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機械戦士物語 ナイトクロード  作者: あいちゃん5歳
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第十章 『神族バルザーク』

 ついに、俺は優勝した。

 これで、人間にもどり、吉乃さんと一緒に、元の世界に帰ることができる。

 その時は、アルフェミアも連れて帰るんだ。

 待ち焦がれていた表彰式。

 優勝者の俺は真ん中に立ち、その後ろにティガスが並ぶ。

 会場となったのは、サークルカウンターが置かれた広い部屋。

 そこに集まったのは、百人余りの鋼の強者たち。

 俺の順位を表す黒い宝石は、宝石で彩られた天球儀サークルカウンターの中心で、どの宝石よりも強く輝いている。

 よくも、こんな連中を相手に勝ち進めたものだと、俺は感動してしまった。

 向かい側のゲートから、タルフォードたちが整列して、入場してきた。

 先頭に立つのは、がんばってくれたアルフェミア。

 誇らしかった。

 嬉しかった。

 人間にもどり、吉乃さんを連れて、元の世界に帰る。

 それが一番大事なことは変わりなかったけど、今は、自分の健闘を素直に喜びたかった。

 アルフェミアと共に、サークルカウンターの前、列の先頭に並ぶ。

 それは、優勝者だけが与えられる、栄光の座。

 その栄光の座の前で、美しい宝石の人が、俺たちを待っていた。

 

 最初は、エメラルドで作られた天使像かと思った。

 全身が美しい緑色の宝石で構成された機械戦士。その体型は女性のようにほっそりとしていて、とてもきれいだった。しかも、背中には四枚の大きな翼。それも、すべて緑色の宝石で、エメラルドの輝きがまぶしいくらいだった。

「この方が、神族ファラネー様です」

 見とれている俺に、となりにいたアルフェミアが、そっと耳打ちしてくれる。

 その美しい姿は、本当に神の名前にふさわしいと、俺は思ってしまった。

 自然体で立ったファラネーが、ゆっくりと話し始めた。

「闘技大会も無事に終わり、互いの刃を交じ合わせる時間も終わりました。今は、この大会に参加してくれた、すべての者の健闘をたたえたいと思います」

 ファラネーが発したのは、柔らかな女性の声だった。

 聞いているだけで安心できるような、そんな優しい声。

 まず、その声は、列の先頭に立っている、俺とアルフェミアに向けられた。

「あなたたちの健闘を称えます。クロードとアルフェミア。闘技大会に初めて参加したというのに、優勝を成しとげるという快挙。過去に前例のない、この偉大な記録は、後々の世まで語り継がれていくことでしょう」

「それは、この人がいたから」

 アルフェミアと同時に答えてしまって、俺は恥ずかしくなって下を向いた。横目で見ると、アルフェミアも恥ずかしそうに下を向いている。

「負けた原因がわかったような気がするね」

「ミュンザ。それは俺を脅しているのか?」

 俺たちのすぐ後ろで、ミュンザとティガスが、俺たちを冷やかしていた。

「仲がよろしいのですね、二人とも。まずは宝冠を差し上げましょう。神族ファラネーの催した闘技大会で優勝した証。二人とも、大事にしてくださいね」

 そう言うと、ファラネーはエメラルドでできた手を、俺とアルフェミアの額にかざした。

 どういう仕組みになっているのか、アルフェミアの額に、金の翼のような紋様が浮かぶ。

「美しいです。クロード、その宝冠は、あなたにこそふさわしい」

「アルフェミアも、よく似合うよ」

 互いに褒めあって、なんだか、くすぐったいような気持ちだった。

「そして、私が差し上げられるものは二つ。願いをかなえること。そして、優秀なタルフォード、オートレイをパートナーにする権利」

 列のどこかに並んでいたオートレイが、静かに歩いてきた。

 白いドレスの裾を持ち、ファラネーと俺たちに丁寧にお辞儀をする。

 アルフェミアは、俺の顔を見ていない。

 ただ、ファラネーの方を向いて、小さな拳を胸の前で握り締めている。

 もう少し、信用して欲しいんだけど。

「俺の願いは、人間にもどり、元の世界に帰ること。その際に、離れ離れになってしまった人、広津吉乃と、パートナーのアルフェミアを連れていくこと。これだけです」

「元の世界? クロード、それはどういった意味ですか?」

「俺は、この世界に生まれたわけじゃないんです。ある日、突然、この世界に飛ばされて、機械戦士にされてしまった。だから、俺は人間にもどって、自分の家がある元の世界に帰りたい。そういうことです」

「覚醒ボケか?」

 後ろで、ティガスが余計なことを言っていた。

 ファラネーはしばらく考えこんだ後、

「時空震?」

と、心あらずといった様子でつぶやいた。

「もしかしたら、力になれるかもしれません。クロード、その願いについては、しばらく時間を下さい」

 そして、ファラネーは、アルフェミアの方へ向き直った。

「アルフェミア。あなたの願いを聞かせて下さい」

「黒の狂戦士クロードと共にあること。他に、願いはありません」

 広場に並んだタルフォードたちから、ため息が漏れる。

 半分は感動、半分は羨望。

「わかりました。きっと願いはかなえられましょう。あなたの想いは、真実のようですから」

 あえて、俺もファラネーも、オートレイのことは口にしなかった。

 彼女はなにも言わずに、すべてわかっているという表情で微笑んでいた。

 悪いとは思ったけど。

 俺にとって大事な人は、となりにいる宝冠をつけたタルフォード、アルフェミアだった。



 表彰式が終わった夜。

 俺とアルフェミアは、神族ファラネーに呼ばれて、闘技場の広場に向かっていた。

「なあ、アルフェミア。もしかして、ファラネーと試合しなきゃいけないとか、そういうことはないよな?」

「クロード、不道徳な発言は止めて下さい。それと、私からも質問があります」

 天井はやけに高いくせに、細くて狭い通路。歩いているのは、俺とアルフェミア、そして、オートレイだった。

 アルフェミアもオートレイも、俺の横を並んで歩こうとするので、ただでさえ狭い通路が、余計に狭苦しくて仕方がない。いらだった口調で、アルフェミアが続けた。

「なぜ、オートレイが一緒にいるのですか?」

 俺に聞かれてもなあ。

「なにか、問題でもあるのですか?」

 その微笑みが怖いよ、オートレイ。

 視線で火花を散らしながら、無理矢理にオートレイとアルフェミアは、俺の右と左を並んで歩く。

「オートレイっ! クロードの腕に、自分の腕を絡ませないで下さいっ!」

「アルフェミアだって、クロード様と腕を組んでいるではありませんか」

 騒がしいなあ。

 こいつらを連れて行って、本当に大丈夫なんだろうか。

 

