第五章 『クロード』
夢を見ていた。
背の高い青草が生えた草原。
黒髪の少女が、黒毛の馬に乗っている。
軽やかに走る黒毛の馬。風になびき、後ろへとたなびく少女の黒髪。
「アルフェミア。そろそろもどってきなさい。夕食ができたわよ」
遠くで、母親が呼ぶ声がした。
少女が振り向くと、黒毛の馬も一緒に、声がした方を向いた。
まだ走りたい。
少女も、黒毛の馬もそう思ったが、確かに日は落ち始めている。
「明日も一緒に走ろうね」
優しく首をなでられて、黒毛の馬は嬉しそうにいなないた。
「夢? 俺、馬なんか乗ったことないんだけどなあ」
目を覚ました俺が、ベッドから体を起こすと、アルフェミアはまだ寝ていたらしく、俺の右腕はアルフェミアの左腕と白い神経束でつながっていた。
昨日は、ずっとプルクトとの試合で傷ついた俺の体を修理していてくれたもんな。
そう思うと、最初は不気味に思えた手首から伸びる白いコードも、大事なものに思えた。
アルフェミアは、俺のベッドの横の簡易寝台で、気持ちよさそうに寝ている。
黒とも青ともつかない不思議な髪の色。薄い布地の寝間着。
同世代の女の子が自分のとなりで寝息を立てているなんて、本当に信じられないことだけど、不思議といやらしい気持ちにはならなかった。
こいつ、いい奴だよな。
夜遅くまで作業していたのか。先に俺に寝るように言ったアルフェミアの指先には、小さな傷がいくつも走っていて、ところどころ赤い線が走っている。彼女は自分のことを機械、タルフォードだって言ったけど、その中に流れているのは赤い血で、俺はなんだかありがたい気持ちになった。
寝かせていてあげよう。
そう思って、俺はしばらく、アルフェミアの寝顔を見ていることにした。
小一時間くらい経ったのだろうか。
アルフェミアの黒い瞳が、ゆっくりと開けられた。
「いい子ね、クロード。私が起きるのを待っていてくれたの?」
子供をあやすような優しい声。
いきなり、アルフェミアにそんなことを言われて、俺の心臓はドキンと大きく鳴った。
「なっ、なんだよ、アルフェミア。俺、ガキじゃねえって」
「えっ?」
アルフェミアの目が、パチパチと二、三度しばたいた。
そして、驚いたような顔で、寝そべったまま、俺の顔を見る。
「クロードなのですか?」
「はい。そうですが」
何故か丁寧な口調で答えてしまう俺に、アルフェミアは何も答えず、あわてて起き上がって、部屋の奥へと逃げていってしまった。
「アルフェミア。さっきの黒い馬に乗っている夢。あれは、おまえが見た夢なのか?」
「ええ、そうです。私の家は牧場で、たくさんの馬を飼っていました。あの黒い馬は、私が最初に育てた馬で、とても仲良しでした。まだ、実家で元気にしているはずです」
アズキ色のワンピースに着替え、髪を整えたアルフェミアは、さっきの寝ぼけた顔じゃなくて、いつもの生真面目な表情にもどっていた。
「それで、なんで起きた時、あんな声を出したんだ?」
妙にドキリとさせられたので、俺はつっこんで聞いてみた。すると、アルフェミアは横を向き、答えにくそうに指をモジモジと絡ませていた。
「怒らないと約束してくれますか?」
「いや、別に怒ったりしないけど。嫌な気分じゃなかったから」
俺がそう言うと、アルフェミアは少しだけ安心したのか、小さな声で理由を説明してくれた。
「あの黒い馬の名前も、クロードと言うのです」
「えっ?」
馬って。
もしかして、俺の名前って、黒いからクロードじゃなくて、馬からつけられたの?
「この闘技大会に参加を申し込んだ時、自由参加枠の名簿に載っていた名無しの機械戦士。それが、あなたです。指名してくれる人も見つからなかった私は、同じように、だれからも選ばれなかった、あなたを選んだのです。その時、私の馬の名前にちなんで、クロードと名づけました」
「俺、武上直人っていう名前があるんだけど」
そう言うと、アルフェミアの瞳が少し潤んだ。
うっ、やばい。負けそうだ。
いや、だからって、馬と同じ名前は嫌だぞ。俺は馬じゃなくて、人間だもの。
「大事な友達の名前なんです」
「でも、なぁ……」
「お願いです、クロード」
結局、その言葉に、その表情に、俺は負けた。
「ありがとうございます。これからも、変らずにクロードと呼んでいいのですね」
嬉しそうなアルフェミアの顔は、いつもの生真面目な微笑みにもどっていた。
くっそ。あの表情って、絶対に反則だよな。逆らえやしねえ。
俺がぶつくさボヤいていると、アルフェミアはいつものように胸を張り、部屋の扉を開ける。
「さあ、行きましょう。サークルカウンターで、次の相手を指名しなければなりません」
ヒヒーンって鳴いてやろうかと思ったけど、男らしくないのであきらめた。
試合のあった日の翌日のサークルカウンターの前は、いつも混雑している。
「プルクトとの戦いで理解できたと思いますが、強過ぎる相手と戦うのは得策ではありません。地道に順位を上げて、何度も闘技大会に参加をすること。それが一番早く優勝する方法です」
前の戦いで傷だらけになった俺のことを心配しているのか、サークルカウンターの前に立ったアルフェミアは、お姉さん面して、俺に説教をしていた。
「いいですか、クロード。今度はよく考えて、私に聞いてから、自分が勝てそうな相手を選んで下さい。あんな冷や汗が出るような試合を見るのは、もうたくさんです」
試合の間、部屋で待っているだけかと思ったけど、アルフェミアもどこかで、俺の試合を観戦してるのかな?
