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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
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第一章 『青草の香る場所』

 みんな、気をつけの姿勢のまま、動かなかった。

 中学校の卒業式。

 教室に集まった生徒一同は、真面目な顔で、先生が最後に送ってくれる言葉を聞いている。

「自分がやりたいこと。打ちこめることを見つけてください」

 いい言葉だと思った。

 もしも、一ヶ月前の俺なら、涙をこらえている先生の顔を、正面から見返すことができたに違いない。

「はいっ、先生っ! ありがとうございましたっ!」

 泣いている奴、泣いてはいないけど唇を噛みしめている奴、いろんな奴がいたけど、みんな、それまで聞いたことがないような、本当にいい声で、先生に最後の「ありがとう」を言っていた。

 ただ、俺だけは下を向いて、何も言えなかった。

 涙も出ない自分が、本当に情けない卒業式だった。

 

 

「あ~ぁ」

 ため息をつきながら、俺は草端に寝っ転がった。

 春の日差しは柔らかく、俺の体をほんのりと温めている。

 青草の匂いも気持ちがいい。昼寝には絶好の場所だった。

 きっと一ヶ月前の俺なら、こんなところでのんびりしている場合じゃない、と思っていただろう。

 

 柔らかい春の日差し。

 鼻をくすぐる、生え始めたばかりの青草の匂い。

 卒業式を終えた俺は、もう用がなくなった中学の制服を着たまま、やりたいことも思いつかずに、帰り道のそばを流れる川のほとりに広がる草端に寝転がっていた。

「あと、ちょっとしたら高校生かぁ。実感わかねぇなぁ」

 確かに、受験勉強は面倒くさかったような気がするけれども。

 無事に志望校に合格できた今となっては、どうでもいいことだった。

「やりたいこと。見つからねえよ、先生」

 頭に浮かぶのは、そのことばかり。

 先生に言葉をもらう前から、一ヶ月前のあの日の夜から、俺はずっと考えている。

 

 俺は何をしたいのか。

 これから、何をすればいいのか。

 

