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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
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第六章『特性付与』

 夢を見ていた。


 木刀が頭に当たって、目から火花が散った。

「いってええええっ! 兄貴っ! 俺を殺すつもりかっ!」

「おまえの石頭がそれぐらいで割れるものか。どれ見せてみろ、直人……なんだ、コブになっているだけじゃないか」

「コブになっているから痛いんだって!」

 正人兄貴と練習をしている俺。

 その様子を近くから見ていた吉乃さんが、口元を手で押さえて、くすくすと笑っている。

「吉乃さん、見ただろ。さっきの兄貴のえげつない斬り方。絶対、俺を殺す気だったって」

「おまえは、すぐに吉乃を頼るなあ」

「虐待好きの兄貴を持ったら、誰だってこうなるんだよ」

 口が減らないガキだ。

「大丈夫、直人くん? ほら、冷やしてあげますからね」

「ほら、これが愛情ってもんだよ、兄貴。冷血人間のあんたに決定的に不足しているもの」

 吉乃さんに濡らしたタオルをコブに当ててもらって、なぜか俺はいばっていた。

「吉乃。濡れタオルを十枚くらい用意しておいてくれ。それぐらい殴れば、少しは真人間になるかも知れない」

「ギャー! 本当に冷血人間だーっ!」

 本当に殴られてこい、馬鹿たれな俺。


 

「クロードには、お兄さんがいたのですね」

 一晩経ってもまだ直らない、俺の胸の傷を修理しながら、アルフェミアが話しかけてきた。

「うん。正人っていう兄貴がいるよ。修行する時は厳しかったけど、優しい兄貴だ」

「ヨシノという女の人は、お姉さんになるのですか?」

「お姉さんというか……まあ、それにかなり近い人」

 一歳違いの幼なじみで、初恋の人だとはさすがに言えない。

「そうですか。安心しました」

 なんで、アルフェミアが安心するんだろうか。

 でも、作業している時に質問攻めにすると、怒り出すからなあ。

 いいか、別にわからなくても。

 オスグットにぶん殴られた時にできた胸の傷は、相当に深いのか、アルフェミアはろくに睡眠も取らずに、昼夜を徹して俺を修理してくれていた。俺も一緒に起きていようと思ったんだけど、また白いコード、神経束を手首につながれて、強制的に眠らされてしまった。神経束はある程度は自由に伸びるのか、アルフェミアは俺が目を覚ましたというのに、つないだままで器用に作業を続けている。

「外さないのか、これ?」

「なにか不都合があるのですか?」

 いや、ないって言えば、ないんだけど。片手だと作業がやりにくくないのかなと思って。

「つないでいた方が作業がしやすいのです。本当です」

 別にいいんだけど。なんで、目を横にそらす?

「それよりも、クロード」

 アルフェミアが俺に何かを言いかけた瞬間、音を立てて、部屋の扉が開いた。

「おはよう。クロードの調子はどう?」

「経過は良好です。サークルカウンターの対戦相手指名までには間に合うと思います」

 部屋に入ってきたのは、ミュンザと機械戦士ティガスだった。なにかを言いかけていたアルフェミアは下を向き、作業を再開しながら、つぶやくような声で挨拶を返している。

「よぉ。ボロボロにやられちまってんな」

 ベッドに寝そべって修理を受けている俺に近寄って、ティガスが面白がっている口調で話しかけてきた。

「オスグットは強かったよ。偶然、勝てたようなもんだ」

「そうか? 距離を取って戦えば、苦戦するような相手じゃないと思うけどな」

 ティガスは軽快な動きを生み出すであろう太股を叩きながら、軽口を叩いている。

「最後の方のことを言っているのか? そりゃ、距離を取って、カタパルトランスで突くっていう選択肢もあったけどさ。そんなの卑怯だろ」

「卑怯って言われてもな。正々堂々と戦ったって、リーネは、おまえのことを卑怯者、狂戦士って呼んで、騒いでいたぜ。今回は勝ったからいいけど、負けたら、ただの馬鹿だぜ。次からは、考え方を改めるこった」

「自分の気持ちの問題だ。まあ、すっきり勝ったってわけじゃないけど」

「そっちは気にすんな。騒いでいるのは、リーネとイツキぐらいのもんだ」

 イツキの名前を出されて、俺は目をしばたたかせた。

「イツキは、なんて言っているんだ?」

「見損ないましたってさ。ふられたな、おまえ」

 ティガスに笑われて、かなりむかついたけど、仕方がないとも思った。

 機関砲を出したのはわざとじゃないって言っても、信じてくれないだろうしなあ。

「でも、立派なものだよ。初出場で、ここまで順位を上げた機械戦士って、珍しいんじゃないの?」

「はい。クロードの戦いは変則的ではありますが、その場の状況に応じた判断で、性能の不足を補っています。見事な戦い方だと、私は評価しています」

 ミュンザとアルフェミアが、俺をかばうようなことを言ってくれる。

「そりゃ、アルフェミアは優しいもんな。修理をする時だって、すごく丁寧な手つきで、クロードも痛がってないし。俺は、おまえが心底うらやましいよ」

「そうだろ。俺も、アルフェミアがパートナーでよかったと思っている」

 ティガスは冷やかすつもりで言ったんだろうけど、俺は真顔で答えた。実際、自分の睡眠時間を犠牲にしてまで修理を続けてくれるアルフェミアに、本当に感謝していたから。

 作業に集中しているのか、黙りこんでしまったアルフェミアを置いて、三人でしばらく会話を楽しんだ。

 笑顔で部屋から出て行くミュンザとティガスを見送った後、

「クロード。そういうことは、他の人がいない時に言ってください」

修理が一段落したアルフェミアが、小さな声で、そんなことをつぶやいていた。


 修理はかなり時間がかかったらしく、俺とアルフェミアがサークルカウンターの前に立った頃には、ほとんどの機械戦士たちが対戦相手の指名を終えて、その前から離れていた。

「しまった。上の順位の連中、もう対戦相手が決まっちまったかな?」

 俺はあわててサークルカウンターの宝石をチェックしたんだけど、相変わらず、そこに並んでいるのは色とりどりの宝石ばかりで、意味なんかわかりゃしない。

 俺の順位を表しているはずの黒い宝石。

 アルフェミアが指名できる相手を表示してくれたんだけど、光ったのは、俺の宝石からサークルカウンターの中心に向かって八個ぐらい離れた場所の明るい茶色の宝石。ライトブラウンっていうんだろうか?

