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へんてこ島、呆本  作者: 比古名
第二章 呆本のお風呂
6/7

2-②

 花撫は着物の(すそ)をたくし上げて走る。健康的な白い太腿(ふともも)が、少し覗いていた。この島も、悪くない。

「石垣通りから、東に三百歩、進むよ!」

 足が速い。野性的な生活を送っているからだろう。俺と直太郎は、息が切れ始めた。

 お社の表参道になっている、石垣の立ち並ぶ道に出た。やはり、現代の日本とは懸け離れた光景だ。

 江戸時代にでもタイムスリップした感覚に陥る。右折して東へ進むと、大きな門が現れた。

「着いたよ。ここが温泉。皆は、ここで毎日、お風呂に入るんだよ」

 花撫が先に門を潜る。俺と直太郎は立ち止まった。

「天国へ突入する準備は、できているか、直太郎」

「ああ。早く行こう。僕は、もう我慢できないよ! 花撫ちゃーん! 待ってえ!」

 直太郎も、門を潜る。とたんに、銃声が響いた。

 頭が追いつかない。熊でも狩ったのか? 直太郎は無事なのか? 俺は恐る恐る、足を踏み入れた。

「この変態! 花撫を襲おうとしていたわ! 殺してやる!」

 浴衣を着た美女が、直太郎に銃を向けていた。花撫よりも色白く、きつい印象の美人だ。すらりと背が高く、長い黒髪が色っぽい。

「ち、違うよ! 僕は、お風呂が楽しみで……」

「風呂で襲う気か! 死ね!」

 もう一発、銃声が轟く。弾丸が、直太郎の坊主頭を(かす)っていった。また小便を漏らしている。石畳に水溜りができた。

「はい。この子が、私のお友達の湯本(ゆもと)雪音(ゆきね)ちゃんです! ここは雪音ちゃんの家でやっている温泉なの。雪音ちゃんにも紹介するね。この餌たちは、今日からお社の相談役になったんだよ」

 花撫が呑気に紹介した。俺たちを、餌と呼んだ。それが本心なのだろう。

「なんだ。花撫の知り合いなのね。どうぞよろしく」

 雪音が、丁寧に頭を下げる。

「よろしく……。その銃は、どこで入手したんだ?」

 いろいろと尋ねたかった。M1カービン銃だ。嵌っていたテレビゲームに登場したので知っている。大型の銃だが、木製の部分が多く、軽くて扱いやすいらしい。雪音は完全に使いこなしている。

「じゅう? ああ。破壊神(はかいしん)のこと? 昔、砂浜に大きな鳥が止まって、鳥の体の中から出てきた代物だと伝えられているわ。他にも破壊神が発見された。鳥にも、たくさん付いているの。破壊力抜群の破壊神が」

「大きな鳥? 戦闘機だ!」

「銀色で、星の模様が入った鳥よ。島では、鉄の鳥と呼んでいる」

「B29辺りか。中に人が乗っていただろう」

「ええ。変な着物を着た、彫りの深い顔立ちの人たちが乗っていたらしいわ」

「まさか、その人たちを、狼の餌にはしていないだろうな」

 冗談っぽく尋ねる。

「失礼ね。私たちの先祖は、そんな残酷な真似はしないわ。皆で鍋にして食べたみたいよ」

「もっと残酷だ! 聞きたくない、聞きたくない! まさか、今でも、人を食べる文化はあるのか?」

「昔の話よ。さすがに、もうないわ。野蛮だと非難する人が増えて、人の肉は食べられない取り決めができたの。去年から」

「去年! お前らも美味しく食べていたんだな。俺は用事ができたから帰るよ」

 想像以上にやばい島なのかもしれなかった。立ち去る準備をする。

「あなたも、変な着物を着ているわね。伝承に似ているわ」

 雪音が唾を飲んだ。

「俺は美味しくはないぞ! 直太郎は、きっと美味しいから! 食べるのなら、直太郎にしろ!」

「雪音ちゃんは、神様の研究をしているんだよ。破壊神で、いろんな悪者を撃退できるの。今は鉄の鳥の謎を解明中」

 花撫が、雪音に抱きつく。雪音が頭を撫でていた。微笑ましい光景だが、恐ろしい連中だ。

「もう帰るの? うちの温泉に入りたくないのね。それなら、三途の川で水浴びをする?」

 雪音の目が鋭く光った。

「温泉は大好きです! 早く入って、いろいろと洗いたい。お前らの汚れた心とか」

 こいつらの将来が不安だった。

 直太郎が、妙に静かだ。視線を向けると、硬直していた。先ほどのショックが原因ではなさそうだ。熱い視線を雪音に送っている。局部も硬直している様子で、盛り上がっていた。

「あなた。さっきから、じろじろ見つめてきて、気持ち悪いわ! 私を孕ませる気でしょう!」

 雪音が直太郎の視線に気づいた。銃を向ける。

「すみません。僕は下山直太郎です。紳士なので、結婚前に手は出しません。趣味は動物鑑賞です。古い文化に興味があります。温泉も大好きです。ギャンブルは、やりません。尽くすタイプです」

 なぜか直太郎は、お見合いの席くらいに堅苦しい自己紹介を始めた。

「変な着物を着て、おしっこを漏らして。最低ね。臭いから、早くお風呂に入りなさい」

 雪音が構えた銃を下ろした。

「はい! ぜひとも、浸からせていただきます!」

 直太郎は、九十度のお辞儀をする。出会って数分で、主従関係ができあがっていた。


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