「わっかんねえなあ」

 ゴロリと寝返りを打ってみる。

 俺の背中に押しつぶされていた草が、元気に押し返してくるのがわかった。

「おーい、直人。なにやってんの?」

「珍しいね。武上君が、こんなところでぼんやりしているなんて」

 河原の上を走るアスファルトの道に、自転車が二台、止まっている。

 自転車に乗っているのは、俺の同級生。二人ともさっきまでは、目を赤く腫らして泣いていたんだけど。

「昼寝」

 面倒くさそうに、俺が寝転がったままで言うと、クラスでも有名なバカップルだった二人は、いらない好奇心いっぱいでしゃべりかけてきた。

「え? 剣道の練習をするんじゃないの? いつも真っ先に、走って家に帰っていたじゃない」

 昼寝の邪魔すんなっての。

「剣道じゃなくて、剣術だ」

 露骨に迷惑そうに、俺は不機嫌な声で同級生の女子の言葉を訂正したのだが、わかってもらえなかったようだった。

「えー? 同じじゃない。竹刀を持って、「メーン!」とかやるんでしょ?」

「違う」

「違わないって。やっていること、同じでしょ?」

 そう言われれば、そんな気もするが。

 でも、振っているのは竹刀じゃなくて木刀で、剣道が生まれる前から、俺の家は剣を振っていたんだけど。

 説明するのも面倒くさくて、俺はまた寝返りを打った。

「そうそう。直人の家って、道場なんだよな。確か、武上なんとか流っていう」

「武上一刀流」

 話題を続けようとする同級生の男子に腹が立って、俺はますます不機嫌な声を出す。

「それそれ。刀一本で戦う流派なんだよな、確か」

「普通じゃん」

「まあ、普通か」

 悪かったな、普通で。どノーマルで。

「それよりさ、直人。今日、みんなでカラオケに行く予定なんだよ。おまえも行かない?」

「いかね」

 寝転がったまま、手を横に振って俺が答えると、今度は同級生の女子が不機嫌な声を出した。

「ほら、だから言ったじゃない。武上君を誘っても、つき合いっこないって」

「いや、だからって、誘わないと悪いじゃんか。それに最後なんだし」

 悪いと思うなら、本人の前で言うな。

 同級生の二人は、しばらくの間、カラオケに誘おうと頑張っていたが、俺が昼寝を続けることを固く決心していることが理解できたらしく、ばつが悪そうな顔で去っていった。

「カラオケかぁ。どんなことするんだろうな。みんなの前で歌うだけだろ?」

 俺はカラオケをやったことがない。

 二台の自転車が車輪を回して去っていく音を聞きながら、俺は今さらながら、やっぱり行っておけばよかったかな、と思ってしまった。

 

 俺の名前は、武上直人。

 みんなが言うとおり、一ヶ月前の、あの日の前までは、俺はずっと木刀を振っていた。

 飯、風呂、勉強、遊び、睡眠まで。

 すべて、練習というか修行と修行の間に、それらを挟んで行うような生活を送っていた。

 だから、受験勉強をしたといっても、あんまり実感がない。

 毎日の修行の方が大事で、そっちにばかり集中していたから。

 よく、志望の高校に合格できたもんだと思う。

 俺の家は歴史だけは立派な道場で、その男子として生まれた俺は、当たり前のように子供の頃から剣の修行をさせられていた。

 大変だろうとか、つらいだろうとかよく言われるけど、俺にとっては木刀を握っている時間が本来の時間なので、別にそんなことはない。むしろ、学校とかの方がつらかった。

 小さな木刀を持たされたのが、二歳の時。

 それから十五歳まで、持つ木刀の長さと重さは変わっていったけど、やることは変わらない。

 ただひたすらに、木刀を打ち振るい、汗を流すだけ。

 みんな、俺のことを変わり者だと言うけれど。

 俺にとっては、木刀を振ることが当たり前の日常だった。

 

 一ヶ月前のあの日が終わるまでは。

 

 今はもう、俺は木刀を振ってはいない。

 手の平に出来た剣ダコは、まだ消えそうにないけれど、俺はもう木刀を握らない。

 そういう決まりになっていた。

 

「あー、ったく。なにをすりゃいいのかな」

 河原の草端でいくら寝転がっていても、やりたいことは見つからない。

 かといって、どこかに出て行って、何かを探すつもりにもなれない。

「兄貴の奴は、今頃、木刀を振っているんだろうなぁ」

 そんな独り言をつぶやきながら、俺は青い、どこまでも青い空を見つめた。


 俺には、兄貴がいる。

 兄貴の名前は、武上正人。

 年齢は俺よりも一歳上で、今は遠くにある高校に通うため、家から出て、独り暮らしをしている。

 堅物で朴念仁なのが問題だけど、俺は正人兄さんのことをいい兄貴だと思っている。

 遠駆け、つまりランニングの最中に足を痛めた俺をおぶって家まで走って帰ってくれたり、親父が出し渋って教えてくれない剣術のコツっていうものをわかりやすく教えてくれたり、昔から実力不足の俺をいろいろと助けてくれた。

 兄貴はすごい剣の達人で、昔から修行で苦労しているような姿を見たことがない。

 間違いなく、俺みたいな凡人がいくら努力しても適わない、天賦の才ってやつを持っている

 

