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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
5/14

第四章 『タルフォード』

 夢を見ていた。

 

 吉乃さんが泣いている。

 両手を顔に当てて、声を出して泣いている。

 泣いている場所は、広津の家の裏山。

 裏山っていっても、物凄く広くて、俺と兄貴が子供時代に修業場代わりに使っていたんだけど。

 そう、泣いている吉乃さんも、子供時代の吉乃さんだった。

「泣くなよ。こんな怪我、大したことないって」

 そう言って、吉乃さんの前でふんぞり返っているのは、ガキの頃の俺。

 体中に絆創膏を貼り付けて、血が出た腕を誇らしげに掲げて、胸を張っている。

 おい。腕から変な出っ張りが出ているぞ。骨折しているんじゃないのか?

「平気だから、泣くなって」

 平気じゃねえ。さっさと病院に行け。

 思い出した。

 子供の頃、崖から滑り落ちたことがあった。

 腕を骨折していたんだけど、馬鹿な俺は吉乃さんの前で強がりを言って、困らせて泣かせたことがあったっけ。

 ……本当に馬鹿だ。



 目を覚ますと、アルフェミアは横の簡易ベッドで寝そべったまま、俺が起きるのを待っていた。

「おはようございます、クロード」

「おはよう、アルフェミア」

 俺は大きく腕を横に伸ばそうとして、自分の手がアルフェミアと白いコードでつながっているのを思い出した。

「すぐに外しますね」

 シュルンと音を立てて、白いコードは俺とアルフェミアの手首の中にしまわれていく。

 アルフェミアは俺が完全に目を覚ましたことを確認すると、部屋の奥へ顔を洗いに行ってしまった。

「めちゃくちゃ痛かったはずなんだよなあ。もしかしたら、折ったばかりでまだ痛くなかったのかもしれない」

 俺は今朝見た夢を思い出しながら、子供の頃の自分の馬鹿っぷりに呆れていた。

 状況考えろって、状況を。

 腕の骨を折ったのに、平気だから修行を続けようと強がる自分。吉乃さんはそんな俺を止めて、すぐに大人がいるところに連れていこうとしていたんだけど、俺は頑として聞かなかった。

「本当に、子供の頃は馬鹿だったなぁ」

「はい。それは私も同意します」

 顔を洗い、寝間着からアズキ色のワンピースに着替えたアルフェミアは、俺の独り言に言葉をつなげた。

「ヨシノというのは、あの泣いていた女の子のことですか?」

 そうだよ、と答えようとしたところで、俺の頭の中に疑問が浮かんだ。

「俺が見た夢の内容、なんで、アルフェミアが知っているの?」

「神経束でつながっている間は、つながっている者同士は共同意識体となりますから。クロードが見た夢は私が、私が見た夢はクロードが見ることができます」

 そう言うと、アルフェミアは昨晩したように、自分の手首から白いコードを出して見せた。どうも、あの白いコードを神経束って言っているらしい。

 それは奇妙な光景で、アルフェミアが自分のことを機械の体だと言っていなければ、また彼女を質問責めにしてしまっていたところだっただろう。

「そのために昨日の夜、寝る前に手をつないだわけか。でも、それってプライバシーの侵害じゃないか?」

「神経束でつながっているとはいっても、本当に見せたくない夢を相手に見せてしまうことはありません。それに、パートナー同士で理解を深めるには、一番手っ取り早い方法だと思われます」

 そういうアルフェミアの言葉にはまったく悪気がなかったので、俺はそれ以上、気にしないことにした。

「で、俺が馬鹿だったってことに同意する、っていうのは、どういう意味だ?」

「その通りの意味です。くわしい説明が必要ですか?」

 説明しなくていい。

 朝からアルフェミアと口喧嘩をするのも嫌だったので、俺はさっさとサークルカウンターの前に向かうことにした。次の対戦相手を決めて、そいつに勝つ。今は、それだけだ。


 

 中心から螺旋を描いて球を形成する不可思議なオブジェ、サークルカウンター。

 その金属の板の上に並ぶ宝石の数々は、そのまま機械戦士の順位を表す標識となり、周りには今日も多くの機械戦士たちが集まっている。その前に立った俺は、あいもかわらず、アルフェミアに質問をしていた。

「対戦相手の指名って、どうやればいいの?」

「戦いたい相手の名前を言うだけで大丈夫です。待っていて下さい」

 アルフェミアがそう言うと、俺の順位を指し示している真っ黒な宝石をスタート地点にして、中心に向かって宝石が点滅しながら輝き始めた。それは十個分ぐらい並んで輝いて、きれいな列を作っている。

「これが、クロードが挑戦できる機械戦士のリストになりますこの中から、現状のクロードでも勝てそうな機械戦士で、もっとも順位が高い者となると……」

「それじゃ、宝石の列の先頭の奴に挑戦する」

 俺が何気なく言うと、宝石の列の点滅は止まり、俺の順位を示している黒色の宝石が列の最後尾としたら、列の先頭にあった銀色の宝石が一際大きく輝き始めた。

「あーっ! ちっ、違いますっ! キャンセルしますっ!。クロードの対戦相手は、銀剣の道化師プルクトではありませんっ!」

 アルフェミアがあわてて何か言っていたが、俺はもう一度、はっきりと口に出して言った。

「俺は、その銀剣の道化師プルクトって奴に挑戦する」

 銀色の宝石の輝きは止まり、俺の横でわめいていたアルフェミアがワナワナと肩を振るわせて、俺の方をにらみつけてきた。

「クロード。自分が何をしたのか、わかっているのですか?」

「俺が挑戦できる中で、一番強い奴を指名したってことだろ? 中心に向かうほど順位が上になっていくわけだから」

「今の装備、今の状態で、プルクトに勝てるわけがないじゃないですか!」

 またアルフェミアがよくわからない理由で怒り出したので、俺は困ってしまった。

「でも、強い奴に挑戦していかないと、優勝する前に闘技大会が終わっちゃうんだろ?」

「ですから、優勝すると仮定して、その中でも勝利する確率が高い者たちを選んでいかなければならないはずです」

「勝てる確率って言っても、そんなもの剣を合わせてみないとわからないって。気にすんなよ」

 俺が気軽に言うと、アルフェミアは大げさに肩を落として、ボソリとつぶやいた。

「朝に言った言葉を訂正します」

 なんだって?

