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へんてこ島、呆本  作者: 比古名
第一章 へんてこ島、呆本
3/7

 境内には、花が咲き乱れている。青に紫、黄色に赤。色彩の嵐だった。

 神社らしき建物は、意外とまともだ。全体はクリーム色で、屋根は淡い紫色をしているが、形は神社そのものだ。俺は神社が好きで、よく参拝に出向く。この本殿なら違和感はない。

 問題は、境内に祀られているものだ。冷蔵庫や車、洗濯機が並んでいる。いずれも、ほとんどスクラップ状態だ。それらの四方に竹が建てられ、注連縄(しめなわ)が張られている。錆びた薬缶(やかん)や、空気の抜けたサッカーボールが、小さな(ほこら)の中に祀られている。

「なんだ、これは! テレビ局も金を掛けているな。俺たちほどの次世代のスターを騙すには、もってこいの仕掛けだ」

 直太郎に耳打ちをする。反応がない。なにかに見入っている様子だ。視線の先を追う。

 社務所らしき建物の前に、檻があった。中にいる動物は犬に似ているが、もっと獰猛(どうもう)な雰囲気がある。

「泰三君。僕は動物が好きだから、断言できる。あれは日本狼だ……。絶滅した品種だよ。この状況は、テレビのドッキリではないのかも……」

 色を失っている。言われてみると、図鑑に載っている日本狼そのものだ。

 呆本は、企画によって作り出された架空の島ではないのかもしれない。つまり、打ち首は実際に執行される……。

 血の気がさーっと引いた感覚がある。海という名の魔物に、未知の世界へと、(いざな)われた。

 花撫が俺の尻を(たた)いてくる。

「どうしたの君たち! 今から(やしろ)に入るんだよー。打ち首の前に、儀式をするからね。もしかして、狼が気になった? 立派な呆本狼(ぽぽんおおかみ)でしょう。打ち首にした人たちを、あの子の餌にしているんだよー!」

 この世で最も純粋な笑顔で、猟奇的な発言をさらりとする。とんだサイコ野郎だった。よけいに恐ろしい。

 体が震えだす。直太郎に目をやると、放心状態だった。口をあんぐり開けて、(よだれ)を垂らしている。恐怖のあまりに、精神を宇宙まで飛ばしているのだろう。便利な脳味噌だ。

 花撫が、社務所へ駆けてゆく。玄関を、がらっと開けて叫んだ。

「爺ちゃん! 悪者を連れてきたよー! 打ち首のお祭りをするよー!」

 やはりサイコ野郎だ。俺は深呼吸をして、頭を働かせる。逃げる術があるはずだ。周りには、時代錯誤な丁髷を結った男たち。刀を差している者も、少なくはない。

 逃げ出そうものなら、斬られる。クレイジーな民族だ。蚊を潰すくらいに容易く、人を殺せるはずだ。なんの感情もなく。

 手を縛られた縄を引かれる。俺と直太郎は、お社の中へと足を踏み入れた。畳の上に、正座をさせられる。

 後ろから、胡散臭い(じじい)が登場した。人々の正面に立つ。

 スーパーのレジ袋を着ていた。レジ袋の底に穴を空けて、裸の上半身に通している。手を通す部分は、肩に掛けてある。遠くからだと、タンクトップと勘違いしそうだ。

 下半身は、腰巻で隠している。半透明のレジ袋なので、乳首が透けている。見たくはないのに、自然に目が行く。

 小柄な爺だ。百六十センチもないだろう。白い髭が長く伸びて、皺深い顔を覆っている。頭はツルツルだった。

「儀式を執り行う! 神様に、出てきてもらおう。花撫。歌いなさい」

 爺の言葉を受け、花撫が立ち上がる。

「ぽぽんぽんぽん。ぽんぽぽん。ぽぽんぽんぽん。ぽんぽぽん」

 不気味な歌を、歌い始めた。爺は、社の奥へと歩き出す。(きん)で装飾された、大きな扉を開いた。

 神様は、ダッチワイフだった。空気を入れるタイプの、安物ではない。シリコンで作られた、本格的なラブドールだ。30万円以上もする、高級品だ。革張りの椅子に座らせている。

 あれが神様なのか。確かに神々しい。島に流れ着いたものなのだろうが、傷が少ない。美品だった。

「今日も神様が見守って下さる! 神様に、拝礼!」

 爺が叫び、人々は深々と頭を下げた。

「ねえ。泰三君。あのダッチワイフは、高そうだね」

 放心状態だった直太郎が、意識を取り戻していた。

「あれは、日本のメーカーで作られたものだろうな。俺たちみたいに、流れ着いたんだろう」

 ヨットも神様と呼んでいた。境内に祀られているものからも推察するに、島の者にとっては、島に流れ着いた物が、神様なのだろう。不気味な宗教だった。多くの物が流れ着いただろうに、なぜ、よりによってダッチワイフを選んだのか。どうせ爺の助平根性だろうが、腑に落ちなかった。

 直太郎も、ダッチワイフをまじまじと眺めている。島の者は、長い間じっと拝礼を続けている。両手を地面に着けているために、俺たちの手に結ばれた縄を、掴む者はいない。チャンスだった。

