第十二章 『威鳴る神の黒き刀』
神族の船の一室。
「バルザークの身勝手な行動に、怒りを覚えているのは、君一人ではない」
アクアマリンの体に闘志を奮い立たせて、カティサークは宣言した。
「仲間であるはずのファラネーを助け損ねた愚か者、神族ケルメデイト、イクシオウル、そして私の三人は、バルザークを討つことを誓った」
そう言って並んでいるのは、カティサークと、二人の神族。
一人は、ケルメデイトと呼ばれた、オレンジ色の神族。
もう一人は、イクシオウルと呼ばれた、透明な体の神族。
ケルメデイトは、頭の半分を占める大きな目で、俺をにらみつけた。
「ファラネーの関係者だと言っても、空を飛べない者に参加してもらっても仕方がないだろう」
もっともな意見だけど、俺はもう、戦うつもりでいる。
「ケルメデイトの言うとおりだ。事情は聞いたが、我らの戦いにふさわしくないのではないか?」
そのイクシオウルの言葉を聞いて、カティサークが怒鳴り返した。
「クロードは、ファラネーの仇を討つために、愛しい者とも別れて、この場所に立ったのだっ! 他に、なんの資格が必要とされるのかっ!」
愛しい者って、吉乃さんのことかなあ。
いや、今さら照れたって、どうしようもない。
吉乃さんは今頃、自分の家に帰って、平和に生活している。
そのはずだから。
「大きな声を出すな。あくまで、この者の命を心配しての発言だ。そうだろう、イクシオウル?」
「他意はない。もしも、貴殿の誇りを傷つけたのであれば、謝ろう。すまなかった、機械戦士よ」
そう言って、神族が頭を下げてきたので、俺はおどろいてしまった。
「いいよ、謝らなくて。俺も、連れて行ってくれるんだろう?」
「当然だ。この小さな討伐隊のメンバーに、黒の狂戦士クロード、君を指名したい」
ガキんちょのリーネが、悪口のつもりで俺につけた二つ名、黒の狂戦士。
バルザークという神に逆らう俺には、なんとも、ふさわしかった。
「君が手にする武器、ファラネーの羽を刃と変えた剣であれば、バルザークを傷つけることも不可能ではない。だが、あくまで君は、私たち神族に手落ちがあった時の予備部品。我らが倒れるまでは、決して、手を出さないでくれ。そうでなければ、君のタルフォード、そして、オートレイだった者に、申し訳が立たない」
そうだろうな。
だけど、それでいい。
俺は、厳粛な気持ちで、うなずいた。
カティサークが、宝石の杖を掲げた。
続いて、ケルメデイトが宝石のハルバードを、イクシオウルが宝石の剣を掲げる。
その三つの武器に、俺のモーターブレードを重ね合わせた。
「バルザークを討つ。この決意に、変わりはないな」
「応っ!」
種族は違っても、四人の声にこもった意志に、変わりはなかった。
「バルザークをぶっ倒しに行ってくる」
なるべく、平然を装って言ったつもりなんだけど、アルフェミアの表情は固かった。
「駄目です。神族の戦いに、空を飛べない機械戦士が参加しても無意味です」
「そんなことはない。アビセンナの爺さんは、立派に戦ったって言うじゃないか。俺だって、できることはあるさ」
靴紐を結ぶのと同じ感覚で、補給口からパイプを外した。
背中に開いていた穴が閉じて、何層も板が重なり、背部装甲を形成していく。
「アビセンナは戦死しています。言っていることの意味が、わかっているのですか?」
うん、多分、わかってはいるけど。
それを口にしたら、アルフェミアが泣き出してしまいそうな気がして、とても言えなかった。
最後に見る、アルフェミアの顔が泣き顔だったっていうのは、嫌だった。
「止めても無駄だぜ。俺が言うことを聞かないっていうのは、最初に会った時から、わかっているだろ。そう言えば、最初に会った時って、ベッドの上でだっけ。アルフェミアの尻をマンジュウかと思って触ったら、思いっきり、ここを蹴っ飛ばされたよな」
無理に笑いながら、無理に馬鹿話をしながら、自分のアゴを手で触った。
アルフェミアは、しばらく黙った後、俺の顔を見つめた。
「そこまで決意を固めているのであれば、もう止めません。ただ、整備だけはさせて下さい」
そうだな。
最後に、アルフェミアに調整してもらうのも悪くはない。
そう思って、俺は部屋の床に腰を降ろした。
いつものように、装甲板を外して、アルフェミアがカチャカチャと音を立てるのを待つ。
だけど、聞き慣れた音は、いつまで経っても鳴らなかった。
「アルフェミア?」
不思議に思って、後ろを振り向いて、俺はおどろくことになった。
「えっ?」