「訂正します。クロードが馬鹿だった、ではなく、クロードは今もって馬鹿である、と」

 うっせえ。

 意見が合わなくて、俺とアルフェミアがにらみ合っていると、後ろの方から拍手の音が聞こえてきた。

 パチパチという拍手の音は複数で、俺が振り向くと、奇妙な姿の機械戦士が拍手をしていた。

「なんたる無謀、なんたる無計画。いいですねぇ、あなたたち。最高に笑えますよぉ」

「ピエロ?」

 俺がそう思ったのは、拍手をしている機械戦士が、まるでサーカスで出てくる道化師のような派手な格好をしていたからだ。兜もクラウンスマイルっていうのか、泣き笑いのような表情を表した奇妙な造形になっている。しかし、それよりも驚いたのは、このピエロみたいな機械戦士、手が六本あることだった。銀色の細い体に対して大造りな丸い肩から、妙に細い腕が六本も生えている。

「あんたがプルクト?」

 昆虫みたいで気持ち悪い奴だなあ、と思いながら俺が言うと、その六本腕の機械戦士は大げさにお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。私は銀剣の道化師プルクト。こちらは、私のタルフォードのサイカ」

 三本の右腕を前に構えて、おどけたようにお辞儀をするバルザークに合わせて、その隣りにいた真っ黒なマントをつけた銀髪の女性も、俺にむかって、お辞儀をした。

「ギャグとしてはよかったです。試合でも期待してますよぉ」

 六本の腕をワキワキと動かしながら、バルザークは嬉しそうに言う。それとは対照的に、横にいるサイカというタルフォードは、何も言わないままで無表情に俺のことを見つめていた。

「むかつく機械戦士だな」

 二人が立ち去った後の俺の言葉に、アルフェミアが不機嫌な声で答えた。

「相手に同意されてしまいました。どうするつもりですか?」

「勝つよ。プルクトは、自分が勝って当たり前みたいな態度だったけど」

「機体の性能差から見れば、そう思われて当然です。クロード。自分が言葉の責任は取れるのですか?」

「勝つって。そうしないと、吉乃さんに会えないから」

 そう。俺は勝たないといけないんだ。

 だから、アルフェミア。手で額を押さえて、溜め息をつくのを止めれ。

「本当に、馬鹿」

 ちょっと、むかついてしまった。

 

 

「練習できないの?」

「はい。モーターブレードの片面にカバーを取り付けろ、と言いましたよね。ですから、これから作業に入ります。剣は預からせてもらいます」

 生真面目にそう言うと、アルフェミアは俺に背中を向けて、作業に入り始めた。

 部屋に置いてある鉄の棒でも振ってやろうかと思ったんだけど、気が散るとアルフェミアに怒られて、俺は練習をあきらめなくてはならなくなった。

 また、することなくなっちゃったなぁ。

 先端が光り輝くメスのようなものを持って、チィーチィーと音を立てながら、アルフェミアは大きな金属板を器用に加工している。

「なあ、アルフェミア。なにか手伝うことはないのか?」

「ありません。おとなしくしていてください、クロード」

 目を守るためのサングラスをつけて、作業に集中しているアルフェミアに言われて、俺は渋々とあきらめた。

「外に出ていいか?」

「あなたは一人だと何をするかわかりませんので、駄目です」

「お子様か、俺は」

「可愛らしいだけ、子供の方が何十倍もマシです」

 あーっ、もうっ! することねえじゃんか!

 退屈になった俺は、寝台に腰かけて足をブラブラと揺らしながら、アルフェミアの背中を観察した。

 アズキ色のワンピースを着ている背中は細くて、それでも柔らかそうで、とても機械と生身が混じっているとは思えない。

 帽子の下から伸びる青とも黒ともつかない不思議な色の髪は、その背中で揺れている

「なんだろ、あれ?」

 集中しているアルフェミアのうなじの辺り、髪の間から、銀色に光る髪飾りみたいなものが見えた。

 いや、首飾りかな。首の後ろに留めているんだろうから。

 それは丁寧に細工がしてあって、なんだかとてもきれいに見えた。

 アルフェミアもやっぱり女の子だから、お洒落しているのかな。もっとよく見てみたいな。

 そんなことを思った俺は、アルフェミアに気づかれないように、そろそろとその背中に近寄ったんだけど。

「アルフェミアーっ! 工具を貸してくれない?」

 突然、部屋の外から大きな声をかけられて、びっくりする羽目になった。

 

「ごめん、ごめん。うちの馬鹿が工具を壊しちゃってさぁ」

 そう言いながら入ってきたのは、昨日、お祝いの言葉を言いに来てくれたアルフェミアの友達、タルフォードのミュンザだった。

 ショートパンツみたいな太股むき出しの短いズボン。胸元が大きく開いたシャツ。日に焼けた小麦色の肌がまぶしい。でっかい胸の辺りが特に。

「かまいませんよ。ただし、壊さないで返して下さいね」

「いつもごめんね。まったく、うちのティガスと来たら、大したことしてないのに大げさに痛がっちゃって。おかげで関節棒がポッキリ折れちゃったよ」

 作業を続けながら無愛想に答えるアルフェミアに、ミュンザは親しげに話しかけている。

 でも、アルフェミアは作業に集中したいようで、せっかくミュンザが話かけているのに、相づちを打つばかりで、ろくに返事をしようとしなかった。

「関節棒って、なんのこと?」

 見かねた俺が、ミュンザに質問すると、彼女の小麦色の顔が嬉しそうに輝いた。

「関節棒っていうのは、あんたたち機械戦士の体に入っている骨の代わりをしている物。ほら、腕を動かそうとしたら、中で棒みたいなものが動くのがわからない? その動いているものが関節棒」

 ミュンザに言われたとおりに右腕を動かしてみると、確かに、肘のあたりで棒みたいなものが回っているような感触がした。なるほど。機械の体っていっても、人間みたいに骨格が入っているわけか。

「それをへし折ってしまったというわけですか?」

「うん。ティガスが痛がって暴れるから、弾みでボキっといっちゃった」

 そう言って、ミュンザが見せたのは、金属製の蝶つがいみたいな部品。四本の棒が、中心の丸い玉に入っている。

 そして、ミュンザの言うとおり、そのうち二本が見事に折れていた。

「ボキって軽く言うけど、痛かったんじゃないか?」

 不思議なことに、機械の体なのに、痛みは感じる。

 アルフェミアに蹴られた顎、エリフに斬りつけられた左肩。

 どれも、生身だった時とは変わらない痛みを伝えてきた。

「うん。ティガスは今、ベッドで泡を吹いて気絶しているよ」

 ケラケラと楽しそうに、ミュンザは笑っているけど、俺は笑えなかった。

 すごく痛かっただろうなあ。そのティガスって人。

「ティガスもかわいそうに。ミュンザ、もう少し、丁寧に修理をするべきです」

 作業が一段落したのか、モーターブレードの片面に金属板のカバーを装着すると、アルフェミアは一度うなずいて、俺の方を見た。

「完成しました。重さのバランスの調整も問題ないと思います」

 俺は無意識に、笑っているミュンザから距離を取ってしまいながら、アルフェミアからモーターブレードを受け取った。

 金属板のカバーが片方の刀身にはめこまれ、重くなったはずのモーターブレード。

 だが、持ってみた感じは意外と悪くなかった。

 これなら、相手の攻撃を弾いても自分の方に向かって刃先が飛んでくることはない。指先でカバーを何箇所か触ってみて、それが必要以上に頑丈に取り付けられているのを確認して、俺は満足した。

