無力感
俺は、ストーカーに負けた後、夕飯ということで、皆と一緒に楽しく食べた。正直、後悔はまだまだ心に残っている。しかし、後ろを向いて周りにまで気を遣わせようものなら、それは最低だ。楽しくしているところに、水を差すのは馬鹿のすることだろう。だから、俺はみんなと楽しく過ごしているふりをした。
「お風呂の用意、できましたよ」来織の母親がそう声をかけてくれた。
それを聞いて、昨日と同じように俺と入るだの、皆一緒がいいだのと言っていたが、昨日と同じように入ることになった。それぞれ順番に入っている間に、他の人はトランプゲームやウノ、ボードゲームをしていた。
そんなとき、俺は肩をつつかれた。相手は灯勇。多分、ストーカーの事だ。
俺は彼女に呼ばれて、庭に出た。皆には夜風に当たってくる、と言っただけ。まるで、酒に酔っているみたいな言い訳になってしまっていたが、皆は気にしていなかったようだ。
「それで、どうした。灯勇」
「ストーカーのこと」
やっぱりか。もしかして、さっき戦ったことを知っているのだろうか。
「あきは知ってる? 私がネットで話題になったの」
俺はああ、と短く返した。
「そっか。それでね、そのとき、ファンの人がたくさんいたの」
彼女の言葉は途切れ途切れで、それでも懸命に言葉を紡いていた。俺はその綺麗な声に耳を傾ける。
「その中の、一人が、その、あの」
言いたくないことなんだろう。しかし、きっと彼女は今、伝えたいことなんだろう。だから、俺は言わなくてもいいとは言わなかった。
「その、中の、一人が」彼女はそれからゆっくりと言葉を放った。
「ストーカーだったんだ」
それは俺にとっては意外でもなんでもなかった。これだけ綺麗な声で、歌っていたら、アイドルのようなその姿に憧れて、そうするやつもいるだろう。しかし、なんだって今になって付け回しているんだ。
「多分、今のストーカーもそのファンの一人だと思う」
そこで彼女は言葉をとぎって、俺に向き直った。
「私、また歌いたい。動画にして、皆に届けたい」
一拍おいて、
「だから、わがままだけど、助けてほしい。私をストーカーの呪縛から解き放ってほしい」
そういった。
俺はそれに対して、当たり前の答えを返す。
「もちろんだ。助けるさ、絶対に」
改めて、俺はあいつに勝つという決意をした。それは揺るぐことのない意志になったような気がした。
リビングに戻ると、北さんと世葉さんがトランプゲームのスピードで戦っていた。ちなみに俺の目は追い付いていないので、何がどうなっているかわからない。それは見ている他の人も同じらしく、目が動いていない。一人を除いて。
その一人はなんとか追い付こうと目どころか頭をぶんぶん振っていた。漫画の見すぎかもしれない。無謀な奴の名前は来織だ。それを続けていて、首から嫌な音がした。
「おお、おおお、く、首が、ご、ごきって、なった」
彼女はソファで安静にしなくてはいけなくなった。布団に行けと母親に言われていたが、皆がいるのに彼女が行くわけがない。
彼女の首が犠牲になったおかげかどうなのか。果たしてすぐに勝負はついた。ぎりぎりで世葉さんの勝利だった。
「辺泥君、お風呂、空いたよ」
今気づいたが、姫灯が風呂に入っていたらしい。その声を受けて、俺は気づいていたふりをして、礼を言った。
それから風呂に入って、湯につかった。
リビングの方からは楽しそうな声が聞こえてくる。彼女たちがまだ騒いでいるようだ。
ストーカー。奴はもしかしたら、灯勇を心配しているのかもしれない。もし好きな人がハーレムを作っているような野郎だったら俺だって、その人を心配するだろう。しかし、心配するにしても、やり方が悪い。監視するなんて言うのは、不安感を抱かせるだけなんだ。奴なりの正義感なのかもしれないが、灯勇にとっては迷惑でしかないのだから、それはきっと悪い事なんだ。しかし、俺には奴を討つ力はない。というか、俺は一介の高校生にしか過ぎない。喧嘩なんぞはほとんどしたことがない。本気の殴り合いなんて力加減のわからなかった幼いころぐらいだろう。俺が奴をどうにかするなんてできるのだろうか。
俺は風呂につかりながら、ストーカーと灯勇のことを考えていた。
考えすぎて、のぼせたのは言うまでもない事かもしれない。
続く