「指名できる相手は、機械戦士ルーケン。できれば、戦いたくない相手なのですが」

「他に残っていないなら、それを選ぶしかないだろ。俺は機械戦士ルーケンを指名するよ」

 俺が宣言すると、いつものように黒い宝石と茶色の宝石が強く輝いた。

「仕方がありません。本当は指名したくはなかったのですが」

「そんなに強い相手なのか?」

「はい。ルーケンの二つ名は、無双の城壁。このミストリエの街を守る機械戦士守備隊の隊長で、ハルバードと呼ばれる斧槍の名手です。ですが、指名したくない理由は、別にもあるのです」

「それは、私があなたの先輩だからかしら?」

 目を伏せて話していたアルフェミア。その言葉を聞いていた俺。そんな俺たちに話しかけてきたのは、アルフェミアと同じ、アズキ色の服を着た女の人だった。

「気にすることはないのよ、アルフェミア。思いっきり戦えばいいだけなのだから」

 黒い髪を無造作に後ろでくくった、俺やアルフェミアよりは年上の女性。

 着ている服は、アルフェミアと同じアズキ色をしているんだけど、上下に分かれたスーツのような構造になっていて、その高い身長と合わせて、ずいぶんと大人びて見えた。

「対戦相手が決まったのか?」

 ズシンと音がして、床が揺れた。

 現れたのは、二メートルぐらいある俺よりも、さらに頭三つ分くらいは大きな機械戦士。薄い茶色というか、古びた煉瓦みたいな色をした鎧を着ていて、頭はバケツを逆さにしたような形。もっと上品に言うと、西洋風の城の中に立つ、塔みたいな形をしていた。手足なんかは俺の胴体くらいの太さがあって、軽くつかまれただけでつぶされそうな圧迫感を受けた。

 その巨体の機械戦士は、バケツ頭の中の赤い一つ目を光らせると、俺を見下ろし、少し機械的な雑音が混ざった声で話しかけてきた。

「君がクロードか。噂は聞いている。もちろん、指名は受けるぞ」

「了解いたしました、ルーケン隊長」

 アズキ色のスーツを着た、大人っぽいタルフォードは、俺とアルフェミアに話しかけていた時の口調とは打って変わった、軍人のような厳しい声でルーケンの言葉に応えた。見ると、額に手を斜めに当てて、敬礼のようなことまでしている。

「パーシエ先輩、機械戦士ルーケン。胸をお借りします」

 アルフェミアも二人に敬礼をしていた。よくわからないので、俺も真似をして敬礼してみた。

「君がアルフェミアか。パーシエが自慢していたぞ。我が神殿の誇りだとな」

「そんなことはありません。全て、パートナーであるクロードの実力です」

「謙遜するな。油断したくはないからな。ほら、なんといったか。あの緑色の髪をした小娘。あの子が、手段を選ばずに勝利を奪う奴だから気をつけろ。黒の狂戦士クロードに気を許すな、と、あちこちで言い振り回しているようだぞ」

「リーネのやつっ! ……申し訳ありません。個人的な感情による発言です」

 いらただしげに舌打ちした後、アルフェミアは恥ずかしそうに謝った。

 こうしてみると、アルフェミアって別人みたい。なんか軍人さんのように見える。

 しかし、いつまで敬礼していないといけないんだろうか。

 ズシンと音がして、床が揺れた。

 次の試合の対戦相手が決まり、ルーケンとパーシエは去っていく。

「大きな機械戦士だなあ。勝てるのか、俺?」

「わかりません。パーシエ先輩は、私と同じ神殿の出身で特性付与の能力は持ちませんが、調整の腕にかけては一流でした。残念なことですが、タルフォードの能力では完全に負けています」

 大丈夫かなあ。

 アルフェミアの言葉は、俺をますます不安にさせてくれた。

 

 

 機械戦士ルーケンは槍を使う。しかも、ただの槍ではなくて、斧槍という特殊な武器だという。

 あの巨大な体から繰り出される槍の一撃。それはどんなものだろうか?

 アルフェミアは不安そうな顔をして壁を見つめているけど、それは俺も同じだった。

 部屋にもどった、俺たち二人。

 勝てる糸口のきっかけがつかめなくて、迷っている。

 そんな状況の中で、とにかく俺は、相手のことが知りたかった。

「アルフェミア。試合の観戦って、できるのか?」

「試合場そのものには、試合をする機械戦士しか入場することはできません」

「困ったな。俺、槍を相手に戦ったことなんかないよ」

「試合の記録は見ることができます。少し、待っていてもらえますか?」

 不安な空気が破られたことで気が入ったのか、アルフェミアはそう言うと、俺を置いて、部屋から出て行ってしまった。

 槍相手かぁ。どうやって戦えばいいんだろう。大丈夫か、俺?

 

 ベッドに座って、手持ち無沙汰に俺が待っていると、アルフェミアは手の平ぐらいの大きさの輪っかのようなものを持ってきた。

「なに、これ?」

「知らないのですか? これはデータリングです」

 うむ。また、わけのわからない言葉。

「高価なものなので、そんなに流通しているわけではありませんが」

 そう言ってから、アルフェミアは壁に立てかけてある鏡の縁に手をかけ、そのデータリングという輪っかを鏡の枠の中に入れてしまった。すると、鏡は画面となって、闘技場で機械戦士たちが戦う様子を映し出し始めた。

 鏡が再生装置になっていて、データリングの中に入っている記録を映しているんだろうか。

「クロードが試合をしている間、私はこの鏡の前で、試合を見守っています。あなたの試合はぎりぎりの逆転ばかりなので、いつも見応えがありますね」

「なるほど。アルフェミアは試合場に入ってこないから、どうやって、試合の内容を知っているんだろうかって不思議だったんだよ」

「やはりまだ、覚醒しきっていないのでしょうか?」

 心配そうに、俺の顔をのぞきこむアルフェミア。だけど、俺は鏡が映し出している映像の方が気になった。

 壁に立てかけられた鏡に映っっているのは、機械戦士同士が試合をする姿。

「土壁色をした大きな体の機械戦士が、クロードの次の対戦相手であるルーケンです」

 アルフェミアの言うとおり、鏡の中にはさっき出会った機械戦士ルーケンの姿が映っている。

「得意とする武器はハルバード。いわゆる斧槍と呼ばれるものです。ご存知のとおり、突くことも、斬ることも、叩くこともできる万能武器として、人気が高いですね」

 ご存知じゃねえっての。

 ハルバード、斧槍と呼ばれた武器は、先端が槍の穂先と斧とハンマーを合体させたような形をしていた。しかし、もっと気になったのは、ルーケンが振り回している得物の大きさ。それは槍と言うにはすごく太くて、むしろ柱って言った方がよかった。柄の長さも半端じゃない。

