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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
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第三章 『機械戦士』

 ゲートを抜けて、狭苦しい通路を抜けると、

「おつかれさまでした、クロード。見事な勝利です」

通路の先で俺を待っていたアルフェミアが、生真面目に頭を下げてきた。

「約束だろ、アルフェミア。教えてくれよ、ここがどこなのか? なんで俺が、こんな鎧を着せられているのか? それから、探さないといけない人がいるんだ。警察署が近くにあったら、そこに案内してくれ」

 俺が警察署という単語を口にしたところで、アルフェミアは不思議そうな顔をした。

「なにが近くにあったら、ですか? よく聞き取れませんでした。もう一度、お願いします」

「だから、警察署。お巡りさんがいる警察。落とし物とか届けるところ」

 わかりやすく説明したつもりだったけど、アルフェミアはますます不思議そうな顔で、俺の顔を見返すばかりだった。

 こいつ、日本人じゃないのかな?

 だけど、きれいな日本語を喋っているし。

 でも、なんか、やたらに線が細くて腰の位置が高いから、体型は日本人っぽくない。

 というか、ここは日本じゃないのか? 

「約束については、必ずお答えします。ですが、まだ一つ、やってもらわないといけないことがあります」

「なんだよ」

 さっぱり要領を得ない俺がふてくされて答えると、アルフェミアはまた、俺の手を引いて歩き出した。

「また試合させられるのか? あれ、試合じゃなくて真剣勝負だったぞ」

「自分が何者なのか、早く確かめたいのでしょう。それなら、急いで下さい」

 丁寧だが有無を言わせない口調のアルフェミアは、俺の手を強引に引っ張って、俺をどこかに連れて行った。

 

 

「うわっ」

 予想もしなかった光景を見て、俺は思わず声を上げた。

 アルフェミアが俺を連れて行った大きな広場の中は、今の俺みたいな鎧を着た連中で混雑していた。

 百人ぐらいはいるだろうか。

 みんな、様々な格好をした女性を横に連れていて、部屋の中央にある巨大な置き物をながめている。

「なあ、アルフェミア。あれはなんだ?」

「さっきから、質問ばかりですね」

「しょうがないだろ。わけがわかんないんだから」

 文句を言いつつ、俺が指さしたのは、部屋の中央に置かれている巨大な置き物。

 天球儀っていうんだろうか。

 細い一本の棒が天井に向かって伸びていて、そこを軸に、何本もの輪が宙に浮かんでいる。輪の一つ一つにはキラキラと輝く宝石が無数にはめこまれていて、目が吸いこまれそうになるほど美しい。

 輪が形作っているのは、一つの大きな球。

「あれはサークルカウンター。見て下さい。今、あなたの順位が動きます」

 アルフェミアがサークルカウンターと呼んだ、大きな宝石の天球儀は、一番外側にある真っ黒な宝石を輝かせた。輝いた宝石は、どういう仕組みになっているのか、独りでに動きだし、輪の中を滑っていく。

「順位っていうのは?」

「クロードは、この闘技場では一番低い評価を受けていました。しかし、先ほど、紅蓮の騎士エリフと戦って勝利したので、評価が上がったのです。見て下さい。サークルカウンターの宝石の位置が変わります」

 紅蓮の騎士っていうのは、さっきの赤い鎧野郎のことなんだろうか?

 思いっきり、胸板を蹴っちまったからなぁ。

 大丈夫かな、死んでないかな。

 俺がそんなことを思っていると、音もなく滑っていた真っ黒な宝石は止まり、止まった場所にあった赤い宝石が今度は真っ黒な宝石が滑っていったのとは逆の方向へ滑っていく。よく見ると、俺が何本も輪がはまっていると思ったのは目の錯覚で、実際には一本の細長い金属の板が、サークルカウンターと呼ばれる球の中心から外側にむかって、円を描いて何重にも回っているようだった。赤い宝石が滑っていくのは外側の方。

「あーっ!」

 赤い宝石が滑っていくのを見て、俺の背中から悲しげな悲鳴が響くのが聞こえた。

「ひどいよ、エリフ。あんな汚い手で負けたのに。順位が落ちちゃっている」

 エリフって、赤い鎧野郎だよな。

 俺が振り返ると、そこにはさっきまで俺と戦っていた赤い鎧野郎と、鮮やかな緑色の髪を三つ編みにした女の子がいた。法衣って言うんだろうか。裾が床まで伸びた、ゆったりとした淡い水色の服を着ている女の子は、俺と同い年くらいのアルフェミアより幼く見えた。つまり、俺から見たら、ただのガキんちょ。

「剣を飛ばされたら負けでしょ! なんで、あきらめないのよっ!」

 そいつはキンキンと響く金切り声で、自分勝手なことを俺に向かって怒鳴ってくる。

「なにが汚いというのですか、リーネ? クロードは徒手空拳の不利な状態で見事な判断を下し、立派な勝利を得ました。負けたのは、あなた方の油断です」

 リーネっていうのか、この子。

「うっさいなぁ。あたしは、このデクノボウに文句を言っているんだから、ペチャパイが邪魔しないでよ」

「先ほどの抗議と、私の胸の大きさと何の関係があるのですか。それに、リーネに肉体のことで文句をつけられたくはありません」

 お子様体型のリーネと、ブラジャーが必要ない体型のアルフェミアが、とても不毛な喧嘩をしている。

 周りの連中が、物見高そうに様子を見物しているので、かなり恥ずかしかったりする。

「おい、二人とも止めろよ。こんなところで喧嘩するなって」

 俺がそう言って止めると、リーネの緑色の目と、赤い鎧を着たエリフの白い目が、大きく見開かれた。

「デクノボウがしゃべった?」

 驚いた顔をしているリーネ。エリフも、赤い兜をかぶっているので表情はよくわからないんだけど、驚いているようで、なにも言わずに、俺の顔を見ている。

 どうも見物をしていた周りの連中も、俺が言葉を話していることに驚いているようだ。

「デクノボウではありません。機械戦士クロード。それが、この人の名前です」

 なぜか胸を張って、アルフェミアは、俺の横で満足げに言葉を続けた。

「そもそも、エリフほど実力がある機械戦士が勝てないのは、タルフォードのあなたが、きちんと自分の仕事をこなしていないからです。クロードは初陣を飾ったばかりですが、私は自分の責任を果たしました。敗北して順位が下がった主な原因は、あなたにあるはずです」

「ふえっ」

 アルフェミアに指を差されて、きついことを言われたリーネは、泣きそうな顔になっている。

「おい、やめろって。この子、泣きそうになっているじゃないか」

 見かねた俺がアルフェミアを止めると、彼女は思ってもみない大声で、俺の方に噛みついてきた。

「何故、止めるのです! だれが見ても見事な勝利でした! それを卑怯などと言われて黙っていられますか!」

「わかった。それはわかったから。勝負はもうついたんだから、それを台無しにするようなことを自分でするな。ほら、赤いあんたも。俺、こいつを止めているから、その子をどっかに連れて行ってくれ」