 通い慣れた闘技場の広場。

 幾多の金属片とオイルを吸った地面に立つと、その広場の中央に、エメラルドの天使が立っていた。

「よく来てくれました、三人とも」

 オートレイはそう言うと、自分が立っている場所の、すぐ横を指差した。

 地下に向かう階段が、闘技場の中心点に開いている。

「あまり愉快ではない者が同席しますが、その場所で話すべきことだと思います。ついて来て下さい」

 愉快ではない者とは、こいつのことに違いないなと思っているのか、アルフェミアとオートレイが、互いに相手の顔を見ている。

 不謹慎だなあ、と思いながら、俺は二人を連れて、ファラネーの後ろを歩いていった。


 夜中の闘技場。

 その真ん中にあった地下へと続く階段は、ミストリエの街にある建物とほとんど変わらない石造りだったんだけど、少し歩くと、人工の光が俺たちを照らしてくれた。

「この先にあるのは謁見室。神族以外が入ることは、あまりない場所です」

 先頭を歩くファラネーの言葉に、まだ冷戦を続けていたアルフェミアとオートレイの顔が引き締まった。

 一体、なにを見せてくれるんだろうか。

 階段は長く続き、しばらくして、俺たちは謁見室に入ることになった。

 謁見室と聞いていたので、俺はてっきり、玉座がある大きな部屋を想像していたんだけど。

 連れて行かれたのは、真っ暗な鍾乳洞みたいな場所だった。

 暗い洞窟の壁面に、ファラネーの宝石の体が発する、淡い緑の光が映えて、幻想的な光景を作り出していた。

「それでは、ファラネー。話して下さい」

 この国の統治者であるファラネーに敬意を表して、俺は膝をついてから言った。アルフェミアとオートレイも、同じように膝をつき、ファラネーの言葉を待つ。

「まずは祝いの言葉を言わなくてはなりませんね。闘技大会には初参加。装備も環境も劣悪な状況で、よくぞ、ここまで勝ち進んだものです」

「俺には、アルフェミアが造ってくれた武器、モーターブレードがあります。そして、俺がどんな怪我をしたって、アルフェミアが直してくれました。だから、自分が置かれた状況が悪かったとは思いません」

 ファラネーの前で、ひざまずいたままで、俺は正直な気持ちを話した。俺のすぐ右となりに膝をついているアルフェミアの頬に朱が登ったのが、横目で見えた。

「パートナーをどこまでも信頼しているのですね。クロード。あなたを見ていると、昔、ともに竜と戦った機械戦士たちの姿を思い出します」

 そう言うと、ファラネーは右手を掲げた。掲げた右手からは淡い光の玉が現れ、それは鍾乳洞みたいな謁見室の天井まで浮かび、それまで薄暗かった部屋の中を照らしていく。

「うわっ!」

 照らし出された部屋の中にあった物を見て、俺とアルフェミア、オートレイが声を上げる。

 そこにあったのは、巨大な生物の骸骨。

「これは、竜?」

 俺の胴体の三倍はありそうな手足、人間など一呑みにできそうな、牙が並んだ巨大な口。それは大きなトカゲ、いや、恐竜の骸骨のようなもので、背中に生えたコウモリのような翼の骨と長過ぎる頭蓋骨に並ぶ八つ並んだ目玉の穴、圧倒的に巨大な体躯が、異形の生物であることを、まざまざと感じさせた。

「これは……昔、ファラネー様が倒した、銀竜ペリュナイムですか?」

 オートレイが訳知り顔で尋ねると、ファラネーは静かにうなずいた。

「私と、私の戦友である機械戦士たちが力を合わせて倒した竜です。気ままに人を喰らい、喰いきれない物は異形の姿の化け物、眷族に変えて、暴虐の限りを尽くした旧世代の統治者。この星の頂点に立っていた絶対生物である彼らの骨は、未だに、この地に在り続けています」

 懐かしげに、しかし、今も滞ることがないような静かな怒りをこめて、ファラネーは、ペリュナイムと呼ばれた巨大な竜の骸骨を見上げている。

 アルフェミアは、目の前にいる竜に圧倒されて固まっている。オートレイは黙ってしまい、話しているのは、俺とファラネーの二人だけだった。

「クロード。私たちが星の海を渡って、この世界にやってきたと言われたら、あなたは信じますか?」

 星の海って、宇宙のことだよな。そうしたら、ファラネーって宇宙人なのだろうか?

「この星の極地に墜落した私たちを迎えたのは、竜による襲撃。宝石で作られた人間のように見える私たちの姿は、この世界に生きる人間に遊び飽きてしまった竜たちには珍しかったのでしょう。永遠とも思える星の海の旅。その間に、武器というものを概念から失ってしまった私たちには、抗う術はありませんでした」

「竜……」

 相づちだけを打つ俺に、ファラネーは淡々と話し続ける。

「それを助けてくれたのは、ただの人間。信じられますか、クロード? 生身の人間が、はかない手に武器を持って、自分たちよりも遥かに強大な存在である竜たちに戦いをいどみ、自らの命を省みず、私たちを牢獄から救ってくれたのです。それも、姿かたちが自分たちに似ているという理由だけで。自分たちと似た者たちが、自分たちと同じように苦しんでいるというだけで」

 そう語るファラネーの顔は、宝石で作られた彫像のようなものだったんだけど、その瞳には涙が浮かんでいるかのように見えた。

「だから、私たちは決心したのです。武器を手に取り、自分たちも人間と一緒に、竜と戦おうと。人間の体が簡単に破れ、砕け、散ってしまうものであるなら、より硬き鋼の体を与えようと」

 ファラネーは語りながら、竜の骸骨を見上げていた顔を下げて、俺の顔を見た。

「竜の力はあまりにも強大で、対して、私たちは争うことさえ忘れてしまった者たち。戦いは決して、楽なものではありませんでした。しかし、機械戦士よ。あなたたちの先達と、そこにいるタルフォードたちの先達の命を省みぬ勇気によって、この世界は自由を得たのです」

 そう言ったファラネーの言葉は誇らしい響きを持っていたが、その顔は、どこか悲しげだった。

 鍾乳洞の暗い空気の中で、ファラネーの背中にある四枚の翼が、ゆっくりとはばたいた。

「しかし、それもすべては過去の話。争う理由がなくなった、抵抗すべき相手を失った今、機械戦士の魂もまた、同じように失われつつあります」

 リンと、ファラネーの翼が、エメラルドの羽が鳴る。

「クロード。あなたには、剣を取る理由がありますか?」

 そう聞いてきた時のファラネーの姿は、あまりにも荘厳で、俺は正直な気持ちを答えるしかなかった。

「あります。俺は人間にもどり、大切な人を捜し出し、自分の家に帰らなくてはいけません。ファラネー、あなたは、俺が別の世界から来た人間だと知ったら、信じてくれますか?」

 アルフェミアとオートレイが、俺を見ているのがわかった。だれも信じてくれないから、だれにも話さなかったこと。だけど、ファラネーには、ありのままを話さなくちゃいけない。そんな気がした。

「俺の本当の名前は、武上直人。この星ではない、地球という場所、日本という国で生まれ育った、ただのガキです。だけど、そんな俺にも大事な人がいます。その人の名前は、広津吉乃。この星、この国、この場所に飛ばされてしまった時、そばにはいなかった人。だけど、その前までは、ずっと一緒にいてくれた人。吉乃さんを捜し出し、無事に元の世界、元の国、元の家に連れもどす。そうするまでは、俺は剣を離せません」