「はい。あのような長柄の武器は、まとめてポールウエポンと呼ばれることもあります」

 冷静に言うなって、アルフェミア。

 画面では、ルーケンが振り回したポールウエポンに叩き飛ばされて、小柄な機械戦士が宙を飛んでいた。

「うっわ。あんなもんで殴られたら、下手したら死んでしまうんじゃないのか?」

「はい。前回、ルーケンと戦った機械戦士、無限の鞭ガルトフは、この試合の後、出場を辞退しました。修理が間に合わなくなるほどの深刻なダメージを受けてしまったということですね」

 だから、冷静に言わないで欲しい。

「ルーケンは重機械戦士。ガルトフは軽機械戦士。予想では、動きの速さで勝るコガルトフが勝利するものと思われていましたが、ルーケンの反撃の一撃が勝敗を決したようです」

 モーターブレードも電動ノコギリみたいで、かなり凶悪な姿なんだけど、それでもルーケンの持っている柱みたいなハルバードと比べると、なんだか頼りなく思えてしまった。

「クロードも重機械戦士ですから、ガルトフとは装甲の厚さが違います。そこまで心配しなくても大丈夫です」

 そりゃ、おまえは戦うわけじゃないから平気かも知れないけどさぁ。

「アルフェミア。いつも試合の前は無理だ、勝てないって言っていたじゃないか。もしかして、ルーケンって強くないの?」

 そうだったら嬉しい。

「まさか。予想では、クロードが敗北する確率は十割近く。ほとんどの者が、あなたが勝利するとは思っていません」

 それはそれで、なんか腹が立つな。

「ですが、クロード。あなたがおこなってきた試合は、すべて絶対に不利なものばかりだったのです。私は信じています。あなたが勝利することを。それが、試合前の敗北予想が十割になっていない原因です」

 生真面目な顔で言う、アルフェミア。

 俺を信じてくれている。

 その表情が、なんだか吉乃さんと重なって見えて、俺は思わず、目をこすってしまった。


 翌日、修理を完全に終えた俺は、いつものように練習場に向かった。

 槍を相手に戦ったことなんかない。

 俺が不安に駆られながら、練習場でモーターブレードを振っていると、

「無双の城壁ルーケンが相手か。それはかなり厳しいなあ」

俺の横で同じように、メタルブレードを振っていたティガスが、そう言った。

「強いのか、ルーケンって奴」

「前に、あいつに負けたことがある。ボコボコに殴りまくって、さあ、とどめを刺そうかっていう時に一撃を食らって、終わっちまった」

 へらへらしていて、いつもミュンザに怒鳴られているけど、ティガスは強い。サークルカウンターの順位も俺なんかより遥かに上で、優勝候補の一人だとアルフェミアは言っていた。そのティガスが一撃で負けたってことは。

「かなり厳しいよな、それって」

「ああ。覚悟して戦えよ。ルーケンは動きこそ鈍いが、城壁みたいな装甲は多少の攻撃じゃビクともしねえ。狙うとしたら足なんだが、ハルバードを振り回されたら、そんな距離まで近づけないしな」

 うーん。困った。

 剣相手なら、足さばき、体さばきでなんとかなるような気がするんだけども。

「どうした、おまえら。練習するのなら、もっと気を入れて練習しろよ」

 俺とティガスが頭を悩ましているところに声をかけてきたのは、同じように修理を終えたオスグットだった。

「よお、オスグット。クロードにやられた腹は、もう大丈夫なのか?」

 からかうような口調のティガスに、オスグットはトゲだらけの拳で自分の腹を叩き、豪快に笑った。

「大したことはねえ。イツキが親身になって修理してくれてな。クロードのおかげで、かえって仲が深まったような気までするぜ」

 負けたことなんて気にしていないのか、オスグットは平然と、そんなことを言う。俺はかえって申し訳なくなって、頭を下げた。

「ごめん。俺、わざとこれを出したわけじゃないんだけど」

 今度は意識して、胸の上の方から二門の筒状の機械、アルフェミアの言うところのマクファイル式七連装機関砲を飛び出させてみせた。

「わかっているって。おまえが卑怯者なら、ドタン場で、俺に接近戦を挑んだりしてこない。イツキの奴はまだ納得していないってのが問題だが。まあ、悪いが、俺にとっては都合がいいから、そのままにしているぞ」

 そう言って、オスグットはカラカラと笑う。

「黒の狂戦士か。リーネが悪口でつけた二つ名だが、このままだと定着しそうだな。自分で、別の二つ名をこしらえた方がいいんじゃないか?」

「いいよ、別にそんなのは」

 俺が遠慮すると、ティガスはまたメタルブレードを振り始めた。それに合わせるようにして、オスグットも体を動かし始める。

「どうした? 試合の前に練習をするなんて、準備不足のうっかり者がやることだけどな」

「おまえこそ、クロードの真似をしているんじゃないか?」

 軽口を叩き合いながらも軽やかに動き続ける、二人の機械戦士たち。

 俺もがんばらなくちゃな。

 そのとおり、と応えるように、モーターブレードが鋭い咆吼を上げた。

 

 

 槍という武器は、剣よりも強い。

 剣術の道場で育った俺が、こんなことを言うのもなんだけど、人が死ぬことが日常だった時代、戦場に君臨し続けたのは、遠く離れて戦える飛び道具と槍だった。

 そりゃ常識で考えれば当たり前のことで、少しでも相手より先に突き刺せる道具の方が有利に決まっている。ましてや、槍という武器は突くだけではなく、振り回したり、切り払ったり、いろんな使い方ができる。特に、ルーケンの持っているハルバードという武器は、先端が槍の穂先と斧とハンマーを合体させたような形をしていて、突くことも、斬ることも、叩くこともできる万能武器とのことだった。

 これまで戦ってきた相手。紅蓮の騎士エリフ、銀剣の道化師プルクト、豪腕の闘士オスグット。

 どいつも強かったけど、あくまで剣で戦える相手ではあった。

 だけど、ルーケンは違う。

 あの分厚い装甲を破ろうとするだけで一苦労なのに、持っている武器は槍。しかも、俺を一撃で吹き飛ばせそうなほどの大きさの槍だった。

 どうやって戦い、どうやって勝つんだ?

