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糖度100パーセント  作者: リクルート
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やりなおし

 月曜日の朝、俺は思ったよりも眠れたのだが、姫灯はどうだったのだろうか。その疑問はすぐに解決することになる。緊張しているのなら、俺がなんとかしてやりたいと思う。

 俺はリビングに顔を出した。そこにはすでに四人がそろっていた。気になっていた彼女の様子は特に緊張しているようには見えなかった。気にしないようにしているのか、それとも気にしたうえであの態度なのか。後者だった場合、俺が考えているよりも彼女は図太いということになる。

「おはよう、みんな」

 リビングにいた彼女たちに挨拶をして、俺は姫灯の横に陣取った。今日は彼女についていたいと思っていたから。彼女に小さな声で話しかけた。

「今日から頑張ろうな。俺もいるから」

 そういうと彼女は顔を赤くして、俯いてしまった。俺、なんか変なこと言ったか、と思うものの本心であることに変わりはない。俺は彼女を放っておいて、朝食ができるのを待っていた。


 朝食を食べ終わって、家を出た。そこでも俺は姫灯の横を確保した。朝食の時に気づいたのだが、彼女の手はかすかに震えていた。それを見て、今日はそばに居ながら、支えてやらなくては、と柄にもない事を考えていた。


 実は一番緊張しているのは自分なのではないのかというほど、学校に近づくと緊張が増していった。姫灯は気にしているようには見えない。来織たちといつものように少しおどおどしながら会話している。

 学校について靴を変える。それから、俺は姫灯についていった。彼女のクラスは賑やかだ。ここまで来ても、彼女は泣き言や緊張を見せなかった。ここまでくると、何をするのか、わかっているのか怪しいということまで考えてしまう。俺はそんな考えを頭から追い出して、いざ、彼女のクラスの扉の前に行った。そして、俺がその扉を開けた瞬間、その手を彼女が止めた。やっぱり、無理だったのか。

「ここからは私が、頑張るから。だから、見ててほしいな」

 彼女は笑っていた。それに今まで見たこともないくらい堂々としていた。不覚にも格好いいとさえ思ってしまう。


 彼女が扉をくぐり、クラスの視線が集まる。それでも彼女は視線を逸らすことなく。言葉を放つ。

「私、人見知りで、それでもみんなと仲良くなりたいです。今日からよろしくお願いします!」

 それはまるで転校生のようで、それでも、彼女の本気を見た気がした。彼女自身で壁を乗り越えた瞬間だ。

 クラスの反応は始めは誰もが唖然としていたに違いない。誰一人として声など出せない。布がすれるとすら大きく感じる。その中で誰か一人が拍手をした。それにつられて、拍手は大きくなっていく。それはきっと、彼女を祝福するもので、なんとなく俺も嬉しくなってしまった。

 これ以上、俺がここにいる必要はない。彼女が見てほしかった姿は見たと思う。だから、俺は自分の教室に向かった。俺の背中には大きな拍手の音が響いていた。


 それから、俺は自分の教室であることを考えていた。姫灯には友達と呼べるような存在はいなかった。彼女自身がそれを寂しいと思って、きっと仲良さそうに過ごしてきた俺たちに声をかけたのだろう。彼女が自分の寂しさを紛らわせるために。それもきっと今日で終わる。彼女は自分の力で、自分の居場所を見つけて、あのクラスで過ごしていけるのだ。それは俺たちと一緒に居ることを必要としなくなるということだ。俺たちと一緒に過ごす時間というのは減るだろう。彼女にとっても俺にとっても、それはいい事なはずなのに俺が寂しさを感じていた。


 放課後、いつもなら来織たちが迎えに来ているはずだった。しかし、そこにいたのは、姫灯ただ一人。不思議に思ってそれを訊いた。

「他の皆はどうした」

「皆は買い物してから帰るって。私も行きたいって言ったのに、来織は在来君を送ってって」

 不意に名前で呼ばれて、少し驚いた。それにおどおどした感じは一切なくなっていた。

「どうしたの? 驚いた顔して。……もしかして、名前で呼んじゃダメだった?」

 彼女の上目使いが俺の顔を熱くした。

 目の前にいるのが、姫灯なのか。それがわからなくなるほど、彼女は変わっていた。昨日今日で何があったのというのか、俺には全くわからない。

「いや、名前で呼ぶのは構わない。それより帰ろうか」声がしっかりと出たことが意外に思えるほどに、俺は動揺していたと思う。


 帰り道、赤くなった日に照らされて、影が二つ並んで動いていた。その中に会話はない。

「実は私ね、在来君に言わなくちゃいけないことがあるの」

 隣を歩く彼女は唐突にそう言った。俺は彼女の方を向くことで答える。何を言われるのか、そんな不安が俺の頭にあった。

「私が初めて、あなたに会ったとき、私は在来君のことは、好きじゃなかったんだ」

 それはあれだけ一緒に居れば、わかることで。きっとこれからは彼女は俺たちの近くにいる必要がないから。

「あの時は、自分が一人でいるのが嫌だった。それでも勇郎がいたから一年間はなんとかなってた」

 一拍おいて。

「でも、あの時に同い年の人と仲良くなりたいって思って、あなたたちに声をかけた」

 まるでもう会わないと言っているかに聞こえてしまう。勘違いであってほしい。心がそう言っている。

「それから、結構楽しかった。来織も織姫も灯勇も、私に優しかった。もちろん、在来君もね」

 俺は彼女の顔を見ることができなくなっていた。

「でも、今はクラスのみんなも優しいって感じる」

 隣を歩く彼女の言葉は本当に優しさを感じているようだ。

「それでもね。それでも、私は在来君と、来織と、織姫と、灯勇と居たいって思うよ」

「それに、最初は好きじゃなかったけど、今はもうダメみたい。在来君が何をしているのか、何を思っているのか気になって仕方ないよ」

 その言葉に俺は彼女の顔を見た。照れくさそうに、けれどしっかりと俺の目を見つめていた。夕日に照らされて、美しい顔をしていた。まるで、別人のようで、けれどしっかりと姫灯で。不覚にも涙が出た。頬を伝っているのが分かった。

「え? え? なんで泣いてるの? 私、なにかやっちゃった?」

 そんな間の抜けた様子を見て、やっぱり姫灯は姫灯だな、そう思った。

続く

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