 一息に語った。誰も信じてくれなくてもかまわないと思った。だって、それが俺の本当だから。

「あなたもまた、竜の犠牲者なのですね」

 そんな俺の赤色の一つ目を見つめて、ファラネーがつぶやいた。

 何か知っているんだろうか。

 ファラネーは一つずつ、俺の言葉に答えてくれた。

 

 時と世界の境を融和し、ともに消し去ってしまう最悪の自然現象、時空震。

 竜とは、その巨大な牙と爪で人を喰らうだけではなく、そういった災害を操る技術も有していたらしい。

 それは星の海を渡る技術を持つファラネーたち神族でさえも知り得なかった、究極の兵器。

 時間と空間というものは薄い、だが、決して破れない膜のようなもので、その破れないはずの膜を破ってしまえば、あらゆる時間と空間は均質、等位の存在となるらしい。

 ファラネーの言っていることは難しすぎて、俺にはよくわからなかったけど、簡単に言うと、昔の戦争で竜族が時空震を発生させた時、時間と空間を破り続ける爆風が発生して、偶然、その爆風の先に、俺と吉乃さんがいたんじゃないか、という話だった。

 つまり、俺と吉乃さんが落ちた暗い穴は、時空震で作られた爆風の穴ということになる。

「別の世界からやってきた。珍しいですが、前例のない話ではありません。クロード、あなたは異世界から渡ってきた戦士なのですね」

「ただのガキです。だれが俺を機械戦士にしたのかは知りませんが、ここまで勝てたのは、アルフェミアがいてくれたから。それに間違いはありません」

 その気持ちに、偽りはなかった。

「あなたの願いは三つ。一つは、人間にもどること。これは可能です。正式な契約を交わした機械戦士とタルフォードが、人間にもどり、お互いの愛を確かめ合うことは、珍しくはありませんから」

 えっ?

 思わず横を見ると、アルフェミアが顔を真っ赤にして、下を向いていた。

 うーん、新婚旅行みたいなものだろうか?

「もう一つは、元の世界に帰ること。これも前例がありますから、くわしい者に聞けば、不可能ではないでしょう。あなたが巻きこまれてしまった時空震の爆風の穴を捜し出して、そこに入ればいいわけですから」

 おお、希望が見えてきた。

 これで、俺は人間にもどって、吉乃さんと一緒に、元の世界に帰れるんだ。

「ただ、最後の願い。ヒロツ・ヨシノという者を捜すのは、難しいかもしれません」

 なんだって?

「クロード。おそらく、あなたが機械戦士になったのは、まだ竜と戦っていた時代の頃。なにかの原因で機能を停止させてしまった後、長い眠りに入ったのでしょう。もしも、あなたとヨシノが同じ時間、同じ場所にやって来ていたとしたら、離れてしまってから、長い時間が経ってしまっています。このことばかりは、保証することができません」

 なんだよ、それ。

 全身の力が、一気に抜けていく気がした。

 なんのために、俺は今日まで、必死になって、モーターブレードを振ってきたんだ。

 だけど、それはファラネーが悪いんじゃない。

 全身を襲う無力感の中で、そのことだけは理解していた。

「どうか、気を落とさないで下さい。難しいと言っただけで、見つからないと言ったわけではないのです。私に、しばらく時間を下さい。できるかぎりの努力をいたします」

 ファラネーの優しい言葉が、俺の耳を通り過ぎていった。



 ファラネーの話を聞き終わって。

 部屋にもどり、アルフェミアと一緒に、ベッドに座った。

「クロード、元気を出して下さい。私と二人で、ヨシノを捜せばいいだけのことではありませんか」

 俺の腕に手を当てて、アルフェミアは健気に言ってくれた。

「うん、ごめんな。ちょっと落ちこんだだけだから。そうだよな、アルフェミアの言うとおりだ。見つからなかったら、見つかるまで捜せばいいだけだもんな」

「そうです。あなたは、私のパートナーなのですから。辛抱強く戦うことができるはずです」

 パートナーという言葉を強く発音しながら、アルフェミアは手首から神経束を伸ばしてきた。

「今日は、もう眠るのか? もっと、話していたいんだけど」

「クロード。それ以上、私をいじめないで下さい」

 アルフェミアが、変なことを言った。

 アズキ色のワンピースを来た、アルフェミアの細い体。

 その体から、強い桃の香りが流れてくる。

「あなたは、私のものです。オートレイに渡したりなんかしません」

 アルフェミアの黒い瞳は、潤んでいるように見えて、とても色っぽかった。

 なんなんだろうか。

 白いコードが、俺の手首からも伸びて、アルフェミアの手首から伸びたコードと絡み合い、一つになっていく。

 非常に、まずい事態になっているんじゃないだろうかと思った頃。

 俺の左手が、となりの作業台に置いてあったモーターブレードの柄に伸びた。

 

「だれだっ!」

 右手でアルフェミアを自分の後ろにかばいながら、左手に持ったモーターブレードを突き付けた。

「すまない。歓楽の時を邪魔するつもりはなかったのだ」

 そう言ったのは、紫色の宝石の装甲を持った機械戦士。いや、宝石の体だから、神族なのか?

 そいつは、いつの間にか、部屋の扉の前に立っていた。

「黒の狂戦士クロード。見事な反応だ。気に入ったよ。貴様こそ、我が軍団に入る資格がある」

 紫の機械戦士だか神族の体は、ファラネーと同じように優美な造形だった。だが、そいつの発する言葉は、まがまがしい気でよどんでいた。

「なにかの勧誘か? 悪いが、俺はいそがしいんだ」

 警戒しながら油断無く、モーターブレードの切っ先を向ける俺に、そいつは余裕を見せて、しゃべり続ける。

「我が名は、神族バルザーク。堕落していく世界を憂い、真の平和を手にしようと剣を振る者。黒の狂戦士よ、また、会うこともあるだろう」

 そう言い残して、そいつは部屋から出て行った。

 俺の背中に隠れたアルフェミアの体が、カタカタと小刻みに震えていた。

 あいつは、何者なんだ?


 さっきまでピンク色に火照っていたアルフェミアの顔は、バルザークと名乗る侵入者に会ってから、真っ青になっていた。彼女から落ち着き、話すことができるようになるまで待ってから、俺はくわしいことを聞いた。

「神族です。名前はバルザーク。竜を十匹も倒した英雄であり、この大陸では、最も忌み嫌われている者」

「そんな奴が、なんで、俺の前に現れるんだ?」

 まだ怖がっているアルフェミアの肩を手で支えてやりながら、俺は彼女をうながす。

「バルザークが、ある妄想に取りつかれているからです」

 妄想?