説教の部分を聞き流しながら、俺は自分の順位を表す黒い宝石が、サークルカウンターの中心に向かって転がっていくのを見守っていた。
前と同じように、黒い宝石が止まった場所をスタート地点にして、中心に向かう十個ぐらいの宝石が輝いて、光の列を作った。
「この中であれば、同じ剣使いのユーピオが戦いやすそうな相手ですね」
アルフェミアが何か言っていたけど、俺は無視して、宝石の列の戦闘を指差した。
「俺は宝石の列の先頭の奴に挑戦する」
俺がそう言うと、宝石の列は輝くのを止め、俺の順位を示している黒い宝石と、列の先頭にあった黄色の宝石が輝いた。
「あーっ! まっ、また、私の意見を聞かないでっ!?」
アルフェミアが叫ぶと同時に、周りの機械戦士やタルフォードの連中も騒ぎ始めた。
「それで、アルフェミア。次の俺の相手って、誰?」
「豪腕の闘士オスグット。俺が、おまえさんの相手さ」
わなわなと肩を振るわせているアルフェミアの代わりに答えてくれたのは、俺と同じくらいの身長の重機械戦士だった。腕、肩、胴体、足の先まで金属のトゲだらけで、ご丁寧に、頭の先には二本の角が付いている。前に武器屋に寄った時に、アルフェミアが薦めてくれたスパイクなんとかという武器を全身に装備しているようだ。
「この俺に勝てると思うか、黒づくめ」
挑発的な口調で話しながら、オスグットはトゲがついた両拳を打ち合わせ、ガツンという音を立てた。それを邪魔するようにして、黄色い派手な体の後ろにいた小柄な女の人が、俺に向かって、ぺこりと頭を下げてきた。つられて、俺も頭を下げてしまう。
「はじめまして。私は、オスグットさんのタルフォードをしている、イツキと申します」
「こちらこそ、はじめまして。俺の名前はクロードと申します。本日は、本当にいい天気で……」
そのまま俺が挨拶を続けそうになったので、場に変な空気が流れた。
ゴホンと、オスグッドが咳払いのような音を立てる。
「イツキ。せっかくのいい場面だったのに、おまえのせいで、緊張感が台無しになってしまったではないか」
「でも、オスグッドさん。初対面の方には、きちんと御挨拶をいたしませんと」
「あのな。この真っ黒な一つ目は、俺の次の試合の相手だ。四日後には、真剣勝負で命を削り合う相手なんだ。だったら、のんびり挨拶する方がおかしいだろうが」
「そんなことはありませんわ。オスグッドさんこそ、おかしなことをおっしゃっています」
前で布を重ねる着物みたいな服を着たイツキというタルフォードと、すごく大きな体をした機械戦士オスグッドは、俺を放っておいて、口喧嘩を始めた。
「アルフェミア。とりあえず、どうしたらいいと思う?」
「知りません。クロードの馬鹿」
怒り過ぎたのか、顔を真っ赤にしたアルフェミアは、俺を置いて、すたすたと部屋に向かって歩き出してしまう。
「おーい。待ってくれよ、アルフェミア!」
名前を呼びながら彼女の後ろを追う俺の姿は、かなり情けなかったんじゃないかと思った。
部屋にもどってからも、雰囲気は険悪だった。
「アルフェミア。いい加減、機嫌を直してくれよ。前から言っているじゃないか。俺はどうしても、この大会で優勝したい。そして、人間にもどって、吉乃さんと一緒に故郷に帰りたいって」
ベッドに腰掛けて言い訳する俺に、アルフェミアは背を向けたまま作業を続けて、何も言ってくれない。
「そりゃ、おまえの言うことを聞かない俺も悪かったって。でも、俺だって事情があるんだからさ」
仕方がないので、ベッドから立ち上がって、前に回り込むと、アルフェミアは顔を背けた。
「そんなことで怒っているのではありません」
いや、怒っているだろ。俺が自分の言うことを聞かなかったって。
しばらく言い合った後、アルフェミアは渋々と口を開いてくれた。
「確かに、私は評価の低いタルフォードです。パートナーに対して、なんの能力も与えることができないのですから」
初め、アルフェミアが何を言っているのか、わからなかった。
「クロードは秀れた機械戦士です。真に強いかどうかはわかりませんが、逆境に陥ってもあきらめることなく、状況に応じて、臨機応変に立ち振る舞い、勝利を手にしています。それは、紅蓮の騎士エリフ、銀剣の道化師プルクトとの戦いで証明されました。ですから、クロードが、私のようなタルフォードの言うことを軽んじてしまうことも理解できます」
ちょっと待ってくれ。
「ですが、私にも知性というものがあり、感情というものがあります。道具のように扱われるのは納得できません」
そこまで言われて、俺はアルフェミアの言葉に割りこんだ。
「そんなつもりはないって。他の連中はどう思っているかは知らないけど、俺はアルフェミアに感謝している。最初に出会った時、なにもわからない俺の質問に、辛抱強くつきあってくれた。手を傷だらけにしてまで、試合でボロボロになった俺を修理してくれた。俺は、絶対、アルフェミアのことを道具だなんて思ってはいない」
真面目に、、ゆっくりと、噛んで含めるようにして、アルフェミアに言い聞かせた。
アルフェミアに見捨てられたら、こんな世界でどうやって生きていけばいいかわからなくなる。正直に言うと、そういう恐怖も、心のすみにあった。
傷だらけの手。
俺にそう言われて、アルフェミアは恥ずかしそうに手を握って、指先を隠す。そして、俺の赤い一つ目を見つめた。
「確かに、クロードは私に向かって、なにかがある度に、ありがとうと言ってくれますね。それは、その言葉を証明するものだと解釈してよいのですか?」
「当たり前だろ」
アルフェミアには感謝していた。それは嘘なんか一つもない。
しばらく俺の目を見つめた後、アルフェミアはため息をついた。
「わかりました。どうやら私には、能力を得られなかったことに強いコンプレックスがあるようです。そのことが、クロードに対する疑念を沸き起こさせてしまったようです。すいませんでした」
「アルフェミアが謝ることないって。俺だって悪いんだから。本当、ごめん」
二人で頭を下げ合ったのが、なんだかおかしくて、最後には、俺もアルフェミアも笑い合っていた。
「次のオスグッドって相手、やっぱり強いの?」
あの体を見る限り、プルクトみたいに盾でぶん殴ったら勝てそうな相手ってわけではないことはわかる。
「強いですね。相手のふところに入り込んでからの接近戦では、非常に高い勝率を上げています。逆に言えば、近寄らせさえしなければ勝てる相手ですが、それはオスグッドも対策を考えてくるものと思います」
思った通り、オスグッドは蹴ったり殴ったりが得意なようだった。トゲだらけのあの拳でぶん殴られることを思って、俺はちょっと背筋が寒くなった。
「クロードも接近戦は得意のようですから、オスグッドと同じように攻性装甲で身を固めて、正面から戦いを挑むというのも一つの手です。体の大きさでは不利になってしまいますが、プルクトに追いついた素早さがあれば、いい勝負ができると思います」
「トゲだらけは格好悪いから、ちょっとやだなぁ」
「ええ。それは確かに、深刻な問題ですね」
やっぱり、アルフェミアもトゲとか角をつけるのは格好悪いって思っていたわけか。
まあ、確かに、格闘戦をやるんだったら、そっちの方が強いに決まっているんだろうけど。
「とすると、やはり距離を取ってからの一撃が必要になってきますが、クロードの武器はモーターブレードだけです。これだけでは、簡単にふところに飛び込まれてしまいます」
足さばきさえうまく使えれば、そう簡単に殴られたり蹴られたりはしないんだけど。
それでも、この機械になった象みたいに大きな足では、ちゃんと足さばきができるかどうか不安だった。
「手持ち武器の中でも、間合いを取って戦える武器。それも、一撃で勝負を決めることができるような強力な武器が必要になると思います。幸い、順位差が開いていたプルクトに勝利することができたので、お金に余裕はあります。武器屋をのぞいてみることにしましょう」
やっぱり、アルフェミアって頼りになるなあ。
だれだ。ちょっと欠点があるからって、最低の評価なんて出しやがった馬鹿野郎は。
生真面目な表情で、俺のためにいろいろと考えてくれるアルフェミアがありがたくって、俺はそんなことを思ってしまった。
部屋から出て、通路をいくつか通り抜ける。
巨大な金属製の門が現れ、
「本闘技大会参加者のタルフォード、アルフェミア。並びに、機械戦士、クロード。開門を願います」
アルフェミアの呼びかけに応じて、ひとりでに開いていく。
ミストリエの街に出ると、俺はアルフェミアと並んで、武器屋に向かって歩いていった。
「ありゃ。クロード様が歩いていなさるよ」
「プルクト様に剣を投げつけたうえ、盾でタコ殴りにしたんだってねえ。ひどいねえ」
街のおばちゃんたちは、歩いている俺たちの方を指差して、好きなことをしゃべっている。