アルフェミアの腕が、俺の首筋に絡みつき、激しく、俺の唇を奪った。
機械戦士になっているので、唇はないから、兜の頬当てなんだけれど。
違ったのは、アルフェミアの首筋から、まるで青草が萌えるように、白い絹糸が噴き出していること。
「おい、離してくれよ、アルフェミア。カティサークたちが待っているんだ」
ただ事ならない様子に、俺はかろうじて、そう言ったけど。
アルフェミアは、腕を首に絡めたまま、離してはくれなかった。
「私は愚か者です。今になって、アビセンナの後を追った、シモンの気持ちがわかりました」
おい、離してくれよ、アルフェミア。
「私は愚か者です。今になって、エリフから離れようとしなかった、リーネの気持ちがわかりました」
アルフェミアの首筋から噴き出してきた絹糸のように細い神経束は、あっという間に、俺の首全体を包んでしまった。ヌルリとぬめつくような感触が、俺の首筋からも走る。
うなじから、なにかが噴き出していく感触。アルフェミアが出した神経束に絡みつくようにして、俺の首筋からも神経束が噴き出していた。
「アルフェミア。なんのつもりだ?」
「私は愚か者です。他に、あなたを引き留める方法を思いつきませんでした」
アルフェミアは、機械のように同じような言葉を繰り返すばかりで、なにも答えてくれない。
「クロード。あなたは、どこにも行きません。この私が、行かせたりはしません」
突然、目の前の視界がブレた。
起きたまま見る、夢の世界。
そんなところに強引に、アルフェミアによって、俺は連れて行かれてしまった。
そこに会ったのは、青草が香る草原。
この世界に渡る前に吉乃さんと最後の時間を過ごした場所、そして、夢で知った、アルフェミアが生まれ育った場所。
どちらでもある場所。
神族の船にある部屋の中にいたはずの自分が、いきなり、そんな場所にいたので、俺の頭は混乱してしまった。
「なんだ、ここは?」
「機械戦士とタルフォード。その二つの存在が愛を結ぶ場所は、二人に共通する想い出が現れることが多いのです」
「愛を結ぶ?」
「ここは、私とクロードの脳が共に思い描いた場所。自分の体を見てください。慣れ親しんだ体にもどっているはずです」
見ると、アルフェミアの言うとおり、俺の体は生身にもどっていた。
そして、なぜか素っ裸。
「ちょ、ちょっと待て!? 愛を結ぶって?」
あわてて身を離すと、アルフェミアもまた、なにも身につけてはいなかった。
「クロード。夢の中ではありますが、私の全てを、あなたに捧げます。ですから、どこにも行かないでください」
「待て。そんなことを言われても、困るって」
心の準備ができていないし。
経験ないから、自信ないし。
なにより、そんなことで悩んでいる場合じゃないし。
「そうだよっ! 駄目だって。俺、これからバルザークと戦いに行かなきゃいけないんだから」
カティサークが待っている。すぐに出発すると言っていた。
だから、俺は行かなければいけない。そのために、俺は吉乃さんと別れてまで、この世界に残ったんだ。
「クロード。私の話を聞いて下さい。そういうところは、全く変わりませんね」
小鳥のように震えながら、アルフェミアは俺に近づいてきた。
「本当は、優勝した日の夜に、こうしたかったのですが」
アルフェミアの細い腕が、俺の体を抱きしめる。
柔らかく、暖かかった。
機械の体で感じているよりも柔らかくて、俺も抱きしめ返したかったけど。
「離してくれ、アルフェミア。俺を行かせてくれ」
「今は、全てを忘れて下さい。クロードの知識では、この状態を解除することはできません。私の方からでなければ、この夢から覚めることはできないのです」
そう言って、安心してしまったのか、アルフェミアはゆっくりと、俺の唇に、自分の唇を重ねた。
熱い。
アルフェミアの口の中は、彼女の体温よりも熱かった。
舌と舌が絡み、なにも考えられなくなる。
だけど。
本当に、大好きなアルフェミアを抱きしめて、その先に進みたかったんだけど。
本能よりも、愛よりも、俺には優先しなけりゃいけないことがあった。
唾が糸を引き、俺とアルフェミアの唇をつなぐ橋ができる。
そして、柔らかい体を抱きしめたまま、その黒い瞳を見つめた。
なにも言わず、彼女から言葉を待つ。
「どうしたいいのか、わからないのですか? 大丈夫です。お姉さんの私に任せて下さい。この日のために、パーシエ先輩から、必要なことを教わってきました。クロードは、横になっているだけで大丈夫です」
そういうことじゃなくて!