「竜が再び現れて、この世界を襲うという妄想です。彼は、その妄想に対する備えのため、強い機械戦士たちを、手段を問わずに集めています」

「強引な勧誘だな。自分の軍隊が欲しいわけか」

「クロード。あなたの戦績は、比類なきもの。バルザークにとって、あなたは優秀な兵士なのでしょう」

 そう言うと、アルフェミアは俺にしがみついてきた。受け止めると、その肩はやっぱり震えていた。

「バルザークは暴君。自分の考えを押し通すために、これまでに、いくつもの命を奪っています。クロード、私たちは、どうすればいいというのでしょうか?」

「せっかく優勝できたのにな」

 吉乃さんは見つからない。変な神族は部屋にやって来る。

 本当に、ろくなことがない。

 どうすればいいかなんて、わからないと思っていたけど。

 その答えは、夜が明ける前にやって来た。



 突然、部屋の壁全体が震え、うなり声のような激しい音が聞こえ始めた。

「なんだ、これ?」

 学校の避難訓練の時にしか聞かないような警報音を聞いて、俺は、ぼんやりとした声でつぶやいてしまった。

「これは竜、もしくは、竜の眷族が現れた時に発せられる警報です」

 小さな子供のように、バルザークの影におびえて、俺にしがみついていたアルフェミアが、状況がわからなくて混乱している俺に教えてくれた。

 部屋から出ると、他の機械戦士たちとタルフォードたちも外に出ていて、警報の意味がわからないのか、うろたえて、周りを見回しているだけだった。

 その中で、アズキ色のスーツを着たパーシエが、俺の前を早足で廊下を歩き去っていく。

「機械戦士は武器を持って、タルフォードは修理道具を持って、闘技場広場に集合しなさいっ! 敵がやって来ましたっ! 時間は残されていませんっ! 全速で行動しなさいっ!」

 廊下の向こうへ消え去っていく、パーシエの怒鳴り声。

 やかましい警報を聞きながら、後ろにいるアルフェミアを振り返ると、彼女はもう、修理道具を手に持っていた。

 俺の左手には、モーターブレード。

 バルザークに会ってから、手放してはいなかった。

「行こうか」

 俺の言葉に、アルフェミアが生真面目な表情でうなずいた。

  

 いったい、なにが起こっているんだ?

「敵襲です。今、鳴っている警報は、竜、もしくは、竜の眷族が現れた時に発せられる警報。最大の危機を知らせるための非常警報。ミストリエの街に、敵が迫っています」

 アルフェミアと一緒に走りながら、俺は質問を続けた。

「竜? アルフェミアが生まれる前に、いなくなったっていう話だろ? なんで、今ごろになって現れるんだ?」

 闘技場で死闘を繰り返して、やっとの思いで優勝し、ようやく吉乃さんに会えるかもしれないのに。

「わかりません。誤報なのか、それとも生き残りの竜がいたのか、なにか別の敵が現れたのか」

 アルフェミアはそう言いながらも、まだ、俺の右手をにぎっていた。

 闘技場の石壁は、まるで、その石一つ一つが生き物であるかのように震え続け、街全体に響くような警報は鳴り止まない。地響きまでが鳴り始めた。

 驚いて、廊下にある窓を見ると、巨大な白い壁が、ミストリエの街全体を覆うようにして、せり上がっていくのが見えた。白い津波が起こったのかと、最初は思ってしまった。

「ファラネー様が、ミストリエの防御壁を起動させました。今、鳴っている警報。これは誤報ではありません。敵が、ミストリエの近くまで来ています」

「敵って?」

 人が死ぬことが日常だった時代から続く、武上一刀流。

 俺は、その技を受け継いでいるはずなのに、心構えなんか全然できていなくて、アルフェミアの固い声に、ぼんやりと返事を返すだけだったんだ。



「選りすぐりの機械戦士たちが集まっている。敵を前にして、これほどの幸運はありません」

 ファラネーが、背中に広がる四枚の翼を広げながら、闘技場広場に集まった俺たちに向かって、演説をしている。

「我らの戦いにより、竜は滅び、その眷族もことごとく消え去り、大地に平和はもたらされました。しかし、今をもって、まだ戦いを望む者がいます」

 円形の闘技場の試合会場。中心に立っているファラネーを囲むようにして、俺たち機械戦士とタルフォードは全員が膝をついて、そのよく通る声を聞いていた。

「安寧と友愛を乱し、混沌と憎悪を生み出そうとする者。その者の名は、悪神バルザーク」

 ファラネーが、だれかの名前を呼んだ。

 集まった機械戦士の一部、タルフォードの大半から、怯えるような悲鳴が上がった。

「恐れることはありません。バルザークとは、この私が戦います」

 今度は、闘技場に集まった者たち全員から、驚きの声が走る。

「戦いの指示は、無双の城壁ルーケンに一任しました。ミストリエに住む人間の命、あなたがた、誇りある機械戦士たちにあずけます」

 そう言うと、ファラネーは四枚の翼を羽ばたかせて、そのまま、垂直に、空に向かって、飛び上がっていってしまった。

 それが号令であったかのように、機械戦士たちは全開にされたゲート各所から出て行き、おそらくは、敵というものと戦いに行ってしまう。

「アルフェミア、なにが起こっているんだ?」

 呆然とする俺の手を引き、アルフェミアもゲートから外に出ようとする。

 わけのわからない世界に飛ばされて、なにもわからないままに戦い続けて、やっと元の場所に帰れるかもしれないと思った矢先に、その大事なものは目の前から飛び去ってしまった。

「クロード。これから、あなたは敵と戦うことになります」

「だから、敵ってなんだよ?」

 初めて闘技場に引かれて行った時のような、怒りにも似た、不安な気持ち。

「聞いた話が本当であれば、クロードの敵は、神族バルザークが竜の眷族を模して創造した、異形の化け物たちです。大丈夫です。数ある強敵を打ち破り、優勝の栄冠を手にしたクロードが、こんなところで倒れるはずはありません。勇気を出してください」

 俺の手をにぎるアルフェミアの手は、小刻みに震えていた。

 その言葉は、俺よりもむしろ、自分自身に投げかけられたものだったのだろうか。

 アルフェミアに手を引かれて歩きながら、しばらく考える。

 この手を引かれる先に待っているのは、おそらくは戦い。

 それも、真剣勝負なんていう生易しいものではなくて、おそらくは、この場所に集まっていた機械戦士を全て動かさなければならないような大きな戦い。言いかえれば、戦争。

 俺の手は、震えなかった。

 状況は理解できた。

 今までどおり剣を振るい、目の前の敵を倒すだけ。

「わかった。戦いに行こう」

 よくもここまで、と自分で思うほど落ち着いた声で、アルフェミアに呼びかけることができた。

 部屋まで行く道の途中、手を引きながら歩いているアルフェミアが一度だけ、俺の顔を振り返った。

「大丈夫だ。心配するなよ」

 なにも言わず、アルフェミアはうなずく。

 その黒い瞳に、もう不安の色は浮かんでいなかった。


 右手にモーターブレード。左手にカタパルトランス付の大盾。胸にマクファイル式七連装機関砲。

 闘技場のそばの道で、アルフェミアが慣れない手つきで胸の機関砲に弾を装填していると、オートレイが急いだ様子で、ドレスの裾を持ちながら走ってきた。

「手伝いましょう。他の機械戦士たちは、もう出陣しつつあります」

 他の機械戦士たちの準備を手伝っていたのか、オートレイの白いドレスに、オイルが飛び散った跡がついていた。アルフェミアは手を止めないままで五秒ほど沈黙を守った後、オートレイに場所をゆずり、モーターブレードの点検に取りかかり始めた。

「クロード。替え刃を何本か入れておきました。もしも、戦闘中に刃が欠けることがあったら、ここのスイッチを入れて下さい。モーターブレード自身が、自分で新しい刃に交換してくれるはずです」