 そう、兄貴は俺よりも強い。


 それは、一ヶ月前の、あの日にはっきりした。

 兄貴がいるなら、俺が刀を持つ理由はない。

 木刀を打ち振って、滝のように汗を流し、地面にヘドをぶちまける必要もない。

 だが、それなら、俺はこれから何をすればいいのか。

 正直、正人兄さんがうらやましかった。

 正直、俺はまだ、木刀を振ることに未練がある。

 でも、俺はもう木刀を振ってはいけないことになっていたし、なにより、木刀にしがみ続けたとしても、兄貴が通った道の影を歩み続けるだけになってしまうだろう。

 何か、別のことを始めなくちゃいけない。

 だけど、その何かは見つからない。探すつもりにすらなれない。

「あー、ったく。昔みたいに、負けた方は切腹とかにしてくれればよかったのにな」

 人が死ぬことが日常だった時代。

 俺の家、武上流にはそういう風習があった。

 聞いた時は、なんて残酷なことしやがるんだと思ったけど、負けた当事者の身となった今では、そうしてくれた方が、さっぱりしてよかったような気さえしてくる。


 チリン、チリン。


 俺がいい具合に煮詰まっていると、突然、頭の上で自転車のベルの音が鳴った。

 河原の上から、草端に寝そべっている俺の顔を見ている人がいる。

「直人君?」

 俺に声をかけたのは、肩まで届く長い髪をした制服姿の女の人。

「吉乃さん?」

 俺が上半身だけ起きあがって呼びかけると、その制服姿の女の人、吉乃さんは自転車から降りて、坂になっている草端を滑り、寝そべっている俺のそばまでやって来た。

「今日、終業式だったよね。今は、お昼寝の最中?」

「そんなとこ」

 俺は無愛想に答えて、再び草端に寝っ転がると、

「そうね。たまには、のんびりするのもいいよね」

吉乃さんはそう言って微笑み、俺の横の草端に寝転んだ。

 吉乃さんの黒髪が風になびき、青草に混じって、彼女の髪の香りが漂ってきた。

 甘い、桜の花のような匂い。

 赤くなった頬を見られたくなくて、俺は草の中に顔を埋める。

 そんな俺の様子を、吉乃さんはやっぱり微笑んで見ていた。


 広津吉乃。

 彼女は俺よりも一つ年上で、今年の春で高校二年生になる。

 吉乃さんは武上家とは昔から縁が深い広津家の長女で、俺にとっては、お姉さんのような存在だ。

 寝食を共にする、家族同然の生活。

 夏休みなんかは山ごもりのために、山奥にある広津家に一ヶ月以上、兄貴と二人でお世話になるようなこともよくあった。

 悪ガキだった俺は、吉乃さんに心配ばかりかけて、よく泣かせていたような覚えがある。

「春の風は気持ちいいよね。暖かくて、生命が芽吹いてくるのが感じ取れて」

 変わらない。

 吉乃さんの微笑みは、昔から変わらない。

 小さい時から俺は、吉乃さんに応援してもらえるのが嬉しくて、そのために汗まみれになって剣を振ってきたような気がする。

 きっと、そうなんだろう。

「昼寝……だよな。今、やっていることって」

 草端に寝転がっている自分の姿を、改めて思いやってみた。

 一ヶ月前の自分とは、ずいぶん変わってしまったんじゃないかと、怖くなってくる。

「昼から寝ていたら、それはお昼寝って言うのよ」

 そんなことを言って、吉乃さんはおかしそうにクスクスと笑う。

 顔を上げたら、吉乃さんの微笑みに目を奪われてしまうことがわかっていた。

 俺はそれが怖くて、ずっと青草に顔を埋めていた。


 ただ香る、青草の匂い。

 ときおり話しかけてきてくれる吉乃さんに、「ああ」とか「そうだね」とか、どうでもいいような返事ばかりを返して。

 それでも、吉乃さんが隣りにいてくれることが嬉しくて。

 つくづく、兄貴が恨めしかった。


 そうして、しばらく時間が経って。

 吉乃さんは少しためらうように口を何度か動かした後、俺に質問してきた。

「直人君。本当に、剣術の修行を辞めちゃうの?」

「ああ。そういう規則だからさ」

 人が死ぬことが日常だった頃から受け継がれている、武上の家の風習。

 負けた者、つまり俺は、剣を棄てる。

 今はつらいけれど、それでいいんだと思う。

 そうでないといけないんだと思う。

