扱う事が出来ぬ体質であるにもかかわらずここまで強くなった。お主には度々自分の強さが正当なものなのかを悩んでいる風に見えたが、どれもこれもお主自身の力だ。何も悩む事はない。お主の力が正当なものでなければここまで強くなる事は出来なかったであろうからな。スピカよ、自分の力に誇りを持つがいい。精霊メーティスよ、どうかスピカをよろしく頼むぞ。最後にスピカよ。お主はがわしの弟子になってくれて本当に良かった。どうか強く幸せに生きてくれ。わしはそれを願っておる。 ーーーデュラン・スターティア
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「師匠ぉ」
涙は流さないようにしていた。
デュランが死んだ時も泣かないようにしていた。
強くあろうとしたあの日から泣かないように決めていたのだ。
「メーティス……私、今日は、今日だけは泣いてもいいかな?」
《ええ。泣きなさい。誰も咎めはしないわ。精一杯泣きなさい》
「うん。……うっ、うっ、し、師匠ぉぉぉぉぉっっ!!」
スピカの涙腺は崩壊する。
大好きだったのだ。
厳しくも優しい師匠が。
師匠の望みとはいえ、己の手で殺めてしまったのだ。
辛くないはずがない、悲しくないはずがない。
堪えていたものが一気に溢れ出す。
「わあ"あ"あ"ぁぁぁぁぁ」
一度溢れ出す物は止まらない。
どれだけ泣いても止まらない。
スピカはその場でずっと泣き続けた。
ー▽ー
「うぅ、ひっく、ひっく」
スピカは泣き続けた。
ずっと泣いていた。
それでもまだ涙は止まらない。
《スピカ、そろそろ帰りましょう》
もう、太陽は沈みかけている。
このままここに放置する事はできず、メーティスはスピカを帰るように促す。
「ぐすっ、う、うん」
スピカは立ち上がり帰路に着く。
それでも、スピカが泣き止む事はなかった。
そして、夕日に照らされるその姿はスピカの容姿と相まって、とても幻想的で美しかった。
そんなスピカをとある男は偶然見てしまった。
屋敷に帰り、それでも泣くボロボロな姿のスピカは使用人達と兄弟達全員に心配されるが、
「私は大丈夫。みんなありがとう」
と泣きながらもニッコリと微笑んで自室に戻った。
ボロボロだったので服を着替えてスピカはベットに座り込む。
そして、そこでもまた泣き続けるのだ。
食事も摂らずに泣き続けるスピカを心配した兄弟達や使用人達は度々スピカの部屋を訪れるが、一人にさせて欲しいとスピカは追い返した。
今だけは、今だけは一人で泣かせて欲しかったのだ。
「すんっ、ぐすっ」
ーーガチャリ
それからもしばらく泣いていると、ノックもせずにズカズカと部屋に入ってきた存在がいた。
ファクスだ。
「……なんの……用ですか……お父様」
「なに、泣いているようだから慰めにきてやったんだ」
ファクスはそう言いながらドアを閉めてスピカに近づいていく。
「ご心配には……及びません。どうか私を一人にしてください」
「つれない事を言うなよ。女が泣いている時は男が慰めてやるのが一番なんだ」
ファクスはそう言ってスピカを押し倒す。
「は?」
「俺が慰めてやるよ」
そのままスピカの服に手をかけようとする。
「なっ、いやっ、やめてっ」
スピカはジタバタと抵抗する。
そして、
「ふ、ふっざけるなっ!!」
何とか、ファクスの股間めがけて蹴り上げる。
「ウッ……」
そして、怯んだ隙に脱出し、今度は胴体を思いっきり蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたファクスはドアを突き破り、そのまま気絶した。
「はあ、はあ、ありえないっ!! 何なのこの男!? 実の娘を犯そうとするなんてっ!?」
スピカは息を切らして、身を寄せながらありえない物を見る目で気絶したファクスを見る。
《スピカッ!! あの男が目を覚ます前に逃げるわよ!!》
「うんッ!!」
そして、スピカは人竜化して窓から飛び去った。
ー▽ー
「はぁ、はぁ、はぁ、はぉ、はぁ、ふぅ」
《スピカ、大丈夫?》
「う、うん。少し落ち着いた」
屋敷から飛んで逃げたスピカが向かった先はかつて命の危機に瀕した場所。
星竜メラクが封じられていた所だ。
スピカは一人になりたい時、度々ここに来ている。
とっさに向かった場所がここだった。
「信じられない。父親ってあんな事するの!?」
《そんな訳ないわよ!! おかしいのはあの男。スピカ、本当に無事でよかった》
メーティスは頭のおかしな事をするファクスに憤り、スピカの無事を心から安堵した。
「ああ、気持ち悪い。おぞましい。未だに寒気がして鳥肌が止まらないよ」
《スピカ。大丈夫、大丈夫だから。ここは安全だから》
ある程度落ち着いたとはいえ、やはりスピカの精神的なダメージは大きい。
何せ、最も嫌いな男に犯されそうになったのだから。
いくらスピカでもこれには心に傷がはいる。
回復魔法で治せないのも厄介だ。
その後もメーティスが賢明にスピカに語りかけて、ようやく本当に落ち着いてきた。
「……これからどうしよう」
屋敷には戻れない。
絶対に戻りたくない。
しかし、スピカは突然家を出てきた訳だ。
これからどうすればいいのかわからないのだ。
自身が特殊な能力を持っているため、場合によれば家にいられなくなる事もあるかもと思っていた。
だが、あまりにも突然で最悪だった。
《そうね。今日はとりあえずここで夜を明かしましょう。その後は……この領地、と言うよりこの国には居ない方がいいわね。スピカはどこか行きたい国はある?》
「うーん。この近くの大きな国はアルカイド竜国とアルデバラン王国だよね。アルカイド竜国には竜族がいるから行っておきたいいって思っていたけど、どうせ時間はあるよね?」
《そうね。仕方ない事とはいえこれからは自由に行動できるわ》
「だったら先にアルデバラン王国の方にいこうよ」
《いいわね。そうしましょう。どちらにせよ背後の山を越えるといけるわ。明日飛んで行きましょう》
「うん」
こうして、スピカの行き先が決まった。
アルデバラン王国。
アルカイド竜国に続いて長い歴史をもつ大国である。
スピカはそこに行くと決めた。
この章はここで終わり。幕間挟んで第二章がスタート。連続投稿はこれで終わりで次からはストック次第です。最低でも週一で連載できたらなーと。とりあえず5日間は毎日投稿したいかと。
感想などはドシドシ送ってくれると幸せになります。作者は豆腐メンタルですが。
それでは引き続きスピカさんの物語をお楽しみください。