 ティガスが去り、オスグットが去っても、俺はまだモーターブレードを降り続けていたんだけど、答えは見つかりそうになかった。

 勝ちたい。だけど、方法が見つからない。

 結局、疲れることを知らない機械の体がギシギシと嫌な音を立て始めた頃になって、ようやく、俺は剣を降ろすことになった。


 窓の外から見えるのは星明かり。

 この世界に来てから、もう二週間近くが経つ。

 吉乃さんに会えるのは夢の中だけで、現実には自分自身の姿さえも見ることさえできない。

 俺の体は、真っ黒な金属部品の集合体。血と肉ではなく、オイルと鉄で構成されている。

 そんな異常な状況の中でも狂わないでいられたのは、なぜだろうか?

 まっさきにアルフェミアの顔が頭に浮かんで、俺は苦笑いをした。

「ありがたいんだろうな、やっぱり」

 部屋への帰り道。女の子と二人で過ごすには、あまりにも色気のない、機械とベッドしかない部屋。そこに帰ろうとしている俺に向かって、アルフェミアが歩いてくる。

「あまり遅いので心配しました。クロード、ずいぶんと遅くまで練習していたのですね」

「勝ちたいからな。迎えに来てくれたんだろう? ありがとうな、アルフェミア」

 アルフェミアは生真面目な顔でうなずきながら、俺の横に並び、手をつなぐ。俺の意志とは関係なく、手首から白いコード、神経束が伸び、アルフェミアの手首から伸びた神経束と絡み合い、一つになっていく。

「この白い糸、普段でもつないでいいのか?」

「はい。こうした方が、お互いのことがわかり合えて都合がいいですから」

 この神経束がつながっている間、俺とアルフェミアは共同意識体になるということだ。でも、見えているのは俺の目から見た景色、感じられるのは俺の体に触れる空気で、わかるのは、アルフェミアの手は柔らかくて暖かいということだけで。

 星の光が、やけに明るいと思った。

 

 その日の夜。

 アルフェミアと手をつないだまま眠った俺は、また夢を見た。

 足さばき、体さばきには多少の自信がある。でも、槍って、どういう動きをするんだろう。

 不安で仕方なくなった俺が見た夢は、子供時代の頃の夢。

「直人くん。おみやげに、私の流派の型を見せてあげましょう」

 正座している俺の目の前で、槍を持ちながら言ったのは、親戚の叔父さん。名前は加持。

 広津家と一緒で、昔から武上家と縁がある家の人で、子供好きの叔父さんは、俺が遊びに行く度に、いろんなことを話してくれた。

 それで、一回だけ、自分の流派の型を見せてくれたことがある。

 俺は練習場で平気で武上一刀流の型を練習しているけど、本当は門外不出。

 広津にしても、加地にしても、型の練習をしていい場所は自分の道場だけで、特に同門以外の人間がいるところで練習することは厳禁とされていた。

「見せたことを、誰かに話してはいけませんよ」

 そうやって加地の叔父さんが見せてくれたのは、加地槍器術の型だった。

 子供の頃に見たもの。それは今、夢となって鮮やかに、俺の目の前にあった。

 型とは、戦いに必要な動きを効率的にまとめたもの。 

 そこには、槍術の動きの大半が含まれている。

 剣でどうやって防ぎ、剣でどうやって攻めればいいのか、大量にイメージが湧き出してくる。

 決して、他人には見せてはいけないもの。

 それを見せてくれた叔父さんに感謝しながら、俺は目を覚ました。

 

「クロード。今の夢は?」

 俺のベッドのとなりの、簡易寝台で寝ていたアルフェミアも目を覚まし、嬉しそうな顔で俺の顔を見た。その表情に浮かんでいるのは希望。

「俺の子供の頃の思い出。槍を振るっていたのは、俺の親戚の加持叔父さん。アルフェミア、すごいヒントをもらっちゃったな」

「ええ。あの舞踏のような動きはなんというのですか? 戦いの動きの全てが含まれているような、そんな感じを受けました」

 ああ、アルフェミアはわかってくれている。

「覚えておけよ。あれは型って言うんだ」

 同じように嬉しくなった俺は、興奮しながら、アルフェミアとどうやってルーケンと戦ったらいいのか、くわしく話し合っていた。


 左側の装甲を厚くしてルーケンの重装甲に対抗し、槍をかいぐぐって、装甲の薄いところ、たとえば足の関節部分を狙って一撃を加える。

 どうやって戦うのか、方針は決まった。

 アルフェミアは闘技場の外に出て、増加装甲を造るための材料を買いに行き、俺はルーケンの槍をかいくぐるための動きを研究することになった。

 昨日よりは軽く感じられる足取り。練習場に向かう俺の前を、イツキが通り過ぎる。

「あっ……」

 気まずそうに顔を背けると、イツキは足早に立ち去ってしまった。

「誤解されたままか。でも、いいか。オスグットはイツキに惚れているみたいだし」

 俺を拒絶するように、着物のような服の襟元を握ったイツキの手。

 いつか、オスグットがイツキの刀を振る時が来るのだろうか。

 そんなことを思った。

 

 

 シュン、シュンと鋭い音を立てる刃先。

 エンジンを回さないままのモーターブレードを振って、俺は武上一刀流の型を繰り返していた。

 型っていうのは、実戦に必要な技術を小さくまとめて集め、一人でも有効な練習ができるように作られた練習方法。

 最初のエリフとの戦いでは回し蹴りを食らわせて勝って、次のプルクトには盾でぶん殴って勝った。オスグットなんか、完全に俺の負けだったのに、鉄砲を突きつけて勝っちゃった。こんな勝ち方ばかり続けていたら、いくらなんでも、武上一刀流の剣士としての立場がない。

