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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
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第二章 『覚醒』

 最初に感じたのは、奇妙な息苦しさ。

 息が詰まるとか、喉が苦しいとか、そういうんじゃなくて、胸全体が重い感じ。

 ベッドの上に寝かされていて、胸の上に何かが乗っているような感じがする。

 次に感じたのは、奇妙な物音。

 カチリ、カチリという、金属同士が打ち合わされる、澄んだ音。

 金属と金属が打ち合うって言っても、鉄琴みたいな整った音じゃない。たとえて言うなら、鉄の駒板と鋼の将棋盤で将棋を指すような音。最初はきれいに進むけど、対局が進むと長く考えるようになって、打つ手が止まる。考えがまとったら、また何手かは流れるように進むけど、また難しい局面に当たって、手が止まってしまう。そんな感じの音だった。

 しばらく止まったかと思うと、何手か駒が打たれ、また止まる。そのうち、いい攻め方が思いついたのか、鉄の駒板が鋼の将棋盤に指される音は流れるように続き始めた。

 今、気づいたんだけど、これって俺の腹の上で指されているのか。ちょうど腹筋の上あたりから、その金属音は聞こえてくる。それに、胸の辺りがなんか変に暖かかった。しかも、それは妙に柔らかい感じがする。

 どうなってんだ、これは?

 さっきから胸が重い感じがしたのは、これのせいか?

 不思議に思った俺は、静かに目を開けた。

 そして、俺の目に飛び込んできたのは、

「マンジュウ?」

だった。


「この位置に置くとパワー不足になる。しかし、ここに置くとバランスを失ってしまう」

 大きなアズキ色のマンジュウが二つ、俺の胸の上に乗っかって何か喋っている。

 なんだろう、これ?

「バランスは他で補うことにしましょう。とりあえず、ここに置いておくとして」

 アズキ色のマンジュウが喋り終わると、また鉄の駒板が鋼の将棋盤に指される音が響き始めた。

 いつまでも鳴り終わることがない金属音のリズムを聞き飽きた俺は、胸の上のマンジュウに話しかけてみることにした。

「おーい」

 そう呼びかけながら、マンジュウに手を伸ばした。

 フニャリという感触。

 指先が埋まるぐらい、マンジュウは柔らかかった。

 柔らかかったんだけど。

「きゃああああああっ!」

 耳をつん裂くような女の金切り声。そして、アゴに走る、ガツンという衝撃。

「ぐあっ!」

 いきなり、マンジュウにアゴを蹴られた俺は、思わず声を上げた。

「マっ、マンジュウに足が生えた?」

「だっ、誰がマンジュウですか! 失礼なっ!」

 そう言うと、マンジュウに背中が生えた、いや、俺の腹の上に馬乗りでまたがっていた、だれかが起き上がった。

「だれだ、あんた?」

 俺の腹の上に乗っていたのは、見たことがない、俺と同い年くらいの女の子だった。

 

 痛むアゴを手で押さえながら聞くと、マンジュウ、じゃなくて、俺の腹の上に背中を向けてまたがっていた、アズキ色のワンピースを着た女の子は、俺の腹の上に乗ったまま、器用に体を前後に入れ替えると、俺の顔を見つめた。

「しゃべっている?」

 女の子は不思議そうに、俺に顔を近づけてくる。

 大きな黒い瞳が不思議そうに俺の顔を見つめ、青にも黒にも見える不思議な色の髪が俺の額に当たった。

「そりゃ、人間だからしゃべるよ。それより、俺の上から降りてくれないか?」

 というよりは、あんた、顔近づけすぎ。

 俺がそう言うと、女の子はすぐにベッドの上に寝転がっている俺の上から降りた。

 ベッドのそばの床に降り立つと、女の子は生真面目に手の先をそろえ、俺に向かって頭を下げる。

「おはようございます、クロード。覚醒されたのですね」

「クロード?」

 何を言っているのかわからなくて、俺はとりあえず上半身を起こして、色々と聞いてみることにした。

「あの、クロードって?」

「あなたの名前です」

 素っ気ない言葉。女の子は笑うでもなく、にらむでもなく、ただ表情を浮かべずに、俺の顔を見ている。

 この子、かわいい顔しているなあ。

 俺と同い年ぐらいかな?

 でも、なんで、俺のことをクロードなんて呼ぶんだろう?

