9 師匠との死合い
翌日、スピカは約束の時間に道場にやって来た。
そこでは、デュランが背を向けて瞑想をしていた。
「師匠来ましたよ」
デュランが気がついていないはずがないとスピカは思うが一応声をかける。
しかし、デュランからの反応はない。
「師匠?」
「スピカよ」
「はい」
デュランはゆっくりと立ち上がる。
「剣を抜け」
「はい? えーと、打ち合うのですか? でも師匠が……」
「いいから剣を抜けっ!!」
「はいっ!!」
デュランの聞いたこともない大きな声にスピカは言われた通りに剣を抜いてしまう。
「スピカよ。今日で儂とお主が出会ってちょうど十年。今日ほど相応しい日は無いとは思わぬか?」
デュランは懐かしむように静かに語りだす。
「えーと、何の話です?」
スピカはデュランの意図が見えず、問いかけるが、デュランはそれを無視して話し出す。
「儂は悩んでおった。これをするべきかしないべきか。お主の為を思うのならばしないべきなのであろう。しかし、儂にはそれができなかった。実行するしかなかったのだ」
「師匠?」
その瞬間、デュランは黒い輝きを放つ。
かつて、スピカが星竜メラクからとある物を受け取り、翼を生やした時との対比のように。
「ふむ。力が漲るわ」
「し、師匠?」
そして、スピカは一層強い光を放ち現れた己の師匠を戸惑いながら見る。
先ほどまでいつ死んでもおかしくない老人であった師匠が若がったのだ。
おそらく全盛期であった頃の年齢に。
それだけでも異常であったが、スピカが異常を感じ取ったのは別のところである。
《とても良くない気配を感じるわ!!》
メーティスに指摘されるまでもなくスピカが感じ取っていた異常は、彼から感じられる気配がとても禍々しくおぞましいものなのだ。
「ど、どうしたんですか師匠? そんなに若返って。それに…その…気配…」
次の瞬間、スピカの右腕が地面に落ちた。
スピカの困惑した問いに対して返って来たのは言葉ではなく、斬撃。
デュランが一瞬で間を詰めてスピカの右腕を切り落としたのだ。
「っっつ!? な…にする…んですか」
ルシェは突然の事に驚きながらも失った右腕を回復魔法で再生させる。
メーティスと出会って十年。
回復魔法の研鑽も積んでいるスピカはこの程度なら一瞬で回復する事ができる。
「スピカよ。これより最後の稽古を始める。お主にはこれよりわしと死合ってもらう」
デュランは調子を確かめるようにブンブンと剣を振りながら言う。
「死合ってって、嫌ですよ。私、まだ師匠には教わっていない事がたくさんありますよ」
「そんな事はない。お主にはわしの技術を全て教えた。そして、これが最後だ」
デュランは十年前にスピカを弟子にした時よりこの時は待ち望んでいた。
スピカに己のすべてを、最後にはその命すら糧にしてスピカに継承させようと。
そして、寿命ではなく剣士としてその命をまっとうすると。
「最後だなんて、止めてくださいよ。私、師匠と戦いたくなんかありません」
「ふっ、お主はやはり優しいの。だが、今日だけはお主の優しさはわしには毒にしかならぬ。わしの寿命は残り僅かだ。すぐに朽ちる。ならば最後は剣士として、弟子であるお主と死合って死にたい!!」
そう言うデュランの瞳はどこまでも真摯であった。
その気配は禍々しいが願いはとても純粋であった。
「……わかり、ました」
スピカはギリッと歯を食いしばって剣を抜いて構える。
《スピカ!?》
「お願いメーティス、力を貸して。最後には師匠の望みを叶えてあげたい。それが私にできる唯一の事みたいだから」
《そう。わかったわ!! 》
「ありがとう」
スピカはメーティスと話し終え、先ほど腕と共に落とした剣を拾い上げるとキッとデュランを見つめる。
「話し合いは済んだか?」
「はい」
「ふむ、では」
デュランも剣を構えて臨戦態勢をとる。
まったく同じ構えである。
「いくぞ!!」
スピカとデュランは同時に地を蹴った。
ー▽ー
「はあああああ!!」
「ぬおおおおお!!」
剣と剣が入り乱れる。
二人とも左右の剣を同時に振るう。
それは舞うように美しく、同時に苛烈であった。
デュランはかつて『流星』と呼ばれた。
その剣技は苛烈で美しく、あらゆる敵を屠り殺してきた。
相手に反撃の暇さえ与えない攻撃的な剣技だ。
その剣技を使うのが二人。
隙間なく連続する剣閃と金属音。
二人の戦いは苛烈を極めていた。
「ふっ、っっつつっつつ!!」
純粋な身体能力ではスピカに若干の分がある。
しかし、スピカにはとある才能が欠如していた。
スピカは闘気を練る事が出来ない。
闘気とは、魔力を物理的なエネルギーに変換したモノだ。
故に、闘気を身体に巡らせば常軌を逸した身体能力を発揮し、拳と共に放てば岩をも砕く。
程度に差はあれ、近接戦闘を生業とするものには必ず必要となってくるモノだ。
しかし、スピカにはそれができない。
スピカは星竜メラクより加護を受け取った時に身体構造が変わっている。
故に、生身でも常軌を逸した身体能力を保有している。
さらには、とある方法でさらなる強化に成功している。
しかし、それは身体能力だけだ。
闘気を扱う事のできないスピカはどうしても単純な攻撃力では劣るのだ。
といっても、スピカには己の能力を活かした戦闘スタイルがある。
それを使えば剣を使わずともデュランに勝てるであろう。
しかし、それでは意味がないのだ。
弟子として剣で師匠に勝たなければいけないのだから。
対して、デュランは身体能力でこそ若干スピカに劣るものの、スピカを上回る技量とスピカにはない闘気の扱い、何より全盛期の体に慣れてきたデュランは徐々に優勢になってきた。
「そんなものかあああ!!」
デュランの苛烈さはさらに増す。
スピカは捌ききれなくなり、全身にかすり傷をつけ始めた。
スピカは回復魔法によって一瞬で治るとはいえ、劣勢である事には違いない。
(消えっ!? 違う"星崩し"だ!!)
