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へんてこ島、呆本  作者: 比古名
第一章 へんてこ島、呆本
2/7

 しばらくの間、眠っていた。嵐は止んでいる。キャビンには、太陽が差し込んでいた。直太郎は(いびき)を掻いて熟睡中だ。ヨットは動いていない。どこかの浜辺に、打ち上げられたのだろうか。

 外がなにやら騒がしい。風の音や、カモメの鳴き声ではない。人の声だ!

 俺は、辺りを見渡して、キャビンを出た。

 目を疑った。どうやら、島まで漂流していたらしい。気温から推測すると、南西諸島の辺りだろうか。

 日本である事実に間違いはない。ヨットを囲む大勢の人々は、黄色人種だし、皆が着物を着ている。男たちは、丁髷(ちょんまげ)を結っていた。

「神様から人が出てきたぞー! 神様に乗ってきたのか! おかしな着物を着ているぞ!」

 初老の男が叫んだ。麻の着物を着ている。

「すごい! 人が流れてきたよ! 初めてだね! 生きてるのー!?」

 若い女が、手を振った。長い黒髪を一つに束ねている。桃色の着物がよく似合っている。肌が日光を受けて、白く輝く。

 神々しさを覚えた。鼻は高くはないが、綺麗に細い筋が通っている。唇は小さく、上品だ。大きな目は、快活さに溢れる。美少女だった。

 俺は、とっさに頭を切り替える。

「生きている! 俺は、神の使いだ! この島を(おさ)めに参った」

 状況は今いち、飲み込めない。しかし、騙して好き放題をできそうな雰囲気は、悟った。

「君みたいな阿呆面の男が、神の使い? そんなわけないよ! 顔に馬鹿って書いてあるもん!」

 先ほどの美少女が、天真爛漫な笑顔で、毒を吐く。周りの人々が、大笑いをした。

 俺は、咳払いをする。

「神は神でも、笑いの神に仕えている。この阿呆面が、なによりの証拠だ!」

 俺は頬に手を当てて、顔を突き出した。

「説得力があるねえ! 確かに、ここまでの阿呆面は、そうそういないよ!」

 美少女が、俺の顔を注視する。照れて、目を逸らしてしまった。

「この人は嘘吐きだ! 爺ちゃんに教わったもん! 嘘吐きは目を逸らすって!」

 美少女は、俺に指を差して、したり顔をした。

「お前の祖父の権左エ(ごんざえもん)さんが仰るのなら、間違いはねえ! こいつは嘘吐きだ! 神様を利用して、世界を支配しようとしている。打ち首だー!」

 体格のいい男が叫んだ。見間違いでなければ、腰に刀を差している。男の鶴の一声で、人々がヨットに上がってきた。

「待て待て! ただの冗談じゃないか! 勘弁してくれ!」

 抵抗も虚しく、すぐに捕えられる。

「待て! この中に、悪党がいる。俺は、そいつに脅されて、作り話をしただけだ!」

 キャビンを指さす。直太郎を生贄に捧げ、俺だけは逃げる策戦だった。

「確かに人がいるね。こいつに脅されていたの!? 寝ているけど」

 美少女が、俺の目を凝視してくる。俺は、可愛い女に見つめられた経験が、ない。一度も、ない。視線は自動的に、明後日の方向へ移動した。

「やっぱり、嘘だー! 私は騙されないよ! 爺ちゃんに教わったもん。鼻の穴が小さい男は、あそこも小さいって!」

「それは今、関係ないだろう! 無暗に俺のコンプレックスを刺激するな! 直太郎! 起きろー!」

 頼りにならない相方だが、いないよりは数段ましだ。道連れにしてやる。

「そいつも怪しそうだから、捕えておけ!」

 人々が、直太郎も捕捉した。打ち首も、仲間がいれば、恐くない!

 縄で縛られて、海辺を歩いた。南国らしい、葉の大きな木が、密集している。

 巨木の間を進んでゆくと、集落に出た。地面は、舗装されていない。石垣が、両脇に(そび)えている。その向こうに、民家が立ち並ぶ。

 古い家ばかりだ。どれも、茅葺屋根の日本家屋だ。ここは本当に、平成の日本なのだろうか。

「教えてくれ。ここは、日本のどこだ?」

 俺は、左側で楽しそうに足を進める美少女に、尋ねた。

「にっぽん? なにそれ? ここは、ぽぽんだよ! ぽぽん」

 ぽぽん? この島の名称だろうか。阿呆の呆に、日本の本で、呆本(ぽぽん)と書くに違いない。勝手に字を宛てた。

「この島が呆本なのか? お前の名前は、なんだ?」

「そうだよ。ここは、ぽぽん! 私の名前は、花撫(かなで)百花園(ひゃっかえん)花撫(かなで)だよー!」

 花撫が、自己紹介をしながら、俺の背中を掌で打つ。細い腕のわりに、力強くて、肌が痺れた。

 直太郎は間抜けすぎて、危機感がないらしい。右脇を平然と歩いている。俺の視線に気づき、耳打ちをしてきた。

「ねえ、泰三君。僕は、理解したよ。この人たちは、エキストラだ。打ち首なんてないよ。テレビ局の、ドッキリ企画だよ」

 目から鱗だった。そうに違いない。これはドッキリだ! 俺たちが打ち首になる寸前に、マイクを持った芸能人が出てくるはずだ。

 ドッキリを仕掛けられる芸人は、売れっ子ばかりだ。俺たちも、売れっ子芸人の、仲間入りを果たしたのだ!

 そうと決まれば、なにも怖くはない。演じるだけだ。

「嫌だよー! 打ち首は嫌だよー! お母ちゃーん!」

 わざとらしく、涙声で叫ぶ。直太郎がと目が合った。無言で、頷いている。

「恐いよー! 助けておくれー! 死ぬ前に、おっぱいが揉みたいよー!」

 直太郎も、演技を始めた。

「君たちは情けないねー! 神様を利用したら、打ち首になるよ。常識だよー。男なら、潔く死なないとね!」

 花撫が、尻をバシバシ(たた)いてくる。この世界では、打ち首が日常茶飯事に執行されるらしい。ドッキリの設定だろう。なかなか、世界観が作り込まれている。

 大通りの外れまで、辿り着いた。

 青い、大きな鳥居が、屹立(きつりつ)している。変な形だ。縦の二本の柱が、やたらと長くて、上に突き抜けている。鬼の角を彷彿(ほうふつ)させる。

 色もおかしい。青い鳥居など、初めてお目に懸かった。この先には、神社があるのだろうか。それとも、もっと変てこな建物だろうか。

「石段を上がれ! 罪人ども!」

 (いか)つい男に、縄を引かれる。鳥居を(くぐ)り、長い石段を上った。

 だんだんと、境内に近づく。そこには、奇天烈な光景が、広がっていた。


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