というか、ルーケンが疲れた声を出していた理由は、それかよっ!
仕方なく、自分から口を開く。
「あのな、アルフェミア。俺が、この世界に残った理由って、わかるか?」
首を横に振るアルフェミアの、黒だか青だかわからない髪を撫でて、俺は言った。
「おまえが言ってくれたから」
アルフェミアの肩が、小さく震えるのがわかった。
「俺が、この世界に残ることを決めた理由。それは、アルフェミアが言ってくれた言葉があったから。愛よりも大事なものがある。だから、俺を行かせてくれよ、アルフェミア」
アルフェミアの黒い瞳が、俺の二つの目を見つめた。
「その言葉を撤回します。あなたが生きているなら、私の知らない、別の世界であっても、生きていてくれるのなら。あなたのとなりにいるのが、私ではなく、オートレイであったとしても。私は、あなたが死んでしまうよりはいいと思ったのです」
「本当に、そう思うのか?」
「おねがいです。せめて、討伐の準備がそろってから、勝てる可能性ができてから、バルザークと戦って下さい。神族の有志三人だけで、バルザークに戦いをいどもうなど、具の骨頂です」
「討伐の準備ができるまで。その間に、また人は死ぬだろうな」
「クロードっ! あなたが行ったところで、そのことに変わりはないのですよっ!」
「そうじゃないさ」
優しく手で押して、アルフェミアの体から、身を離した。
身を離して初めて、その柔らかい感触、心地よい暖かさが失われることが惜しいと思った。
だけど、俺は行かなくちゃいけない。
もう一度だけ、アルフェミアと唇を重ねた。
「愛している、アルフェミア……だから、ごめん」
唇を離すのと、俺とアルフェミアが夢から覚めるのは、ほとんど同時だった。
「勝つ、と言ってはくれないのですか?」
夢から覚めた俺の背中で、アルフェミアが泣いていた。
だけど、もう彼女が、俺を抱き止めることはない。
俺の背中が、それ以上の引き止めを拒否していたから。
それは、覚悟を決めた者の背中だったのだろう。
一度だけ、アルフェミアはなにも言わず、俺の首を抱いた。
背中の装甲板を伝う、涙の筋。
大切な人との別れは、それだけで十分だった。
「別れの挨拶は終わったのか、クロード」
すべてをわかっているという口調で言うカティサークに、俺はうなずいた。
カティサークが用意したのは、一台のボートみたいな船。
ボートみたいと言っても、大きさは俺の家くらいあるんだけど。
「連絡艇だ。一隻だけ残っていた。これを使って、バルザークの待つ場所まで移動する」
待っているって?