 俺がそう言うと、赤い鎧を着たエリフは一度だけ頭を下げて、床を見つめているリーネの手を取った。

「すまなかった。順位の確認に来ただけなんだが」

 無惨にへこんだ赤い胸当て。

 平気そうな顔をしているが、リーネがあんなに怒っているところから見ると、軽い傷ではなさそうだった。

「なあ、あんた。その傷は大丈夫か?」

「平気だ。今回は不覚を取ったが、剣で遅れを取ったわけではない。次は負けないぞ」

 笑っているのだろうか。

 エリフの赤い兜の奥で白く光る、丸い瞳。虚ろだと思っていたそれが瞬いて、俺はエリフが笑ったように思った。

「そーだよ! エリフは絶対に卑怯な手なんかで負けないからねっ!」

 さっきまで泣き出しそうだったリーネが、強気の声で叫ぶ。

「まだ言うつもりですかっ!」

「おい、止めろって」

 今にも、リーネの三つ編みの髪を引っ張り出しそうになったアルフェミアを、俺はあわてて押さえた。

 その間に、エリフとリーネの二人は、俺たちの前から立ち去っていった。



「クロード。あなたの先ほどの対応はおかしいです。勝利を得たのですから、それを誇りこそすれ、その価値を落とすような意見を否定しないとは……」

 とりあえず、最初に目を覚ました場所、部屋と呼ばれていた場所にもどった俺は、まだ怒りが収まっていないアルフェミアの愚痴を聞いていた。そして、いつまで経っても、その愚痴が終わりそうにないので、口を挟むことにした。

「なあ、アルフェミア。俺に愚痴をこぼす前に、することがあるんじゃないか?」

「愚痴ではありません。これは正当な意見です」

 まだ、なにか言い続けようとするアルフェミアの顔を、俺は非難のこもった目で見つめた。

「なっ、なんですか、その目は?」

 じっと見る。

 こいつ、顔はかわいいかもしれないけど、人の言うこと聞かないし、自分勝手だし、すぐ切れるし。

 さっきのリーネっていう女の子、そりゃ言っていることは理不尽だったかも知れないけど、泣きそうになっていたじゃないか。それなのに、まだ文句を言うなんて、こいつ、思いやりがないよなぁ。

 おとなしくて優しい吉乃さんとは大違いだ。

 なんていうか、子供なんだよ、こいつ。

 話し方は、なんか女の先生みたいでオバさんくさいんだけど。

「えっと、確か、何か約束があったような」

 おいおい、忘れんなって。

 人に斬り合いさせておいて、後は知りませんかよ。

 俺が黙っていると、アルフェミアはようやく合点がいったようで、ポンと手を打った。

「そう。質問に答えると約束していました。確か、ここはどこか、という質問ですね」

「それだけじゃないけどさ」

 椅子もないのでベッドに腰掛ける俺と、壁を背にして俺の方を見ているアルフェミア。

「ここはファラネー国の首都、ミストリエの闘技場になります」

「はぁ?」

 そんな国、世界地図にあったっけ?

 いや、アフリカとか東欧にはあるかもしれないけど……いや、ないような。

「ここ、日本じゃないの?」

「ニホン?」

 自由に日本語を喋っているくせに、アルフェミアは俺の言っていることがわからないと首を傾げた。

「クロード。先ほどから、あなたのしゃべっている言葉には意味不明な単語が含まれています」

 またクロードと呼ばれて、俺はうんざりしながら答えた。

「だから、俺はクロードなんて名前じゃないって。俺の名前は武上直人。もう卒業式が終わったからいいけど、高校の入学式までには帰れるんだろうな? いや、そんなことよりも吉乃さんだ。吉乃さんはどこだ?」

「何を言っているのですか、クロード?」

 俺が言っていることがわからないことの連続だったらしく、アルフェミアはまた難しい顔をする。

 と言うより、俺、クロードなんて名前じゃねえっての。

「覚醒したばかりで混乱しているのはわかりますが、もう少しわかりやすくしゃべって下さい。クロードの話す言葉は、私にはわからない単語が多く含まれています」

「そっちこそ、意味わかんないって。いいから、吉乃さんを出せよ」

「ヨシノ? ですから、それは人の名前ですか? そういった名前のタルフォードは、本大会には登録をしていないはずです。よって、この闘技場の中にはいません」

 あー、さっぱり話が通じねえ。

 いいや、もう。

「ここに吉乃さんはいないの? それだったら、俺、自分で探しに行くから。とりあえず、出口だけ教えてくれないか?」

 警察も知らないっていうし。確か、大使館とかいうところにいけばいいのか?

 でも、こいつら、さっきの赤い鎧の奴も、リーネとかいうガキんちょも日本語喋っていたし。絶対に日本だと思うんだけど。

 だが、アルフェミアは俺の言葉に、冷たい表情で首を横に振った。

「クロードは闘技大会に参加しています。ですから、出口を教えたりはしません」

「なんだよ、それ。いいよ、自分で探すから」

 俺が部屋から出ようとすると、アルフェミアは俺の前に両手を広げて立ちふさがる。

「駄目です。通しません」

 あれ?

