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糖度100パーセント  作者: リクルート
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在来のいない日常 ー姫灯ー

 私は仮面を付けなくても、人と話すことができるようになった。今なら、しっかりとした意見で両親と話ができるかもしれない。そう思った私は両親に連絡を取って、話し合うことにした。それから、今の自分になれた経緯を説明して、私の学校生活が楽しいということも話して、それ以外にも私の事は心配ないと両親に伝えたいと思う。


「お帰り、姫灯。あなたがしたことは反省するべきなのよ」

 実家の扉を開けたとき、そこには母の姿があった。最後にあったのは確か、二年生に上がる前の春休みだったと思う。そのときはすぐに喧嘩になって、この家を飛び出したのを覚えている。そのときと母の姿は一切変わっているようには見えない。その態度も。確か、その春休みの時も、そんな台詞を言っていた気がする。でも、私はあの時とは違う、と思う。少しは変われた、はず。だから、私は逃げずに母を見つめた。

「そう。あなた、少しは変わったのね。何か大きな変化があったみたい」

 母は私が何も言わなくても、私の何かを感じ取って、そう言っていた。きっと母というか、父も気づくと思う。そんなことを考えているうちに母がいつの間にか、笑っていた。

「ふふ。子供の成長は早いと言われたけれど、一年間でこうも変わるとはね。なんだか寂しいような嬉しいような、複雑な気分だわ」

 そう呟いて、リビングに続く扉を開けた。それから少し私を振り返る。

「何してるの。早く入りなさい。姫灯の家でもあるのよ。自分の家に入るのに遠慮はいらないでしょ」

 そう言って、母がリビングに入って行った。私はあわてて靴を脱いで、母に続いた。


「それで、何か話があるのでしょう。電話でもそう言っていたし、今も何か伝えたそうな顔してる」母はどこかからかうような口調で話す。

「それはその」

 言いたいことは色々あるけれど、まず一番に言わなくてはいけないことがある。私はそれを口にした。

「ごめんなさい。勝手に家を出て、それで一人暮らしで、心配かけて。その色々ごめんなさい」

 母は少し間をおいた。

「そうね。心配はしてたけど、勇郎もいたし、そもそもあなたは危ないことを無意識に回避していたし、大きな心配はしてなかった。でも、やっぱり顔を見るとほっとするわ」

 母の声は優しかった。両親はいつも優しい声をしていたなぁ、とこの家で過ごしていた時を懐かしむ。

「許してくれるの?」その声に思わず、そう訊いていた。

「許すとか、そういうことじゃない。親は子には甘くなるの。だから、初めから怒ってないし、もしあなたの中で何かあるのなら、それは初めから許しているのよ。私はあなたが元気であって、その姿を見せてくれればいいの」

 母が照れもせず、そう言った。私は将来についてほとんど考えていない。それに子供が何人欲しいとか、そもそも家庭を持つのか。それすらも決めていない私にとって母の言うことはよくわからない。それでも、母が私を愛してくれているということだけはわかった。私は両親の言うことをいつも聞けるとは思っていない。でも、今日からは極力聞くことにしようと思う。

 それから学校で何があったとか、最近はこうしてるとか、そういう私の話をした。それでも明日は学校がある。暗くなってから帰るわけにはいかない。

「お母さん、私は明日も学校があるから。帰らなきゃ」

「そうね。明日もここに帰ってきてくれるのでしょう? お父さんとも会わないといけないでしょうし」

「うん。明日も帰るよ」

 母は満足そうな顔をして、日が傾いて橙に染まる世界へと送り出してくれた。


 翌日も実家に顔を出したが、父の帰りは遅くなるそうだ。だから、その日もたわいない話だけして、家に帰った。


 翌朝、学校の玄関で靴を履き替えているとき、後ろから声をかけられた。

「おはよう、姫灯」

 声のした方に振り返ると、そこには灯勇がいた。何があったのか、顔が疲れているようだ。何か無理をして倒れなければいいけど。

「あ、おはよう、灯勇」

 彼女も用事があると言っていたと思う。そんなに疲れるような用事だったのだろうか。それともその用事の結果が良くないとか。私がそれを聞く前に彼女から話を振ってきた。彼女から何か話を振るのは珍しい。

「最近、あきとかと集まってない」

 なるほど、それが疲れの原因だと。

「そうだね。でも、すぐに集まれると思うよ。少なくとも私は集まるから」

 彼女の用事の進捗はわからないが、そんなに時間がかかるものもないだろう。

 そんな話をして、彼女と別れた。


 その日の放課後。私は実家に来ていた。明日は土日で休みなので、この週末は実家で過ごすつもりだ。だから、今日は実家に泊まっていく。止まるということは父と会うということ。母にはしっかり謝れたと思うけれど、父とはまだ会えてすらいない。今日、しっかりと謝りたいと思う。

 そう思っていたのだけれど。

「ああ、お帰り。ずっと心配していたんだよ。何度、姫灯に会いに行こうかと思ったか。それでも、お母さんが行くんじゃありませんって言ってくるから、我慢していたんだ。いくら勇郎がいても、彼だって男だし、もしかしたらって思うと本当に心配で。それに、姫灯は可愛いから世の男どもに何かされてないかと、本当にこれ以外にもいろいろ心配したんだよぉぉぉ!」