 まあ、本当に武上流の教えを守るなら、俺はもう剣を握ってはいけないことになっているんだけど。

 流れる刃先を止め、突き出し、落とし、再び跳ね上げる。

 集中するのは持っている剣ではなくて、むしろ足運び。

 武上流では歩法って言うんだけど、これさえしっかりしていれば、たとえ素手でも武器を持った相手と渡り合うことだってできる。剣で槍に勝つことだって、不可能じゃないはずだ。

 夢で知ることができた、槍の動き。

 それを意識しながら、最初は作法通りにやっていた型を、自分でやりやすいように組み替えてみる。

 槍を相手にするための動きではなく、槍を俺の剣に合わせさせるための動き。

 それを目指して、不安と期待に駆られてモーターブレードを打ち振るう俺の後ろに、いつの間にか、知らない人が立っていた。

 地面に人影が映ったのに気づき、俺はモーターブレードを振る手を止めて、後ろを振り返る。

 気配も感じさせずに立っていたのは、黄金の髪と青い瞳を持った、とても美しい女の人だった。着ているのは、真っ白な、スカートの裾が地面まで届きそうな、お姫様が着るドレスみたいな服。

「そこに立っていられると、危ないんだけど」

 この人も、タルフォードなのかな?

 イツキみたいに、パートナーにしてくれないか、と言われたら、困るなあ。

 そんなことを思いながら、そのドレスみたいな真っ白な服を着た女の人に注意すると、彼女は俺の顔を見つめたまま、涼しげな声で言った。

「続けてください。その美しい型を見ていたいのです」

 可憐というか、透き通るようなというか、そんな声。

 目の前に突然、お姫様が現れたような感じがしてしまって、俺は頭が痺れるような感じを受けた。

「あんた……いや、君の名前は?」

「オートレイ。パートナーは持ちませんが、タルフォードです。私の名前を覚えていただければ嬉しいです、クロード様」

 そう言って、オートレイと名乗った彼女は、花のような微笑みを浮かべた。

 クロード様って。ちょっと待ってくれよ、おい。

 信じられないような美人、オートレイに話しかけられて、俺はすっかり舞い上がってしまう。

「こんなつまらないものなら、いくらでも見せるけどさ」

「いいえ。とても美しい型です。無駄なものは全て省かれ、戦いに勝つことだけを目的に、長い年月を経て生み出された型。クロード様が型を行う姿を見て、そのように思いました」

 桜色の真珠のように美しい唇から発せられる言葉に、嘘とか迷いはなくて、彼女が本当にそう思ってくれていることが感じられて、なんだか恥ずかしかった。

「続けて下さい、クロード」

 言われたとおり、俺は少し緊張しながら、型を続ける。

 静かに、そして、どこか嬉しそうに俺の型を見つめているオートレイは、やっぱり、とんでもなく綺麗で、型を続ける間も、かなり照れ臭かった。

 でも、イツキのことでアルフェミアを怒らせたばかりだし。

 照れながらも、少し気まずかったような気もした。


 練習で、それなりにイメージをつかむことができた俺は、いつものように通路を歩いて、部屋へもどった。

 扉を開けて、部屋の中に入ると、アズキ色の服を着たタルフォードが二人、ベッドの上に座って、なにかを話している。

「おかえりなさい、クロード。今日の練習は終わったのですか?」

 ワンピースを着ているタルフォード、アルフェミアが立ち上がって、俺の調子を見るべく、歩いてくる。

「お邪魔しています、機械戦士クロード。アルフェミアと二人で、思い出話をしていたところです」

 アズキ色のスーツを着たタルフォード、パーシエは足をそろえたままでベッドに座り、微笑んでいる。

 お茶が入ったカップが二つ、ベッドの近くの作業台の上に置かれていた。

「思い出話って、神殿にいた時の頃のこと? アルフェミアって、パーシエの後輩だって聞いているけど」

 パーシエを放っておいて、作業に取りかかろうとするアルフェミアの肩を押して、またベッドに座らせながら、俺も話に参加させてもらうことにした。

「はい。私たちの神殿は、特性付与の能力をタルフォードに授けることはできませんが、竜と戦っていた昔より、各都市に仕える機械戦士たちへ、真剣に仕事に取り組む人材を送りこんでおります。私も、アルフェミアも、そこで訓練を受けて、タルフォードとなりました」

 後輩のアルフェミアと変わらない、生真面目な口調。その黒髪とアズキ色のスーツと相まって、パーシエはまるで、アルフェミアのお姉さんのように見えた。

「正直なところを言うと、機械戦士に特別な力を与える能力、特性付与を持たないがために、私たちの神殿は軽んじられることが多いです。いにしえよりの先達の技を伝えている者は、私たちの他にない。そのことが、私たちの誇りなのです」

 胸に手を当て、時々、となりに座るアルフェミアの顔を見ながら、真剣に話すパーシエ。

「そして、この度。喜ばしいことに、闘技大会に初参加でありながら、すでに三連勝という快挙を成し遂げた者が、私たちの神殿から輩出されました。アルフェミア、あなたが後輩であることが、私は誇らしいのですよ」

「私はタルフォードとしての義務を果たしているだけです。戦果を上げているのは、クロード本人の実力によるものです」

 生真面目な答えを返しながらも、アルフェミアは緊張しているのか、その肩は小刻みに震えていた。

「特性付与の能力こそ持ちませんが、アルフェミアほど真剣に仕事に取り組む者はおりません。クロード、彼女のことを大事にしてあげてください」

 アルフェミアのことを思ってのパーシエの言葉に、俺はうなずき返した。

「作業の邪魔をしてはいけませんから、今日は帰ります。アルフェミア、お互いに頑張って、いい試合をしましょうね」

 スカートの裾を押さえながら立ち上がり、微笑みを残して、パーシエは部屋から去っていく。

「アルフェミア?」

 別れの挨拶もしないアルフェミアの姿が、妙に縮こまっている気がして、俺は不思議に思った。

 

 その夜。

 パスタのようなものを食べていたアルフェミアが、フォークを止め、ベッドに座って、背中につながった太いパイプから必要な物質の補給を受けていた俺の顔を、黙って見つめていた。