デュランはスピカの目の前から消えるようにしゃがみ込み、回転しながらスピカの両脚を切り落とす。
両脚を切り落とした事によって落ちてくるスピカの体に合わせてその首を切り落とす技"星崩し"。
しかし、スピカの両脚を切り落とす事には成功したがその首に剣が届く事はなかった。
スピカは両脚を切り落とされた瞬間、背中から翼を生やし、上空へと逃げたのだ。
「ふむ。そういえばお主には翼があるのだな。忘れておったわ」
「ええ、おかげで助かりました」
「ぬかせ。お主なら首を切り落とされても終わりではないであろう」
それはありそうだなぁ、とスピカは思った。
さすがに首と胴体がさようならした事は無いが、何度も致命傷から回復してきたのだ。
それ位は出来そうである。
何て事を一瞬考えながら、スピカは失った両脚を再生させる。
(今の私じゃ師匠に勝てない。でも……私は師匠を倒す!! それが私に出来る唯一の恩返しだからっ!!)
「はああああ!!」
スピカは竜の翼を生やした状態、人竜とも言える状態でデュランに突っ込む。
「ああああ!!」
「技量は良し、速さはわし以上、闘気を使う者よりも遥かに強い!! だが、その程度ではわしを止める事は出来ぬぞ!!」
デュランはふた振りの剣に闘気を込めて十字に振り抜く。
「なんのっ!!」
スピカはそれを敢えて受けた。
片方の翼で。
デュランの技を受けた翼は綺麗に切り刻まれるが、スピカの胴体は無事だ。
技を放ったデュランには少しの隙ができる。
翼を犠牲にして作った隙。
スピカはそれを見逃さない。
「これでぇぇぇっっ!!」
デュランの隙を突いて剣を振るう。
それは、確かにデュランを切り裂いた。
「くっっつっ!!」
だが、それと同時にデュランの剣もまたスピカを切り裂いた。
スピカのそれよりも深く。
「はあ、はあ、はあ。翼を盾にするとはやるな。その様な動きわしには一回も見せなかったのに」
「いえ、とっさに思いついただけです。それにしても、隙を突いたはずなのに何で私が致命傷を受けているのですか」
「ふんっ。お主にとってその程度致命傷でもなんでもなかろう。わしの方が危うい」
デュランの言う通り、スピカは既に回復済みだ。
先ほど受けた致命傷も翼も元どおりだ。
致命傷を受けようがスピカは何度だって回復できる。
相手にとっては反則極まり無いが、スピカからすれば闘気が使えないという代償があるようなものなのだ。
デュランもそれを理解している。
だから自身との殺し合いで回復魔法を使ってもデュランは怒らない。
それがスピカの力なのだから。
もう一つの戦法を使われれば確実にキレるが。
「この傷では次で終わりだな。スピカよ、次で終えるぞ」
「はいっ!!」
二人は同じ構えをとる。
デュランは闘気を極限まで練り上げ、スピカはジッとデュランを見つめる。
「いくぞぉっ!!」
「はいっ!!」
「おおおおおおおお!!」
「はあああああああ!!」
「「"流閃"っっっ!!」」
二つの影が交差する。
それは二人にとっての奥義。
相手が視認できない速度で斬りつける単純にして必殺の技である。
「がっばぶっごはっ!!」
交わった二つの奥義。
胴体の半分以上斬られたスピカはその場に倒れこんだ。
「ううっつつ、はあ、はあ、はあ」
しかし、この程度ならばスピカは回復できる。
パックリと開いた腹は何事もなかったかのように繋がった。
「……見事だスピカ」
対して、デュランはスピカと比べると軽傷であった。
あくまでスピカと比べるとだが。
明らかに致命傷。
技の打ち合いではほぼ相打ちだが、殺し合いに勝ったのはスピカだった。
ドサリと倒れるデュラン。
「し、師匠!!」
スピカはデュランの元に駆けつけようとする。
「ぐっ、がっ、す、スピカよ、離れろっ!!」
「え?」
「オォォォォ、ぐっ、ガアアアアアアアアアア!!」
突然、デュランの身体は黒い靄に包まれる。
それは徐々に密度を増していき、巨大になっていく。
そして、
『グオォォォォオォォォォオォォォォ!!』
そこに現れたのは爛れた肉体を持った巨大な化け物であった。