「ちょっと恥ずかしいな」
「まともな勝ち方をするまでの我慢です。我慢してください、クロード」
そう言うアルフェミアの方が恥ずかしいのか、言葉の後ろが強調されていたような気がする。
「距離を取って戦えるというと、弓矢とかになるのか? 俺、弓は使ったことないんだけど」
「観客席に飛び込む恐れがある射出武器は、規則で禁止されています。機械戦士同士ではカスリ傷で済むような攻撃も、生身の人間が喰らえば消し飛んでしまうかもしれませんから」
そりゃそうだよなあ。
斬られりゃ痛いし、傷もできるけど、生身だったら痛いだけで済むわけがない。モーターブレードみたいな回転ノコギリ刃で叩き斬られたら、普通の人間だったら、間違いなく体が千切れ飛んでいる。
曲がりくねった街の通路を歩いていった先に、壁に大きな剣を立てかけた、四角い建物があった。
「武器屋に着きました。必要な武装があったら、私に提案してください。予算が許す限りは購入を考えてみたいと思います」
生真面目に言うアルフェミアを連れて武器屋に入ると、前と変わらない豊富な武器の列が、俺たちを迎えてくれた。
「クロードが得意とするのは剣ですよね。それでは、この武器はどうでしょうか?」
そう言いながら、アルフェミアが陳列棚から持ち上げたのは、刀身が蛇腹になった、斬れそうにない長剣。
「振ると、中の鋼線が延びて、相手に斬りつけることができます。伸ばさずに斬ることもできます。便利だと思いますが」
「駄目だって、アルフェミア。その剣、ナマクラだから」
ナマクラと言われて、俺たちの様子を見ている武器屋の主人の顔がくもった。だけど、本当のことだ。
「そうですね。慣れるまで時間がかかる武器ですから、今回は用がありませんね。それでは、こちらの鞭はどうでしょうか? 見かけよりは威力もありますから、オスグッドの装甲にも通用すると思います。使い方も、先ほどのワイヤードブレードよりは簡単なはずです」
自分の手首くらいありそうな太さの鞭を持って、アルフェミアが薦めてきたが、俺はまた首を横に振った。
「鞭も、使ったことないから無理。それに、俺はモーターブレードが使いたいんだ」
「盾の代わりに、鞭を持てばいいのではありませんか? 両手に武器を装備するということです」
「軽く言うなって。そんな変な持ち方していたら、どっちも使えなくなるって」
俺とアルフェミアがしばらく相談し合っていると、武器屋の主人が見かねて、奥の倉庫に走って、何かを持ってきてくれた。そのなにかとは、細長い大きな木箱。
「これを持って行きなよ、機械戦士様」
武器屋の主人がそう言うと、アルフェミアの目が丸くなった、そして、彼女は首を横に振った。
「駄目です。そんなものを買えるほど、お金を持っていません」
武器屋の主人はアルフェミアの言うことを無視して、木箱のフタを開ける。
中にあったのは、ツララみたいに尖って真っ白な、細長い大きな杭。
「カタパルトランス。戦争時代の骨董品だが、誰も使ったことがない新品だ。動作は保証しますよ」
愛想良く笑って、武器屋の主人は杭を買うように、俺たちに薦める。
「それはもちろん、買えるのであれば欲しいのですが。あまり、お金は持っていないんです」
貧乏って悲しいね。
「心配しなくても、値段は安くしますよ。なにしろ骨董品だから」
「これぐらいしか手持ちがないんです」
「うーん。それだと、うちも苦しいなあ」
指を十本ほど立てて、営業スマイルで話している武器屋の主人に、アルフェミアは難しい顔をしている。
お金の話はわからないので、アルフェミアと武器屋の主人に任せて、俺はオスグットの体を覆っていた攻性装甲というものを観察することにした。
拳につけるトゲ、肘、膝につけるトゲ、肩につけるトゲ、足の先につけるトゲ。
どれも触っただけで刺さりそうで、かなり危なそうな武器に見える。
オスグットって、体が大きかったしなあ。腕のリーチも俺より長かったし。殴り合いは没だな。
とすると、モーターブレードで斬ればいいわけだけど、一撃で決まるっていうわけにはいかないし。
うーん。生身勝負だったら、絶対に俺の勝ちなんだけども。
「買いましたっ! このカタパルトランスを購入しますっ!」
右手の指を四本立てて、喜びの声を上げているアルフェミアと、肩を落としている武器屋の主人。
あいつって、買い物上手かも。
オスグットとの戦いを頭の中でイメージしながら、俺はそんなことを思った。
ヒュン、ヒュンと風を切る音。
オスグットとの対戦をひかえた俺は、相変わらず、モーターブレードを打ち振るっていた。
オスグットがどんな戦いをする奴なのかはわからないけど、攻性装甲を全身に装備している以上、あのトゲだらけの体で格闘をいどんでくるに違いない。
モーターブレードと盾で、あの巨体の突撃を追い払い、新しい武器のカタパルトランスで強烈な一撃をくらわせる。
口にするだけなら簡単なんだけど、実戦でそんなことをしようと思うと、一筋縄ではいかない。
体の大きさでは俺が負けているし、アルフェミアの話を聞くと、体を構成している部品自体の品質が違うので、スピードでもパワーでも、俺に勝ち目はないらしい。
それでも、アルフェミアは文句も言わずに、黙々と試合の準備をするために、部屋にこもって、作業を続けてくれている。
力でも速さでも上回る相手に勝つには、技を磨くしかない。
そして、俺には武上一刀流という、人が死ぬことが日常だった時代から受け継がれてきた技がある。
負ければ、芳乃さんに会えなくなるだけじゃない。
俺が今まで続けてきた修行が、嘘だったってことになっちまう。
そう思いこんで、俺はひたすらに、ブンブンとモーターブレードを振り続けた。
「熱心でございますのね」
一人、練習場で剣の練習に没頭する俺に話しかけてきたのは、着物みたいに前で重ね合わせて留める服を着た、風変わりなタルフォードのイツキだった。
鍔の代わりのエンジンが咆哮をあげ、サメの歯みたいな三角の刃が列を作って、猛スピードで回転する。
その無骨な武器、モーターブレードを振るのは、真っ黒な体、赤い一つ目、カラスのクチバシみたいに曲がった肩当て、象みたいに大きな足をした、不格好な俺。
そんな俺の姿を、イツキは飽きることなく見つめている。
「こんなものを見て、面白いのか?」
どこか物憂げなイツキの視線が気になって、俺は剣を振りながら、自分から話しかけた。
「はい。大会が始まってからも練習をされる機械戦士さんは珍しいですから」
アルフェミアと同じことを言う。
なんでも、機械戦士というものは機械で構成されているから、肉体のように鍛錬することに意味はなく、強くなりたければ、より強い部品に交換するという方法が主流らしい。でも、俺はそんなことはないと思う。たとえば、いくら速い車だって、運転する人間が下手だったら、速く走れるはずがない。刀や剣だって同じことで、本人そのものの身体能力、機体能力よりはむしろ、身体の操り方、機体の操り方にこそ注意を払わないといけないと思う。
俺が剣を振りながら、そういう意味のことを話すと、イツキはそれまでの物憂げな表情を改めて、顔を輝かせた。
「まこと。まこと、そのとおりですわ、クロードさん」
我が意を得たり、とばかりに、イツキは喜び、ものすごく嬉しそうな笑顔で、俺の赤い一つ目を見つめた。
「私の生国と違って、この国、ファラネー国の機械戦士さんたちは、あまり練習をいたしません。私のパートナーであるオスグットさんもそうです。そのことが、ずっと不満でならなかったのです」
どうやら、場所によって、機械戦士もタルフォードも考え方というものが違うらしい。
イツキは、俺の考えに近いところを話し出し、俺がうなずく度に、とても喜んでくれた。
「然り。この国の機械戦士さんたちには、常在戦場という心得がないのです」
イツキは、おっとりとした口調と違って、その意見はなかなか手厳しく、俺としては聞いていて面白かった。
「性能がどうとか、評価がどうとか言うけど。実際に戦場に立ったら、そんなこと言っている時間ないものな。敵を斬り捨てて生き残る。それだけが全てだよ」
「そのとおりですわ。クロードさんは、機械戦士としての心得をお持ちですのね」
そう。勝たないことには話にならない。
負ければ全てを失ってしまうことは、残念ながら経験済みだった。
そこまで一気にしゃべってから、イツキはさびしそうな目で、俺が向いている場所とは別の石壁を見つめている。
「クロードさん。つかぬことをお聞きしてもよろしいですか?」
「俺に答えられることなら」
モーターブレードは気を使っているのか、あまり咆哮をあげなくなってきている。刃の列がゆっくりと回り、カラカラと玩具のような音を立てた。
「クロードさんは、今のパートナーに満足していらっしゃいますか?」
なんのことだろう?