 こうやってみると、俺と同い年ぐらいなのに、アルフェミアって、ずいぶんと背が低いんだな。

 俺の胸ぐらいまでしか身長がないのに、それでも顔を真っ赤にして頑張っているアルフェミアを見ていると、俺は急に怒る気をなくしてしまった。

「わかったよ」

 俺は再びベッドに腰かけて、アルフェミアに呼びかける。

「駄目です。絶対に駄目ですったら」

「だから、わかったって言っているだろ。とりあえず、この変な鎧を脱ぐから。手伝ってくれ」

 まだ俺が部屋から出て行くと思いこんでいるアルフェミアに、もう一度呼びかけると、彼女は本当に不思議そうな顔をした。

「鎧を脱ぐ? なんのことですか?」

 こいつ、なにを言ってんだ? と思っているのが、露骨にわかるぐらい。

 やっぱり日本語が通じてねえのかなあ。

 そう思いながら、俺はエリフに斬りつけられて割れた、左の肩当てに手を当てた。

 カラスのクチバシみたいな形の肩当ては、俺の肩の上に軽く引っかけてあるだけみたいなので、引っ張ったら取れるだろうと思った。

 キィキィという金属同士がこすれ合う、耳障りな音が響く。

 しばらくがんばった後、俺はこの肩当てがどうやっても取れないことに気づいた。

 どうやって着せたのかわからないけど、留め金が硬いとかそういう問題じゃない。肩にぴったりと貼り付いているというよりは、むしろ肩そのものという感じで。

 肩当て以外にも手とか足とか引っ張ってみたんだけど、どこも脱げやしない。

「なにをやっているのでしょうか、クロード?」

 相も変わらず、俺のことをクロード、クロードと呼ぶアルフェミアは、背をもたれていた壁から離れて、ベッドに腰かけている俺に近寄ってきた。

「鎧の脱ぎ方を教えてくれないか? これ、どうやっても脱げないんだ」

「脱ぐと言われても。もしかして、こういうことでしょうか?」

 そう言いながら、アルフェミアは俺の左肩に手を当てる。

 わっ、柔らかいな、こいつの指先。

 黒い肩当て越しなのに、なぜかアルフェミアの細い指の感触がわかってしまって、俺は変に意識してしまう。

 そして、その一瞬後、ドキドキはドッキリに変わることになってしまった。

 ゴトリという、なにかが外れる音。

「修理は私の仕事です。クロードが手をわずらわせることはありません」

 生真面目な顔で言う、アルフェミア。その腕が抱えているのは、肩当てごと取れた俺の左腕。

 そう。左腕は脱げたのではなく、俺の左肩からごっそり無くなっていたわけで。

「うわぁぁあああああああああっ!」

 アルフェミアが抱えている自分の左手を見て、俺は絶叫した。


「クロード、どうしたのですか? 落ち着いてください」

 悲鳴を上げる俺を見て、アルフェミアはあわてている。

 俺が驚くのは当たり前で、でも、アルフェミアは俺がなにを驚いているのか、わからないと言った様子で、俺の左腕を抱えたまま、俺の顔を見ていた。

「だっ、だって、俺の左腕がっ!」

「はい。ここにあります。私が抱えています」

 そういう問題じゃなくって! 丸ごと取れちゃったんだってっ!

 ずれたことを言うアルフェミアに怒鳴りそうになったところで、アルフェミアは抱えていた俺の左腕をまた、俺の左肩に当てた。

 ガコンという、金属製のフック同士が合わさるような音。

「えっ?」

 外れたはずの俺の左腕がくっついている。

「どうなってんだ、これ?」

 怖々と左腕を上げてみると、それは俺の思い通りに、黒い籠手をつけたままで上がってくれた。

「はい。左腕の部分を外してみただけです。破損したのは外部の装甲だけで、中の部品には影響がないようですね。すぐに修理することができます」

「部品とか修理とか……俺、機械じゃないんだからさ」

「いいえ、クロード。あなたの体は機械で出来ています。ですから、部品を修理するという言葉で正しいです」

 アルフェミアの淡々とした答え。

「変なことを言うなよ」

 そう言って笑おうとして、俺は笑えなかった。

 簡単に取れた俺の左腕。そして、それはまた簡単にくっついて、普通に動いている。

 そこで、部屋の壁に立てかけてあった大きな鏡に目が止まった。

 鏡に映ったのは、フルフェイスの鉄兜を被せられている俺の顔。

 兜の面当てと頬当ての間、その奥にあるはずの俺の瞳は、大きな赤色の光が一つ、真ん中でぼんやりと光っているだけだった。

 一気に、全身の血の気が引く。

 おかしい。

 絶対に、おかしい。

 ここは日本どころか、地球でもないのかもしれない。

 異世界。

 俺が知らない場所、世界に、俺はいる。それも、たった一人で。

 そう思い始めて、俺はすごく怖くなった。

「なあ、アルフェミア」

「はい。なんでしょうか、クロード?」

「この世界のこと、きちんと最初から教えてくれないか」

 頼れる人は、俺の目の前で足先をそろえて立っているアルフェミアしかいなかった。

 

 

 機械戦士。

 機械で造られた戦士ではなく、機械になった戦士。

 この世界、名前なんてないそうだけど、ここではそういう者たちがいる。

 ほんの少し昔、アルフェミアが生まれるよりも前まで、この世界では悪い竜がいた。

 そいつらと戦うために、機械戦士というのは造られた、いや、生まれたらしい。

 俺は、クロードという名前の機械戦士だそうだ。

「あなたの体は、脳と脊髄、神経の一部を除いては、全て機械で構成されています。階級は重量級機械戦士。所属国はなく、自由枠で、今回催されたファラネー国の闘技大会に参加しています」

「俺、改造してくれなんて頼んでない」

 冷静に事実だけを述べているだろうアルフェミアに、俺は呆然と答えるしかなかった。

 機械になっちまったって?

 俺の手も、足も、目も、耳も。体全体、どこもかしこも?

 体を曲げて、足の裏を見てみると、確かに、俺の足にはキャタピラのようなものがついていた。さっき、赤い鎧の機械戦士エリフと戦った時、走ろうとしたらギャリギャリと音を立てて体が滑っていったけど、それは、このキャタピラが回転して、俺を運んでいたらしい。

「何を嘆くのですか、クロード? 機械戦士になるということは最高の名誉なのですよ」

「頼んでないっ! それに、俺はクロードじゃないっ! 武上直人だっ!」

 俺は叫んでいた。

 泣きたかった。

 河原で吉乃さんといたはずの俺は、いきなり、わけのわからない世界に飛ばされて、知らないうちに機械の体に造り替えられていた。

 そんなことあるはずがない。現実じゃないと思っても。

 鏡に写る俺の瞳は、真ん中に大きく一つ、ぼんやりと赤く光っているだけで。

 まるで、俺をあざ笑っているようだった。

 静かに、アルフェミアが俺に近づく。

「なんだよ」

「肩の装甲の修理をします。クロードの左腕を渡して下さい」

 そう言うと、アルフェミアは俺の返事も聞かずに、さっきの要領で俺の左腕を外し、その腕を抱えたままで、俺の横に腰掛けた。

「私には、あなたがなにを悲しんでいるのか、わかりません」

 俺の一つ目を、アルフェミアの黒い瞳が見つめる。

 口調は淡々としていて冷たかったけれど、その瞳の色が、俺のことを心配してくれているのがわかってしまって、俺は、なにも言えずに黙り込んでしまった。

「私もあなたと同じ、機械になった者です。ですが、そのことは私にとって誇らしいことであり、決して、悲しいことではありませんでした」

 機械だって?