 アルフェミアの説明を聞いて、俺はうなずく。

 早くも、白い壁の向こうから、銃撃音が聞こえ始めて来た。

 おそらくは、先に出陣した機械戦士たちが、射出武器を使っているのだろう。

 整備を済ませた俺は、アルフェミアとオートレイに礼を言ってから、足の裏にあるキャタピラを回し、白い防護壁の方へと向かった。


 石造りのミストリエの街の道。

 避難してきた住民たちが、怯えた目で、戦場へ走る機械戦士たちを見ていた。

 なにかにすがりつきたいような、そんな目だった。

 どんな声をかけたらいいのか、わからない。

 どう言ったら、この人たち、いきなり戦争に巻きこまれてしまった人々の不安を取り除いてやれるのか、わからない。

 だから、俺は何も言わずに、走りながら、右手に持ったモーターブレードを天にかざした。

 俺の後ろを歩いていた機械戦士たちも、手に持った自分の武器をかざし、それにならう。

 何も言わず、何も考えられずに、ただ怯えていただけの人々も、同じように、拳を天にかざした。

 歓声が、あたりを包む。 

 負けられない。

 なにが出てくるかなんてわからないけど。

 俺が倒れたら、後ろにいるのは、この人たちなんだ。

 戦いを前にして、俺の気持ちは高ぶり始めていた。


「すまん、遅れたっ!」

 防護壁の前までやってきて叫ぶと、すでに何体かの機械戦士たちが防護壁に設置された門から出陣しているところだった。

「黒の狂戦士。あなたは、このまま門を出て前進して、倒せるだけ敵を倒した後、ここにもどって来なさい。それを敵がいなくなるまで繰り返せば、私たちの勝利です」

 前線の指揮を取っていたパーシエが、厳しい声で、俺に命令を下した。

「機械戦士エリフ、キルビエ、ダッソーの三体は、クロードと共に戦いなさい。戦果を期待しています」

 いつの間にか、機械戦士エリフと見慣れない機械戦士二人が、俺の後ろに並んでいた。

「信じられん。生きて出陣の名誉に預かれるとは」

「呑気なことを言ってんなよ。ただの喧嘩とは訳が違うんだぜ」

 紅蓮の騎士エリフは、メタルソードを鞘から抜き放ち、俺の方を向いて、丸い白の目を輝かせた。

「剣で負けたわけではない。いつか、そう言ったことがあったな」

 その目の輝きは、まぎれもなく戦士の瞳。

「期待しているぜ」

「任せておけ」

 モーターブレードの刃の列が、カチャカチャと音を立てて起き上がった。



 防護壁の向こうにも、市街地は続いていた。

 住民は闘技場の方、街の中心へと避難してしまって、建物の中には、だれもいない。

 大盾を構え、回りを警戒しながら防護壁を出た俺の横にいたのは、闘技場で最初に戦った相手、紅蓮の騎士エリフと、怯えるように身を屈めている中量級の機械戦士二人だった。

「なあ、エリフ。敵が出るって言われたんだけど、どんな連中が出てくるか、知っているか?」

 俺と同じようにメタルブレードと盾を構えて歩いているエリフは、その白く光る目で油断なく周囲を見張りながら、答えてくれた。

「伝説で聞いた中でしか知らない。俺が生まれた国は、最後の竜が倒れるよりもずっと早い時に、竜と眷族の討伐を終えていたからな。リーネの神殿は竜との戦いを語り継ぐことを使命にしていた。竜の眷族についての言い伝えは、練習がてらに、よく聞かされたものだ」

「どんな姿なんだ?」

「異形の怪物。悪夢の中でしか産まれ出ないはずの者。イナゴのように群がり、全てを汚し、犯し、破壊していく者。対価として、死と悲しみを塔のように重ね築いていく者」

 朗々と詩を読むかのように、エリフは言葉を続ける。

「その形は一定せず、言わば、混沌が生み出した者」


 ガサリと音が鳴って、建物の影から、なにかが現れた。

「黒の狂戦士っ! 紅蓮の騎士っ! 敵が現れましたっ!」

 怯えていた機械戦士の一人が、手に持ったバトルアクスを振り回しながら、悲鳴を上げていた。

 現れたのは、異常に太い腕と、胴体に食い込むような、小さな頭部を持った、いびつな生物。大体のスタイルは人間なんだけど、灰色の肌と、その上を縦横に走る赤と青の血管のふくらみ、色違いに光る四つの目は、そいつが人間ではないことを教えてくれた。

「うぉりゃあああああっ!」

 竜の眷族なのだろう、その気持ち悪い生物に、バトルアクスを持った機械戦士が勇ましい声を上げて、突進していく。

 ズブリという、肉を裂く嫌な音。

 黄色い体液が、街の石造りの道を濡らした。

「倒しましたっ! こいつら、弱いですっ!」

 一番槍の手柄を上げて、バトルアックスを持った機械戦士は喜びの声を上げる。

「見かけよりは強くなさそうだな」

「そうだな。問題なのは……数だけだ」

 俺たちの方を振り向いて、無邪気に喜んでいた機械戦士を押しのけて、俺とエリフは前に出た。

 ガサリガサリと音が鳴る。

 どこに隠れていたのか、五、六十体もの異形の化け物が、建物の影から姿を現したからだ。

「私は、前に立ちはだかる連中を排除していく。クロード、おまえは左側を頼む」

 リーネが語る伝説、竜の眷族との戦いを聞きなれていたのか、エリフは落ち着いた調子で言った。

「おまえたちは、右側の敵を倒せ。二人で組んで、敵に攻め入るチャンスを与えるな」

「後ろは、どうされるのですかっ!」

 怯えながらもバトルアクスを振り上げて、機械戦士が叫ぶ。

「退くことなど考えない。それこそが、真の機械戦士というものよ」

 時代劇に出てくる武士のようなことを言って、剣を振り上げて、エリフは敵の群れの中に突撃していく。

 ちくしょう、格好いいなあ、あいつ。

 戦場の中で、エリフの真っ赤な体は、美しく輝いている。

 負けていられるかよっ!

 モーターブレードの鍔代わりのエンジンが、大きく咆哮を上げた。


 竜の眷族。

 蜘蛛みたいな八本足の奴がいたり、頭が四つあったりする奴がいたりして、姿は悪夢に出てきそうな連中ばかりだったんだけど、一匹、一匹は大した強さじゃなくて、モーターブレードの一振りで倒すことができた。

「きりがないな」

 黒い鎧を真っ赤な返り血で染めた俺は、気分が悪くなったけど、それを押し隠して、剣を振るった。

「竜の眷族と言っても、バルザークが作った模造品だからな。伝説で語られている存在とは違うのだろう」

 エリフの赤い鎧に、何本かの引っ掻き傷が走っていた。機械戦士は金属製で、肌の代わりに装甲板が全身を覆っている。生半可なことでは傷つかないんだけど、俺たちが弱いと思っている連中の爪や牙は、鎧に傷をつけることはできる。

「たっ、助けてっ!」

 二人一組で戦っていた機械戦士が悲鳴を上げていた。

 十匹ほどの眷族が二人の機械戦士を押し倒し、その腕に噛みつき、顔を掻きむしっている。

 遠くで戦っていたエリフが、焦った声を出した。

「まずいっ! コア・クリスタルを傷つけさせるなっ!」

 コア・クリスタルって確か、俺たちの首元に光る宝石だよな。

 あれを傷つけられると、俺たち機械戦士は脳の生命活動を維持することができなくなって、死んでしまうって、アルフェミアから聞いたことがある。

 死ぬ。

 その単語が頭を通りすぎた瞬間、俺の胸元から、二門の機関砲が飛び出し、火花を散らした。

 パラララララララララッ!