「果たし状と言っただろうか? 戦いたいという意志を、バルザークに封書で伝えた」
うーん、そんなの大丈夫だろうか。
欲しいものがあるからって、街に眷族を仕掛けるような馬鹿野郎だから、軍隊とか用意して待っていそうな気がするんだけれども。
「心配するな。この連絡艇にも武装はある。バルザークには命中しないだろうが、地上戦力を掃討するには充分な火力がある」
物騒なことを言って、ケルメデイトが笑った。
「どのみち、逃げはしないだろう。神族全員を敵に回したということは、バルザーク自身が理解している」
落ち着いた声のイクシオウル。
とりあえず、行くしか選択肢はない。
俺は、そう思って、三人の神族と一緒に、連絡艇の中に乗りこんだ。
昔、修学旅行で乗った飛行機と、窓の外の景色は、あまり変わらなかった。
違っていたのは、地面に建っている建物の数くらい。
すべて石造りで、そのちっぽけな建物の中に人々は暮らしている。
「こうして、高いところから世界を見下ろしていると、自分が本当に神になったように感じてしまう。バルザークもまた、そういう故障を起こしてしまったのだろう」
俺のとなりでつぶやいた、カティサークの独白は、どこか悲しげだった。
連絡艇が着陸し、俺と神族三人は、地上に降り立った。
「ずいぶんと待たせてくれる。土産がなければ、城に帰っているところだった」
そう言って、出迎えてくれたのは、紫色の体を持つ神族、バルザーク。
そのアメジストの両腕に、アルフェミアが恐れていたことのある光剣、ライトセイバー二本を構えて、バルザークは、俺たちを待っていた。
「クロードは、貴様の手土産ではない。れっきとした、私たちの戦友だ」
カティサークは杖を振り上げて、バルザークに向かって叫ぶ。
「バルザーク。貴様は限度というものを越えた。数多の命を奪い、竜の眷族を使って世を乱し、あまつさえ、同胞であるはずのファラネーを、我らから奪った。その罪は、貴様自身があがなえ」
カティサークが飛んだ。続いて、ケルメデイト、イクシオウルが、オレンジの光と白い光を描いて、空に舞っていく。バルザークもすでに、離陸していた。
三対一。
漫画とかでは、数十人の相手を前に、一歩も引かない主人公とか描かれたりするけど、実際には、そういうわけにはいかない。一本の剣を受けている間に、二刀、三刀が飛んでくる。あんなに強い正人兄貴だって、俺と吉乃さんが同時に斬りかかっていったら、それを防ぐのは無理だろう。
だけど、バルザークは、アメジストの輝きを灰色の空に描きながら、猛スピードで向かってくる水色、オレンジ色、白色の輝きに対抗していた。
紫の輝きの両側に光る、二本のライトセイバーの黄色い光。
あの二刀流は、この戦いのためだったのか。
最初に、白色の輝き、イクシオウルが、俺が立っている地面に墜ちた。
続いて、オレンジ色の輝きが、ケルメデイトが、墜落してくる。
墜ちた場所は遠く離れていて、俺は大地に叩きつけられた二人に駆け寄ることもできなかった。
薄情とか、そういう理由じゃなく。俺は、待っていたから。
紫と水色、アメジストとアクアマリンの光が、激しく、ぶつかり合いながら、俺の方へと近寄ってくる。
シュンと、熱く宝石を焼き焦がす音。
バキっと、激しく宝石を叩く音。
二つの、バルザークとカティサークが戦っている音が、俺の耳に聞こえるようになって来た。
次は、俺が戦う番だ。
モーターブレードを構える。左手に、大盾はない。
両手持ちの、下段構え。
俺が一番、得意とし、信頼している構え。
空全体を押し潰すようにして、アメジストの光が迫ってくる。
それに追いすがるようにして、カティサークが、バルザークにしがみつく。
二つの宝石が、俺の立つ、すぐそばに墜落した。
「面倒なことになった。私を歩いて帰らせるつもりか」
カティサークの杖に激しく打ちすえられた背中を触りながら、バルザークは不快そうにつぶやく。
俺は足の裏のキャタピラを回して、土ボコリを舞い上げながら、そいつに走り寄った。
「バルザークっ!」
「土産になるつもりはない、というわけか」
面白い、と言わんばかりに、バルザークの金色の瞳が光る。
「俺は機械戦士クロードっ! 神族ファラネーの仇を討ちに来たっ!」
もう、武上直人としてではなく。
バルザークの前で止まり、一人の機械戦士として、俺はモーターブレードを構えた。