 女の子のアズキ色のワンピースに描かれている複雑な模様を見ながら、俺は首を傾げた。

「君の名前は?」

「アルフェミア。あなたのタルフォードです」

 アルフェミア?

 というと、この子は外人さんか?

 で、タルフォードって、なに?

 また、わけのわからない返事が返ってきて、俺の頭はますます混乱する。

 部屋の中にあるのは、俺が寝ていた金属製のベッドと、それを囲むように置かれている、太いパイプとなにかの機械の群れ。

 なのに、部屋を囲む壁は、四角い石を重ねた石造り。

 未来的なのか、古くさいのか。

 女の子、アルフェミアが着ているアズキ色のワンピースも、よく見てみると、あまり馴染みのないデザインで、わかったのは、俺は変な場所にいるんだな、ということぐらいだった。

「とりあえず、ここはどこだ?」

「私たちの部屋です。控え室と整備室を兼ねています」

 俺の質問が要領を得ないことばかりなのが気に障ったのか、それとも何か別の用事があるのか。

 アルフェミアっていう子の俺を見る目が、だんだん険しくなってきた。

「試合時間が近づいています。説明は後でしますから。準備を始めて下さい」

「試合? なんのこと?」

 アルフェミアは無言で、俺が寝ているベッドの横を指差した。

 俺と一緒に寝そべるようにして置かれていたのは、一本の大きな剣。

 いや、剣っていうんだろうか?

 黒一色で統一された細長い金属の塊は、確かに柄があって、刀身があったけど、鍔の代わりに妙にデカいエンジンのような機械がついていた。

「あの、何? これ?」

「あなたの武器です。それよりも早く。ゲートが開いてしまいます」

 アルフェミアは手を引っ張って、俺をベッドから降ろそうとする。

「わかったって。だから、とりあえず説明を……」

 ドスンという、妙に重い音。

 ベッドから降りた足音がいつもと違うことに気づいた俺は、自分の足下を見てみた。

 見えたのは、真っ黒な金属製の足。

 視線を足下から腕の先、胸元まで移すと、そこにあったのは黒い金属製の腕と胸。肩なんか、カラスのクチバシみたいに曲がった、変な肩当てをつけられている。

 黒い金属が、やたらに大きく、重苦しく、俺の全身を覆っていた。

 なんで、俺は鎧を着せられているんだ?

 自分が鎧を着ている。

 そのことに気づいた俺は、とにかく目の前にいるアルフェミアっていう女の子に、このわけのわからない状況を説明してもらおうとした。

「おい! なんだよ、これ!」

「質問は後です。とにかく、急いで」

 アルフェミアは焦った声を出すと、俺の背中に回り、細い腕で俺の背中を押す。

「なんだってんだ……」

「悩むのは後!」

 何も教えてもらえない俺は、困った声を出して、きつい声を出すアルフェミアに背中を押されるままにするしかなかった。

 