俺のパートナーっていうと、もちろんアルフェミアだよな。
毎日、俺の整備や修理もしてくれるし、いろんなことを教えてくれる。
いきなり怒り出したりするのは困りものだけど、それも最近は許せるようになってきた気がする。
「うん。別に不満はないけど」
正直なところを答えると、イツキは俺の前で、ため息をついた。
「私は、オスグットさんに不満があります。あまり、私に適した機械戦士さんではないように思うのです」
「なんで? あのトゲが格好悪いから?」
イツキはゆっくりと首を横に振ると、自分の話を聞いてくれないオスグットに対して不満があるのだということを、おっとりとした口調で、だが、はっきりとした意思で話し始めた。
そして、最後に一言。
「クロードさんさえよろしければ、私はパートナーを変えてもいいと思っています。失礼かとは思いますが、考えてみてくださいませ」
そう、言い残していった。
なんで、イツキがオスグットから別のパートナーに変えるのと、俺が関係あるんだろう。
一通りの練習が終わって、部屋に帰った俺は、早速、アルフェミアに聞いてみることにした。
帰ってきた言葉は、
「あなたは馬鹿ですか?」
だった。
「なんで、いきなり馬鹿あつかいなんだよ、おい。わからないから聞いているんじゃないか」
「少なくとも、私にしてよい種類の質問ではないと思いますが」
そう言って振りかえったアルフェミアの、青だか黒だかわかんない色の髪は、なんだか、いつもよりふくらんで見えて、俺を威嚇しているかのようだった。
「えーっと、あの、アルフェミアさん?」
「返答次第によっては、すぐにでも契約を破棄させてもらいます。覚悟して発言してください」
本気の目だった。
アルフェミアに見捨てられたら、俺はこのわけのわからない世界で一人ぼっちになってしまう。それは勘弁して欲しかった。
「イツキの言葉の意味が、本当にわかりません。ご説明を願いたいのですが」
なぜか敬語。でも、俺が実際に困っているのを見て、アルフェミアは怒りながらも、なんとか納得してくれたようだった。
「簡単に言うと、イツキはクロードに、自分をパートナーにしてくれないか、と言っているのです」
「へっ? 俺にはアルフェミアがいるのに、なんで?」
本当にわからないという俺の表情に、アルフェミアの怒りは解けたようだった。髪のふくらみも、もとにもどったように思う。
「機械戦士はより強いタルフォードを、タルフォードはより強い機械戦士を求めるのが普通ですから。イツキは、オスグットよりもクロードの方が自分と相性がいいと判断したのでしょう」
「そりゃまあ、話は合ったけどさ」
俺がそう言ってしまった瞬間、アルフェミアの表情がまた険しくなった。
不用意な発言はひかえよう。さもないと、命に関わる。
汗が流れるなら、額に冷や汗をかく思いで、俺は慎重にアルフェミアに説明した。
「今の俺にはアルフェミアがいるし、感謝はしているけど不満なんかないわけで。イツキには断ってくるよ」
「クロード。私の感情に遠慮することはないのですよ。確かに、イツキは私よりも評価は高く、力強さを与える能力を持っています。機械戦士はより強いタルフォードを、タルフォードはより強い機械戦士を求めるのが普通ですから。私よりもイツキの方が優れていると思うのであれば、パートナーを変えてください」
と言いつつも、アルフェミアの目は怖かった。
そりゃそうだろう。これだけ迷惑をかけているのに、他にいい女が見つかったから、そっちに乗り換えるなんて俺が言い出したら、どう考えても理不尽だと思う。
アルフェミアの眼光がとっても怖かったので、俺は率直に話すことにした。
「パートナーは変えない。せっかく買ったカタパルトランスが無駄になっちゃうし」
「そうですか。私も予定を変更しなくて済んだので、安心しました。それでは作業を続けますので、邪魔はしないでください」
喜んでくれるのかと思ったけど、アルフェミアは素っ気なく答えただけで、また作業を続け始めた。
俺が見てきた機械戦士は全員が男で、見てきたタルフォードは全員が女なので、勘違いしていたのかもしれないけど、この二つの関係は、ビジネスパートナーみたいなものなのかもしれない。
互いに実力が見合う相手と組んで、闘技大会で戦って戦績を上げて、評価を得ていく。それだけの関係なのかも。だったら、アルフェミアがあんなに紅蓮の騎士エリフと、タルフォードのリーネの関係を怒るのも納得できる。 俺は本人同士が納得しているのならいいと思うけど、試合に勝つことが目的のビジネスであるなら、あの二人の関係は不真面目なものになってしまうわけだ。
でも、本式の契約っていうものがあって、それは結婚と同じ意味を持つということも言っていたような。
なんだか、よくわからなくなってきた。
「クロード。仮組みが終わりましたので、試射してみて下さい。カタパルトランスのランス本体は入れていませんので、危険はないはずです」
悩んでいる俺を放っておいて、アルフェミアが筒みたいなものを差し出してきた。
「なんだ、これ?」
「カタパルトランスの本体です。この筒の中に、ランス本体を入れて、目標に向かって射出することになります。本来は射撃武器として造られたものですが、ランス本体が装置から完全に飛び出してしまうことはないため、反則とはなりません」
アルフェミアがランスと言っているのは、武器屋から買って帰ったもの、箱の中に入っている、ツララみたいに白い杭のことらしい。
「それじゃ、やってみようか」
アルフェミアから筒型の装置を受け取り、言われたとおり、左腕の上に装着する。
「多少は蒸気が出ますから、気をつけて。蒸気の噴射口を自分の方に向けないようにしてください」
むしろ、俺はアルフェミアの方に向けないように気をつけながら、装置を構えた。
俺は金属の鎧で身を固めているから平気だけど、アルフェミアは服を着ているだけだもんな。火傷でもしたら大変だよ。
「どうぞ、試してみて下さい」
少し、わくわくしながら、左腕に構えたカタパルトランスの装置を動かした
弾けろと思うと、すぐに、装置は命令に従ってくれた。
バスンという、大きな風船が割れるような音。
部屋いっぱいに白く立ちこめる蒸気。
音もうるさかったんだけど、まいったのは、筒を向けた反対側の縦溝から、まともに蒸気が噴き出してきたことだった。いきなり熱風に顔をなでられて、俺は驚いてしまった。
「あっちゃー! なっ、なんだよ、これ!」
アルフェミアに文句を言おうと思ったんだけど、アルフェミアは耳を押さえて、床にうずくまっている。
しまった。アルフェミアは半分、生身だったっけ。さっきの音で、耳をやられちゃったか?