 軽快な、ミシンを動かすような音。

 血しぶきを上げて倒れていく眷族たち。

 全身、引っかき傷だらけになった機械戦士二人は、這い出すようにして、眷族の屍の山から逃げ出してくる。その体に、機関砲弾が傷つけた跡はない。

「いい判断だ。機関砲なら、機械戦士に傷はつけられない。そして、眷族を倒すには十分な威力だ」

 回転しながら、銃口から硝煙を上げるマクファイル式七連装機関砲。俺は背筋に走った悪寒をぬぐいさるようにして、エリフに向かって宣言した。

「こいつらを倒そう。一匹残らず倒そう。屍の山を築き、血の河を作ることになってしまっても」

「鎧を着たまま死ぬことができるのは、我ら機械戦士の特権。黒の狂戦士クロード、承知したぞ」

 やっぱり、紅蓮の騎士は格好いい。

 リーネの奴、いい趣味をしているなあ。

 一瞬、頭に浮かんだのは、防護壁の中で俺を待ってくれているはずの、アルフェミアの姿。

 眷族たちを防護壁の中に入れるということは、それはそのまま、アルフェミアたちの死を意味する。

 俺は、戦争をしていた。

 自ら望んだものではないとしても、それから逃げることは許されなかった。


 何十体を斬り捨てただろうか。

 モーターブレードの刃の列がところどころ欠けて、斬れ味が悪くなってきた。

 出陣前、アルフェミアに教えられた通り、モーターブレードの鍔のところにあるスイッチを押す。

 バチンという音が鳴って、使えなくなった刃の列が石造りの道路に落ち、しばらく空になったレールが回転した後、新しい刃の列が並び始める。

「優れた武器だな。機械戦士たちが残していった戦訓が生かされている」

 俺の横に立ったエリフが、感心したように言った。持っているメタルブレードは、やっぱり刃が欠けていて、俺のモーターブレードみたいに交換することはできない。

「どうする? 一度、防護壁の中までもどるか?」

 俺の言葉に、すでにズタボロになりかけていた機械戦士二人がうなずいたが、エリフは不敵に首を横に振った。

「こんなこともあるかと思って、もう一振り、武器を用意しておいた」

 そう言って、エリフが肩当ての中から取り出したのは、小振りのメタルソード。確か、メタルダガーとかいう名前だったと思う。

 勘弁してくれよ、と、機械戦士二人が肩を落とす。

「おまえ、本当に格好いいな」

「そうか。生きて帰ることができたら、リーネに伝えてくれ。私に惚れるかもしれない」

 惚れているのは、あんただろうに。

「おい。赤い大将は、まだ戦いたいそうだ。疲れているだろうけど、もう少し頑張ろう。俺たちが努力すれば、それだけ、みんなが生き残れる確率が上がるはずだ。おまえたちは、俺とエリフが、決して死なせはしない。だから、勇気を振るい起こしてくれ」

「言われなくても」

 俺の言葉に、いい表情をして、機械戦士二人は顔を上げる。

 この戦争、勝てなければ嘘だな。

 そう思うことができた。


 替え刃も尽き、エリフのメタルダガーも折れる寸前になった頃。

「もう限界です。補給にもどりましょう」

 二人の機械戦士の意見に、俺とエリフが渋々とうなずいた頃。

 西の空に、二つの光が浮かんだ。

 エメラルドの天使が放つ緑の光と、アメジストの邪神が放つ紫の光。

「ファラネー様とバルザークだ。雲の上から降りてきたのか」

 空中で激しい戦いを繰り広げているのか、緑と紫の光は激しく交叉し、互いに赤い光を飛ばし合い、暗闇の空に美しい光の映像を描いていた。

「こっちに近づいているな」

 だんだんと高度を下げてくる紫の光。それを追うようにして、ファラネーが放つ光も、こっちに近づいてくる。

「全員、構えろ。せめて一太刀、バルザークに斬りつけてやろうぞ」

 正気じゃない、という顔で、二人の機械戦士がエリフの顔を見て、助けを求めるように、俺の顔を見た。

「とりあえず、振るだけ振っておこうぜ」

 そう言って、マクファイル七連装機関砲を準備し、空に向かって構える。二人の機械戦士は、当たるわけないじゃん、神族の戦いは神族に任せればいいのに、とボヤきながら、それでも、それぞれの武器を上に構えた。

 紫の流星が、こちらに向かって飛んで来る。

 まず、俺の胸に装備された機関砲が火を放った。

 夜空に散っていく、銃火の光。

 速過ぎる紫の光に追いつけずに、対空砲火は空しく暗闇の中に消えていく。

 さらに迫ってきた。

 エリフがメタルダガーを投げつけ、二人の機械戦士も届かないまでも、武器を天にかざす。

 バルザークの紫の体が、からかうようにして、俺の目の前を通り過ぎていった。

 笑っていた。

 兜のような機械の顔は、なにも表情を表さないけれど。

 バルザークは、俺の顔を見て、笑っていた。

 もうすぐ、おまえは私の物になる。

 そう、笑っていた。



 這うようにして、屍の山を踏みつけ、途中で拾った傷だらけの機械戦士を背負い、俺たちは門をくぐり、防護壁の中までもどった。

「クロードっ! 無事だったのですねっ!」

 アルフェミアは俺の姿を見つけて、急いで駆け寄って来てくれた。

 粘土みたいなものを埋めこんでの装甲の補修では時間がかかるので、傷の上から別の装甲板を貼りつける強引な補修。いかれた回線の交換。弾丸の装填。

 アルフェミアの神殿は、特性付与という能力がない代わりに、修理の技術に長けたタルフォードを輩出するという話だった。その能力は、闘技大会では役に立たなかったのかもしれないけど。今、この時は、確実に役に立っている。他のタルフォードたちは、修理に手間取り、この事態に困惑していた。

 補給のためにもどった、防護壁の中。

 装甲をズタズタにされた機械戦士たちが、うめき声を上げて倒れている。それぞれのパートナーであるタルフォードたちが、救急箱ぐらいの大きさの機械を横に置いて、野外で応急修理を続けていたけど。

 意外なことに、傷を負うことが少なかった者は、闘技大会でも順位が下だった者が多かった。

「現在の闘技大会は、機動戦闘が主軸となっています。ですから、高位の者は俊敏な軽機械戦士が多いのですが、今回の戦争では、密集して迫ってくる敵集団が相手です。空間が利用できない以上、装甲が薄い軽量級の機械戦士に被害が集中するのは避けられません」

 ティガスの奴、大丈夫だろうか。

 まだ修理も終わってないだろうに。

 防護壁の中にもどっていないかと周りを見回す。

 見えるのは、傷だらけの機械戦士たちと、その修理に追われるタルフォードたち。

 その中で、一体の機械戦士が、悲しげな声で叫んでいた。

「助けてくれ。手足が冷たくなっていく。だれか、どうにかしてくれ」

 大して傷を負っているようには思えない。だが、化け物に爪を突き刺されたのだろうか、首元には大きな穴が開いていた。

「コア・クリスタルを貫かれたのです。あの機械戦士は、もう助かりません」

 助かりません、って、それって死ぬっていうことなのか?