 俺の横に座るアルフェミア。

 その細い肩に流れる、青とも黒ともつかない不思議な色の髪の毛からは、女の子特有の甘い香りが感じられて、とても機械だなんて思えなかった。

「タルフォード。機械戦士の対となる者として、人間の女性から造られた存在。それが私です」

「でも、アルフェミアは機械になんか見えないぞ」

 俺は正直に、自分の思ったことを言った。

「はい。外見上は、私が人間であった時と変化がありませんので。ですが、私の脳、神経、筋骨格、内臓、表皮にいたるまで、全ては機械で出来ています。正確には、機械と生体が混ぜ合わさった状態だそうですが。機械の体になったということでは、クロードと変わりはありません」

 そう言うアルフェミアの黒い瞳は、人間そのもので、俺はとても信じられなかった。

 だけど、嘘はついていない。

 それは、アルフェミアの瞳が教えてくれた。

「これじゃ、吉乃さんを捜し出せても、一緒に帰ることなんて出来ないな」

 絶望が、俺にそんなことを言わせた。

 右の手の平を見てみる。

 複雑に曲げられ、つなぎ合われ、加工された黒い金属の集まり。

 それは生身の体と同じように、俺の動かしたいように動いてくれるけれど。

 木刀を振って出来た剣ダコは、もうどこにもなかった。

 あるのは、真っ黒な金属でできた、俺の手の模造品。

「それがあなたの望みなのですか、クロード?」

 しばらくして。

 俺の左腕から割れた肩当てを外し、レンズのようなもので丹念に肩当ての傷を調べていたアルフェミアが、手の平を見つめていた俺に問いかけてきた。

「吉乃という人物を捜し当て、人間の体に戻り、あなたの故郷に帰ること。それが望みなのですか?」

 抑揚も感情もこもっていないアルフェミアの言葉に、俺は黙ってうなずいた。

 戻りたい。

 親父がいて、母さんがいて、兄貴がいて。そして、吉乃さんがいた場所。

 俺の家に戻りたい。

 アルフェミアが俺の顔を見つめる。

 なにも感情の色を現わさない黒い瞳。

 だけど、それは確かに、俺のことを心配してくれていた。

「方法はあります。あなたが人間に戻り、吉乃という人物を連れて、故郷に帰る。ですが、それはとても困難なことです」

「教えてくれ、アルフェミアっ!」

 突然、俺の横に現れた希望の言葉に。

 俺は思わず、大きな声を上げていた。



「あなたの望みをかなえる。そのためには、闘技大会で優勝すればよいのです」

 アルフェミアは、やっぱり淡々とした声で、そう俺に告げた。

 闘技大会って、今、俺が参加しているんだっけ。

 さっき、吉乃さんを探しに外に出ようとしたら、アルフェミアが、闘技大会に参加しているから駄目です、って、すごい剣幕で止めたもんな。

「そうか。優勝すると、俺は人間に戻れるわけ?」

 俺がそう聞くと、アルフェミアは首を横に振った。

「そうではありません。ですが、闘技大会で優勝すれば、開催している神が優勝した者の願いをかなえてくれる約束になっています。人間に戻りたい。誰かを捜して欲しい。故郷に帰りたい。どんな願いであってもです」

「神? 神様って、本当にいるの?」

 間が抜けた質問をする俺に、肩当てにできた裂け目に金属の破片みたいなものを詰めようとしていたアルフェミアは、静かにうなずいた。

「当然です。神、一般には神族と呼ばれますが、彼らは遥かな昔に、空を飛ぶ船で遠い国から、私たちが暮らしている大陸にやってきたそうです。神族は一人一人が偉大な力を持ち、人間を苦しめていた悪い竜を倒すために立ち上がってくれました。そればかりでなく、私たち人間自身も竜と戦うことが出来るようにしてくれたのです。機械戦士、タルフォード。全ては、神族によって人間から機械の体を与えられた者たちです」

 一息にしゃべってしまうと、アルフェミアは金属の破片を肩当ての裂け目に押し込んだ。すると、その破片はまるで粘土のようにグニャリと曲がり、裂け目の中に入ってしまった。

「この大会を開催している神は、ファラネー様。昔、この地で機械戦士を率いて銀竜ペリュナイムを倒した方です。直接、その御姿を見たことはありませんが、背中に四枚の翼を持つ、とても美しい方だそうですよ」

 アルフェミアはそう言いながら、小さな金属の破片をいくつも肩当ての裂け目に押し込んで、きれいに直していく。

「つまり、俺がさっきみたいに闘技場で機械戦士たちに勝って、今、参加している闘技大会で優勝してしまえば、そのファラネーっていう神様が俺の願いをかなえてくれるわけだ」

「神族を呼び捨てで呼ぶのは止めてください、クロード。とても失礼です」

 アルフェミアは作業を続けながら、俺に注意する。

 そして、溜め息をつきながら、こう言った。

「クロード。喜びに水を差すようで申し訳ないのですが、この大会であなたが優勝するのは、まず無理と思ってください」

「なんでだよ? やってみなくちゃわからないって」

 そうだよ。

 俺はさっさと優勝して、人間に戻って、吉乃さんを連れて、元の世界に帰るんだ。

 毎日、木刀を振って、剣ダコを指に作って、親父に怒鳴られ、兄貴にアザを作られて、吉乃さんに優しい言葉をかけてもらっていた、あの場所に帰る。絶対に。

 作業に没頭していたアルフェミアの顔が、俺の方を向いた。

「サークルカウンターを一緒に見に行きましたよね」

「ああ。あのキラキラ光る、綺麗な飾り台みたいなやつだろ。闘技大会での順位を表しているそうだけど」

「はい。闘技大会で機械戦士が戦うことを許されている回数は九回。仮に、クロードがこの大会で優勝すると考えた場合、残りの八試合を全て、自分よりも実力の高い者たちと戦って勝利しなければならないということになります。そんなことは不可能です」

 宝石の色と言われて、俺はさっき、アルフェミアと一緒に見たサークルカウンターを思い出した。滑らかに転がっていく黒い宝石。あれが中心に近づけば近づくほど、優勝に近づくということなんだろう。

「できる。優勝して、俺は家に帰る」

「無理です。そういった前例は、過去にありません」

 断言する俺に、アルフェミアはなぜかムキになって言い返してくる。

「いいですか、クロード。機械戦士という者の強さは、その体を構成している機械の性能、持っている武器の性能、それらを操る戦士自身の強さ、パートナーであるタルフォードの性能。その全てが関わってきます。もしかしたら、あなた自身は強いのかもしれません。しかし、あなたを構成している機械は大会で参加している機械戦士たちの中でも最低ランクのもの。武器もメタルソードが買えなかったから、私が間に合わせで作ったモーターブレード。これで優勝など考えるのは、無謀を通り越して、どうかしています」

 アルフェミアはまた、一息で俺を説得しようとしてきたが、俺はそんなことを聞いちゃいなかった。

 とにかく、早く優勝することしか考えていなかったから。

「この黒い剣、モーターブレードって言うのか?」

 俺とアルフェミアが座っているベッドの横、専用の置き台に鎮座している、柄の代わりにエンジンが付いた、無骨な黒い大剣。チェーンソーもどきのじゃじゃ馬。

 これが、俺の剣なんだ。

「はい。斬れ味はメタルソードに劣りませんが、重くて振動が激しく、あまりいい武器ではありません」

「アルフェミアが作ってくれたんだよな」

 ノコギリ刃が出ていないモーターブレードの刀身に指を滑らせながら、俺はたずねた。

「間に合わせの急造品に過ぎません。紅蓮の騎士エリフとの戦いでも、クロードに無用の傷を負わせてしまいました」

 アルフェミアの頬が赤く染まる。

 もしかすると、自分が作ったモーターブレードのことを恥じているのかもしれない。

「俺は、このモーターブレードで優勝するよ、アルフェミア」

「なっ!?」

 いきなり、アルフェミアが大きな声を出したので、俺は驚いてしまった。

「なっ、なにをいきなり、変なことを言うんですかっ!」

 変なこと言ったっけ、俺?