最初は不気味にさえ思えた、真っ黒な鎧。今となっては、俺自身の体以外の何物でもない。
首の付け根のところにあるコア・クリスタルの輝き、全身をめぐるオイルの流れ、体中の駆動機の震動。
すべてが今、俺自身の体となって、戦いを欲している。
「自分の運命を変えられる。まだ、そう思っている目だな」
獲物を前にして赤く光る、俺の一つ目を見て、バルザークは余裕を持って言った。
「運命なら、すでに変えたよ。後は、決着を着けるだけだ」
足裏のキャタピラが床を噛み砕き、破片をまき散らし始める。
モーターブレードの鍔代わりのエンジンが、甲高い咆吼を上げた。
二刀で迫り来る、ビームセイバー。
それを避けながら攻撃するのは至難の業だ。
実際、俺はバルザークの体に一刀も入れることができず、じわじわと装甲を削られていった。
紙一重でかわしているのではなく、なぶられている。そのことは、よくわかっていた。
「素晴らしい。機体強化も受けていない、特性付与も受けていない、各部品の品質は最低ランク、武器は醜悪なガラクタ、タルフォードさえも最低級だというのに、なんだ、この性能は。反応速度、機動性、攻撃力、防御力、すべてが高い水準で維持されている。素晴らしいぞ、クロード。おまえこそ、我が軍団に入る資格がある」
二刀を変幻自在に操りながら、バルザークは笑っている。
「竜と戦うためか? もう全部、倒してしまったっていうのに?」
「最初は、そう思っていた。だが、クロード。おまえを見て、考えを改めた」
どうせ、ろくでもないことに決まっている。
バルザークに、左の肩当ての先を焼き斬られながらも、俺はモーターブレードを振るう。ファラネーの羽で作った刃は、まだ、バルザークの体を捕らえられない。
「私は決めた。再び、人間に恐怖と驚異を与えるため。私の軍団を行使しよう」
「なんのためだよ」
「愚問だ。これほど剣を使えるなら、貴様も、機械戦士たちの堕落を感じていたはずだ」
「ファラネーも同じことを言っていたよ」
「残念だな。話し合えば、理解し合えたかもしれない」
そんなわけあるかっ!
戯れ言を言うバルザークに、俺は断言した。
「ファラネーは、あんたと違う。あの人は、自分よりも圧倒的に強い相手と立ち向かうこと、力無き人々の盾になることをためらいはしなかった。あんたのしていることはなんだ。力無き人を、自分の趣味のためにもて遊んでいるだけじゃないか」
「それのなにが悪い。力無き者よ」
「堕落しているのは、あんただよ。バルザーク、あんたは竜になっちまったんだ」
バルザークの目が、醜く歪んだ。
竜を、だれよりもにくんでいた。
だから、竜と戦う備えをした。
そして、バルザークは竜になった。
猛烈な攻撃が、殺してやるという攻撃が、俺を襲ってきた。
十五歳の男っていうのは、普通、なにをしているものなんだろうか?
勉強だろうか。スポーツだろうか。それとも、恋愛だろうか。
俺も十五歳の健康な男子だけど、今は真っ黒な鎧を着て、顔も黒い兜で隠して、ギザギザのノコギリ刃がついた大きな剣を振りかぶって、敵と向かい合っている。
普通の十五歳なら、いや、普通の十五歳じゃなくても、こんなことはしない。
もしも、俺が英雄物語に出てくる主人公なら、悪い魔王を倒して、お姫様を救い出して、それでハッピーエンドのはずなんだけれども。
あいにく、俺はヒーローなんかじゃなくて、中学校を卒業したばかりの、ただのガキだった。
鎧に覆われた関節が、ギシギシと痛む。
痛い。
身につけている鎧はどこもかしこも傷だらけで、無事な場所なんて一つもない。
痛みでふらついている俺の姿を見て、目の前にいるバルザークは勝利を確信したのか、冷たく笑った。
笑ったって言っても、口の端がつり上がったわけじゃない。
俺と斬り合いをしているバルザークも、俺と同じように全身を鎧と兜で覆っていたから。
でも、わかる。
兜は表情を隠してしまうけれども、バルザークが手に持った剣は表情を表している。
ボロボロになって死にかけている俺は、バルザークに嘲笑われていた。
幾度となく切り刻まれ、壊れる寸前になった俺の体。
ついに、砕けかけた膝が体重を支えきれなくなって、俺は床に片膝を着いた。
「これ以上は無駄だ」
冷たい笑みを浮かべたままで、バルザークはそう言った。
俺も、そう思う。
体中、傷だらけだった。
対して、敵には傷の一つもついちゃいない。