 戦争をしている。

 それはわかっているけど、目の前で、だれかが死ぬということは、ひどく現実感がなくて、俺は悲しげに下を向いたままのアルフェミアの横で、呆然としていた。

「がんばって! 死んでは駄目っ!」

 その死にかけた機械戦士のにすがりついて、タルフォードが必死に声を張り上げていた。

 薄い装甲が災いしたのか、首元に大きな穴を開けた軽量級機械戦士は、手足をビクンビクンと痙攣させている。それは、生き物が断末魔を迎える姿そのもので、胸が痛む光景だった。そして、その断末魔の声は、次第に小さくなっていく。

「機械戦士の首元に光る、コア・クリスタル。それは機械戦士の体を駆動させる動力源であり、その脳の生命活動をを維持するための装置。もしも、それを傷つけられでもしたら、生命に関わります」

 アルフェミアの声は、腹が立つくらいに冷静だったけど、その歯は震えて、カタカタと音を立てていた。そして、その手は、なにかに怯えるように、その場から目を背けないためのように、しっかりと俺の手を握っていた。

「寒さが登ってくる。もう、寒さしか感じられない。俺はもう駄目だ」

 タルフォードは泣きながら、死に逝く機械戦士の顔を見つめている。

 そして、大きく一度痙攣した後、その機械戦士の丸い瞳から、光が消えていった。

「クロード」

 手をつないだまま、アルフェミアが俺の顔を見上げた。恐怖と混乱と怒りと義務感とが一緒になった、なんとも言えないような表情。

「行って来る。俺はまた、戦いに行って来る。俺が行かなかったら、次に、別のだれかが死んでしまう。俺はもう、だれにも死んで欲しくはない」

「あなたにも、死んで欲しくはありません」

 小さな声で、アルフェミアがつぶやいた。

「死んだりしない。そして、勝つ。ファラネーはまだ戦っているから」

 暗雲が立ちこめる空にはまだ、緑の星と紅い星が舞っていた。



 戦況は段々と、俺たちの不利に傾いていた。

 背中に七本もメタルソードを背負って、弁慶のような姿で戦うエリフの動きにも、精彩がなくなってきた。

 数が多い。

 二百は斬り捨てたはずなのに、まだ竜の眷属たちは、廃墟となった街のあちこちから湧き出して来る。

「性能で劣る分、数を準備してきたというわけか。バルザーク、なかなかやってくれる」

 装甲が薄い軽量級機械戦士は後方に下げて、今は、俺みたいな重量級機械戦士が前線を支えている。

「西方面、排除が終わった。次に向かうところを教えてくれっ!」

 そんな中で、軽機械戦士であるはずのティガスだけは元気に戦場を飛び回っている。ミュンザは戦争が始まる前に、修理を終わらせてしまっていたらしい。俺もエリフもボロボロなのに、ティガスの飛行機みたいな胴体には傷一つついていなくて、ティガスとミュンザ、二人の実力の高さを感じさせた。

 補給に帰ること、すでに七回。アルフェミアに励まされること、すでに六回。最後には、薄く涙を浮かべていた。オートレイはやっぱり、平然と微笑んだままだったけど。


 キャタピラを回して、戦場を駆けめぐる中。

 夜空が、赤く光った。

 炎の柱が、真横の柱になって、雲の上を走っていく。

 緑色の輝き、ファラネーに向かって走る豪炎は狙いを外れ、その炎がエメラルドの翼を焼き焦がすことはなかった。

 それに反撃するように、不気味な紫の輝きに、ファラネーが緑の流れ星をいくつも飛ばして行く。

 無数の輝きが、紫の光、おそらくはバルザークに命中した時、地べたを這いずりながら戦っている俺たちは、大きな歓声を上げた。

 緑のエメラルドの輝きと、赤いルビーの輝きは、ゆるやかに大きな円軌道を描きながら、空中で何度もぶつかり合いを続けていた。

 ファラネーも戦っている。

 同じ神族を相手にして、一歩も退かずに戦っている。

 彼女、と言っていいかわからないが、乙女のように話し、乙女のように優しかった人が、人間を守るために戦っている。

「行くぞっ! ファラネーに心配をかけるなっ! 地面を歩いている敵は、俺たち機械戦士の獲物だっ!」

 いつの間にか、俺はモーターブレードを振り上げ、大盾を振りかざして、叫んでいた。

 俺の声に叫び返し、傷ついた体を奮い起こして、武器を振りかざす機械戦士たち。

 士気はまだ、衰えていない。

 まだ、戦える。

「おい、こっちだ! 大物が現れたっ! 今、ルーケンとデュビュトレインが支えてくれているっ! 急いでくれっ!」

 片腕を一本失った機械戦士が、あわてた様子で、俺たちの方へ駆け寄ってきた。

「承知っ!」

「応っ!」

「まかせろってっ!」

 エリフが走り、俺がキャタピラを回し、ティガスが地面の上を飛翔する。

 終りがないと思われていた戦場も、そろそろ幕を引く時間が迫っていた。


 見上げるような、巨大な生物。

 大物だと言われていた敵の身の丈は、俺の三倍。およそ、六メートル。

 無双の城壁ルーケンが、そいつの前に立ちふさがり、性能面では闘技大会参加者の中で一番の高さを誇るデュビュトレインが、ビームセ

イバーで、そいつが振り下ろしてくる触手のような腕を斬り払っていた。

「おい、助けに来たぞっ!」

 そう叫んだが、デュビュトレインは忙しいのか、なにも返事をしなかった。

「気をつけろ、クロード。敵は、一体だけではないぞ」

 なんだって?