「どうした?」

 背中がパイプとつながっているので、立ち上がることはできない。俺は顔だけを向けて、なにか話したがっているアルフェミアの名前を呼んだ。

「今さら、ルーケンと戦うことが怖くなったと言ったら、あなたは笑いますか?」

「ルーケンとじゃなくて、パーシエとだろう?」

 俺が指摘すると、アルフェミアは苦笑いをする。

「クロードが勝つと信じている。これは本当です。ですが、私は自分の実力を信じることができません。私の技術は全て、パーシエ先輩より習い教わったもの。タルフォードとして、経験でも技術でも上回る彼女に勝てるとは、とても思えません。クロードが夢の中で教えてくれたイメージ。そのヒントに対して、私は必要な部分の装甲を強化するという答えを出しましたが、そんな小手先の技が通用するはずがないのです」

 さっき、パーシエに褒められたことが、かえってプレッシャーになったのか、アルフェミアは元気のない顔をして、俺にそんなことを言った。

「俺が、アルフェミアのことを信じていると言ったら、おまえは笑うか?」

「えっ?」

 二つの黒い瞳が、俺の赤い一つ目を見つめる。

「この体にみなぎる力は、アルフェミアが与えてくれている。だから、勝つことができる。俺は、そう思っている。そう聞いたら、おまえは笑うか?」

 静かだった。

 パスタから上がっていた湯気は消え、静寂だけが部屋の中を包んでいる。

「食べろよ。せっかく作ったのに、冷めちまうぞ」

 沈黙が我慢できなくて、俺がつぶやくと、アルフェミアは小さく頭を下げた。

「ありがとう、クロード」

 そう言うと、アルフェミアはフォークを手に取る。

 俺は、彼女と心が通じたように思えて、嬉しかった。



 刃先が踊る。

 練習場で剣を振るごとに、迷いは消えていく。

 モーターブレードの鍔代わりのエンジンはズッシリと重く、俺の腕が筋肉じゃなくて、駆動機で動いているんじゃなかったら、とても自由には振り回せない。だけど、アルフェミアが毎日、一生懸命に手がけてくれる体には信じられないくらいの力がみなぎっている。

 人間にもどり、吉乃さんと元の世界に帰るために始めた闘技大会での真剣勝負。

 毎回、楽には勝たせてもらえなくて、斬られたり、蹴られたり、ブン殴られたりと、ろくなことがないけれど。

 戦う理由はあった。もう一つ、増えた。

 アルフェミアがいる。俺を信じて、俺のために頑張ってくれる人がいる。

 あいつが喜んでくれるなら、俺はどこまでだって強くなれる。

 そんな気がした。

 手を止めて、少し休んでいると、俺から遅れて、機械戦士ティガスも練習場に入ってきた。

「よお。あんまり張り切りすぎると、相手に手の内を読まれちまうぜ」

 いつもの軽口を叩きながら、ティガスはメタルソードを抜き、俺の横で自分も練習を始める。

「相変わらず速いな、おまえの剣先」

「軽量級がトロくて、どうするよ。言っておくが、俺の剣は速いだけじゃないんだぜ」

 振られた剣の鋭さが、ティガスの言葉が嘘ではないことを証明していた。

 こいつ、優勝候補なんだよな。今のままの俺だと、絶対に勝てないよな。

 まずは恐竜みたいに大きなルーケンに勝たないと話にならないんだけど。

 とりあえず俺は、ヒントを探すために、夢で見た加持叔父さんの槍の動きを思い出すことにした。

「おい、クロード。何をボーっとしているんだよ。練習する時間が惜しいだろ」

 叔父さんの持つ槍の動きを、頭の中で再現していた俺に、呆れたようにティガスが言った

「ああ、わかってるよ。勝つためには、練習しないとな」

 最初の頃は、不安になって、がむしゃらに打ち振っていただけのモーターブレード。

 だけど、今は勝つために振らなきゃいけない。

 道場で練習していた時より、ずっと切実な理由だ。

 とにかく、動きに合わせてみるか。

「今日は、新しい型を舞っているのですか?」

 叔父さんの槍の変幻自在な動きを、一生懸命に追いかけている俺に話しかけてきたのは、オートレイだった。

「型じゃないよ。これは相手の動きを想像して、それに合わせて、剣を振っているだけ。イメージトレーニングみたいなもの」

「即興の演舞のようなものですか。美しいですね」

 オートレイみたいな美人に、面と向かって誉められると照れるなあ。

 俺が照れ臭くなって、指で頬を掻いていると、後ろで突然、ピシュン、ピシュンと風を斬る鋭い音が鳴り響き始めた。振り返ると、ティガスが必死な顔で三段突きを繰り出していた。

 手を止め、なぜかポーズまで取って、ティガスはオートレイに声をかけ出した。

「俺の動きだって、ちょっとしたものでしょう?」

 あっ、こいつ。オートレイと話したがっている。それも無理はないか。オートレイって、お姫様みたいで美人だもんなあ。

「クロード様。後でよろしいですから、また型を見せていただけますか? 私は、あの舞うような動きが好きなのです」

 おいおい、好きって言われちゃったよ。動きのことだけど。

「おいこら、クロード」

 照れて頭を掻いていると、メタルソードの先で、ティガスが俺の脇腹を突つきやがった。

「危ないな。なにをするんだよ」

「おまえばっかり、オートレイと話すな。俺にもしゃべらせろ」

 オートレイに無視されたので、怒ってやがる。

「いいじゃん。おまえ、ミュンザがいるんだから」

「ふざけんな。優勝したら、オートレイは俺のものだ。そうしたら、ミュンザはお払い箱にしてやる」

 ひどい言葉だと俺は思ったんだけど、オートレイは平気な様子で微笑んでいた。

 その微笑があんまり自然なので、俺はつい聞いてしまった。

「なあ、オートレイ。怒りたかったら、怒っていいんだぜ?」

「なぜ、そんなことをおっしゃるのですか? 強い機械戦士の伴侶になる。タルフォードにとって、これほど幸せなことはありません」

 前にアルフェミアから聞いた言葉と同じことをオートレイが言ったので、やっぱりタルフォードが半分機械だっていう話は本当なのかなと思ってしまった。だって、普通は嫌だぜ?