 まあ、いいや。とにかく、このチェーンソ-もどきの問題点から解決していかないと。

「悪い武器じゃないと俺は思う。まず、こっちの俺に向かって刃の列が回ってくる側の刀の背に、カバーか何か取り付けられないか。そうしたら、さっきみたいなことはなくなると思う」

 弾いたと思ったエリフの剣が、俺に向かって飛んできたもんなあ。

 このままだと、危なっかしくてしょうがない。

「片刃にするということですか? しかし、それでは不便になってしまいますが」

「いいって。どうせ、俺が練習していた刀も片刃だったんだから」

 本当のことを言うと、木刀だから、刃なんかついてないんだけど。

 一回だけ、兄貴と勝負した時に、真剣を使ったことがあったっけ。あれは日本刀だから片刃だった。

「そちらの方が使いやすいというのであれば、言われた通りに改造しておきますが」

 アルフェミアが不安そうな顔をするので、俺は笑って言った。

「心配するなって。ちゃんと結果を出して見せる。アルフェミア、おまえは無理だって言ったけどな。きっと、驚かしてみせるぜ」

「だから、どうして平然とした顔でそういうことを……」

 なぜか顔を真っ赤にしたアルフェミアは、両手で自分の顔を覆って、うつむいてしまった。

 

 

 ふてくされて河原で寝ていた俺は、吉乃さんと大事な話をしていた最中だったのに、いきなり真っ暗な穴に落ちて、ヘンテコな世界に飛ばされてしまった。

 神隠しっていうのか、なんて言うのか。

 目覚めた俺の体は勝手に機械仕掛けに改造されていて、問答無用で真剣勝負の中に放り込まれた。

 不幸は不幸だけど、元に戻れる方法がわかった分、まだ絶望ってわけじゃない。

 そう思った俺は、部屋の壁に立てかけてある大きな鏡で、あらためて自分の姿を確認してみた。

 全身を包む、漆黒の金属製の鎧。

 俺はクラスでも身長が高い方じゃなかったんだけど、今の身長は二メートルくらいある。

 アルフェミアは俺の体だって言っていた、機械仕掛けの真っ黒な鎧。

 胸当ての辺りは斜めに菱餅を重ねたような感じで角張った加工がしてあり、籠手もやはり似たような感じでギザギザが刻んであった。特に気になったのは、足の太さ。太すぎる太股の下に、さらに大きい、まるで象みたいに大きい具足がついている。

「履帯を組み込んだので、足下が大きくなったのです」

 俺が具足の大きさを気にしていると、アルフェミアがそう説明してくれた。

 履帯っていうのは俺の足の裏のキャタピラのことで、右足と左足の回転する速度を変えることで急速で方向転換できたりする機械だそうで、重量級と呼ばれる体の大きい機械戦士には普通の装備らしい。

「これ、外せないのか? どうにも動きにくいや」

 勝手に動く上に、壁にぶつかるまで進むので、動きにくいこと、この上ない。

 それに、このままだと足さばきとか全然出来ないし。

「外してもいいですが、重くて走れなくなりますよ」

 ひどいことを平然として言うアルフェミアは放っておいて、俺は改めて自分の顔を鏡で見た。

 角張った兜にくっついている面当てと頬当て。

 その中心に淡く光るのは、大きな赤い瞳。

 近くでよく観察してみると、確かに、それはカメラのような構造になっていて、何層にもレンズが重なっているように見えた。

「自分の顔が、そんなに珍しいのですか?」

 だから、これは俺の顔じゃないっつーの。

 アルフェミアに言っても無駄だとわかっていた俺は、あえて反論せずに、自分がやるべきことを確認することにした。人間に戻り、吉乃さんを見つけ、元の世界に帰るために。

「武闘大会で優勝すればいいんだよな?」

「はい。そのとおりです」

 短く答えると、アルフェミアは腰掛けていたベッドから立ち上がり、鏡の前に立っている俺に近寄ってきた。

「私には不可能としか思えませんが、挑戦するのはクロードの自由です」

 平然とそう言って、アルフェミアは傷がふさがった俺の左腕を、元の場所にくっつけてくれた。

「ありがとう、アルフェミア。とりあえず、怪我したって直してもらえるんだろう? それなら、どうってことないって。絶対に、優勝してみせる」

「壊れた機械戦士を修理するのは、タルフォードの勤めです。それに、クロード。怪我だけでは済まないのかもしれないのですよ」

 そう言うアルフェミアの顔は、表情は変わっていないんだけど、どこか不安そうだった。

「機械戦士は、その名前のとおり、機械で構成された体を持っていますが、神族とちがって不滅の存在ではありません。もしも、脳に損傷を受けたり、首元に輝くコア・クリスタルを潰されたりしてしまえば、命を落としてしまいます。分不相応な相手と戦うことで死んでしまった機械戦士の前例は、時間をかけずに並べることができます」

 首元に輝くって、俺の体って、どこもかしこも真っ黒で、輝いているところなんかないんだけど。

 不思議そうにしている俺に、アルフェミアは静かに答えた。

「ここです。この奥に、コア・クリスタルと呼ばれる、動力石があります。そのコア・クリスタルによって動かされる原動機が水晶炉。コア・クリスタルを潰されてしまうと、水晶炉の他に、脳の生命活動を維持している周辺の機械も止まってしまい、あなたは死んでしまいます」

 アルフェミアが指さしたのは、俺の首の付け根あたり。確かに、よく見ると、そこの部分だけが、胸当ての他の部分より輝いているように見えた。

「真剣勝負だから、闘技大会っていうのは、機械戦士が死ぬのも珍しくはないのか?」

 エリフも平然と、俺の脳天を狙ってきたもんなぁ。

「そこまでひどくはありませんが。それでも、可能性がないとは言い切れません」

「さっき、エリフに頭を斬りつけられていたら、俺は死んでいた?」

「いえ。衝撃を受けるぐらいで、脳が損傷を受けることはありません。機械戦士の頭部、脳がある場所は、特に硬い材質で構成されていますので。メタルソードの一撃ぐらいは防いでしまいます」