「でも、そんな規則、広津で守っている人なんていないよ? みんな、自分の技の研究は続けているし」

 吉乃さんの家である広津家。

 彼らも、いにしえの技を伝え続けている。

 そして、広津家の長女である吉乃さんには、その流れを受け継ぐ責任がある。

「いや、もう決めたんだ、俺」

 初めて草から顔を上げ、俺は無理に笑ってみせた。

 吉乃さんは、悲しげに顔を伏せる。

 俺と吉乃さんの視線は、決して交わらない。

「残念だな。直人君もせっかく、子供の頃から努力してきたのに」

「道場のことは兄貴と吉乃さんがいるから大丈夫さ。俺は別の道を行く。吉乃さんは兄貴のことを頼むよ。堅物で応用が利かない人だから」

 吉乃さんは何も答えず、静かに顔を上げた。

 さびしげな微笑みが、俺の顔を貫く。

 俺はそんな吉乃さんの視線に耐えられずに、目をそらしてしまった。

「ねえ、直人君」

 何か、叫び出したくなった。

 吉乃さんに何を言われても、自分の決意がゆらいでしまいそうだったから。

 必死な俺の表情に気づいたのか、吉乃さんは呼びかけたままで、それ以上、なにも言葉を続けてはくれない。

 俺は動けないまま、吉乃さんは動かないまま、時間だけが過ぎ去っていく。

 

「あの、俺さ」


 時間が過ぎ去っていくことにも耐えられず。

 俺は、何かをつぶやこうとした。

 ためらいつつも、つぶやこうとした。

「ええ。続けて」

 吉乃さんは、神妙な顔で俺のことを見ている。

「俺さ」

 何も言えない。

 告げたい想いはたくさんあったけど、言葉になって出てこない。

「……」

 吉乃さんは、俺の言葉を待っている。

「俺、吉乃さんが……」

 彼女の顔が近づいていた。

 いつの間にか、間合いを詰められている。

 それこそ、息が当たりそうな距離。

 前髪と前髪が触れあいそうな距離。

「あの、吉乃さん?」

「続けて、直人君。お願いだから」

 体温までが感じ取れそうな距離に俺がひるんでいると、吉乃さんは怒ったような、それでも恥ずかしそうな声で、俺をうながす。胸はドキドキと高鳴って、破裂しそうだった。

「俺は、吉乃さんのことが……」

 武上直人15歳。

 今まで生きてきた中で、もっとも緊張した瞬間。

 俺と吉乃さんの二人が座っている河原の草端が、淡く輝いた。

「なっ、なんだ、これ?」

「直人君?」

 同じように光る草端に驚いた吉乃さんが、俺の左手を握る。

「吉乃さん、離れないで」

 本能的に危険を感じた俺は、吉乃さんの右手を強く握り返した。

 あたたかい。

 小さい頃、それこそ物心ついた頃から、俺を支え続けてくれた、吉乃さんの小さな手。

 俺が彼女の手を取って、立ち上がろうとした時。

 突然、足下の地面がなくなった。

「うわっ!」

「きゃあああっ!」

 落ちる。

 どこかに落ちていく。

 光さえも落ちているのか、俺たち二人の回りにあるのは、暗闇と下に向かって流れる光の束。

「きゃああああっ!」

 手をつないだ先では、吉乃さんが悲鳴を上げている。

 離すものか。

 今度こそ、絶対に離すものか!

 俺はそう思って、強く、吉乃さんの手を握りしめる。

 どこに落ちていくのか。

 どこまで落ちていくのか。

 ただ、吉乃さんの手だけは離すまいと誓いながら。

 俺は、気を失ってしまった。





 流れ落ちていく、光の束。

 どこまでも続く、暗黒の落とし穴。

 何も見えない、何も聞こえない。

 失われていく感覚の中で、ただ必死につかんでいた吉乃さんの手だけは暖かくて。

 誰にも渡したくない。

 この手の温もりは、俺のものなんだ。

 だけど、吉乃さんの手をつかんでいた俺の左手に、温もりを越えた熱い熱が宿る。熱い熱は点から面、面から炎となり、俺の左手を焼き尽くしていく。

「うわあああああああっ!」

 俺は、あまりの熱さ、身を焼き焦がされる痛みに思わず叫んでいた。

「吉乃さん……」

 その名前を呟いてから。

 俺は、意識を失った。

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