「オートレイ。優勝するのは俺です。疾風の騎士ティガスの名を覚えてください」

 ティガスの奴は、妙にはりきっているし。

「楽しみにしていますわ、機械戦士ティガス」

 そう言うと、オートレイは、ドレスの裾を持って、お辞儀をした後、練習場から去ってしまった。

「おい。なんで、おまえはクロード様で、俺は呼び捨てなんだよ」 

「俺は二枚目で、おまえは三枚目ってことだろう」

 不機嫌なティガスにそう答えた後。

 俺とティガスは、つかみ合いの喧嘩をすることになった。


「ごめん、アルフェミア。修理してくれ」

 部屋にもどった後、きしんだ音を立てる腕の関節を見せて、俺はお願いした。

「ミュンザから聞いています。ティガスと模擬戦をしたとか。普通は大会の最中に、お互いの手の内を明かすようなことはしないものですが。クロードとティガスは友人になったのですね」

 模擬戦っていうか、つかみ合って殴り合っていただけで、あんな馬鹿たれは友達に欲しくないけど。

「そんなところ。すぐに直る?」

「ええ。ティガスも手加減はしていますから、大したことはありません」

 俺の腕を外しながら、アルフェミアは生真面目な顔で言う。

 俺、かなり本気で殴ったんだけど。悪いことしちゃったかなあ。

「ルーケンと戦う覚悟はできましたか?」

 駄目になった配線を丁寧な手付きで取り替えながら、アルフェミアは尋ねる。

「ああ。ちゃんと勝ってみせるよ」

 作業をしているアルフェミアの背中に、俺はしっかりとした声で答えた。



 試合当日。

 アルフェミアに見送られて、俺は闘技場のゲートに続く通路を歩いている。

 その間、思い起こしていたのは、加地の叔父さんの槍の動き。穂先にだけ注意するんじゃなく、槍全体、体全体の動きを思い出すように気をつけて、どうやって戦ったらいいか想像する。

 はっきり言って、リーチが長い分、剣よりも槍の方が強い。相手の攻撃が届くより先に突き出せる上に、広い範囲で振り回せるからだ。刀相手、剣相手の動きをしていたら、絶対に勝機はない。

「うまく動かないとな」

 大盾の裏の取っ手を握り締めて、俺はゲートをくぐった。


 ワァー、ワァーという鳴り響くような歓声。観客席は激戦が続く闘技場を前にして、初日よりずっと盛り上がっているみたいだった。

 向かい側のゲートから地響きを立てながら出てきたのは、機械戦士ルーケン。俺よりは頭三つ分くらい高い体は、角張って厚みのある城壁のような装甲で覆われており、バケツのような頭にある溝のような細い目の奥では、赤い瞳が一つ、不気味に光っている。 

 ブゥンと空気を切り裂いて、大きく一度、ルーケンは、柱みたいなハルバードを頭上で振り回した。

 それに応えて、俺も大きく一度、モーターブレードを上段から振り下ろす。シュンと風を斬る音がした。

 俺も、ルーケンも、どちらも油断はない。

「強いな、あいつ」

 おれをにらみつけるように輝く、ルーケンの赤い瞳を見て、俺は確信した。

 だけど、できることは一つしかない。

 ギャリギャリと音を立てて、派手に砂ボコリを巻き上げて、大盾を構えた俺が突進する。

 突進しながら身を屈める俺の頭の上すれすれを、ルーケンのハルバードの穂先が通り過ぎる。

 そのまま斬りつけようとする俺を狙って、今度はハルバードの穂先の反対側、矢尻の部分が回ってきて、俺の胴体目がけて飛んできた。

 すぐに大盾を構えると、ガツンという衝撃が左手に走る。

 キャタピラを逆回転させて、後ろに下がりながら確認すると、矢尻を食らった大盾の真ん中は、見事にへこんでいた。アルフェミアに左側、大盾を構える方の装甲全体を強化してもらっていなかったら、腕を折られていたんじゃないかと思う。それぐらいの強い衝撃。

「まともに食らったら、ただじゃ済まないな」

 警戒して距離を取る俺に、ルーケンはにじり寄るようにして近寄ってくる。間合いに入ったら、飛んで来るのは必殺の一撃。

 だけど、逃げていたって勝てないわけで。とにかく、押して詰めるしかない。

 真正面から突っ込むことを止めた俺は、足さばき、体さばきを駆使して、ルーケンの懐に入ろうと頑張った。

 

 俺の体を包む真っ黒な装甲は、何箇所も傷だらけになり、へこんでいた。ルーケンの古びた煉瓦みたいな装甲も、モーターブレードに何回も斬りつけられて、ズタボロになっている。

 かれこれ、二時間くらいだろうか。

 お互いに決定的な一撃というものを与えられない俺とルーケンは、まだ戦っていた。

「時間切れって、ないのかな?」

 そういうものはないらしく、歓声がまばらになった以外は、誰も文句を言わない。

 不利なのは、俺の方。ルーケンは信じられないくらい装甲が厚いから、斬りつけられても平気みたいなんだけど、俺の方はハルバードの穂先が少しかすっただけで、装甲の表面をごっそり持っていかれる始末。

 持っている武器の威力が違う上に、装甲自体の質も違うんだろう。

 アルフェミアが言っていた、性能の差って、このことだったんだ。

 ルーケンがまた、頭上でハルバードを回した。いい加減、決着を着けようということだろう。

 こっちもそうしたいんだけど、どうやったら勝てるのか、さっぱり見当がつかない。

 分厚く、硬い装甲。

 それを斬り裂くしか、俺には戦う方法がない。

「斬るしかないんだ」

 モーターブレードを下段に構えた。ルーケンもハルバードの穂先を下に向けて、足への攻撃を警戒しているけど、そんなものは狙っちゃいない。足への攻撃は何回か試したんだけど、分厚い具足に弾かれたからだ。

 斬るしかないんだ。

 振り上げたモーターブレードの切っ先に、ルーケンは真正面からハルバードを叩き落としてくる。

 バキンという、轟くような音が鳴った。

 真っ二つに折れた、ハルバードの柄。ようやく訪れた勝利のチャンスに、俺は無心でモーターブレードを叩き落としたんだけど。

 柄を叩き折ると同時に、モーターブレードの刀身を回る刃の列も、見事に弾け飛んでいた。

 刃を失ったモーターブレードの刀身は、ただの金属の延べ棒。

 装甲を叩かれただけのルーケンの、赤い目がギラリと光った。

 飛んでくるのは、巨大な鉄拳。

 ルーケンの岩みたいな拳に顔をぶん殴られて、視界が横に飛んだ。騒々しいエンジン音を鳴らすモーターブレードを投げ捨てて、大盾の先を向ける。狙うのは、カタパルトランスによる一発逆転。