 体を傾けて、直太郎に耳打ちする。

「今だ。逃げるのなら、今しかない! 行くぞ!」

 俺は正座を崩し、立ち上がった。直太郎も、立ったはいいが、足が痺れたらしい。そのまま、ずっこけた。

「悪人が逃げるぞ! 皆の者! 捕まえろ!」

 宗教祖の爺が叫ぶ。

 島の者たちが、瞬時に起き上がった。まるで猿人だ。電光石火の早業で、俺たちは取り押さえられた。

 俺と直太郎は、羽交い絞めにされる。丁髷を結った男たちに、日本刀を突きつけられた。このご時世に、武士気取りだ。

 静かなお社の中に、水が滴る音が響く。直太郎が小便を漏らしていた。畳に尿が染みてゆく。武士たちの目つきが、いっそう険しくなった。

「やれ! 儀式の途中だが、この場で斬り殺せ!」

 爺が甲高い声で命じた。武士たちは、日本刀を振り上げる。絶体絶命だった。

 ピピピピっと、電子音が響く。武士たちが腰を抜かして、尻餅をついた。俺を羽交い絞めにしていた者も、すぐさま離れてゆく。

 腕時計だ。俺の腕時計が、午前の十時を知らせていた。奇跡に近かった。まるで、火を恐れる野生動物だ。聞き慣れない電子音が、怖いらしい。

「これを見ろ! 爆発の神だ! 俺がその気になれば、今すぐにでも、このお社を吹き飛ばせるぞ! お前ら諸共、木端微塵だ!」

 腕を突き上げて、腕時計を見せつける。

「爆発! 爆発ー! 大変だよー! 爆発するよー!」

 花撫が(はしゃ)いで、飛び跳ねる。

爆発神(ばくはつしん)だ! 皆の者! 避難しろー!」

 爺はダッチワイフに抱きついた。

「逃げろー! 世界が滅びるぞー!」

 島の者たちは、腰を抜かしたまま立てないらしい。手で這いながら、お社を出てゆく。爺もダッチワイフを抱きかかえて、逃げ出した。

「早く逃げないと、やばいよー! 爆発だよ、爆発ー!」

 花撫は、俺の尻をペンペン叩いて、喜んでいる。

 お社の中には、俺と花撫、直太郎だけが取り残された。

「お前は逃げないのか? 爆発したら、お前も死ぬんだぞ」

「大丈夫だよ! 皆で爆発すれば、きっと楽しいよ!」

 俺の腕時計に触れようとしてくる。恐怖心がないらしい。

「皆は、爆発が怖くて逃げたんだよ! 早く行け!」

 外に追い出そうとするが、「大丈夫だよ!」と、俺の胸を叩く。

 爺が、お社の中を覗き込んだ。

「花撫! 逃げて来い! 神様がお怒りだ!」

「神様が! 大変だー! 世界が滅びるよー!」

 先ほどまでの陽気さが消えて、泣きながら逃げてゆく。

「泰三君。今のうちに逃げよう。ヨットまで!」

 直太郎が走ろうとする。

「待て! 仕事が残っているぞ」

 引き留めて、俺は御扉へと向かった。

「仕事ってなに!? そこにはもうダッチワイフもないんだし、用はないよ!」

 直太郎はなにも分かっていない様子だ。ダッチワイフがなければ用はない? こいつは、ダッチワイフがあれば、なにか用があるのか?

 御扉の(きん)の装飾。俺はこれに目を付けた。メッキにはない高級感がある。かなり立体的で、重そうだ。

 独特の模様をした装飾に触れる。撫子の花の模様だ。純金に触れた経験はない。しかし直感が告げている。これは、本物だ。

 御扉の金を全て剥がしたら、百キログラムくらいあるかもしれない。興奮に、体が震えた。

「泰三君! どうしたの? そこにはもう、ダッチワイフはないよ! 爺が持って行ったよ。そんなに欲しかったのなら、追いかけよう」

「いいから、こっちに来い! 俺たちは文字通り、大金持ちだ。ダッチワイフなら、いくらでも買える!」

 俺は、わざとらしく、金の装飾を叩いた。

「まさか。それを盗む気?」

 直太郎が、俺への非難のこもった口調で尋ねた。

(きん)だぞ、金! これを頂戴すれば、しばらくは、働かなくて済む! もう、アルバイトをしながら、披露する機会もないネタ作りに励む生活とは、オサラバだ!」

「それで、いいの? その装飾は、この島の人々が大切にしている物だと思うよ。花撫ちゃんも」

 こいつは変なところで真面目になる。一般的には長所なのだろうが、芸人として見るとつまらない奴だ。

「いいんだよ! 俺には関係ない。俺たちを殺そうとした奴らだぞ。仕返しだ!」

「僕は堂々とテレビに出られない人間と、コンビではいたくないな。それに、島の人たちにバレたら、次こそ本気で殺されてしまうよ……」

「そこまで言うか。分かった。お前とのコンビを解散するくらいなら、金なんて、捨ててやる。行くぞ、直太郎! 売れればいくらでも稼げる! 逃げるぞ!」

 俺は潔く諦めた。解散を恐れての断念ではない。バレたら、殺される。その意見に同意した。あいつらなら、俺を八つ裂きにして、内臓でホルモン鍋をしそうだ。

「泰三君……。僕は泰三君が相方で良かったよ!」

 直太郎が、目を潤ませた。俺の台詞を真に受けている。つくづく利用しやすい奴だ。


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