2-③
古い建物だ。この島には、硝子がないらしい。格子戸に障子が貼られていて、そこから光を取り入れている。
手拭いを借りて、更衣室へ進む。さすがに着替える場所は、男女で分かれていた。
引き戸を開けた。中には五人の男がいる。
風呂上りらしく、素っ裸で局部を堂々と露出させていた。筋肉は隆々としており、素手で熊を狩れそうだ。皆が入れ墨だらけだった。
「おい。直太郎。この人たちは、ヤクザ者なのか? 殺し屋なのか?」
「分からないけど、着替えて早く出よう。長くいると、殺られそうだよ」
俺たちは急いで服を脱ぎ捨てた。風呂場へ向かう。
開放的な露天風呂だ。大自然に囲まれている。大きな温泉だ。百人以上は軽く入れるだろう。まだ誰もいない。貸切だった。
さっそく体を流して、湯船に浸かる。
「ねえ。さっきの人たちの入れ墨だけど、本に似たものが載っていたよ」
直太郎が不安気な表情で語った。
「入れ墨なんて、どれも似たり寄ったりだろう」
「腕に輪っかが彫ってあったでしょう。あれは、江戸時代の罪人に彫られたものにそっくりだよ」
「偶然じゃないのか? それにしても、花撫が遅いな」
俺は入れ墨なんて、どうでもよかった。
「お待たせー! どう? 温泉は気持ちいいでしょう」
花撫が、元気よく駆けてきた。大きな手拭いで体を隠している。羞恥心はあるのだろう。がっかりだった。念入りに、体を隠したまま風呂に入る。
しかし、胸のふくらみは確認できた。それだけでも、この島に来た価値はある。
「Dの70!」
直太郎が、突然叫ぶ。こいつは童貞の癖に、ブラジャーのサイズを当てる特技がある。
「でーの七十? なに? どうしたの?」
花撫がポカンとしている。この島に、ブラジャーが存在するはずがない。
「なんでもない。なんでもないよ!」
俺が焦ってしまった。花撫が、隣に入る。童貞の俺には、刺激が強い。
「花撫ちゃん。更衣室に男の人たちがいたよ。入れ墨が入っていた。この島の人には多いのかな?」
直太郎が、真剣な顔で質問をぶつける。助平になったり、真面目になったり、忙しい奴だった。
「そうだよ。男の人は、ほとんどが刺れてるよ。先祖の入れ墨を真似ているの。御先祖様にも、入ってる人が多かったみたい」
花撫の回答に、直太郎は合点がいった様子だ。
「泰三君。分かったよ。この島の正体が」
耳元で、呟いてきた。
「なんだ? 正体って。島の秘密か?」
「推測だけどね。おそらくここは、江戸の流刑地だよ。呆本の先祖は、悪人ばかりだ。入れ墨は重い刑ではない。いろんな罪を犯して、ついに流されたんだよ。賭博とかね。だから江戸時代から、文明がほとんど発展していない」
温泉は温かいのに、直太郎は青ざめている。
「確かに、この島の人たちには、危険な血が流れていそうだ。納得がいく」
花撫に、肩を叩かれた。
「ねえ、どうしたの? 背中を流してあげるよ。綺麗にしないとね」
「綺麗にして、狼に食わせるつもりか? 勘弁してくれよ」
場を和ませるためのジョークだった。
「違うよ! 違う! 清潔にしないと、神様にお仕えできないよ!」
花撫の目が泳いでいる。ぞっとして、直太郎の話をますます信じた。
「泰三君。泰三君。大変だよ! あれを見て!」
直太郎が騒ぎ出した。指を指すほうに目を向ける。
狼がいた。風呂のすぐ先にある茂みを、歩いている。
「おい。俺は、まだ死にたくない。死にたくないぞ」。
「大丈夫だよ。呆本狼は温厚だから、怒らせない限り、攻撃はしてこないよ。挨拶してみよう」
花撫が、「おーい!」と狼に手を振る。直太郎は宇宙へ旅行中だ。こいつを餌にして逃げるしかない。狼がこちらを向く。
「なんだ? 狼じゃねえか。たまには腕試しといこう」
風呂に入って来た男が、指の関節を鳴らしている。腕にはもちろん、入れ墨が入っている。局部を剥き出しにしたまま、狼へ向かって走っていった。狼も殺気を感じた様子で、攻撃の態勢に入ろうとしている。
「おじさん、頑張れー! 狼は強いよー!」
花撫が陽気に声援を送る。
狼が跳ねた。男は狼に拳を振るう。
「いてー! 畜生! 助けてくれー!」
狼に腕を噛まれている。俺はもう、ここにはいたくない。知らぬ顔をして、湯船を上がる。
叫び声を聞きつけたのか、雪音が駆けつけた。M1カービン銃を構えている。
「大変だわ! 破壊神! 今こそ、その威力を発揮して!」
「雪音! 早くしろ! 撃ち殺せ!」
俺は雪音の陰に隠れる。
「あら。魂が切れているわ。また入れないと。持ってくるわ」
弾切れだった。雪音が、弾を取りに引き返す。その間も、男の断末魔の叫び声が響いていた。
「やっぱり狼は、人間を美味しそうに食べるねえ。私もお腹が空いてきたよ!」
花撫は楽しそうだった。人肉の味を思い出したのだろう。
俺は立ち去りながら、決意を固めた。近いうちに、この島を去ろう。絶対に、そうしよ