「ありがとう、アルフェミア。これで、昨日の試合みたいなことはなくなるよ」

「それでも、プルクトに勝てるかどうかは別問題ですが」

 まだ機嫌を損ねているのか、アルフェミアは表情は変えないまでも、説教臭い声を出す。

「そうそう。クロードって、銀剣の道化師プルクトに挑戦したんだよね。みんなが噂しているよ」

「無謀、無理、無益、無駄、不可能、馬鹿。いろんな評価をされていますね」

 おい。最後の馬鹿っていうのは、おまえの意見だろう。

 アルフェミアと俺がにらみあっていると、ミュンザは笑ったままで言った。

「アルフェミア。先輩のタルフォードとして、一つだけ忠告」

 すぐにでも噛みつきそうな顔だったアルフェミアが、真面目な表情にもどって、ミュンザに向き直る。

「信じてあげることが、強い機械戦士を育てていくコツ。そうだよね」

「それは、私も承知していますが……」

 ミュンザに諭されたアルフェミアは、気まずそうに上目づかいで、俺の方を見た。

「大丈夫。俺は勝つよ」

 にっこり笑って答えて、アルフェミアの不安を吹き飛ばそうとしたんだけども。

 返事は、あきれたような溜め息だけだった。


 たっぷり三時間、楽しそうにしゃべった後、ミュンザは俺たちの部屋から去っていった。

「ミュンザって、よくしゃべるよな」

「パートナーのティガスが気絶してしまったので、しゃべる相手がいなくなってしまったからでしょう」

 そう言うと、アルフェミアは少しだけ笑った。

 こいつって、怒ってばかりだけど、笑うとかわいいかも。

「どうしたのですか、クロード?」

 笑顔に見とれてしまって、俺が返事を忘れてしまったので、アルフェミアは不思議そうに、俺の一つ目をのぞきこんできた。

「いや、なんでもないけど」

 こいつ、真面目なくせに、ときどきすごい無防備だ。

 昨日だって、男の俺の前で、薄い布地の服を一枚だけ着て、寝転がりやがるし。

 吐息が感じられそうなほど、アルフェミアに顔を近づけられて、俺は変にドキドキしてしまった。

「プルクトとの試合は四日後。私もできることはするつもりですが、実力が違いすぎます。勝てると思っていますか?」

 真面目な顔で、真面目な質問をするアルフェミアに、俺は真剣な顔でうなずき返した。

 勝ち続けて優勝しないと、吉乃さんに会えない。

 だから、俺は勝つしかない。

「わかりました。あなたを信用することにします」

 アルフェミアはそう言うと、部屋の外に出て、いつの間にか、部屋の前に立てかけられてあった大きな盾を持ってきた。俺の体がかくれそうなぐらい大きな、逆三角形の盾。色は、俺の体の色に合わせているのか、同じような黒色だった。さっき、武器屋でアルフェミアが買っていたものだろうか。

「次の試合は、この大盾を使って下さい。プルクトは六刀流です。剣一本でさばききれる相手ではありません」

 さすがに重そうに、よろけながら盾を持ち上げて、部屋の壁に立てかけると、アルフェミアはそう言った。

 うーん。盾なんて使ったことねえし。モーターブレードだけでいいんだけど。

「六方向から来る斬撃。この大盾だけで防ぎきれるかはわかりませんが。役に立つはずです」

 武器屋で買った新品の大盾の表面を指でなぞりながら、アルフェミアは微笑んだ。

 うーん。やっぱり、アルフェミアって笑顔がかわいい。

 怒ってばかりいないで、ずっとニコニコしていてくれればいいのに。

 余計なことを考えそうになったので、俺は首を横に振って、必要なことを確認することにした。

「明日から、練習場を使ってもいいんだよな」

「はい、もちろんです。勝率は決して高くはありませんが、頑張るしかありませんから」

 そうだよな。頑張らないと、吉乃さんに会えないもんな。

 よし、頑張ろう。

 

 

 翌日の朝から、俺はアルフェミアを連れて、闘技場の地下にある練習場で汗を流すことにした。

 まあ、機械の体なんで、汗なんか出ないんだけどさ。

 練習場っていうのはかなり広くて、床には厚く土が敷いてあり、思いっきり走り回っても大丈夫そうだった。

 とりあえず、俺はモーターブレードと大盾を構えて、素振りをしてみる。

 刃の列を飛び出させて、咆吼するモーターブレード。やっぱり震動して使いにくい。しかも、体が隠れそうなほど大きな盾を左手に構えて振るわけだから、さらにバランスが取りにくかった。

「誰もいないな、ここ」

 ブンブンとモーターブレードを振りながら、閑散とした練習場を見て、俺は言う。

「普通は闘技大会の前に、全ての調整を終えて出場しますから。あわてて練習をする機械戦士というのは珍しいですね」

 珍しい機械戦士っていうのは、俺のことかよ。

 ちょっと腹を立てながら剣を振っている俺の横で、アルフェミアはパック入りゼリーのようなものを飲みながら、その様子を見守っていた。

「アルフェミアは飯が食べられるからいいよなぁ。俺も何か食いたい」

「補給は済んでいますので、空腹感を覚えることはないはずです」

「そりゃ、腹は減ってないんだけどさぁ」

 なんていうか。毎日していることをしないと、気が落ち着かないというか。

「食事をしようと思っても、クロードには口がありません。あるのは、背中にある補給口だけです」

 人間に戻ったら、絶対に腹一杯に食べてやる。

 やけになって、俺はモーターブレードを振るった。

 ビィーンと音を立てて回転する刃の列。ドゥルドゥルと吼えるモーターブレード。

 片手で剣を振るというのは、刀の練習をしていた俺にとっては違和感があったけど、振り慣れてくると、そこまで自由が利かないとは思えなくなってきた。

 構えた盾の重さを利用して、前に踏み込み、重心をあずけながら、剣を突き出す。

 風を斬る感覚が、指先に伝わった。

「クロードは、どこで剣を習ったのですか?」

「自分の家の道場。俺の家って、武上一刀流っていう古流の剣術を伝えていたんだ」

「古流。戦争時代の剣術ということですか?」

 多分、アルフェミアが言っている戦争時代っていうのは、この世界の戦争、竜と機械戦士が争っていた時代のことになるんだろう。だけど、本当のことを説明すると長くなりそうだったし、人が死ぬことが日常だった時代から続いてきた、いにしえの技を伝えている流派だってことには嘘がなかったので、俺はアルフェミアの質問にうなずいた。