 なんだ、ちょっとびびっちゃったじゃないか。

「それなら大丈夫。心配することないって」

 一撃を防げれば十分。俺だって、武上一刀流の一員なんだから。

「そういう問題ではありません。私の話を聞いていたのですか?」

 俺の口ぶりがよほど脳天気に聞こえたのか、とうとうアルフェミアは怒り出してしまった。

「いいですか。そもそも、初陣を勝利で飾ることができたとはいえ、試合の内容は予断を許さないものでした。もしも、エリフが不意打ちの回し蹴りを防いでしまったら、負けていたのはクロードの方です。初参加の闘技大会で優勝する。そんなおこがましい発想ができるのは、あなたが思い上がっていることが原因なのです。私は、あなたのタルフォードですから、もちろん勝利を望んでいます。ですが、非現実的な妄想を信じこむほど愚かではありません」

 一息に、すごい勢いで文句をまくしたてるアルフェミアに、俺は困ってしまった。

 両手で耳をふさごうと思ったけど、兜を被っているので、耳がどこかわからない。

 そんな俺を助けてくれたのは、部屋の扉をノックする音だった。

 

「本当に覚醒したんだ? よかったね、アルフェミア。これでもう、パートナーがデクノボウだって、ひどいことを言われなくなるよ」

 そう言って、俺の前で嬉しそうに笑っているのは、小麦色の肌をした女の人だった。

「ありがとうございます、ミュンザ。しかし、よかったかどうかは微妙なところです」

 お客さんが来たので、アルフェミアは怒るのを止めてくれたが、まだ機嫌は悪そうだった。

「照れないの。よかったじゃない、アルフェミア。初めての試合も勝てたし。言うことないって」

 小麦色の肌の女の人に肩を叩かれて、アルフェミアは小さくうなずいた。

 アルフェミアと仲良く話している、ミュンザという名前の女の人は、ところどころ黄色が混じった赤い髪を後ろに束ねて、ポニーテールにしていた。身につけているのは、胸元が大きく開いた荒布のシャツと、ジーンズのショートパンツみたいな裾が短いズボンで、手足はむき出し。ちょっと目に毒のような気もする。

「しかし、すごかったねえ、あの回し蹴り。重量級なのに、よくあんなに動けるもんだよ」

 そう言うと、ミュンザは近寄ってきて、ほれぼれとした顔で、俺の大きな足を撫でた。

 前にかがんで俺の足を撫でているので、もうちょっとでシャツに隠れている胸が見えそうになる。

「運が良かっただけだよ。外れていたら、アルフェミアの言うとおり負けちゃっただろうし」

 俺はあわてて目をそらして、アルフェミアの方を見ながら、そう言った。

「かわいそうに。せっかく、がんばって勝ったのにね」

「私だって、勝利したことが嬉しくないわけではないです。でも、クロードがおかしなことばかり言うから……」

 やばい。また、話が元に戻って、アルフェミアが怒り出しそうだ。

「そういや、二人って友達なの? ずいぶん仲が良さそうだけど」

 あわてて俺が別の話題を振ると、ミュンザは満面の笑顔を浮かべて、アルフェミアは少しだけ頬を赤くして、二人で一緒にうなずく。

「私が、この闘技大会に参加することで苦労している時、助けてくれたのがミュンザです。それ以来のつき合いになりますね。あの時はありがとうございました」

 丁寧に頭を下げるアルフェミアに、

「いいって。私もよく、アルフェミアに工具を借りたりしているじゃない」

と言って、ミュンザは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。

 アルフェミアとミュンザって、本当に仲が良いんだな。

 この世界に飛ばされてから、初めて暖かい気持ちになれて、俺はなんだか嬉しかった。

「ミュンザも、やっぱりタルフォードなんだ?」

「そうだよ。闘技場にいるんだから、当たり前でしょ。宿六の名前はティガス。軽量級の機械戦士で、闘技大会に参加した数は十回。私が言うのもなんだけど、今回は優勝争いに絡めるかもしれないよ」

 優勝候補か。そうなると、俺と試合することになるかもしれないな。

 口に出して言うと、またアルフェミアが怒り出してしまいそうなので、俺は黙って、そう思った。

「クロードも優勝することを望んでいますが、それはいつのことになるか、私にはわかりません」

「謙遜しなさんなって。もしかしたら、この大会で優勝しちゃうかもしれないし」

 うん。その通りだ。

 力強くうなずくと、アルフェミアが怖い目で、俺の顔をにらんでいた。

 

 

「先ほどのミュンザの話からもわかるとおり、闘技大会で優勝するためには多大な経験と確固とした実力が必要です。あなたが早く人間にもどり、ヨシノという者と一緒に家に帰りたいのはわかりますが、現実というものを知って下さい」

「やってみなけれりゃわからない。で、俺はやる。それだけだよ」

 ミュンザが部屋から出て行った後、また説教を始めたアルフェミアに、俺はきっぱりと言った。

「わかりました。私からは、もう言うことはありません」

 そう言うと、アルフェミアは扉の前に立ち、部屋の外に出て行こうとしてしまう。

「おい。どこに行くんだよ」

「お店です」

 俺の方を振り向きもせずに、扉を開けて、すたすたと歩き出していくアルフェミア。

 仕方なく、俺は彼女の後ろをついて行くことにした。

 

