本名先輩との約束
翌日の放課後。俺は図書館に来ていた。昨日あった本名先輩に会うためだ。このことは来織以外の人は全員知っている。省いた来織は家で寝込んでいるらしい。本当に寝込んでいるかは怪しいものだが、つまりは今日は一回も顔を合わせていないということだ。今朝、来織の様子を見るために迎えに行ったときにそのことを知らされて、来織の顔を見ようと思ったのだが、来織の母曰く部屋の鍵をかけているらしい。昨日から様子がおかしいのと関係があるのかもしれないが、彼女が顔を合わせようとしないのであれば、俺にはどうすることもできない。心配ではあるが、すぐに元気になってまた騒がしくするに違いない。昔にもあったことだし、深刻になるほど心配する必要もない。それから織姫、灯勇、姫灯についてだが、今日はそれぞれ予定があるらしい。それぞれ昨日あった約束がまだ続いているらしい。そんなことで俺はまた今日も暇になっていたのである。
図書館は昨日と同じく静かな空間になっていた。目的の人は入口近くで発見できた。しかし、彼女は集中しているのか、俺には全く気が付く様子がなかった。仕方ないので、彼女の近くに座ることにした。声をかけるべきなのだろうが、読書の邪魔をするのはなんとも気が引けるものだ。特に読みたい本があるわけではないので、俺は本名先輩の横顔を見ていた。文章を追うその瞳の動きがかなり早い。それにしてもこれだけ見ていても全く気付かないとは。それでも、あと少しでその本が終わりそうなので、それからは彼女の方を見ないで黙っていた。
それからすぐに彼女はその本を読み終えた。それから彼女は本を閉じると、俺に気が付く。その表情はいつからいたの、と問うようなものだった。
「いや、少し前に来たところですよ」
「私の考えが読めるのか。それに来ていたなら声をかけてくれてもいいのに」
そう言って、読んでいた本を戻すためか立ち上がった。
本を戻した後、先輩は図書館を出てしまった。本の内容を教えてくれるのではなかったのか。その疑問をぶつけると意外な答えを返してきた。
「ああ、そのつもりだ。本がなくても内容は教えられるだろう」
「いや、全部は覚えてないでしょう。だから、本を見ながら教えてくれるものだと思ってましたが」
「うん。そんなことは気にしなくていい。私は本の内容を全部記憶しているから」
内容をすべて記憶している。テレビとかで見たことはあっても本当にいるとは思わなかった。それにすぐには信じられない。
「えっと、それ、本当ですか?」
「ああ。と言っても、私は文字であるものしか記憶できないけど」
「ん、どういうことですか。他の事はダメってことですか」
「そうだな。例えば、人の名前と顔を一致させるのは苦手だし、風景だってよく覚えていないことがある。つまり、文字にして表しているものしか覚えられない」
俺はそれを理解するために少し考えてから、口を開いた。
「んー、漫画のセリフは完璧に覚えられるけど、それを言ったキャラクターの方は記憶できないってことですか?」
「漫画は読まないからよくわからないが、わかりやすく言うと、『絵』は覚えづらく、『文字』はいつまでも覚えていることができるということだな」
簡単に言えるなら、最初からそうして欲しい。しかし、この人は天才肌みたいだし、難しく言ってしまうのかもしれない。
「でも、文字だけでも覚えられるなら、授業とか楽ですよね。羨ましい」
「そうでもない。あくまで覚えられるだけで、理解するのはまた別の話。だから、今私の知らない言語を見せられても内容は理解できないさ。わかるのは文字ということだけ」
なるほど。俺が今、その能力を得ても英語で書かれた文章を簡単に理解できるわけではないのか。
「だから、本がなくても本の内容は教えてあげられるわけだ。心配は無用だよ」
「そうなんですか。それでも、本とか買わなくてもいいってことですよね」
「まぁ、確かにそうだが。気に入った本は買うよ。私自身、本が好きだし」
確かにこの人の部屋は本とか論文とかがありそうなイメージだ。
そう話しているうちに学校の玄関に来た。まさか学校の外で話すとは思ってなかったので、目的地を訊いた。すると、近くにある喫茶店「耀」に行くそうだ。何度も行ったことがあるが、落ち着いた雰囲気の店だ。マスターの人柄も良く、いつも笑顔でいる印象だ。
「先輩はよく行くんですか。耀」
「ああ、結構よく行く。あそこは落ち着ていて読書するにはもってこいの場所だ。何よりコーヒーが美味しいのがいいな。あそこは時間を忘れてしまうよ」
「そうですよね。俺も勉強とかする時とかよく行ってます」
それから、耀に着くまでいろいろと話した。先輩は読書はよくSF小説や推理小説を読むらしい。特に推理小説は犯人を考えずに読むのが好きらしい。なんとも意外だった。他にはあまり運動は好きではないらしい。それでも運動音痴ではなく、ただ体力がないだけらしい。学校ではあまり授業には出ていないそうだ。それは教師公認で成績が良すぎるため、自習の方が頭を使えるらしい。それなら、もっと頭のいい学校に入ればよかったのに、と呟いてしまった。それに対し、先輩はただ、遠くに行くのは面倒くさいと言ったのだった。そうこうしているうちに店に着いた。
続く