「大丈夫か、アルフェミア? どこか怪我をしたのか?」
「いっ、いえ、大丈夫です。予想以上に大きな音で、驚いてしまっただけです」
破裂音に耳をつん裂かれたアルフェミアは、少し苦しそうに首を振りながら、それでも立ち上がって元気だと言ってきた。
裏切れないよな、やっぱり。
「実戦では、この五倍の蒸気量を吹き出すはずです。移動しながらの発射は避けてください。不安定な体勢からの発射も止めた方がいいでしょう」
アルフェミアの説明を聞きながら、俺は自分の判断が正しかったことを確信していた。
日が明けて。
オスグットとの試合を三日後に控えた俺は、やはり練習をしていた。モーターブレードも、俺の気迫を感じ取ってくれたのか、いつもよりも甲高い音で咆哮を上げてくれている。振りにくい振動も、それが当たり前だと思ってしまえば、そんなに気にならなくなってきた。
アルフェミアは急造品、間に合わせの粗悪な武器だと言っていたけど、こいつはしっかりした武器で、ナマクラなんかじゃない。
俺の剣。俺の武器。
いい響きの言葉だと思う。
無心に振り続けていくと、モーターブレードの柄の振動も、ビィーンと鳴る甲高い騒音も、じきに感じなくなっていく。
俺がモーターブレードを振っているのか、モーターブレードが俺に振らせているのか、それもわからなくなった頃。
「クロードさん」
だれかが、俺の名前を呼んだ。
「イツキか? 悪い。練習に夢中になっていて、聞こえなかったよ」
何度か呼びかけてくれたのだろうイツキは、俺が剣を振るのを止めて返事をすると、安心したように微笑んだ。
「いいのです。私は、クロードさんのそういうところを見こんだのですから」
そう言われて、俺は大事なことを思い出した。
オスグットとの試合が終わったら、アルフェミアの代わりに自分をパートナーにしてくれないか、という、イツキからの提案。
アルフェミアと約束したから、はっきりと断らないといけないんだった。
うーん。でも、言いにくいなあ。勘違いだったら、格好悪いし。
本当に、昨日のイツキの言葉は、アルフェミアが説明してくれたような意味だったんだろうか?
よく考えたら、俺は子供の頃から、女の子にもてた試しがない。木刀ばかり振っている変わり者の俺を相手にしてくれた人と言えば、母さんと吉乃さん。あとは従姉妹たちの何人かだけ。バレンタインデーとか告白とか、そんなに興味はなかったけど、今から振り返れば、砂漠のように乾いた青春だったな。
「クロードさん。昨日の話なのですが」
悩んでいたら、先に話を切り出されてしまった。
「このメタルソードは、きっとクロードさんにお似合いになると思います」
イツキはそう言って、大事そうに抱えていた剣袋の口を解いて、中にあったものを見せてくれた。
中にあったのは、見事な反りと剣紋が入った、一本の刀。
「刀?」
自分がいた世界、自分が育った場所にあったもの。いつもそばにあって、身近だったものを目前に差し出されて、俺は呆然としていた。
「きれいだな、こいつ」
お世辞でもなんでもなく、事実が言葉になって、口から出てしまう。
イツキが手にしているメタルソードは見事な朱柄造りで、心持ち厚い刀身は実直に鍛え上げられていて、流麗な姿の中にも気骨というものが感じ取れた。
「はい。私の家に代々伝わっている家宝ですから。竜にも一撃を与えた名剣です」
イツキは嬉しそうに笑って、俺の赤い一つ目を正面から見つめた。
「オスグットさんは、武器など不用、と言って使ってはくれませんが、クロードさんならば、きっと、このメタルソードを使いこなしてくれると思っています。私をパートナーにする件。よく考えてくださいね」
美しい名刀。なにかを期待しているイツキの瞳。
俺はすっかり、困ってしまった。
カチャカチャと音が鳴る。
ベッドに寝そべった俺の上に馬乗りにまたがって、アルフェミアが作業をしている。
「あの、アルフェミア?」
「はい。用事があるのであれば、手短にお願いします。私はいそがしいのです」
愛想もなにもない声で答えると、アルフェミアは作業をする手を止めて、俺の言葉を待った。
言いにくいなあ。でも、黙ったままだと卑怯者みたいで嫌だし。
「ごめん。ちゃんと断れなかった」
「イツキの件ですか?」
うなずくと、俺の顔を見ていたアルフェミアの目がすっと細くなる。
しまった。怒らせてしまったのか?
「予定が立たなくなってしまいますから、どちらかに決めてもらえませんか?」
心持ち冷たくなった声で、アルフェミアは俺に告げてきた。
「それはもちろん、アルフェミアを選ぶに決まっているじゃないか」
乾いた笑みが口からこぼれるが、目が泳いでしまう。一つしかないから、さぞかしわかりやすかったのだろう。
「昨日も、同じことを言いました。それなら、イツキには断ることができるはずですね」
とても怖い。なんで俺、なにも悪いことをしていないのに、こんなに冷たい目でにらまれているんだろう。
「だって、しょうがないじゃないか。きれいだったんだから」
あの美しい刀。あんなものを見せられて、すぐに断れる方がおかしい。
そう続けようとした矢先、アルフェミアの掌底が、俺のアゴをしたたかに打った。
「いってえ! いきなり殴るなよっ!」
「黙りなさい、クロード」
「……はい」
今の俺、めちゃめちゃ格好悪い。女の子に殴られて、怒鳴り返そうとしたら、言葉一つで黙らされて。でも、逆らうのは無理だ。アルフェミアの奴、まるで凍死させるような目つきで、俺のことをにらんでいるんだから。
「確かに、イツキの方が身体的には成熟していますし、外見的には大人だと思います。ですが、そんな理由だけでタルフォードを変えるほど、あなたは愚かだったのですか?」
「あの、アルフェミアさん。なんの話でしょうか?」
きれいだったと言ったのは刀のことで、イツキのことじゃないんだけれども。
「汚らわしい目で、私の胸を見ないでください。それ以上、侮辱するつもりなら、私も報復を考えなくてはいけなくなります」
見てねえっつーの。大体なんだ、汚らわしいっつーのは。
そう言いつつも、俺のことをにらんでいるアルフェミアの胸に、目がいってしまった。
小さい。大きさだけなら、リーネとそんなに変わらないかもしれない。というか、大きさ以前に、ない、と言った方が正しいのか。
ゴインと音を立てて、掌底がもう一発、俺のアゴに入った。
「大馬鹿」
吐き捨てるように言って、アルフェミアはしばらく口を聞いてくれなくなってしまった。
また日が明けて。
練習場で練習を続けていると、昨日と同じように、イツキがやってきて、いろいろと自分のことを話してくれた。
俺は返事だけはしていたんだけど、ほとんど上の空で聞いていた。
刀に目がくらんで、アルフェミアを怒らせてしまった。
あいつ、あれだけ毎日、俺のために苦労してくれているのに。
「それではクロードさん。よく考えてくださいね」
練習場から去っていくイツキの後ろ姿を見ながら、俺は自分が自分で嫌になっていた。
今日も、はっきりと断れなかった。
イツキは、今のパートナーのオスグットに不満があるようで、練習熱心な俺を気に入ってくれたみたいだけど。俺には、アルフェミアがいる。怒りっぽくて、融通が利かないけど、あいつが俺のために苦労していることは知っている。
刀はきれいだったけど、俺はアルフェミアが笑っている顔の方がいいな。
モーターブレードを振ることもせず、ぼんやりとそんなことを考えていると、俺の横に、見知らぬ機械戦士が近寄ってきた。