 連れて行かれたのは、天井は高いけど幅が小さくて、やけに狭っ苦しい通路。

 俺はアズキ色のワンピースを着た女の子、アルフェミアに腕を引っ張られて、その通路を歩いている。

 怒っているのか、アルフェミアは始終無言で、俺の方を見ようともしない。

「アルフェミアだっけ? 質問ばっかりされて頭に来るのはわかるけど。俺も何が起こっているのか、さっぱりわからないんだよ。簡単でいいから、説明だけしてくれないか?」

「剣を持つ意味はおわかりでしょう?」

 黒い金属で覆われた俺の腕を引っ張りながら歩いているアルフェミアは、俺の方を振り返りもせずに、短くそう言った。

 俺の手に握られているのは、寝ていた俺の横に置かれていた黒い大剣。

 鍔の代わりについている大きなエンジンが気になったが、重さのバランスはそんなに悪くない。

 ただ、柄は妙に短くて、俺がいつも木刀でしているように、両手で振り降ろすのは難しそうだった。

 ガシャリ、ガシャリと金属が噛み合う音がする。

 鳴っているのは、俺が着ている真っ黒な鎧。

 その重苦しい音は、狭苦しい通路の雰囲気と相まって、俺の気持ちをますます暗くさせた。

 歩いていく先に、光の点が見える。

「ゲートはもう開いています。クロード、あちらに向かってください」

 通路の先の出口を、ゲートと呼んでいるのだろうか。

 アルフェミアは最初にしたように手の先をそろえて、丁寧に頭を下げてきた。

「さっき、試合って言っただろ? あの先に、俺の相手がいるのか?」

「はい。そのとおりです」

 簡潔に答えると、アルフェミアは俺の言葉を待つ。

「終わったら、何でも教えてくれるって約束してくれるか?」

「もちろんです。私は、あなたのタルフォードなのですから」

 そのタルフォードって言葉からして、わっかんねえんだけども。

「わかった。行ってくる」

 開き直った俺の背中に、

「御武運をお祈りしています」

という、アルフェミアの生真面目な声が響いた。


 狭苦しい通路を抜けて。

 ワァー、ワァー!

 ゲートから出た俺を迎えたのは、波のようにうねる大観衆の声だった。

「なんだ、ここは……?」

 なにが怒っているのか、わからない俺は、あわてて回りを見回した。

 俺がいるのは、高い石壁に覆われた円形の広場。そして、石壁の向こうには数え切れないほどの客席があり、その全てに興奮した観衆が座って、俺の方を見て、叫び声を上げている。

 客席に座っているのは、俺が見たこともないような髪の色、目の色、服装をした連中ばかり。

 その服装がどんなのかというと、中世ヨーロッパ風というか、なんか、童話とかファンタジー映画に出てきそうな格好で、顔も明らかに日本人のものじゃない。

「なんなんだ、ここは?」

 俺は後ろを振り返って、俺のアゴを思いっきり蹴っ飛ばした女、アルフェミアがいるかどうか確かめようとしたんだけど、ゲートは俺が広場に出たら閉じる構造になっていたらしく、迎えたのは、ただの壁だけだった。

「たくっ。なんだってんだ?」

 呆れて、頭を掻こうとしたところで、俺は大変なことに気づいてしまった。

 吉乃さんがいない。

 左手につかんでいたはずの、吉乃さんの手。

 なんで、こんな大事なことに気づかなかったんだ?

「吉乃さんは?」

 あわてて俺が回りを見回したところで、今度は目の前に、危険な風が吹いてきた。

 

 直線を描いてくる、銀の軌跡。

 狙っているのは、俺の脳天。

「くっ!」

 横に飛んで避けようとした俺は、自分の体が自分のものでない動きをしたので、驚かされることになった。

 突然、足下で巻き起こる土ボコリ。

 ギャリギャリと地面を噛み砕くような音がして、俺の体がものすごい勢いで真横に飛ばされ、いや滑っていく。

「とっ、止まらねええええええっ!」

 何が起こっているかわからない俺がパニックを起こしていると、ほどなくして横滑りは止まった。

 いや、止まったというか、近くの石壁にぶつかったんだけど。

 石壁にぶつかった肩に、鈍い衝撃が走る。

「いってえええ」

 本気で痛い。どういう速度でぶつかったんだろうか。

 うめきながら目の前をにらむと、少し離れた場所に、俺に向かって剣を振り下ろした奴の姿が見えた。

 握っているのは、銀色に鈍く光る西洋風の長剣。

 ご丁寧に、全身を真っ赤な金属製の鎧で身を包み、俺の方をにらんでいる。

 赤い兜の中で白く光る丸い目が、ずいぶんと無機質に見えて、俺は気持ち悪く思った。

「コロシアムなのか、ここは?」

 歴史の授業の時に習ったことがある。

 ローマっていう大きくなりすぎた帝国に、コロシアムっていう暇つぶしの会場があったらしい。

 今でいう、野球場とかコンサート会場みたいなものか?

 見せるのは球技や歌じゃなくて、奴隷同士の殺し合いなんだけれども。

 剣闘士っていう連中がいて、いつか自由な市民になれることを約束に、真剣で戦うことを強制させられていたらしい。

 俺が置かれている状況が、今、まさにそれ。

 回りを高い壁で囲まれ、壁の向こうには観客がいて、目の前には真剣を構えた鎧姿の敵。

「やるしかなさそうだよな、これは」

 真剣で斬り合ったことは、一度しかない。

 あの時は負けたけれど、今は負けるわけにはいかない。

 吉乃さんを探さなくちゃいけないから。

 俺は深呼吸をすると、落ち着いて、自分の状態を確認した。

 骨、異常なし。

 筋、異常なし。

 目、異常なし。

 そして、出血しているかどうか確認しようと自分の体を見回そうとして、俺の体が黒い鉄板、鎧で囲まれていることを思い出した。

「このために鎧を着せやがったのか」

 相手が持っているのは、明らかに真剣。死なないための配慮なのか。

「なんなんだってんだよ、ったく」

 俺が腹を立てているのにも構わず、赤い鎧を着た奴は剣を構えて、ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら走ってくる。