 部屋から出て、いくつか通路を抜ける。

 最後には、巨大な金属製の門が俺たちを待っていた。

「本闘技大会参加者のタルフォード、アルフェミア。並びに、機械戦士、クロード。開門を願います」

 アルフェミアが門に向かって呼びかけると、しばらくして、地響きのような音が響いた。

 押す者は誰もいないのに、ひとりでに門は開いていく。

「アルフェミア。闘技場の外って、どうなっているの?」

「普通の街です。闘技場でエリフと戦っている時に、壁の向こうに観客たちがいたでしょう。彼らは、この街に住んでいる人間です」

 歩いているうちに怒りが収まったのか、アルフェミアは普通の表情にもどって、俺の方を見た。

「クロードは機械戦士になる前、どこに住んでいたのですか?」

「どこって、日本だよ」

「ニホン? それはどこですか? 南の方? それとも北の方?」

 南とか北って言われてもなあ。

 俺、ここがどこだかわかんないし。

 名前は、ミストリエの街だっけ。で、国の名前がファラネーで、国を治めている人の名前もファラネー。

 どう考えても、俺が生まれ育った世界じゃないよな。

 アルフェミアと一緒に並んで歩いて、闘技場の門から出ると、彼女が言ったとおり、俺の目の前には街が広がっていた。

 石造りの壁を持つ建物。

 曲がりくねった狭い路地。

 その中を歩いているのは、学校の美術の教科書で見たような、昔の西欧のような服を着た人々。

 貫頭衣っていうんだろうか。

 一枚の布に穴を空けて、帯で腰のところを結んでいるような服。

 その髪の毛は、黒い人も確かにいたけど、赤色、金色、青色、緑色、オレンジ色とバラバラだ。

 そもそも、青色や緑色、オレンジ色の髪ってなんだよ。

 染めているなら話はわかるけど、あそこで話している頭がはげたオッサンも、残った髪の毛が緑色だしなぁ。

 やっぱり、どう考えても、ここって俺の世界じゃない。

「クロード。質問に答えてください。あなたの出身地はどこですか?」

「ここじゃない世界。地球という星にある日本という国。そこにある武上っていう家で生まれ育った。名前は直人で、武上家の次男」

 正直に本当のことを答えたんだけど、横にいるアルフェミアは目を瞬かせるだけで、俺の言っていることが全然わからないようだった。

 そりゃまあ、そうだよなあ。

 アルフェミアからすれば、アンドロメダ星雲から来た宇宙人です、って言われているのと同じだもんな。普通に考えたら、電波受信中だと思われてもおかしくない。

「クロードが人間だった時は、タケガミ・ナオトという名前だったのですね。了解しました。星を渡ってきたということですが、神族のように星の海を渡る船に乗ってきたのですか?」

 意外にも、アルフェミアは怒り出したりせずに、話を続けてくれた。

「わけがわからないことを言うな、って、怒ったりしないの?」

 不思議に思って聞くと、アルフェミアは首を横に振った。

「クロードは嘘をついていません。嘘をついていない以上、本当のことを言っているのでしょう」

 そう言ってくれたおかげで、俺は急に安心してしまった。

 気持ちが救われたって言うんだろうか。

 いきなり飛ばされてきた、わけがわからない世界。

 自分が生まれ育った場所ではない世界。

 異世界。

 そんな場所でも、自分の言葉を受け止めてくれる人がいる。

 それはどんなに小さなことであっても、救いに違いなかった。

「武器屋に着きました。必要な武装があったら、私に提案してください。予算が許す限りは購入を考えてみたいと思います」

 お仕事口調のアルフェミアが示したのは、石を重ねた壁で造られた、四角い建物だった。

 看板の代わりなのか、俺の背丈くらいある大きな剣が、入り口に飾ってある。

 アルフェミアにうながされて、俺も武器屋に入る。

 中で待っていたのは、棍棒、斧、槍、鞭、剣……たくさんの武器の数々だった。

 道場で刀だけなら人より多目に見てきたつもりだけど、斧とか鞭なんかは見たことがない。

 陳列台の上に並ぶ武器に見とれながら、俺は横に立っているアルフェミアに質問した。

「すごいな、こりゃ。機械戦士っていうのは、剣だけで戦うんじゃないのか?」

「やはり刀剣類が好まれています。その中でも、一番よく使われている武器が、このメタルソード」

 そう言うと、アルフェミアは武器屋の主人にことわってから、陳列台に飾ってあった西洋風の長剣を手に取り、俺の前に差し出した。輝く銀色の剣はよく磨かれていて、それなりに風格はあったんだけど。

「ナマクラだろ、それ」

 きれいはきれいだけど、刃の面が微妙に曲がっている。こんなので敵は斬れない。

「やはり、わかってしまいましたか。一般的である分、いいものはあまりないのです」

 武器屋の主人は気を悪くしたようだが、アルフェミアは少し微笑んでから、メタルソードを元の位置にもどして、陳列台に並ぶ武器の説明を始めた。最初に指差したのは、角や棘がついた籠手といった飾り物みたいなものだった。

「装甲そのものを鋭くしたり、硬くしたりすることによって、機械戦士の体そのものを武器とする攻性装甲」

 ああ、ただの飾りじゃなかったんだ。

 アルフェミアが次に指差したのは、普通の剣とか斧、槍といった武器。

「手に持って振り回すことによって攻撃する手持ち武器。これは一般的で、様々な種類があります」

 最後に指さしたのは、何かの箱のようなもの。大きさは弁当箱ぐらい。

「機械戦士の体に内蔵する射出武器。ただ、これは闘技大会では使用を禁じられていますので、あまり意味がありません。神族によって竜が倒された今では、消えていく武器となっています」

 なるほど。箱も三個ぐらいしかないもんなあ。商売にならないから、置いてないんだ。

 俺が説明を聞きながら、感心して武器をながめていると、アルフェミアは並べられている武器の中から大きな斧を指さして言った。

「私が薦めるのは、あのバトルアクスです。重装甲で相手の攻撃を弾きながら突撃し、敵の装甲を厚い刃と斧そのものの重量で叩き割る。必ず役に立つはずです」

 斧なんて使ったことねえし。

 一生懸命薦めてくれるアルフェミアには悪いんだけど、やっぱり使い慣れたものがいい。

 刀みたいなものはどこかにないのかと探してみたんだけど、置いてあるのは両刃の短刀だったり、刀というには妙に曲がりすぎている湾曲刀だったりして、納得できるようなものがない。

「モーターブレードでいいよ。せっかく、アルフェミアが作ってくれたんだし」

「そういう問題ではありません」

 はっきりとした口調でアルフェミアはいろいろ俺に説明してきたけど、こっちも譲る気はなかった。

「斧が嫌だというのであれば、攻性装甲をつけてはどうでしょうか? 先ほどのエリフとの試合を見る限り、クロードは剣による戦いよりも、格闘の方が向いているかもしれません。ボディスパイク、アームスパイク、スパイク付ガントレット、レッグスパイク。どれも、クロードの役に立つはずです」

 スパイク、スパイクって、ようするにトゲ飾りだろ、それ。体にトゲ飾りなんか付けたくない。ものすごく格好悪いって。

 アルフェミアが指差したトゲトゲの数々に対して、俺は不機嫌な顔で首を横に振った。

「モーターブレードは、予算の都合で私が急ごしらえで造った武器で、良いものだとは言えないのですが」

 それでも、俺が首を横に振ると、あきらめたのか、アルフェミアは溜め息をつき、陳列台の奥で待っていたオッチャン、武器屋の主人に話しかけた。

「わかりました。それでは御主人。大盾を売ってもらえますか?」

「まいどあり。あんたも大変だね」

 武器屋の主人とアルフェミアが話しているのを流し聞きしながら、俺はぼんやりと陳列台をながめていた。

 売り物になっているってことは、他の機械戦士たち、俺の試合相手になるかもしれない連中も、この武器を使ってくるかもしれないわけで。

「斧とか槍って、そんなの相手に、どうやって戦えばいいんだろう」

 アルフェミアには優勝するって断言しちゃったけど、少し不安になった。

 でも、優勝しないと人間にもどれないし、吉乃さんにも会えない。元の世界に帰ることもできない。

 やるしかない。

 俺が拳を握りしめて覚悟を決めていると、アルフェミアが俺の横に立った。

「次は、備品屋に行きたいと思います。買うのは修理に必要な部品だけですが、必要なものがあったら提案してください。予算の範囲内で検討してみたいと思います」

 あいも変わらずのお仕事口調。

 大丈夫かなあ、俺。

 