 父は私に会うなり抱き着いて、そうまくしたてた。驚いて、声も出せなかった。それでも、我に返った時、言わなくてはいけないことを言った。

「あの、ごめんなさい。勝手に家を出て。いろいろ心配かけて」

「いや、いいんだ。こうして元気な姿見せてくれただけで安心できるというものさ」

 父は私の顔を見ながら微笑んでくれた。いつも見せてくれていた安心できる笑顔だ。


 それから夕食となった。一人暮らししてからは勇郎が作ってくれたご飯しか食べていないので、母の料理は実に一年ぶりとなる。母の料理は私の好きな味になっている。まぁ、小さいころから食べていたら、好きになって当然かなとは思うけれど。今日は、私の好きな料理が出てきていた。それはハンバーグ。それにシチュー。昔から好みはほとんど変わっていなくて、母にはいつまでも子供の舌だねぇと言われてきた。それでも好きなものは好きなのだから仕方ない。そうして楽しい夕食を取った。その間は両親に今までの学校での過ごし方や私が小さな勇気を持てるようになった経緯を話した。もちろん、その話の中には在来君たちの事も入っている。父は私に好きな人ができたことを残念がっていたが、最後には私を応援すると言ってくれた。母は私が会いに来た初日から、好きな人ができたことをわかっていたようで、母親ってすごいなと思ったのだった。


 翌日の日曜日、父が休みになったので、家族で出かけることにした。私は行きたい場所はなく、家族で過ごすことができればよかったのだが、それでも出かけてみると楽しかった。場所は近くのデパートだ。服を見てまわって、気に入った一着を着買ってもらった。それから昼食を取って、他にも色々な場所に連れて行ってもらった。


 家に帰ってきた時には、すでに八時を過ぎていた。夕食もレストランで食べてきた。明日からはまた学校がある。私がしっかりと話せるようになったので、実家に帰ってきたが、毎回毎回帰ってくることは難しいと思う。でも、こうも楽しいと毎回毎回帰ってきたくなる。そんな葛藤が私の中にあった。そのことを知ってか知らずか、母がこう言ってきた。

「姫灯、休みが来るたびに帰って来ることはないからね。あんただって好きな人と過ごしたいでしょう」

「えと、 まぁ。そうです」言葉がちゃんと出てこない。

「ふふ。でも、たまに帰ってきてくれると嬉しいわ」

 私はそれに大きく頷いた。


 在来君、私はしっかりできたかなぁ。私はできたと思ってるよ。両親は優しかったし、ちゃんと許してくれた。………明日は彼に会いに行って、このことを話そう。


 翌日、学校に登校して、朝は時間がなくて在来君に会いに行けなかった。昼休みになって、彼に会いに行こうと思った。

 そして、その昼休み。私が教室を出ると、織姫と灯勇が私に気づいて、彼のいる教室に向かった。彼を探して、教室の前まで来た。しかし彼は私たちの知らない人と話していた。彼の雰囲気は私たちと話す時と同じで、好意があった。彼女にも同じ光景を見ていたはずの、織姫が、私の横を走って行く。それを見た灯勇もトボトボと今通ってきた廊下を戻っていく。私は彼に気づかれる前に、その場を離れた。いく場所は決まっていた。部室だ。


 最近は集まることが少なくなって、この場所も使われる機会が減っていた。勇郎もこの場所にはきてないのだろうか。そう思っていたら、窓ががらりと音を立てて、開いた。

「おや、お嬢様。こんなところで一人とは。昔に戻ったみたいですね」

 彼は茶化しているみたいだったが、私はそれに反応することができなかった。きっと自分が思っているよりも先ほどのことがショックだったに違いない。

「お嬢様。どうかなさいましたか?」

「ねぇ、勇郎。今日はもう帰りたい。いいかな」

 彼は少しだけ考える仕草をして、こう言った。

「お嬢様がそうしたいのなら私からは何も申し上げません」

 それは彼の優しさではないと気づいたのは、学校を出てからだった。


 それから私は何を悩んでいるかもわからないまま、頭を抱えていた。まず、何に悩むべきなのか。それからそれは解決するものなのか。誰かに相談するべきなのか、するとしたら誰に。色々なことが私の頭をめぐる。

「……様、お嬢様」いつの間にか勇郎が隣にいたことに驚いた。

「何を悩んでいるのかは、私めは聞きません。でも、お嬢様はつい最近、しっかりと頼れる人と仲直りしたでしょう?」

 彼の言ったことはすぐにわかった。両親以外にはいない。そう言っているのだろう。勇郎自身も頼りにはなるが、きっと私の両親の方が頼れると判断したのだろう。

 正直、卑怯な気がしていた。謝ってすぐに頼るなんて、都合のいい話だ。それでも私は意を決して、母に電話した。

 母には見たことの全てを話した。母は少しだけ間を空けて、話し始めた。あの優しい声で、だけれど真面目な口調で。

「あなたには広い心を持って欲しいと思ってるわ」

 いきなりなんの話かと思った。けど、口を挟めるような口調じゃない。

「でもね、もしその人が全くこっちを見てくれないなら文句をいくつも言ってやりなさい。それで、全部吐き出すの。それから、その人を許しなさい。抱きしめるだけでいいかもね。それは好きにしなさい。絶対守って欲しいのは、怒ることと許すこと。それだけよ」

 いきなり何の話かと思った。話の流れがつかめない。それでもきっと私はうん、と言ったと思う。なぜわかったかというと、母がじゃーねー、と言ったから。


 文句を言う。そして、許す。それだけ。そっか、私は文句を言いたかったのか。怒ってるんだ。そんなことを考えなかったから、何に悩んでいるかもわかってなかったんだ。よし、なんかすっきりしたな。やっぱり母親ってすごい。


 それから私はどんな文句を言ってやろうかと考えながら、最後は抱きしめるということは決めて、実行の日を決めた。

続く

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