 ルーケンの言葉に驚くと、地面から生えてくるようにして、三体の巨大生物が姿を表す。

 四つの色違いの瞳が、目を細めて、俺たちのことを見下ろしていた。

「俺が前に立つ。他の機械戦士が来るまで、ここを死守するぞ」

「承知。すべて倒して見せよう。機械戦士の働き、今でこそ見せる時よ」

「ファラネーから給料は出ないのかな。出ないよなあ。これ、機械戦士の義務だから」

 俺の言葉に、エリフが時代がかった返事を、ティガスが軽い口調の返事を返す。

 大物の前に立つのは、本当は怖かったけど。

 だれも、そんなことを言える場合じゃなかった。


 音を立てて、エリフの体が崩れ落ちた。

 触手みたいな腕に吹き飛ばされて、石壁に叩きつけられて。

 相当な衝撃だったのか、エリフの腹のあたりに、大きな溝が出来ていた。

「もはや、これまでか」

 最後のメタルソードを構えて、突撃しようとするエリフを、俺は大物の大木みたいな足を蹴り飛ばしながら、言葉で止めようとした。

「待てっ! ここで、おまえが倒れたら、リーネはどうなるっ!」

「戦場で散ることが機械戦士の名誉。鎧を着たまま、死ぬことができるのが機械戦士の特権。関係がないことだ」

「馬鹿っ! こいつが最後の敵って決まったわけじゃないだろうがっ! 後ろに下がっていろっ!」

「聞く耳を持たない。迷惑をかける。許せ、クロード」

 馬鹿野郎。

 メタルソードを構えて、宙に飛ぼうとするエリフ。

 狙っているのは、大物の頭部。

 機械戦士の跳躍力なら、一撃を食らわすこともできるけど、その一撃で倒れなかったら、重傷を負っているエリフが、反撃で殺されてしまうのは間違いない。

 どうにかして止めたかったけど、俺もティガスも、目の前の敵を抑えるのに精一杯。

 ルーケンとデュビュトレインは、また新しく出てきた大物を相手にしていて、それどころじゃない。

「エリフっ!」

「リーネに伝えてくれ。心から愛していた、と。それが、紅蓮の騎士の最後の言葉だ」

 それは、おまえが自分で言わなきゃいけない言葉だろうが、この根性なしっ!

 エリフが飛んだ。

 メタルソードの銀の光が、暗い闇の中に舞い上がっていく。

 一撃で倒せることさえ、できるならば。

 自分のことも放っておいて、俺がエリフの赤い鎧に目を奪われた瞬間、別の銀の光が、大空から舞い降りてきた。

 

 ドスンと鈍い音がして、大物の頭が地面に落ちる。

「死ぬ覚悟があるならば、もっと確実な攻め方をするべきであろうな」

 地面に着地し、刃についた血を振り払ったのは、砂漠の戦士アビセンナだった。

 目標を失ったエリフは、そのまま地面に着地して、呆然としている。

「掃討は終わった。ここが最後の戦場よ。ファラネー様に、無様な姿を見せるでない」

 そう言うと、アビセンナは空高く飛び、俺とティガスが相手をしていた大物二匹の首を、次々と斬り落として行く。

 強過ぎる。

 アルフェミアが前に、言っていた。

 整備が完調であったなら、アビセンナには絶対に勝てない。そう言っていた。

「あの爺さん、信じられないくらい強いな。よく勝てたよな、おまえ」

 飛行機みたいな胴体に穴を開けたティガスの言葉に、俺は首を横に振った。

「勝ったことなんてないよ」

 勝てるはずもない。

 そう思うしかないくらい、アビセンナは鬼神の働きを見せていた。


 

 十回目の補給を終えて、まばらになった敵影を潰し終わって。

 地面の上の敵は、あらかた倒し終わった俺たちは、不安な気持ちで、空を見上げていた。

 ファラネーとバルザーク。

 緑の星と、紫の星。

 二つの星が美しい光の線を描いて、雲の上を舞っている。

 激しい戦いの中、俺は右足を折られて、地面にへたりこんでいた。歴戦の勇士アビセンナをのぞいては、無事に手足がついている機械戦士なんて、一人もいなかった。

 それでも、みんな、ファラネーを助けたいと思っていた。

 思っていたけど、俺たち機械戦士は、空を飛ぶことはできない。

 レンズの瞳で、二機の神族の戦いを見守るしかない。

 ファラネーは出陣の時、俺に、なにも言ってくれなかった。

 バルザークが、ミストリエの街に目をつけたのは、きっと俺のせいだ。

 アルフェミアが、バルザークは強い機械戦士をコレクションするのが趣味の、妄想に取りつかれた邪神だと言っていた。

 もしも、戦争が起こる前に、俺をバルザークに引き渡していたら、こんな戦いは起こらなかったかもしれない。

 でも、ファラネーは、なにも言わなかった。

 俺には、なにも言わずに、戦いの空へ飛び立ってしまった。

 俺は、祈るような気持ちで、空を見上げていた。

 そして、その空に、変化が起きた。


 淡い光を放ちながら、緑の星が地面に墜ちた。

 エメラルドの翼が、垂直に、地面に向かって墜落していく。

 それを追うように、まがまがしい紫の光が降りていくのを見た時、俺はファラネーの敗北を悟った。

「ファラネーっ!」

 折れた右足の代わりに、モーターブレードを杖にして、なんとか立ち上がる。

 行かなくちゃ。

 ファラネーを助けに行かなくちゃ。

 なにも言わずに、なにも知らせずに、俺を守りに行ってくれた人を、助けに行かなくちゃ。

 遥か遠くに落ちた緑の星に向かって、片側だけになったキャタピラを回そうとした俺の足を、だれかが蹴り払った。

「なっ、なにすんだよ」

 みじめに地べたに這いつくばって、俺は足を払った相手、砂漠の戦士アビセンナを見上げた。

「黒の狂戦士。どこに行くつもりか?」

 時代がかった口調のアビセンナは、俺や仲間ほどではないけど、やっぱり無数の手傷を負っていて。

「助けに行くんだよ。ファラネーを、バルザークから助けに行くんだよ。当たり前だろうがっ!」

 また立ち上がろうと、モーターブレードを地面に突き刺そうとした俺の手を、アビセンナがまた、足で払う。

「それはもう、お主の仕事ではない。人間にもどり、故郷に帰る。それが、ファラネーの前で口にした、お主の願いであったな。ミストリエの街は守られた。もう、おまえにできることはない」

「ふざけんなっ!」

 まだ終わっていない。

 この戦争を始めやがった張本人、竜の眷族、異形の化け物を操って、ミストリエの街を滅茶苦茶にしやがった張本人、バルザークはまだ倒れていない。それどころか、ファラネーが今、そいつの手で殺されかかっている。

「若き機械戦士よ。もう、いいのだ。おまえは義務を果たした」

 そう言うと、アビセンナは、ささらのように刃こぼれしたメタルソードを手にして、ファラネーとバルザークが落ちた方向に向かって歩き始めた。

「行くなっ! それは、俺がやらなくちゃいけないことなんだっ!」

 もしも、俺の赤い一つ目が涙をこぼすことができたなら。

 小さくなっていくアビセンナの背中を追おうとして、必死に身を起こそうとしたんだけれども。

「アビセンナの爺さんは、時間を稼いでくれるつもりだ」

 腕からオイルを吹きこぼしながら、ティガスが俺を止めた。

 ティガスが指差した先に見えたのは、遠くに輝く宝石の輝き。水色、オレンジ、白の三色の光だった。

「ファラネーが呼んだ、援軍の神族だ。あの光が到着する前に、バルザークは退却するだろう」

「俺も行くっ! 行かせてくれっ! たのむ、ティガスっ!」

「駄目だっ! アビセンナの爺さんの気持ちを、無駄にするんじゃねえっ!」

 ティガスは泣いていた。

 涙の代わりに、兜から吹き出したのはオイル。

 馬鹿野郎……俺の、馬鹿野郎。

 そう思いながら、俺はミストリエの街の地に倒れ伏したまま、気を失ってしまった。

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