勝ち目はすでになくなった。
だが、剣はまだ俺の手の中にあって、俺はそれを離すわけにはいかなかった。
剣を杖の代わりにして、砕けた膝から送られてくる激しい痛覚を無視して、俺は立ち上がる。
「死ぬつもりか」
死ぬだろうな。
そう思った。
バルザークは強い。俺なんかよりも、ずっと強い。それは間違いない。
それでも、俺には戦わなければならない理由があった。
つるぎ太刀 いよいよ研ぐべし いにしえの
清く背負いて 来しその故ぞ
頭に浮かんだのは、昔、教わった歌。
子供の頃、何度も口ずさんだ歌。
忘れていた、だけど、たった今、思い出した歌。
遥かに昔。戦火が絶えることなく、生まれ出づる者よりも死に逝く者が多かりし頃。
「なにを言っている?」
我らは神仏、威鳴る神に誓いを立てた。決して、退くことはせぬと。
「故障したのか?」
己が手に握りし、刀にかけて。刀折れれば、その拳にかけて。
「答えよ」
我らが背負うもの。神より預かりし、清らかなる魂。仏より預かりし、掛け替えなき縁。全ての母より預かりし、二つとなき命。
「貴様はなんだ?」
「我は機械戦士クロード。貴様を滅する、威鳴る神の黒き刀」
全身の装甲が砕け散り、軽くなった俺に、キャタピラはもう必要ない。
二歳の頃から続けた歩法そのままに、俺は地面を蹴る。
バルザークも前に出て、二本の光剣を振るった。
受けることもせず、俺の胴体は光り輝く熱の刃に両断され、上半身が下半身から滑り落ちた。
「無意味なことを」
バルザークが、嘲笑うようにつぶやいた、その時。
モーターブレードのエンジンが、雄叫びを上げた。
滑り落ちていく胴体、まだ右手に握られたままのモーターブレード。
俺の上半身が地面に落ちるよりも早く墜ちた刃先は、地面を蹴り、時計の針のように宙を回る。
「ガハッ!」
初めて、バルザークが苦痛にうめいた。
回った刃はバルザークの肩先から、袈裟切りでまともに入ったんだ。
その体の内部まで、ファラネーの羽、緑色に輝く、宝石の刃の列が貫通していく。
あと一撃っ!
「悪あがきをするなっ!」
悲鳴のような、驚愕に震えるような、バルザークの咆吼。
逆手に持ち替えた光剣が、下半身を失った俺の頭を狙う。
今度は、俺が吼えた。
頬当ての下には、なにもない。
そう思いこんでいた。
だが、大きく吼えた顎から頬当ては外れ、竜のごとき牙の列が、俺の口に現れる。
「竜?」
バルザークが、恐怖にすくむ声。
俺の両手から現れた鈎爪は、まさしく竜の爪のように、バルザークの傷ついた体に食いこんだ。
爪を引っかけ、腕を縮めて、上半身だけになった俺は、バルザークの喉の下で、大きく口を開けた。
「がああああっ!」
獣じみた咆吼の後、バルザークの首に、俺の牙が食いこむ。
コア・クリスタルが牙に噛み砕かれ、割れていく感触。
そして、バルザークの光剣が、俺の首元、コア・クリスタルを貫く感触。
二機の機械は、命を宿した機械は、そうして、最後を迎えることになった。
下半身をなくしてしまった。
モーターブレードを握っていた手が、どんどん冷たくなっていく。
「終わったのか」
同じように、地面に倒れ、死の淵に立っているバルザークの姿を見て、俺は不思議と満足していた。
首元に空いた大きな穴。クリスタル・コアを破壊された俺は、生命を維持していく装置を失ってしまったことになる。戦争をしていた時に見た、機械戦士の死。それと同じ現象を、俺は迎えようとしている。
「でも、これでよかったんだよな」
そう思う。
凍るような冷たさは腕に伝わり、肩まで忍び寄ってきていた。
「吉乃さん。待っているって言ってくれたけど」
元の世界に帰らない。
俺がそう決めた時、吉乃さんは毅然とした顔で、無理をして、「待っています」と言ってくれた。
嬉しかったけど、こうなることは最初からわかっていたから。
どうか、兄貴と幸せになって欲しい。
「ごめん、アルフェミア」
俺が幸せにしてやりたかった。
だけど、それよりも先に、俺にはしなくちゃいけないことがあった。
死にたくないな。
初めて、そう思った。
死にたくない。
強く思ったけど。
冷たさは胴体から、首に達していて。
もう、手遅れだった。
「ごめん、アルフェミア」
もう一度、つぶやいた。
最後に、彼女の幸せを祈ることもできずに。
機械戦士クロードは、機能を停止させた。