 俺が持っているのは、さっき、アルフェミアに渡された、エンジンみたいなデカい鍔が着いた、真っ黒な大剣だけ。

「木刀と思えば、いけるか?」

 黒い大剣のリーチは、赤い鎧の奴が持っている長剣よりも長い。

 相手が突いてこようが、斬ってこようが、先に喉元へぶち込んでやればいい。

 俺は中段構えで、真っ直ぐに走ってくる赤い鎧の奴を待ちかまえることにした。

 そいつは、すぐに俺の目の前まで走り寄ってきて、斬撃を繰り出してくる。

 狙っているのは、脳天、脇腹、手首。

 その切っ先に迷いはなく、明らかに俺を殺そうとしているのがわかった。

「ふざけんなっ!」

 頭に来た俺も、黒い大剣を振りかざした。

 長剣の斬撃を弾きそらして、一気に決めてやる!

 俺がそう思った瞬間、黒い剣も咆吼を上げた。

「へっ?」

 鳴っているのは、飾りだと思っていた鍔元のエンジン。

 ご丁寧に煙まで吐いて、ドゥルドゥルと音を鳴らしている。

 続いて、涼しげな音を鳴らしながら、刀身から鮫の歯のようなノコギリ刃が、列を作って、一斉に飛び出してくる。

 エンジンということは、何かを回転させているわけで。

 エンジンの駆動を受けて、チュイーンという甲高い音を立てて、ノコギリ刃の列は、黒い大剣の刃に当たる部分をレールにして、猛烈な勢いで回転し始めた。

「チェーンソーみたいなもんなのか?」

 その言葉にうなずくように、エンジンはいっそう大きく咆吼を上げて、握っている手に激しい震動を伝えながら、俺に振り下ろされるのを待っていた。

「ええい! このやろっ!」

 俺は呆気にとられていたが、敵は待ってくれない。

 予想以上に激しい連撃をかわしながら、俺は激しい震動を続ける振りにくい大剣を振りかぶって、赤い鎧野郎に応じた。

「せいやっ!」

 柄が短くて持ちにくい。

「えいあっ!」

 さらに、エンジンがドゥルドゥルと激しく咆吼を上げて、手から飛び出していきそうなほど震えやがる。

 しかも、赤い鎧の奴は結構な剣の使い手で、使い慣れない武器にうろたえている俺の隙を狙って、容赦なく打ち込みを続けてくる。

 日本刀、太刀というものは両手で握り、振り下ろす武器で、俺が二歳の頃から練習してきたのは、そのための体の動かし方ばかり。片手で剣を振り回すことなんて、ほとんどやったことがないし、そのうえ、重さのバランスは悪くないと思っていた黒い大剣は、今は激しく震動して、俺の動きを邪魔していた。

 脳天に届きそうになる斬撃を、横に半身動いて避けてから、赤い鎧野郎の胸元に向けて大剣を突き出す。

 しかし、赤い鎧野郎は、素早く戻した自分の長剣で攻撃を弾くと、そのまま長剣を手の中で回すようにして、今度は肩口に向けて突きを打ち込んでくる。

 俺は寸前で上半身をひねって避け、大剣を背中の後ろに振りかぶり、今度は袈裟懸けに斬り落とす。

 だけど、今度は横に回り込まれてしまった。

 こいつ、強いなぁ。

 不慣れな武器で、重い鎧を着せられているとはいえ、俺は子供の頃から剣術の練習に励んでいた。

 そんな俺の動きについてこれるなら、目の前にいる赤い鎧野郎は、素人じゃない。

 そして、赤い鎧野郎も、俺の太刀筋を見て、こっちも素人じゃないことに気づいたのか、最初の猛攻と言えるようなから素早い打ち込みから、徐々に慎重に、確実な殺し技へと動きを変えていった。