「なかなか人気があるじゃないか。やるな、おまえ」
なんだ、こいつ。
馴れ馴れしく話しかけてきた機械戦士。そいつは、奇妙な格好をしていた。
まるで飛行機を思わせるような流線型の胴体。それに、小さな頭と細い腕、そして、バッタみたいに太い太股をした脚がくっついている。たとえて言えば、魚に余分な部品がついているような、そんな姿をしていた。
「あんた、クロードだろ? 俺の名前は疾風の騎士ティガス。聞いたことがないか?」
「ああ。部屋によく遊びに来る、ミュンザのパートナーだな。はじめまして」
俺が丁寧に頭を下げると、ティガスと名乗った機械戦士は黄色の四角い両目を点滅させた後、照れ臭そうに頭を下げた。
「あのアルフェミアのパートナーだけあって、あんたも真面目クンなんだな」
「挨拶は常識だろう」
当たり前のことを言うと、ティガスは困ったように細い手で、頭を掻いた。
「そういうんじゃなくて。なんていうかな。覚醒前に一度会ったんだけど。覚えてないか?」
俺がこの世界に目覚める前。話すことも自分で考えることもせずに、デクノボウと呼ばれていた頃。
「覚えていない。紅蓮の騎士エリフと戦う直前で目を覚ました。会ったことがあるのか?」
「あるんだよ。あの時も愛想がなかったけど、今はますます愛想ないな、おまえ」
無愛想なのは生まれつきだから、文句を言われても困る。
俺が黙っていると、ティガスはまた頭を掻いたあと、別の話題を振ってきた。
「それよりも、おまえ。パートナーを変えるのか?」
「なんで知っている?」
立ち聞きしていたのかと思って、不快げに答えると、ティガスは黄色の四角い目を点滅させた。
「俺の部屋にアルフェミアが来て、ミュンザにいろいろと相談していたからさ。俺も気になっちまって」
「変えるつもりはないよ。アルフェミアみたいに真面目で一生懸命やってくれる奴に、そんなひどいことはできない」
そう。俺は最初から、そのつもりなんだよ。
はっきりと口に出したことで、俺は目の前にあった霧が晴れていくような、すっきりとした気分になった。
ティガスは、そんな俺の顔を見て、安心したようだった。そして、今度は目を悪戯っぽく点滅させた。
「そんな、もったいないことを言うなよ。イツキって、美人じゃないか」
「そうか?」
正直、イツキの着ている着物みたいな服は気になったけど、顔とかはそんなに印象に残らなかった。
「それに優しそうだし、胸も大きいしさ。言うことないじゃないか」
「ミュンザだって、美人で胸が大きいじゃないか」
うん。あれは印象に残っている。断言しよう。あれは、俺が遭遇した中で、一番の大物だ。
「馬鹿。あんなの女のうちに入るかよ。あれは大きいんじゃなくて、無駄にでかい、って言うべきだ」
「そうかなあ……あっ、ミュンザだ」
練習場に入ってきたミュンザに、俺が手を振ると、ティガスは飛行機の翼みたいな肩当てをビクリと震わせた。
「すまん。用事を思い出した」
そう言うと、ティガスは空にでも飛んでいきそうな勢いで、ミュンザが入ってきた場所とは反対方向の出入り口に向かって走り出していく。
「こらっ、馬鹿ティガス! 聞こえてんだよっ! 逃げるなっ!」
それを追っていく、ミュンザの怒鳴り声が響いていた。
「そんなことがあったんだよ」
「そうですか」
しばらく練習を続けて部屋にもどった俺は、アルフェミアに整備してもらいながら、ティガスに会ったことを話していた。
「ミュンザとティガスは喧嘩ばかりしていますが、主導権はミュンザが一方的に握っています。だから、バランスが取れていると言うべきなのでしょうね」
アルフェミアは機嫌を直してくれたらしく、いつもの様子で黙々と整備を続けながら、俺の話につきあってくれた。
「尻にしかれているって言うべきだろ。あの逃げ足はすごかったぞ」
「疾風の騎士と呼ばれていますから。私も見たことがありますが、大したものです」
ティガスがあわてふためいて逃げる様子を思い浮かべて、俺とアルフェミアは笑い合った。
「カタパルトランスの調整が終わりました。明日、練習場で試射してみましょう」
「この前みたいなことにはならないよな?」
部屋の中でぶっ放したので、ものすごく耳が痛かった。後片付けも大変だったし。
「大丈夫です。そのための調整ですから。さあ、今夜はもう寝ましょう。オスグットとの試合、勝てるといいですよね」
「もちろん勝つさ」
根拠はまるでなかったけど、決意だけはあった。
芳乃さんのためにも、アルフェミアのためにも、俺は勝ちたい。
アルフェミアの手首から伸びる、白い神経束。それに自分の神経束を絡めながら、俺は眠りについた。
カタパルトランス。
俺の身長より少しだけ短いぐらいの長さを持つ、ツララみたいに真っ白い杭。蒸気を噴き出す射出機で撃ち出すことで、これを武器とするらしい。射出機はかなりの大きさがあって、それをどこにしまうのか不思議だったんだけど、アルフェミアが思いついたのは、大盾の裏側に装着してしまう方法だった。
「わりと重くなったな」
「バランスは調整していますから、大丈夫のはずです」
斜めに三本、蒸気噴出口を作られた大盾。前と比べると重くはなったけど、重さが盾の中心に集中している分、取り回しがよくなったような気がする。
練習場に立ち、俺は横にいるアルフェミアに蒸気がかからないように気をつけてから、大盾を構えて、カタパルトランスを撃った。
バスンという音と共に、練習場に立ち込める蒸気。
俺の突き技よりもよっぽど鋭く、速く、遠くへ、カタパルトランスの槍先は飛んでいく。
そして、槍先はすぐに、もとの場所、大盾の裏側にある射出機の中に引っ込んでいった。
「使えるな、この武器。いい感じだよ」
カタパルトランスの勇姿を見て、アルフェミアは満足そうにうなずいた。
「はい。武器屋の主人に無理を言ってよかったです。オスグットとの戦いでは機先を制し、試合を有利に進めることができるでしょう」
確かにリーチは長いし、当たればダメージも大きそうだし、反動が大きいことを除けば、カタパルトランスは良質の武器に思えた。
「このカタパルトランスは戦争時代に造られたものですが、基本的な構造は現代で使われているものと変わりありません。いい買い物をすることができました」
そりゃまあ、武器屋のおっさん、肩を落としていたもんなあ。アルフェミアって、いくらぐらいまけさせたんだろうか。
今から、試合が楽しみだった。
この世界で目を覚ましてから、九日目の朝。
三回目の真剣勝負がやってきた。
細長い通路の前に立ち、俺は右手に持ったモーターブレードと、左手に持ったカタパルトランス付大盾の具合を確認する。どちらも、ずっしりと手に重さを伝えてきて、俺は気合いが高まっていくのを感じていた。
「重装備ですね。まるで吟遊詩人が伝える、戦争時代の機械戦士の姿です」
「そうなのか?」
となりに立つアルフェミアの方を振り向くと、なぜか彼女は、あわてて横を向いた。
「そう思っただけです。それよりもクロード。オスグットは組みついてからの格闘戦に持ち込もうとしてくるでしょう。くれぐれも、相手のペースに巻きこまれないようにしてください」
あわてたように言うアルフェミア。その頬がなんだか赤いような気がして、俺は不思議に思っていた。
あいかわらず、天井は高いくせに、幅は狭苦しい通路。
目の前でゲートが開き、薄暗い闇が払われ、闘技場から光が流れこんで来る。
ワァー、ワァー!