 俺が黒い金属製の腕に抱えているのは、頑丈な繊維で編まれた布袋。

 入っているのは、なにかの部品とか、アルフェミアがさっき、俺の左肩にできた傷に埋めていた小さな金属片とか、そうした小物ばかり。

「クロード。やはり、私が持ちます。整備と修理は、タルフォードである私の仕事ですから」

 なぜか恥ずかしそうに下を見ながら、アルフェミアがそんなことを言う。

「遠慮するなって。これ、かなり重いんだから。女の子のアルフェミアが持つもんじゃないよ」

 機械になった俺の体は、相当な力持ちになっているのか。金物ばかりが入っているはずの布袋なのに、ほとんど重さを感じなかった。

「そういう問題ではありません。ほら、噂になっているではありませんか」

 頬を赤らめたアルフェミアが指差したのは、俺たちの方を見ながら立ち話をしている街のオバチャンたち。

「仲がいいのね、あの二人」

「さっき、クロード様、あの黒づくめの機械戦士様なんですけれども、その試合を観戦したところですの。野性的というか豪快というか、荒々しい試合をなされる方でしたわ」

「まあ。それでは、横にいるタルフォード様も大変ですわね」

「ええ。うらやましいことですわ」

 なんの話をしているのか。

 首を傾げていると、アルフェミアが俺の腕を引っ張った。

「いきますよ、クロードっ!」

「おい。なにを怒っているんだよ」

 耳まで真っ赤にしたアルフェミアに引っ張られて、布袋を抱えた俺は、闘技場にもどることになった。

 

 

 夜。

 暗くなって、窓の外に星が出ているから、この世界でも夜って言うんだろう。

 壁の向こうから聞こえてくるのは、流れる水の音。

 アルフェミアが風呂に入っているので、話す相手もいなくなった俺は、ベッドに腰掛けて、ボーっとしていた。

 本当は使い慣れないモーターブレードの練習をしたかったんだけど、もう遅いから明日にしろって、アルフェミアに止められてしまった。それじゃ外で振ってくるって言ったら、「それでも機械戦士ですか。市中で無闇に武器を振るうなど云々」と、訳のわからない理由で怒られた。

「どうも調子狂うよなあ」

 まともな剣の試合なら、正直、俺は自信があった。

 伊達に、子供の頃から木刀を振っているわけじゃない。

 天狗になってしまっているだけかもしれないけど、親父や兄貴より強い奴が大勢いるとも思えないし。

 ただ、不安だったのは、街に行ったときに見せられた武器の数々だった。

「どうやって戦えばいいんだ?」

 武上一刀流では、刀の扱い方しか教えない。だから、俺も刀相手の戦いしか知らない。

 同じ手の延長線にあるもの、基本はすべて同じと思いこもうとしても、不安は大きくなっていく。

 俺は頭を抱えてしまった。

「なにを悩んでいるのですか、クロード?」

 そう言って部屋の奥にある風呂場から出てきたのは、寝間着らしき薄地の服を着たアルフェミア。

 その黒とも青ともつかない不思議な色の髪は、まだ乾ききっておらず、その水分を含んだ輝きは、妙に艶めかしいものだった。

「次の相手って、どんな奴なのかなあ、と思って」

「順位を上げるのが狙いであれば、下位のクロードの挑戦権が有利になります。誰も強い相手とは戦いたくはありませんから」

 アルフェミアはそう言いながら、無造作に俺が腰掛けているベッドの横に座った。

 ちょっと待ってくれ。足が見えているって。

「試合の後、サークルカウンターを見に行きましたよね。明日の朝、各機械戦士が戦いたい相手を指名しあって、お互いに同意が取れれば、四日後に試合となります。あまり強すぎる相手を指名するのは考え物ですが」

 そう喋っている間にも、隣りに座っているアルフェミアから、湯上がりの女の子の匂いが漂ってきて、俺はだんだん落ち着かなくなってきた。

 いかん。いかんですよ、このままでは。

 俺はあわてて、おしゃべりに集中することにした。

「そういや、俺も風呂に入りたいんだけど。この鎧って脱げないんだよな?」

「錆びたいのですか、クロード?」

 えっ!? この鎧って錆びるの?

 っていうか、これって鎧じゃなくて俺の体ってことだったよな。それって、やばいんじゃないか?

 真顔のアルフェミアの言葉に、俺がビビりまくっていると、くすくすという笑い声が響いた。

「冗談です。機械戦士の体は金属製ですが、錆びたりはしません」

「脅かすなよ。で、風呂には入れないの?」

「はい。整備している時に掃除していますので、問題はありません」

「食事とかはどうなるの? アルフェミアはさっき、一人で何か食べていたけど」

「活動に必要な物質は、ベッドから出ているパイプで、背中の補給口から補給します」

 アルフェミアはそう言うと、言葉通りに俺の背中に手を当ててから、ベッドの下に置いてあった蛇腹のパイプをつないでしまった。

 んー。本当に、俺の体って機械になっちまったのかあ。

 飯も食えない、風呂にも入れない。

 なんだか、ちょっと悲しくなってしまった。

「さて、それでは寝ましょうか。明日、サークルカウンターの前で、次の対戦相手を指名することが出来ます。覚えておいて下さい」

 ベッドの横に補助ベッドみたいなものが立てかけてあったのか、アルフェミアはそれを起こして自分の寝床を作ると、その上に寝転がってしまった。

「あの、もしかして、このまま寝るの?」

「早めに寝ておいた方がいいですよ。体力は温存しておくべきです」

「そういう意味じゃなくて」

 俺の横に寝そべるアルフェミアの体を覆っているのは薄布一枚で。

 しかも、丈が足りないから、太股が少し見えているんですが。

 武上直人15歳。いくらなんでも、こんな状況で理性が保てるなんて自信まったくないんですが。

 目一杯焦りまくっているのに、アルフェミアは寝転がったまま、不思議そうな顔で、ベッドに腰掛けている俺を見つめるだけだった。

「クロード。私の方に、手を向けて下さい」

「へっ?」

 言われたままに俺が手を差し出すと、アルフェミアも自分の手を差し出して、互いの指先を触れさせた。

 その触れあった指先を軸にするようにして、俺の手首とアルフェミアの手首から、白いコードみたいなものが飛び出してきた。

「うわっ!」

 俺が驚く暇もなく、互いのコードは絡み合い、くっつき合って、俺とアルフェミアの手を鎖のようにつないでしまう。

「おやすみなさい、クロード」

 ブツンという音と共に、一瞬で視界が暗くなる。

 アルフェミアの言葉と共に、俺の意識はすぐに深い眠りの中に沈んでしまった。

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