「なるほど。あなたに親近感を覚えると思っていましたが、お互い、旧式だったということですね」

 なにかを納得したように、アルフェミアはうなずき、アズキ色のワンピースの胸元に手をやった。

「私がタルフォードになった神殿も、戦争時代の技術にこだわっていました。そのため、ほとんどのタルフォードが備えているような能力を、私は持っていません」

「能力って?」

「機械戦士の力を高めるための能力。ある者は速さを、ある者は力を、ある者は打たれ強さを、ある者は異能を。さまざまな力を、タルフォードは機械戦士に与えることができます。しかし、私にできることは修理と整備。最低限のことだけなのです」

 そう言うアルフェミアの顔は、少し落ち込んでいて、俺は彼女の言うことがよくわからないながらも、同情してしまった。

「いいんじゃないか? 与えられた力っていうのは役に立たないもんだぜ」

 歯を食いしばって、汗を流して、苦しんで手に入れたものだけしか、自分の手の中には残らない。

 そのことを、俺は幼い頃から続けてきた修行で知ることができた。

「そういうものでしょうか? 大半の機械戦士は、そう思わなかったようです。だれも、私をパートナーに選ぼうとはしませんでしたから」

「気にすんなって。そんなの、あとで見返してやればいいんだから」

 俺が刀身を下に降ろすと、素振りが終わったことを理解したのか、モーターブレードは自分から刀身に刃の列をおさめ、エンジンを止めてしまった。

「クロードは心が強いのですね」

 アルフェミアにモーターブレードを手渡すと、俺は次の練習をすることにした。

 走る練習。

 口にすると大したことがないように聞こえるけど、これって、今の俺にとっては大問題。

 前の試合の時もそうだったんだけど、走りだそうとしたら、足を上げる前に、足の裏のキャタピラが回り出して体が滑り出し、壁にぶつかるまで止まってくれなかった。

「よし。走るぞ」

 少し前かがみになり、足を上げようとすると、思ったとおり、ギャリギャリと地面を噛むような音がして、キャタピラが回り出し、俺の体は猛烈な勢いで前に向かって進んでいく。

「とっ、止まらねえっ! なんでっ!?」

 すぐに迫ってくる練習場の石壁。止まろうと思って、必死に足を踏ん張っている俺。

 だけど、足の裏自体が前に向かって進んでいるので、俺の思いって、まったくの無駄。

 ガツンと衝撃が走り、俺は人型の穴ができそうな勢いで、練習場の壁にぶつかってしまった。

「いってえなあ、もう」

 ぶつかった壁に手をつき、なぜ止まれなかったのか、考えてみる。

 走って止まる場合、動かしている足を止めてやればいい。

 だけど、俺の場合、金属製の重い体を動かすためのキャタピラが勝手に動いて止まってくれないので、止まりようがない。

「クロード。前の試合の時も思ったのですが、そんな止まり方では痛くありませんか?」

 わざとやっているわけじゃねえっての。

 心配して駆け寄ってきてくれたアルフェミアに事情を説明すると、彼女は俺に足を上げさせてキャタピラを見たり、膝のところを触ったりしてから、疑問に答えてくれた。

「人間として走っている姿をイメージせず、今の自分の姿、機械戦士として走っている姿をイメージしてみて下さい。きっと、それで止まることができるようになるはずです」

「そういうもんなのか?」

 また壁にぶつかるんじゃないかと不安になりながらも、アルフェミアに言われたとおり、自分が人間として両足を交互に動かして走っている姿じゃなく、足の裏のキャタピラを回して突進している姿をイメージする。

「動き出した?」

 さっきまでとは違った、ゆっくりとした発進。

 キャタピラは次第に回転速度を上げ、前と変わらない速さまで加速し始めた。

 迫ってくる壁。さっきみたいにぶつかるのか?

「止まれっての!」

 ギャララと派手な音がして、練習場に敷かれた地面に土ボコリが舞う。

 足の裏のキャタピラが逆回転して、俺を急停止させようとしたんだけれども。

 ゴスンと派手な音を立てて、俺はまた、石壁にぶつかってしまった。

「いってええ」

 派手に顔をぶつけたので、目がチカチカする。

 実際に点滅しているのか、練習場の石壁に、赤い光が瞬いて映っていた。

「こんにゃろう!」

 ふらつく頭を振って正気を取り戻しながら、プールで泳いでいる時にターンするような要領で壁を押して、アルフェミアがいる方向に向かって、再び走り出す。

 地面を噛み砕き、土ボコリを上げて疾走する、黒い鎧姿の戦士。

 そう言うと格好いいんだけども。

 派手な音を立てて石壁にぶつかる姿は、どう考えても格好悪いわけで。

 俺がぶつかったせいで砕けてしまったのか、石壁のカケラが地面に飛び散っている。

「死ぬほど痛い」

「急停止しようとしないで、減速してから止まればいいのです。クロードの動き方のイメージは、物理法則に逆らっています」

 俺が痛い目にあっているのに、アルフェミアは冷静だった。

「減速って、止まる前にスピードを落とせっていうことだろ? そんなことをしていたら、先に相手に斬られちゃうじゃないか」

「はい。ですから、そのための重装甲です」

 分厚い鎧を着ていても、痛いもんは痛いんだよ。

 だけど、アルフェミアの言うことも理屈は通っていたので、俺は悩んでしまった。

「止まる時だけ、キャタピラを速く回すってことはできないの?」

「試してみましょうか。確かに、止まるための抵抗を増やしてやれば、急制動に成功するかもしれません」

 そう言うと、アルフェミアは俺の腹を触って、装甲を取り外し、カチャカチャと音を立てながら、いくつかの部品を外した。その中から出てきたのは、たくさんのコードに囲まれた回路のようなものだった。

 アルフェミアは、鍵盤楽器のような回路に付いている、たくさんのスイッチみたいなものをいじり始める。

 カチリ、カチリという金属同士が打ち合わされる、澄んだ音が鳴った。

「これで、キャタピラの回転数が変更されたはずです。試してみてください」

 外した部品を元にもどしながら、アルフェミアが俺をうながす。

 よし、これで止まれるようになれば、少しは戦えるようになるぞ。

 そう思って、俺は勢いこんで走り出した。

 地面を噛み砕く音。舞い上がる土ボコリ。すごい勢いで迫ってくる壁。

「止まれよっ!」

 腕を壁に向かって突き出しながら、俺はキャタピラを逆回転させ、急ブレーキをかける。

 何かが爆発するような音がして、俺の足下から、土ボコリが垂直に舞い上がった。

 壁を目の前にして、俺はいきなり足をすくわれ、そのまま後ろに向かって、ひっくり返ってしまった。

 思いっきり後頭部を打って、目の前に星が散る。

「大丈夫ですか、クロード?」

 仰向けに倒れた俺を心配して、アルフェミアが駆け寄ってきてくれた。

「めちぇめちゃいてえ」

 頭がふらつき、まだ立ち上がることはできそうになかった。

 そんな倒れた俺の腹に、アルミフェアは取り付き、また部品を外して、中の様子を見ていた。

「制動が強力過ぎたようです。急激に逆回転をくわえたため、後ろに向かって倒れてしまったようですね」

 前言撤回。

 アルフェミアは頭を打った俺のことなんか心配なんかせずに、なにが起こったのかを冷静な顔で説明してくれた。そして、またカチリ、カチリと音を立てて、俺の腹のところにあるスイッチをいじり始める。

