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へんてこ島、呆本  作者: 比古名
第二章 呆本のお風呂
7/7

2-③

 古い建物だ。この島には、硝子(がらす)がないらしい。格子戸に障子が貼られていて、そこから光を取り入れている。

 手拭いを借りて、更衣室へ進む。さすがに着替える場所は、男女で分かれていた。

 引き戸を開けた。中には五人の男がいる。

 風呂上りらしく、素っ裸で局部を堂々と露出させていた。筋肉は隆々としており、素手で熊を狩れそうだ。皆が入れ墨だらけだった。

「おい。直太郎。この人たちは、ヤクザ者なのか? 殺し屋なのか?」

「分からないけど、着替えて早く出よう。長くいると、()られそうだよ」

 俺たちは急いで服を脱ぎ捨てた。風呂場へ向かう。

 開放的な露天風呂だ。大自然に囲まれている。大きな温泉だ。百人以上は軽く入れるだろう。まだ誰もいない。貸切だった。

 さっそく体を流して、湯船に浸かる。

「ねえ。さっきの人たちの入れ墨だけど、本に似たものが載っていたよ」

 直太郎が不安気な表情で語った。

「入れ墨なんて、どれも似たり寄ったりだろう」

「腕に輪っかが彫ってあったでしょう。あれは、江戸時代の罪人に彫られたものにそっくりだよ」

「偶然じゃないのか? それにしても、花撫が遅いな」

 俺は入れ墨なんて、どうでもよかった。

「お待たせー! どう? 温泉は気持ちいいでしょう」

 花撫が、元気よく駆けてきた。大きな手拭いで体を隠している。羞恥心はあるのだろう。がっかりだった。念入りに、体を隠したまま風呂に入る。

 しかし、胸のふくらみは確認できた。それだけでも、この島に来た価値はある。

「Dの70!」

 直太郎が、突然叫ぶ。こいつは童貞の癖に、ブラジャーのサイズを当てる特技がある。

「でーの七十? なに? どうしたの?」

 花撫がポカンとしている。この島に、ブラジャーが存在するはずがない。

「なんでもない。なんでもないよ!」

 俺が焦ってしまった。花撫が、隣に入る。童貞の俺には、刺激が強い。

「花撫ちゃん。更衣室に男の人たちがいたよ。入れ墨が入っていた。この島の人には多いのかな?」

 直太郎が、真剣な顔で質問をぶつける。助平になったり、真面目になったり、忙しい奴だった。

「そうだよ。男の人は、ほとんどが()れてるよ。先祖の入れ墨を真似ているの。御先祖様にも、入ってる人が多かったみたい」

 花撫の回答に、直太郎は合点がいった様子だ。

「泰三君。分かったよ。この島の正体が」

 耳元で、呟いてきた。

「なんだ? 正体って。島の秘密か?」

「推測だけどね。おそらくここは、江戸の流刑地だよ。呆本の先祖は、悪人ばかりだ。入れ墨は重い刑ではない。いろんな罪を犯して、ついに流されたんだよ。賭博とかね。だから江戸時代から、文明がほとんど発展していない」

 温泉は温かいのに、直太郎は青ざめている。

「確かに、この島の人たちには、危険な血が流れていそうだ。納得がいく」

 花撫に、肩を叩かれた。

「ねえ、どうしたの? 背中を流してあげるよ。綺麗にしないとね」

「綺麗にして、狼に食わせるつもりか? 勘弁してくれよ」

 場を和ませるためのジョークだった。

「違うよ! 違う! 清潔にしないと、神様にお仕えできないよ!」

 花撫の目が泳いでいる。ぞっとして、直太郎の話をますます信じた。

「泰三君。泰三君。大変だよ! あれを見て!」

 直太郎が騒ぎ出した。指を指すほうに目を向ける。

 狼がいた。風呂のすぐ先にある茂みを、歩いている。

「おい。俺は、まだ死にたくない。死にたくないぞ」。

「大丈夫だよ。呆本狼は温厚だから、怒らせない限り、攻撃はしてこないよ。挨拶してみよう」

 花撫が、「おーい!」と狼に手を振る。直太郎は宇宙へ旅行中だ。こいつを餌にして逃げるしかない。狼がこちらを向く。

「なんだ? 狼じゃねえか。たまには腕試しといこう」

 風呂に入って来た男が、指の関節を鳴らしている。腕にはもちろん、入れ墨が入っている。局部を剥き出しにしたまま、狼へ向かって走っていった。狼も殺気を感じた様子で、攻撃の態勢に入ろうとしている。

「おじさん、頑張れー! 狼は強いよー!」

 花撫が陽気に声援を送る。

 狼が跳ねた。男は狼に拳を振るう。

「いてー! 畜生! 助けてくれー!」

 狼に腕を噛まれている。俺はもう、ここにはいたくない。知らぬ顔をして、湯船を上がる。

 叫び声を聞きつけたのか、雪音が駆けつけた。M1カービン銃を構えている。

「大変だわ! 破壊神! 今こそ、その威力を発揮して!」

「雪音! 早くしろ! 撃ち殺せ!」

 俺は雪音の陰に隠れる。

「あら。魂が切れているわ。また入れないと。持ってくるわ」

 弾切れだった。雪音が、弾を取りに引き返す。その間も、男の断末魔の叫び声が響いていた。

「やっぱり狼は、人間を美味しそうに食べるねえ。私もお腹が空いてきたよ!」

 花撫は楽しそうだった。人肉の味を思い出したのだろう。

 俺は立ち去りながら、決意を固めた。近いうちに、この島を去ろう。絶対に、そうしよ


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