 ガツン、ガツンと何十合か、剣を打ち合わせた後。

 赤い鎧野郎の袈裟斬りを黒い大剣で受けたんだけど、その長剣の刃は、俺の方に向かって回転している黒い大剣の刃の列に乗って、猛烈な勢いで俺の左肩に滑り落ちてきた。

「いってえっ!」

 ザクリと嫌な音が響き、左の肩口に衝撃が走る。

 不意の一撃を食らって、カラスのクチバシみたいな肩当てが裂けた。相手の刃は鎧の下にまで届いたのか、熱い痛みが左肩から広がっていく。そして、ひるんだ瞬間、続けて振り上げられた斬撃に、俺の手から弾き飛ばされた黒い大剣が、円を描きながら宙を舞い、広場のかなり離れた場所に落ちてしまった

「やばっ!」

 攻め手であり、守り手でもある大剣を失った俺は、あわてて後ろに飛ぼうとした。

 すると、またギャリギャリという地面を噛み砕くような音が響き、俺の体は物凄い勢いで後ろへと滑っていく。

「ちょ、ちょっと待て! 止まれって!」

 そう叫んだのも空しく。

 しばらく真後ろに滑った後、俺はまた、石壁にぶつかってしまった。

 今度打った場所は、背中。

 痛みに、思わず息がつまる。

 赤い鎧野郎は、俺が武器を失ったことで安心したのか、走り込んで来ることはせずに、ゆっくりとにじり寄るようにして距離を詰め始めた。

 あとは、とどめを刺すだけってことか。

 遠くに落ちた真っ黒な大剣を背にするようにして、赤い鎧野郎は長剣の切っ先を俺に向けて、じわりじわりと近寄ってくる。

 見せ物の終わりが近いことを意識したのか、観客までが静かになって、俺の一挙一動を見守っていた。

 たしかに、やばい。

 あの赤い鎧が何で出来ているのかは知らないけど、突いたり、殴ったりしたぐらいでどうにかなるようなものじゃないことはわかる。落とした大剣が必要だけど、相手は取り返したりできないように、注意して間合いを詰めてきている。

「しょうがねえ」

 武器を取り返すことはあきらめて、俺は素手で、赤い鎧の奴に向かって構えを取る。

 突き出された両手は黒い籠手に覆われていて、けっこう頼もしく見えた。

 走りだそうとした俺の足が、また地面を噛み砕くような音を立てる。

 そして、猛加速で、俺は前へ向かって滑り、突進していく。

 風が逆巻き、黒い鎧を身にまとった俺の後ろへと流れていった。

 

 ワァアアアアア!!

 

 石壁の向こうで見物している連中の歓声が響いた。

 赤い鎧野郎の姿がどんどん大きくなっていく。兜の中で白く光る無機質な丸い目が、長剣を構えて、突進してくる俺を狙う。

 風が揺れた。

 真正面から、奴の長剣が俺に向かって振り下ろされるのがわかった。

 銀色の稲妻が、俺の脳天めがけて落ちてくる。

 だが、遅いっ!

 斬撃が俺の体を切り裂こうとした刹那、俺は体をひねり、紙一重でそれを避けた。

 ひねった体は、そのまま螺旋を描く竜巻となって、空中へと跳ね上がる。

「だぁあああああっ!」

 裂帛の気合いが吹き上がり、俺の顔を覆う頬当てを振るわせる。

 金属がねじれ、歪み、潰れていく鈍い音。

 勝利を確信したはずの赤い鎧野郎の胸元に、真っ黒な鋼の具足を着けた俺の脚が吸い込まれていた。

 胸元に大きなくぼみを作られた赤い鎧野郎は、そのまま背中から仰向けにぶっ倒れる。

 闘技場に土ボコリが舞った。

「ふうっ。なんだってんだ」

 さっきまで重苦しいと感じていた鎧は、今はすごく軽くて、まったく重さを感じなくなっていた。

 一か八かの飛び後ろ回し蹴りが決まったことに満足した俺は、念のため、倒れた赤い鎧の奴の向こうにある黒い大剣を取りに向かった。

 落ちた剣を拾って、手持ちぶさたに待っていると、壁の一部、さっき俺が出てきたゲートが開く。

「とにかく。あのアルフェミアっていう子に、くわしいことを聞かないとな。吉乃さんのことも心配だし」

 そう。

 とにかく、吉乃さんを探そう。

 すべては、それからだ。

 ゲートをくぐりながら、俺はこれからするべきことを考えていた。


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