「そこをいじると、キャタピラの回る速度とか変えられるわけか?」

「はい。あくまで仮調整ということになりますが、テストするだけなら、これで充分です。さあ、クロード。練習を続けましょう」

 本当に大丈夫かよ。

 俺は不安な気持ちになりながら、立ち上がった。

 

 

「顔が痛い。腕が痛い。腹が痛い。足が痛い」

 部屋にもどり、ベッドに横たわった俺は、ボロボロになった体のあちこちから伝わってくる痛みに耐えかねて、ブツブツとぼやいていた。

「あれだけ壁にぶつかっていれば当たり前です」

 結局、走ってから急に止まる、という、人間であった頃には普通にできた動作の練習は成功しなかった。アルフェミアは、俺の練習にねばり強く協力してくれたんだけど、練習場の壁にいくつも穴を空けただけで終わってしまった。

 よほど頑丈にできているのか、俺の体となってしまった真っ黒な鎧には傷もついていないんだけど、どこか壊れてしまったのか、まるで生身の時と変わらない痛みを、俺の頭に伝えてくる。

「ごめんな、アルフェミア。修理するの大変だろ」

「タルフォードが、パートナーである機械戦士を修理するのは当然のことです。それよりもクロード。そんなに痛むのであれば、痛覚を止めましょうか?」

「いい。余計な手間をかけさせたくないから」

 俺がそう言って遠慮すると、アルフェミアはまた、作業に集中し始めた。

 装甲を外され、中に置いてある部品をいじられる俺。

 こうして寝ながら見ていると、なんだか変な気分になってくる。

 自分が本当に、生身の人間じゃなくて、車とか飛行機と同じ機械になってしまったんだ。

 そんな簡単には受け入れられそうにない事実を目の前に突きつけられているようで、俺は暗い気持ちになった。

「クロードは頑丈ですね。あれだけ派手にぶつかり続けたのに、深刻な問題は出ていません」

「ああ。体の丈夫さは俺の取り柄なんだ」

 これは本当。

 昔から、風邪が流行って学級閉鎖とかになっても、俺だけは平気だった。

 二歳の頃から続けてきた修行の賜物っていうやつか。

 みんなは口をそろえて、「馬鹿は風邪を引かない」って言いやがったけど。

「修理は終わりました。まだ痛むところはありますか?」

 ベッドに寝転がっている俺の体の上に、馬乗りになるようにしてまたがっていたアルフェミアが、部品を元の位置にもどしながら、そう言ってくれた。

 パチンと音を立てて、本来の場所にはめられる金属の装甲板。

 何度か腕や足を動かして確かめてみたが、確かに、痛みは止まっていた。

「うん。大丈夫みたいだ。ありがとう、アルフェミア」

「整備と修理に関しては任せてください」

 そう言うと、アルフェミアは俺の体の上から飛び降りて、部屋の奥に行ってしまった。

 まともに止まることもできない、俺の体。

 血肉ではなく、金属と電気で構成された、機械の体。

 本当に、こんなので、あの六本腕に勝てるのかな?

 それでも俺は、吉乃さんの顔を思い出して、勇気を振るい起こすことにした。

 

「うおおぉっ!」

 今日も練習場に、俺の叫び声が響く。

 ゴスンという鈍い音と共に、石壁にめり込む俺。

「ですから、少しは減速しないと止まることはできません。クロードの動き方のイメージは、物理法則に反しています」

「聞き飽きたっ!」

 アルフェミアの呆れたような忠告は無視して、俺は走り続けた。

 十回くらい、壁にめりこんだ時ぐらいだろうか。

 石壁のカケラをパラパラと地面に落としながら、俺がふらついていると、真っ黒なマントをつけた銀色の髪をした女の人が、こっちの方を見ているのに気づいた。

「あんたは確か、サイカだっけ?」

 俺がそう言うと、次の試合相手、機械戦士プルクトのタルフォード、サイカは、ゆっくりと首を縦に振る。

「壁にぶつかり続けるのは、何の真似?」

 そう質問されて、俺はどう答えようか困った。

 走って止まる練習だなんて、恥ずかしくて言えないもんなあ。

「面白いわね、あなた」

 笑いもせずに、サイカはそんなことを言う。

 馬鹿にされているんだろうか。

 でも、サイカの表情は本当に何も表していなくて、俺はやっぱり言葉に困ってしまった。

「クロード。大丈夫ですか?」

 タイミングよく、アルフェミアが駆け寄ってきてくれた。

「以前と比べれば、かなり制動をかけることができるようになったと思います。この調子なら、試合の前にはクロードの望みはかなうでしょう」

 アルフェミアは俺のすぐ横まで走ってきて、嬉しいことを言ってくれる。

 俺がガッツポーズを取っていると、いつの間にか、サイカの姿は練習場から消えていた。

 

 カチリ、カチリという、鉄の駒が打ち合わされるような音。

 ベッドに寝そべった俺の上に馬乗りにまたがって、アルフェミアは真剣な顔で何かの調整をしている。

「なあ、アルフェミア。あのサイカっていうタルフォード、変わっているよな」

 自分の部屋にもどった俺が、作業中のアルフェミアに話しかけると、作業を続けながら答えてくれた。

「ええ。笑いも怒りもしませんね。私も親しくはないので、くわしいことは知りませんが」

 あの奇妙な姿の六本腕の機械戦士プルクトのパートナー、黒いマントを羽織ったサイカ。

 俺の方を見ているはずなのに、ずっと遠くを見ているような瞳は、とても印象的だった。

「前のパートナーが亡くなって以来、感情を失ってしまったそうです。あの黒いマントは喪服の代わりなのでしょう」

 ああ、それが原因か。

 あの瞳が心に引っかかっていたのは、それが哀しみの色だったからだろう。

「プルクトは、サイカと約束をしているそうです。自分を笑わせることができれば、正式なパートナーになってもいいと。だから、プルクトとサイカは仮契約の関係ということになりますね」