一緒に流れこんできたのは、うねるような大観衆の声。
両手を天に向かって突き出し、俺は堂々と闘技場に入場した。
足の裏から伝わる闘技場の土の感覚。
いくつもの鉄クズとオイルを吸った地面の上に立ち、俺は機械戦士オスグットの入場を待つ。
「頑張ってくださいよ、クロード様っ! その武器、すごく値段をまけたんですからねっ!」
観客席には武器屋の主人がいたので、俺はカタパルトランスを装備した大盾を振って見せた。
「頼みますよっ! せめて、宣伝費ぐらいに思わないと、やってられませんからっ!」
悲痛な武器屋のおっさんの声。アルフェミアの奴、いくらぐらいまけさせたんだろうか。
苦笑しながら、そんなことを思っていると、オスグットが向い側のゲートから出てきた。
鋭いトゲに覆われた、派手な黄色のカラーリングの重機械戦士、豪腕の闘士オスグットが、高々と宙を舞って、ゲートから跳び出てきた。
「おっしゃあ!」
勇ましい怒声と共に、トゲの生えた左拳を突き出し、兜の奥に輝く緑色の瞳が、不敵に俺を見すえる。
「気合いは入っているってことか」
こっちも負けじと、右手に持ったモーターブレードを突き出した。
チャキチャキと軽快な音が鳴って、三角の金属の刃の列が身を起こし、刀身を構成する。そして、オスグットの怒声に応えるようにして、鍔代わりのエンジンが甲高い咆吼を上げた。
互いの戦意は確かめられた。
あとは互いの刃と拳をぶつけ合うだけ。
重くなったように感じられる空気の中、俺とオスグットはすり足をしながら、距離を縮めていく。
踏みしめた闘技場の土が、いつもより固く感じられた。
「りゃっ!」
気合い一閃、オスグットの体が大きく沈み、バネを得た脚は地面を蹴って、氷の上を滑るようにして、俺めがけて突っこんで来る。
「させるかっ!」
肘打ちの要領で、左手に構えた大盾を叩きつけるようにして、オスグットの突進を迎え撃った。
ガツンという衝撃音。
俺は、その場所に立ち止まることはせずに、素早く左後ろに身を引くと、さっきまで立っていた場所に、オスグットのトゲだらけの足が飛びこんで来ていた。
「もらったっ!」
大盾の一撃を肘で受け止めながら前蹴りを出してきたオスグットの胴体に、俺は横から斬りつけたんだけど、相手も慣れたもので、素早く身を返して後ろに跳び、かなりの距離を取った。
「やるじゃないか、一つ目野郎。人のタルフォードを寝取ろうとするだけはある」
重量級の体に似合わぬ軽やかなステップを踏みながら、オスグットは軽口を叩く。
「イツキのことか? 俺に、その気はないぞ」
「はっ! 関係あるかよっ!」
口調がいらついたものになる。それに合わせて、ステップのビートも速くなっていく。
また、オスグットの体が俺に向かって滑りこんで来た。
今度は突進に割りこむようにして、俺も正面から斬りつける。
大上段からの袈裟斬り。当たれば一撃必殺。
オスグットが狙っているのは、真正面からのストレート。こちらも、当たれば一撃必倒。
ガシャンと自動車が正面衝突を起こすような音がして、胸板にショックが走った。
「やるもんだ、トゲトゲ野郎」
「おまえこそな」
不敵に笑い合う、俺とオスグット。俺は胸を覆う装甲に穴を空けられ、オスグットは肩口を大きく斬り裂かれていた。
顔と顔がくっつきそうなほど寄せ合った距離。一気に勝負を決めようと膝蹴りを出してくるオスグットの膝を蹴飛ばして後ろに跳ぶと、俺は逆三角形になった大盾の先端を向け、カタパルトランスを発射する。
バスンという激しい音がして、右側に体を突き飛ばされそうになった。
蒸気に押し出された白い杭槍が飛び出して、オスグットの体を襲う。
だが、右にブレた槍先は、オスグットの左胴体のトゲをぶち抜いただけで命中はしなかった。
「ちっ!」
互いに舌打ちをして、距離を取る。
オスグットのスパイク付ガントレットで打ち抜かれた胸が痛むが、そんなことを言っている場合じゃない。
まずいことに、俺とオスグットは戦い方が噛み合っている。
身を捨てた入り身からの一撃必殺。
剣と拳。全然ちがうもののはずなんだけど、互いが受けた傷の深さは同じ。
「運だけで勝ち登って来たかと思ったが、なかなか強い。イツキが興味を持っちまうのもわかるな」
笑っている。オスグットの黄色の兜は表情なんて表さないけど、その言葉は楽しそうに弾んでいた。
「おまえが真面目に練習しないって、イツキは嘆いていたぞ」
「ほざくな。大会中に調整する馬鹿がいるかよ。おまえみたいに、手の内を読まれちまうのがオチだぜ」
なるほど。俺がカタパルトランスを装備していることは、すでに知られていたか。
さっきのは狙いが外れたんじゃなくて、避けられたんだ。
オスグットの軽やかなステップのビートが、また上がっていく。
「イツキは渡さねえ。あいつは俺のもんだ」
「そうやって自分勝手に決めるから、ふられるんじゃないのか?」
軽口を交す。そして、それとは正反対の金属同士の激突音が再び、闘技場に響いた。
また胸をやられた。
穴だらけの胸板を大盾でかばいながら、俺はオスグットの連続攻撃から身を離す。
カタパルトランスをぶっ放し、強引に逃げる。
オスグットは斬りつけられた自分の脇腹を俺から隠すようにして身を傾け、逃げていく俺を追うが、キャタピラが回転する速度の方が速い。
痛いぞ、こんちくしょう。
重く響くような胸の傷にいらつきながら、俺はオスグットをにらみつけた。
「お互い、無事じゃ帰れそうにないな」
「フン。闘技場に立った機械戦士なら、当たり前だろう」
腕も足も、どこもかしこも機械になっちまったっていうのに、脳だけが生身のままだっていうのは本当らしい。オスグットと戦っているうちに、頭に血が昇っていくのがわかった。
目の前の奴をぶっ倒す。
モーターブレードのエンジンが、俺の気の高まりを感じ取ってくれたのか、大きく咆吼を上げた。オスグットも大きな拳を打ち鳴らして、それに対抗する。
「やるか?」
「応」
どちらが問いかけたのか、どちらが答えたのか。
それもわからないままに、俺とオスグットは再び絡み合い、今度は離れることなく、滅茶苦茶にやり合った。
しつこく胸を狙ってくる拳を弾くと、ずれた拳が肩当てに当たり、カラスのクチバシが醜く歪む。それを気にせず、俺はこすりつけるようにして、モーターブレードの回転する刃をオスグットの左腕に押し当てた。
激しく火花が散り、鉄が砕け散っていく耳障りな音が響く。
それを気にせず、オスグットは俺の右手をつかみ、強引に体勢を崩そうとする。
前のめりに倒れそうになるのを持ちこたえた俺は、手首を返して、オスグットの手を振りほどき、モーターブレードを持ったままでオスグットの顔面を殴った。
目から火花が散る。
偶然、オスグットも俺の顔を殴ろうとしていて、クロスカウンターのように互いの拳が交差した。
冗談じゃなく、顔が歪む。
その一瞬の間に、オスグットの電光のごとき前蹴りがやってきた。それを喰らった腹の装甲が大きくゆがみ、俺は後ろにぶっ倒れる。
倒れながらもカタパルトランスを発射して、無理に距離を空けさせた。
立ちこめる白い蒸気。焼けた鉄の臭い。体のあちらこちらから出る火花。そして、こぼれ出るオイルのぬめった感触。腹に前蹴りを食らった俺、太股にカタパルトランスを喰らったオスグット。どちらも満身創痍だった。
「そろそろ終わるか、一つ目野郎」
「ああ。いい加減疲れてきたぜ、トゲトゲ野郎」
傷だらけで、ボロボロで、体のどこもかしこも痛くて苦しいのに、俺もオスグットも笑っていた。
次の一撃で決着。
揺れる視界と膝が、そのことを教えてくれた。
負けられない。
吉乃さんに会うためにも、がんばってくれたアルフェミアのためにも、俺は負けられない。
軽く地面を蹴った。キャタピラが回り、オスグットの拳が届く危険な距離に体が運ばれていく。
「ありがたい。真っ正直だな、おまえ」
「今さら、逃げたりしねえよ」
太股に一撃を食らい、走れなくなったオスグット。距離を取って、カタパルトランスで攻撃するという方法もあったのだけれども、ここまで戦ってきた相手を、そういう手段で倒したくはなかった。
剣と拳。モーターブレードとスパイク付ガントレット。俺とオスグット。
どちらが強いのか、どちらが闘技場の地面に倒れるべきなのか、決めなくちゃいけなかった。
モーターブレードの刃先が届くかどうかというところまで、二人の距離が縮まった時、オスグットが体勢を低くした。
突進して来るのか?
