10 不浄の化け物
「な、何これ……」
スピカの前に現れた巨大な化け物。
それは、爛れて腐った肉体を持ち、不浄の気配を撒き散らす。
『グオォォォォ』
《スピカッ!!》
不浄の化け物を呆然と見ていたスピカは、不浄の化け物に横から巨大な腕で叩きつけられる。
「かっはっ」
圧倒的な質量による一撃はスピカを簡単に吹き飛ばす。
全身がバラバラになりそうな一撃。
肉は潰され、骨は砕ける。
とっさにふた振りの剣でガードしたにもかかわらず、剣ごと粉々に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「くっ、何こいつ。……お前、師匠に何をした!!」
スピカの叫ぶような声に帰って来たのは拳であった。
回復を終えたスピカはそれを回避する。
先ほどはくらってしまったが、それほど速くないその腕はスピカをとらえる事は出来ない。
《スピカ、アレは師匠の肉体を核に動いているわ。それと、アンデットと同じだから……》
「私の回復魔法を叩き込めば良いってわけだね」
アンデットのような不浄の存在にとって、回復魔法などの癒しの力は天敵だ。
そして、スピカは強力無比な癒しの力を持っている。
スピカはその魔力そのもの自体に癒しの力が含まれており、回復魔法として行使すればその力はさらに強くなる。
だから、かつて幼い頃のスピカでもノーライフキングを倒す事が出来た。
今回も同様だ。
「師匠をっ、返せぇぇぇっっ!!!」
スピカから放たれる膨大なエネルギー。
それは他者を傷つけるモノではなく、癒すモノだ。
しかし、不浄の存在である化け物にとっては危険極まりないモノ。
「グオォォォォオォォォォ!!」
スピカの回復魔法による攻撃は、不浄の化け物に確かに直撃した。
しかし、不浄の化け物も負けじと禍々しい魔力を放ちながらスピカに体当たりをかましにいく。
「当たるかぁっ!!」
しかし、それはスピカにとってアクビが出るほどに遅かった。
先ほどのデュランの方が何倍も速かったのだ。
「このままだと道場が崩れちゃうね。早く倒さないと」
事実、スピカが壁に叩きつけられたり、化け物の体当たりを受けたりと道場の建物としてかなりのダメージ受けていた。
「師匠、お借りします」
スピカは粉々になった己の剣の代わりに、デュランの剣を拾い上げる。
『グオォォォォ』
その爛れた肉体をスピカに向かって暴れさせる化け物。
再び、スピカを叩きつけようと巨大な腕を振るう。
それに対し、スピカは今度は避けなかった。
「ふっ」
迫ってくる巨大な腕をバラバラに切り裂いた。
『グオォォォォオォォォォオォォォォオォォォォ!!』
不浄の化け物の肉体は爛れ腐っているが、確かな質量と密度を持っている。
故に、闘気を扱う事が出来ないスピカにはそれをバラバラにする事は不可能であった。
普通ならば。
剣士が剣に闘気纏わせるのと同様に、スピカは己の魔力を剣に纏わせたのだ。
研ぎ澄まされた闘気が絶大な威力を誇るのと同様に、スピカの研ぎ澄まされた魔力は絶大な癒しの力を誇る。
それは、ただ回復魔法を行使するよりも遥かに強い癒しの力をはらんでいる。
つまり、闘気のように魔力を纏わせたスピカの剣は不浄の化け物を切り裂くなんて訳ないのだ。
「このまま一気に決めさせてもらうよ!!」
スピカはそのまま次々と化け物を切り裂いていく。
化け物も必死で抵抗するが、それは無意味であった。
何もしなければ浄化されながら切り裂かれ、スピカに攻撃を加えても同様であった。
「はああああああっっ!! これでっ、終わりだぁ!!」
そして、一際研ぎ澄まされた魔力とともに放たれたのは"流閃"。
それは、先ほどの形だけの"流閃"ではなく、闘気による威力の代わりに多大な癒しの力が含まれた一撃。
『グオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ』
その一撃によって不浄の化け物は断末魔をあげながら完全に浄化され、崩壊していく。
そして、化け物が消え去った跡には黒い宝玉とデュランがいた。
「師匠!!」
スピカはデュランに駆け寄る。
「師匠!! ご無事ですか!?」
「ぐ、が、はあ、はあ、はあ」
スピカの懸命な問いかけに反応は無いもののデュランの意識はあるようだ。
ただ、かなり消耗している。
「ス、スピカよ」
「は、はい」
「あの化け物になっていた時も意識はあったが、見事であった。特に、最後の一撃。わしを倒した時のもそうであるが、あれは我らが奥義である"流閃"とは異なるもの。そうじゃの……"竜閃"とでも名付けよう」
「'竜閃"……」
スピカがデュランと不浄の化け物に放った最後の一撃だが、それは通常の"流閃"とは異なるものであった。
デュランとの対決中、極限状態の中でスピカが知らずと"流閃"を改良し生み出したもの。
己の特徴とも言えるその翼で突進の勢いを加速させたものであった。
スピカは極限状態の中、通常の"流閃"ではデュランに敵わないと思ったが故に知らずととった行動。
それは、"流閃"を超えたスピカだけの技であった。
「そうじゃ。"竜閃"じゃ。それがわしを打ち倒した技。お主のお主だけの奥義じゃ」
そこまで言うとデュランは大きく吐血した。
「師匠!! 今、回復魔法をかけます」
それを見たスピカは慌ててデュランに回復魔法をかけようとしたところ、
「いや、いい」
デュランはそれを断った。
「でも……」
「あれだ。ワシはじきに死ぬ」
「え?」
「元々寿命だったのだ」
スピカに抱えられたデュランはそこから急速に老けていく。
先ほどまでの若々しい姿ではなく、肉は落ち、皺が刻まれ始める。
「ワシは悟った。もってあと10日ほどしか保たないと。だから、あのような化け物と契約を交わし、このような凶行におよんだ」
デュランは語る。
昔、とある遺跡で黒い宝玉を見つけたこと。
その黒い宝玉はあまりにも禍々しく、放置している方が帰って不安で常に持ち歩いていた事。
ある時、黒い宝玉から契約を持ちかけられたこと。
「黒い宝玉の事は無視していた。しかし、寿命を悟ったわしはその誘惑に負けてしまった。剣士として死にたいが故に。スピカと全力で戦いたいが故に。まさか、わしが負けた瞬間に黒い玉がわしを乗っ取るとは思いもしなかった。すまぬ、すまぬなぁスピカ。お主はわしと戦う事すら嫌だっただろうに。それを強制してあまつさえあの様な化け物と戦わせて。本当にすまぬ」
「ううん。いいんだよ師匠。師匠は私に剣を教えてくれた。弟子にしてもらった時、子供もいいところなのにちゃんと教えてもらった。師匠には貰いっぱなしだったのだもん。ずっと恩返しがしたかった。だから、師匠の願いを叶えさせられたのなら私は嬉しい」
辛かった。
痛みなんてどうでも良いほど辛かった。
師匠を切るのは本当に辛かった。
だけど、師匠はそれを望んでいたのだ。
スピカはどんなに辛くても師匠の望みを叶えたかったのだ。
だからスピカはデュランと戦った。
「ふっ、本当にお主はできた弟子じゃ。スピカよ。ありがとう。わしを剣士として死なせてくれて。スピカよ、我が最愛の弟子よ。ありがとう。わしの家をかた……ずけ……」
バタリとスピカを頬に触れていた手が落ちる。
「師匠? ……ししょおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
回復魔法でダメージを与えているけれど未だに過剰回復を使ってないっていう。