「機械戦士とタルフォードって、仮契約とか正式契約とかあるの?」

「はい。機械戦士はより強いタルフォードを、タルフォードはより強い機械戦士を求めることが自然ですから。ほとんどの場合は仮契約の関係ということになりますね。ですが、自分が生涯を共にしていいという相手が現れた場合、決して別れないという約束を神族に誓います。それが正式な契約となります」

「ふーん。結婚みたいなものか」

「ええ。人間の言葉で言い表せば、それに近いですね」

 カチカチと音を立てながら、アルフェミアは真剣な顔で作業をしている。

「ところで、俺とアルフェミアって、仮契約なの? 正式契約なの?」

 なんの気なしに聞いたんだけど。

 ガリっという音がして、アルフェミアが作業をしていた俺の腹に、ものすごい激痛が走った。

「いてえっ! なっ、なにすんだよ、アルフェミア!」

「変なことを言うから、手元が狂ってしまったではありませんか。邪魔しないでください」

 被害者は俺なのに、なぜかアルフェミアは、今にも噛みつきそうな顔で、俺をにらんでいる。

「もちろん仮契約です。評価最低の機械戦士とタルフォードが、ギリギリで闘技場の参加資格に滑りこんだ。私たちの関係は、それだけです」

「いや、そうじゃないかと思ったけどさあ」

 アルフェミアは俺の言葉には答えずに、黙々と作業を続ける。

 よほど怒らせてしまったのか、結局、彼女がしゃべってくれたのは、翌朝、練習場に入ってからだった。


「機械的な問題は、全てクリアしたはずです。後は、クロード次第ですね」

 朝から練習場に入り、走り出そうとしていた俺の背中で、アルフェミアがそんなことを言った。

「ああ、わかっている。今日は止まってみせるさ」

 振り向いて笑ったつもりなんだけど、今の俺の顔は一つ目の鉄兜になっているので、うまく笑えたかどうかはわからない。アルフェミアは、相変わらず生真面目な顔で俺の方を見ているので、笑えていなかったのかもしれない。

 気を取り直し、腰を沈める。ギャリギャリと地面を噛み砕く音が響き始め、俺の体は前に向かって滑り始めた。その間、俺がイメージしていたのは、今の自分の体。生身じゃなくて、漆黒の鎧に囲まれた、機械になった俺の体。

 イメージはより具体的に、体全体から足へ、そして、足先から、足の裏にあるキャタピラへと伝わっていく。

 迫ってくる石壁。ぶつかれば痛いのは、もう何度も学習していた。

 俺のイメージ通り、キャタピラが、それまで回っていた方向とは逆の方向へ回る。

 足下で、爆発するように吹き飛ぶ土ボコリ。

 目は閉じなかった。

 目の前にあるのは、冷たい輝きを放つ石壁。

 俺の体は、見事に、石壁にぶつかる直前で止まっていた。

「やった! やったぞ!」

 嬉しくて、両手を振り上げて、俺は練習場の反対側で待っているアルフェミアの方に走った。

 今度も、足の裏のキャタピラが逆回転して、壁にぶつかる寸前の俺を、見事に停止させてくれる。

「止まれた。止まれたぞ、アルフェミア」

 手を挙げてガッツポーズを取る俺に、アルフェミアが満足そうに微笑んでくれた。

「おめでとうございます、クロード。ちゃんと止まれましたね」

「うん。アルフェミアのおかげだよ、ありがとう」

「いえ。私は義務を果たしただけですから」

 そう言いながらも、アルフェミアは照れ臭いのか、微笑んだままで頬を赤くしている。

 やっぱり、その微笑みもかわいらしかった。

 ひとしきり喜び合ったあと、アルフェミアは俺の足を触って、中にある機械の調子を確かめながら、つぶやいた。

「私たち、走る、止まるで大騒ぎですね。他の機械戦士が見たら、なんと言うことでしょう」

「俺たちに負けてから、畜生って言うさ」

「その自信だけは、感心します」

 そう言いながらも、アルフェミアは笑っていて。

 なんだか、最高の気分だった。


 練習、練習、練習。

 プルクトとの試合を前にして、走る、止まるができるようになった俺は、残された時間を全て、俺がやったことはモーターブレードをただひたすらに打ち振るうことに費やした。俺がいた世界ではない別の世界、俺のものではない機械の体、ビィーンと音を立てて震えて使いにくいモーターブレード。だけど、それが何だかすごく自然なことに思えて、俺は不思議で仕方なかった。

「ああ、そうか。俺は今、剣を振っているんだよな」

 二歳から木刀を振りながら過ごした毎日。

 兄貴に負けた一ヶ月前から、俺は刀を持ってはいけないことになったけど。

 その一ヶ月は、なんだかとても空しく過ぎて、まるで俺が俺じゃなかったみたいな時間だった。

 柄で擦れて細かい傷だらけになった黒い金属製の手の平。だけど、それさえも自分の剣ダコみたいに思えて、俺はとても充実した気分になれた。

「笑っているのですか、クロード?」

 ベッドに寝そべった俺の胴体の上にまたがって、なにかの作業をしているアルフェミアがそんなことを聞いてきた。うなずいた後、俺は最近、疑問に思い始めたことを聞いてみることにした。

「アルフェミア。おまえって毎日、俺の体のどこかをいじっているけど。機械戦士って、そんなに壊れやすいものなのか?」

 自分の部屋に帰ると、アルフェミアは必ず、俺の体をいじくり回している。今日は胸当てを外して、その中の機械をいじっているようで、寝そべった俺の顔の上に、アルフェミアの髪が垂れてきて、かなり恥ずかしい。

「壊れているわけではありません。しかし、機械戦士は動くだけで部品の配置にズレが出てきますから。そのズレを直すことも、タルフォードの重要な仕事です」

 カチン、カチンという金属の駒を金属の将棋盤に打ち合わせる音。アルフェミアは小さな部品を、器用に俺の胸にはめていく。作業はなかなか、終わりそうになかった。


 この世界で目を覚ましてから、五日目の朝。

 ついに、二回目の真剣勝負を迎えることになった。

 アルフェミアは試合だって言うけど、装甲に包まれていても、斬られたら痛いことに変りはない。

 俺の手首から、白い神経束を外しながら、アルフェミアが聞いてきた。

「調整に関しては、すべて終了しました。数値的な実力差は開いていますが、ミュンザの言うとおり、私はクロードの勝利を信じることにします。本当に、勝つつもりなのですね?」

「当たり前だって。実は信じてないだろ、アルフェミア?」

 手足の具合を試しながら、俺が意地悪く言うと、アルフェミアは横を向いた。

「私は現実主義者なのです。リーネのように、自分の実力を過大評価することも、パートナーの実力を盲信することもできません」

 リーネ。機械戦士エリフのパートナー。アルフェミアはずいぶん、嫌っているみたいだった。

「それじゃ、現実っていうものを見せてやるよ」

 ベッドの横に置かれたモーターブレードを手に取る。

 片面に金属製のカバーをかけられた刀身は、さらに厚く、重く見えて、頼もしく思えた。

 そして、一緒に置かれた大盾を持つ。裏側に二本の取っ手がついた盾は、思ったよりも軽くて、持ちやすかった。

「期待はしています。クロード。私の常識というものを打ち破って見せて下さい」

「まかせとけって」

 俺とアルフェミアは部屋を出て、闘技場の丸い試合場所へと続く、狭苦しい通路へ向かった。



 狭苦しい通路を抜け、ゲートを出る。

 ワァー、ワァー!