左手に構えた大盾を突き出すようにして、衝撃が来るのを待ったが、そのドシンという重い感触は、別のところから襲ってきた。
「けやあああっ!」
奇声を上げたオスグットは、その大柄な体に似合わぬ高さを跳ぶと、俺が構えた大盾を飛び越えて、機械戦士の弱点である頭めがけて、必殺の跳び蹴りを飛ばしてきた。
俺はとっさに首をねじるようにして避けたが、右肩を踏み砕かれ、モーターブレードを取り落としてしまう。
それに一瞬だけ気を取られた俺の油断を逃さず、オスグットは着地した瞬間、独楽のように回転して、足払いを出してきて、それをまともに食らった俺は、背中から地面に倒れてしまう。
土煙が上がった。
まだ立ち上がろうともがいている俺の上に、オスグットが拳を構えたままで近寄ってくる。
再び、跳んだ。
今度、狙っているのは、何度も殴られて傷ついた胸板。食らえば、試合が終わってしまう。
このまま負けるのか?
「まだだっ!」
力が入らない腕に頼らず、背中のよじれで一気に立ち上がろうとした俺よりも速く、オスグットの跳び蹴りは電光のごとき勢いで落ちてくる。だが、それよりも速く、俺の首の下に当たる部分が開いた。
ガチャリと硬い音を立てて、人間であれば心臓の上から現れたのは、二門の筒状の機械。
唐突に飛び出てきた部品に驚いたのは俺だけではなく、オスグットも驚いたようだった。
空中で体勢を崩してしまったオスグットの蹴りは、俺の脇腹のとなりに落ち、闘技場の地面に丸い穴を空ける。
わずかな時間。ほんの少しの空白。
その間に立ち上がった俺は、大盾の先端をぶつけるようにしてオスグットの脇腹に当てると、カタパルトランスを発射した。
白い蒸気と爆音。何層もの金属の装甲を貫通して飛んでいく白い杭槍の感触。
脇腹に大穴を空けられて、遠くにぶっ飛んでいくオスグットの黄色い体。
「勝った……のか?」
闘技場に沸き上がる歓声が、俺の不安を消してくれた。
満身創痍の体を引きずって、試合前と比べると重く感じるようになったモーターブレードと大盾を持って、俺は細くて狭苦しい通路を抜け出た。
「おつかれさまでした、クロード。見事な勝利です」
いつもと変わらず、生真面目な表情で出迎えてくれたアルフェミアに、俺は手を挙げて応えた。
「体中、どこもかしこもボロボロだ。ごめん、修理を頼む」
「はい。任せてください。修理は私の得意分野ですから」
アルフェミアはそう言うと、しゃがみこんだり、回り込んだりして、素早く俺の体を点検し始めた。
その場に座りこんでしまいたいほど疲れて、体中、痛みが走らないところなんて、どこにもないけど、とりあえずは勝てた。勝利寸前のオスグットを怯ませた二門の筒状の機械は、すでに胸の中に収まっていて、穴だらけになった以外は変わったように見えない。
「こらっ、卑怯者ぉ! 狂戦士っ! なによっ、あの勝ち方はっ!」
また、うるさい奴がやって来た。
うんざりした顔で声がする方を見ると、小さな拳をブンブンと振り回しながら、リーネが叫んでいた。
「卑怯ではありません。規則で禁止されているのは、射出武器を使用することであって、装備そのものが禁止されているわけではないのですから」
「そんな屁理屈は通じないよっ! 現実に、オスグットは撃たれると思って、身を避けようとしていたじゃないのっ!」
「それはオスグットの判断ミスです。クロードが機関砲を発射していれば問題がありましたが、実際は砲門を向けただけです。抗議をしたところで、フェイントの一つだと判定されるでしょう」
「そんなのずるいよっ!」
「ずるくありませんっ!」
子供のように言い争いをするリーネとアルフェミアの様子を横で見ながら、俺は自分の胸を触ってみた。オスグットに殴られて、穴だらけになった胸の装甲板。この下にあった筒状の機械は、禁止だと言われていた飛び道具なのだろうか。
そりゃ、いきなり鉄砲を突きつけられたら、だれだって驚くよな。
自分が正々堂々と勝つことができなかったことを知って、俺は落ちこんでしまった。
「気にすることはありません。そもそも、リーネの言うことに耳を貸す方がおかしいのです」
部屋にもどり、ベッドに寝そべった俺の体の修理を始めたアルフェミアは、まだ少し怒っているようだった。
「でも、立派な勝ち方とは言えないぜ」
そう言うと、アルフェミアは首を横に振り、俺の胸に手を当てた。
ガチャリと硬い音が鳴り、試合の時にそうだったように、二門の筒状の機械が、俺の胸から飛びだしてきた。
「マクファイル式七連装機関砲。クロードが装備しているとは知りませんでしたが、戦争時代から受け継がれてきた一般的な射出武器です」
「射出武器って、鉄砲のことなのか?」
俺が鉄砲と言うと、アルフェミアは、その単語の意味がわからないらしく、首をかしげた。
「鉄砲があるなら、なんで、わざわざ剣なんかで戦うんだ?」
当然の疑問に、アルフェミアはまた不思議そうな顔をした。
「そのテッポーという言葉は、射出武器のことを意味しているのですか? それならば、答えはこうです。射出武器は機械戦士に対して、決定的な武器に成り得ないから」
「もしかして、この機関砲って弱いのか?」
「もともとは竜の眷族をなぎ払うために作られた武器ですから。厚い装甲に包まれた機械戦士に有効打を与えることは不可能です。そうですね。仮に、試合中にオスグットに発射していたとしても、カスリ傷も負わせることができなかった、というのが正直なところでしょう」
大袈裟な見かけのわりに、豆鉄砲かよ。
アルフェミアの言葉を聞いて、少しは罪悪感が薄れたような気がした。
「胸に用途不明の部品があると思っていたのですが、機関砲だったのですね。これで、また一つ、クロードのことについて、くわしくなりました」
誇らしそうにアルフェミアは言うんだけど、俺はなんだか恥ずかしくなって、寝そべったままで横を向いた。
毎回、こんな勝ち方をしていると、先が不安だなあ。
アルフェミアは勝ったことが嬉しいみたいだけど、俺はまったく満足していなかった。