 だが、ルーケンはバスンという蒸気の音が響く前に、体を横にそらして、必殺の一撃を避けてしまった。

 まずい。

 キャタピラを逆回転させて、後ろに下がりながら、俺は邪魔になりそうな大盾も外し、身一つになった。

 槍をなくしたルーケンと、剣をなくした俺。

 両腕を上げ、油断なく構えを取りながら、俺はどうしたらいいか悩んでいた。

 剣と槍での戦いならともかく、純粋な殴り合いになったら、体格で劣る俺が負けるのは明らかだ。

 急所を狙おうにも、全身が壁みたいな厚い装甲に覆われたルーケンに、そんなものは見当たらない。

 俺に打つ手がなくなったと見て、ルーケンは柱みたいな拳を振り上げながら、突撃してきた。

 状況は、最初に戦った紅蓮の騎士エリフの時と同じ。

 違うのは、今度の相手は圧倒的に強いってことだけ。

 負けるのも覚悟で、俺も拳を振り上げる。

 その拳から、ガシャリという金属音が響いた。



「隠し武器を使うなんて卑怯者だよ。狂戦士クロードっ!」

 リーネがいつものように、やかましい金切り声で騒ぎ立ててきた。

「卑怯ではありません。そもそも、そんな武器があるなんて、私も知りませんでした」

 おーい、アルフェミア。反論になってねえって。

 実感がわかない勝利をもたらしてくれた右拳を見つめながら、俺は心の中でつっこんでいた。

 右の拳の上、腕を包む篭手の間から飛び出しているのは、長い漆黒の鉤爪。

「ずるいってばっ! 隠し武器で勝ってばっかりじゃないのっ!」

 そりゃまあ、前のオスグットとの戦いも、胸から飛び出してきた機関砲で勝っちゃったものなあ。言われても仕方がないのかも。

「これって、どうやったら引っこむんだ?」

 ルーケンの分厚い装甲を貫いて、胴体の中にまで貫通した自分の鉤爪を持て余して、アルフェミアに助けを求めたんだけど。

「私も初めて見る武器ですので、わかりません」

 どうしよう。このまま引っこまなかったら、すごく邪魔だなあ。なにか物を取ろうと思ったら、取る前に爪が刺さっちまうよ。

「いまさら聞くんだけど、俺を機械戦士にしたのって、アルフェミアじゃないんだよな?」

「はい。ただのタルフォードである私に、そんな力はありません。神族の誰かが、クロードを人間から機械戦士へと転生させたのだと思います」

 そうかぁ。だれだ。こんなビックリ箱みたいな、変な体にしやがった奴は。

 勝てたのに、ちっとも嬉しくないじゃないか。

「こぉらっ! なんとか言いなさいよっ!」

 リーネの罵倒を背中に受けながら、俺は何も言い返せなかった。

 河原で吉乃さんと話していて、真っ暗な闇の中に落ちた時から、アルフェミアに顎を蹴られて目を覚ますまで、まったく記憶がない。

 今まで不思議に思わなかった方がどうかしている。

 そう思いながら、俺はアルフェミアと一緒に、自分たちの部屋にもどった。



 部屋にもどった俺とアルフェミアは、俺の右腕から飛び出た鉤爪の収納方法に二人で悩みながら、違う話をしていた。

「そもそも、アルフェミアって、俺をどこで見つけたんだ?」

「この闘技大会に参加する前。自由枠で参加を申しこんだ私の前に立ったのが、あなたです」

 俺の右腕をいじり回しながら、アルフェミアが真面目な顔で答えてくれる。

「俺、その時の記憶が全然ないんだ。くわしいこと、教えてくれないか?」

「くわしくと言われても、私も困ります。私は最下級のタルフォード。クロードは転生に失敗してしまった機械戦士。評価が低い二人が、せめて一勝だけでもできたらいいと闘技大会に参加をした。それだけです」

 どうやら、アルフェミアの口振りからすると、転生っていうのは、改造を受けたっていうことらしい。

「何もしゃべらず、動けと言えば、そのまま動く。止まれと言えば、そのまま止まる。ごく希にですが、転生に失敗してしまった機械戦士は戦士ではなく、普通の機械になってしまうことがあります。操作どおりに動いて、自分から何も考えることはない。そんな存在です」

「そういえば、最初、俺が喋っているのを聞いて、驚いていたもんな」

「はい。試合の寸前、いきなりクロードが目を覚ましたので、私も驚きました。今から考えれば、戦いを前にして、クロードの脳が、機械の体とつながることに納得したのかもしれませんね」

 アルフェミアは俺の腕の装甲を外して、いろいろと工具を使って、鉤爪を引っこめようと頑張っているが、どういう仕掛けになっているのか、さっぱりわからないようだった。

 そして俺も、自分がどうやって、この世界に来て、どうやって機械戦士になったのかも、さっぱりわからないままだった。

 一時間くらい、アルフェミアは頑張っていただろうか。。

「ここの部分が留め金になっています。これを外してやればいいです」

 アルフェミアが何かの部品を引き抜くと、飛び出してきた時とは逆に、ひかえ目な音を立てて、鉤爪は引っこんでくれた。

「ありがとう、アルフェミア。爪が出たままだったら、剣が握りにくいし。寝る時も不便だしさ」

 自分の手首を指し示しながら言うと、アルフェミアは怒り出してしまった。

「そんなことを、真面目な顔で言わないでくださいっ!」

 なんで? 爪が飛び出したままだったら、白いコードを出せないから、アルフェミアと接続できないじゃないか。俺、機械戦士になってから、一人で寝たことなんかないぞ。

「本当に、知らないのですか?」

 俺が真面目な顔でうなずくと、アルフェミアは絶望したような表情を浮かべた後、横を向いた。

「説明するべきのでしょうか。でも、私の方から言うなんて」

 横を向いたアルフェミアは、なにかわからないことをブツブツつぶやいている。

「モーターブレードの修理もしないといけないなあ。曲がってなきゃいいけど」

「だって、そんな恥ずかしいことは無理です。だけど、このままではいけないような」

 おーい、アルフェミア。俺の話を聞け。

 なにがまずかったのか、アルフェミアはしばらく、正気に帰ってくれなかったんだ。

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