 変わらず俺を迎えるのは、波のようにうねる大観衆の声。

 向い側のゲートから出てきたのは、銀色に輝く六本腕の機械戦士プルクト。

 負けるつもりはさらさらないのか、手に持った六本の剣を波のように揺らめかせて、俺が来るのを待っているようだった。

 互いに武器を構え、ジリジリと擦り寄りながら、距離を詰める。

 お互いの顔がよくわかる距離になった時、プルクトが、大きな声で俺に呼びかけてきた。

「さて。今日は笑わせてもらいましょうか。練習場でも、サイカをずいぶんと楽しませてくれたみたいですから。私を仲間はずれにしては嫌ですよ」

「ああ。仲間はずれどころか、二度と俺の顔も見たくないような目に遭わせてやる」

 挑発合戦は、短く終わった。

 軽口を叩くくせに、プルクトの構える六本の剣は油断なく動いていて、俺に踏み込む機会を与えてくれない。

「一気に仕掛けるか?」

 アルフェミアに買ってもらった大盾を構えて、俺がどう攻めようか迷っている間に、プルクトが跳んだ。

 ビョンという感じの、バッタみたいな跳躍。

 それは本当に虫みたいな動きで、小さく左右に跳ねながら、プルクトは俺の方に向かって来る。

 気持ち悪い奴だなぁ。

 とりあえず、俺は時計回りに回りながら、プルクトを牽制することにした。

 走る、止まるの練習をしたおかげで、壁にぶつかるようなことはない。

 プルクトは、俺をからかうようにして、ビョン、ビョン、ビョンと反復横跳びしながら近寄ってくる。

 焦れた俺は、前に踏み出して、モーターブレードで斬りつけようとした。

 すると、それまで横に跳んでいたバルザークが高く上に跳んだかと思うと、空中でフワリとトンボ返りをして、そのまま斜めに降りながら、頭上から俺を襲ってきた。あわてて上に向かって盾を構えたんだけど。

「甘いですねえ、クロード」

 プルクトのその言葉と共に、盾の向こうから六本の銀の閃きが俺を刺し貫いてきた。

「ぐわっ!」

 盾の上に着地したプルクトに刺されたのだと感じて、俺はあわてて腕の上の虫野郎を振り払う。

 肩と脇腹、腕の横を刺された。じくじくとした痛みが、刺された場所から広がっていく。

「ひょいっと。危ない、危ない。勝負はこれからですから」

 俺の上から振り落とされたプルクトは、逆立ちで腕から着地すると、その場でまたトンボ返りをして立ち上がり、俺をあざ笑っていた。

 盾で防いだのに、なんで刺されたんだ?

 痛む体をだましながら、プルクトの手に持たれた六本の剣を見てみると、それはまるで陽炎のように揺れているようで、ステップを踏むプルクトと一緒に、俺を挑発しているかのようだった。

 やられっぱなしでいるわけにはいかない。

 盾を前に構えると、俺はプルクトに攻撃すべく、自分から突進していった。

 足の裏のキャタピラがギャリギャリと耳障りな音を立てて回転して、俺の体を前に向かって高速で運んでいく。プルクトが横に跳ぶのを見越して、俺も一気に体を横に倒し、相手が跳んだ方向に向かってモーターブレードを振り下ろした。

 ガシャリと音がして、金属のかけらが闘技場の地面に飛び散る。

 左手に広がる、焼けつくような痛み。

 俺はまた、プルクトに盾を構えている左手をやられた。

「やけになっては勝てません。正気になっても勝てません。さて、どうしますかね」

 そう言うと、プルクトは後ろに跳んで、俺から距離を取った。

「あの剣、揺れて見えるんじゃなくて、本当に曲がりやがるんだ」

 だから、盾越しに曲がって、俺を刺すことができる。盾を構えたら攻撃を防げると思っていたけど、その盾を飛び越して剣先が刺さってくるんだから、避けることなんてできやしない。

「使えないな」

 俺は左手に持っていた大盾を地面に落とすと、モーターブレードを正面に構えた。

 柄が短いので、両手では持ちにくかった。だけど、盾が視界を邪魔しないのは気に入った。

「盾が無駄だと気づいたのは、実にお見事。ですが、剣六本と剣一本。どちらが強いかはおわかりでしょう」

 俺はプルクトの言葉を無視して、一気に突き進む。

 プルクトは軽やかに跳ね回りながら、その手にした六本の銀剣で、俺の体を切り裂いていく。

 対して、俺が振る必殺を狙った渾身の一撃は、ブゥンと音を立てて、空を切るばかり。たまに惜しい一撃があっても、それはニ本か三本に組まれた剣の柵で受け止められてしまう。

 一撃も食らわすことが出来ない。

 左腕が動かなくなり、胴体にいくつも深い傷が走り、足の動きもおぼつかなくなってきた。

「無駄ですよ、クロード。身の程というものをわきまえなさい」

 このまま負けたら、いつ吉乃さんに会えるか、わかんなくなっちまうんだよな。

 体中に走る痛みでかすんできた目を見開くと、俺はプルクトの動きをよく観察した。

 ピョンピョンと上下左右自由自在に跳ね回る足。不自然な方向にまで回る六本の腕。

 まるで本当に虫みたいで、非常に気分が悪い。

「虫退治って、どうやってやるんだっけ……?」

 そう思った俺は、闘技場の一角に落ちている、あるものを見つけて、いいことを思いついた。

 

「いくぞっ!」

「最後の攻撃というわけですか。さほど面白くはありませんでしたが、その潔い態度はお見事。派手に散らしてあげましょう」

 わざと大声を上げて突進する俺がヤケになったと見たのか、プルクトは陽炎のように六本の剣を揺らめかせながら、俺を挑発する。右に左に跳ぶ奴に合わせて、俺も左右に体を振り、身を沈めながら、プルクトの動きを追う。確かに動きは速いけど、ついていけないわけじゃない。問題なのは、あっちの攻撃を止められず、こっちの攻撃は止められちまうってことだけだ。

「あきらめが悪いのはよろしくない。とどめをさしてあげましょうか」

 プルクトの兜、哀しみの笑顔を浮かべるピエロが、俺の方を向く。

 六条のきらめきに対して、俺が取った行動は、モーターブレードを相手に向かってブン投げることだった。

「うわっ! なんと不作法なっ!」

 エンジン音を響かせながら回転して飛んでいくモーターブレード。俺のいきなりの行動に焦ったプルクトに、大きな隙ができた。その間に、俺はさっき地面に落とした大盾を拾い、

「こっのやろうっ!!」

怒鳴りながら、体をすっぽりと隠せるような大きな盾で、プルクトの脳天をぶっ叩いた。

 ゴワーンっという鐘を鳴らすような音。酔っぱらったように揺れるプルクトの体。

「なっ、なにをする……」

「うっせえ!」

 俺は勢いづいて、プルクトをボコボコに叩きまくった。

 バコン、バコンという、打楽器のような調子のいい音が闘技場に響く。

 うむ。やっぱり虫退治はハエ叩きに限るぜ。

 これなら、剣で止めようがないもんなあ。

 俺があんまり調子に乗って叩きまくったので、ついに、プルクトは大の字になって地面にぶっ倒れた。

 潰れた虫のように地面に倒れたプルクトを見下ろして、俺は辛くも勝ちを収めたことを確信した

 


「勝ったぞ、アルフェミア!」

 傷だらけの両腕を上げてガッツポーズを取る俺を、

「おつかれさまでした、クロード。見事な勝利です」

アルフェミアは生真面目な表情で出迎えてくれた。

「アルフェミアの買ってくれた盾、ものすごく役に立ったよ。いやー、危なかったぁ」

 試合が終わったばかりでまだ興奮している俺のそばに、アルフェミアがやって来る。

「左腕の傷が深いようです。すぐに修理をしなくてはいけませんね」

「治りそうか?」

「まかせください。修理に関しては自信がありますから」

 傷だらけになった俺を支えながら、誇らしそうに胸を張るアルフェミア。その姿はなんだかとても頼もしくて、この世界で最初に出会った人がアルフェミアでよかったと、本当に思った。

「こら、クロードっ! 卑怯者のくせに、何をガッツポーズしてんのよーっ!」

 そう。この口やかましいガキんちょじゃなくて。

 三つ編みのガキんちょ、紅蓮の騎士エリフのタルフォードであるリーネが俺たちに近寄ってきて、金切り声で文句を言ってくる。

「リーネっ! クロードのことを卑怯者呼ばわりするのは止めなさいっ!」

 アルフェミアも進歩がなくて、俺を支えながらリーネに怒鳴り返す。

「絶対、卑怯よ。剣を投げつける、盾でブン殴る。どこが機械戦士の戦い方よ」

「ルールには違反していません。クロードの勝利は正当なものです」

 いや、まあ、我ながら、刀を持つ者の戦い方じゃないとは思うけども。

「俺は勝たないと困るんだよ。勝ち方にこだわっていられないんだ」

 そうしないと吉乃さんにも会えない、人間にも戻れない、家にも帰れない。

「うるさい! あんたのせいで、エリフがどうなったか知っているの?」

 そういや、今日は保護者の姿が見えないな。赤い鎧の機械戦士はどこに行ったんだろう。

「私たちには関係のないことです。行きましょう、クロード」

「ちょっと待ってくれよ、アルフェミア。俺のせいで怪我が悪化したとかだったら」

 アルフェミアはリーネをにらみつけると、俺の体を支えて、部屋に向かって歩き出してしまう。

「おーい、アルフェミアってば」

「クロード。あのような者の言葉に耳を貸してはいけません」

 結局、わけのわからないまま、俺は部屋まで連行されてしまった。

 

「まさか死んだんじゃないよな、エリフの奴」

 ベッドに腰掛けた俺は、少し不安になってアルフェミアに尋ねた。

「今日の試合に負けて、また順位を下げただけです。原因は、リーネの整備不良。自分の腕の悪さ、努力の足りなさを棚に上げて、クロードを悪く言うなど、絶対に許せません」

 まだ怒っているのか、アルフェミアは白い頬を紅潮させている。

「整備不良? もしかして、リーネって整備が下手くそなのか?」

「紅蓮の騎士エリフと言えば、一時期は中央に登るのではないかと期待されていた機械戦士でした。それが、リーネという愚かなタルフォードにつかまったばかりに、地方の闘技場でも敗北を重ねるようになってしまったのです。どんなに強い機械戦士でも、タルフォードが駄目なら勝てない。そのいい見本です」

 そう語るアルフェミアの言葉はとても辛辣で、本当にリーネのことを嫌っているようだった。

「そもそも、あのようなタルフォードが、速さを機械戦士に与えることができるとは言え、試合に参加する資格を得ていることに問題があるのです。今日の試合が始まるまで、四日も時間がありました。いくらクロードから受けた攻撃が強烈だったとはいえ、修理する時間は充分にあったはずです。エリフもエリフです。なにが気に入ったのかは知りませんが、過去の敗戦をいつまでも根に持って、相手の機械戦士を罵倒するようなタルフォードと、いつまでも一緒にいるなど……」

 俺は、アルフェミアが悪口を言っている姿は嫌いだった。

 だから、何も答えずに、じっとアルフェミアの顔を見つめ続けた。

「あの、なんですか、クロード?」

 赤い一つ目で、アルフェミアを、静かに見つめる。

 興奮し過ぎていたことに気づいたのか、アルフェミアは恥ずかしそうに咳払いをした。

「今は、左腕の修理を急ぐことが先ですね。見苦しいところを見せてしまいました」

 その言葉にうなずくと、俺は傷だらけになった左腕を差し出した。

 慣れた手つきで、アルフェミアは、俺の左肩から先を外してしまう。

 ひび割れた装甲に小さな金属片を押し当て、丁寧に修理をしていくアルフェミアの背中は、なんだか縮こまっているように見えた。

「なあ、アルフェミア。この街……ミストリエって名前だっけ? ここは田舎なのか?」

 間が持たなくなってきたので、俺は別の話題を振ってみることにした。

「はい。このファラネー国は森に囲まれた国土で、材木以外は何も資源が採れない小国です。首都で開催されているとは言っても、地方大会と変わらない規模だと思います」

「アルフェミアは、この国で産まれたのか?」

「はい。故郷はミストリエではなく、もっと辺境にある村ですが。村からタルフォードになることができた者は私一人だったので、村の人々はとても喜んでくれたものです」

 作業を続けながら、アルフェミアはゆっくりと自分の村のことを語る。

 その表情はとても暖かくて、俺も優しい気分になれた。

「だったら、俺が優勝なんかしちまったら、村をあげての祭になるかな」

「そうですね。みんな、きっと大喜びしてくれると思います」

 体中にできた傷痕。それを修理するアルフェミアと一緒に、俺はずっと彼女の故郷のことを話していた。

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