地獄調停開廷中
閻魔様の仕事内容を想像してみた。
『次の方どーぞー』
『あ、はい、失礼します』
『どーぞー、お座りください』
全てが真っ白の狭い個室に、一人の青年が入室する。この部屋には、私と青年、木製よ机と椅子しかない。
椅子に青年が座り、ギィ……と、音を立てる。
この部屋に来た人は皆、まるで面接のようだ……と、表現する。実際、やってる事はそうなのだから仕方ない。
『えぇと、何々……享年19歳、車に轢かれそうになった猫を助けた結果、トラックに跳ね飛ばされ、そのまま線路の真ん中に落下。電車に轢かれてミンチになると……はぁ、これは中々、凄い死に方ですね』
手元にある資料を読み上げたが、これはこれは……
『はぁ……』
青年は困ったように、左手で後頭部を掻く。
『……で、何でそんな危ない事をしたんですか?』
『なんだか、猫が可哀想で……』
『へー、そうなんですか。貴方、いい人ですね』
『あ、はぁ……ありがとうございます?』
何なのこいつ? 頭大丈夫か? 自己犠牲とかアホか?
まぁ、ちょっとカマ掛けてみるか
『ふーむ、生前は善行を積み上げていたようですね……ふむ』
机を指でトントントンと叩き、思案しているように見せる。これは勿論暗号のようなものだ。
『失礼します』
『はい、どうぞ』
個室に、一人の鬼が入ってくる。筋肉でムキムキなのに、スーツを着ている様子を見て、目の前の青年は驚いているようだ。日本じゃ、あんまり見ないもんね。そりゃあ驚くだろう。
鬼が私の側に寄り、耳打ちをする。
『カマ掛けるんですか?』
『モチロン。偽善者なのか、クズなのか、自殺志願者なのか、見極めないとダメだからね』
『了解しました』
『ごめんね、なんかウチの新人の死神が、魂を刈り取る時期を間違えたみたいで、早死にしちゃったみたい』
『……は?』
あ、困惑してる。本当、だらしない顔してるね。
『それで、新しい生を受けて、2度目の人生を歩んでいいって。赤ちゃんからスタートでもいいし、その年齢からスタートでもいい。容姿を変えてもいいよ。見た目は子ども、頭脳は大人をやれるって言えば、分かりやすいかな?』
『じゃあ……もう一度、同じ人生を歩んでもいいんですか? 』
『あ、ゴメンね、それは無理。歴史が変わって、世界が崩壊するかもしれないから。あ、異世界とかどう? 剣と魔法のファンタジーにも行けるよ? 小人だけの世界に行けば、晴れて英雄に成れるよ?』
『あ、じゃあ、剣と魔法の異世界で……って、あれ? それ、すぐに死んじゃうんじゃ……』
『あぁ、それなら心配無用。特典として、色々と能力を進展してあげるから。無双出来るような力を持つ事も可能だよ』
『あ、ありがとうございます。じゃあ、この年齢からスタート、容姿も変えず、危機察知能力と高い防御力、逃げ足を速くする事って可能ですか?』
『ふむふむ……うん、大丈夫だよ。他にも追加する?』
『では……安全な場所で、独り暮らしさせて下さい。出来れば、畑仕事の知識や、料理の仕方の知識なども付けて下さい』
『うん、大丈夫だよ。でも、いいの? 男の子なんだし、剣と魔法に憧れたりしないの? モンスターとかも居るんだし、それを倒せば立派な善行だよ?』
青年に問い掛ける。さぁ、どう答える。
『僕は……なるべく、人の為になる様な事をしてきました。なぜなら、人に嫌われるのが嫌だからです。宿題を見せ、嫌な仕事は率先してやり、募金だってしました……でも、それは所詮偽善です。人に、良いように見られたかっただけなんです。嫌われたくなかっただけなんです。地獄で、苦しみたくなかっただけなんです』
おや、これは意外。
更に、青年の懺悔は続く。
『情けは人の為ならず……ええ、その通りです。宿題なんか見せてもその人の為にはなりません。もしも僕が異世界で無双して、モンスターを退治しても、それはその世界の人の為にはなりません。大きな力を持つ人に縋り、努力する事を忘れるでしょう。そして、恐怖するでしょう。いつか、私達を守ってはくれなくなるよでは? もしかしたら、敵に回ってしまうのでは……と。えぇ、全くもって自分勝手です。それが人間です。人は醜い生き物です。大きな力を持った事によって、守ることが義務化されるぐらいなら、誰とも触れ合わず、一人でゆっくりと余生を送りたいです。もう、誰かの為に何かをする事には疲れたんです。だから、猫を助けて私は死んだんです。トラックの運転手さん、鉄道関連、そして、私の親族には迷惑を掛けました。私は、多大な罪を犯しました。今までの善行でも覆せないぐらい重いでしょう。私が地獄に行くことはもう、確定事項でしょう。私に償わせる為に、二度目の人生を送れるように言ったのでしょうが……もう、いいんです。地獄で、今までの罪を贖います』
そこで『はぁ』……と、ため息を吐き、青年の懺悔は終わった。
『そう……合格』
『そうですか……私は一体、どの位重い罪なんでしょうか』
『そういう合格じゃない。貴方は、一度も嘘をつかなかった。だから、二度目の人生を送らせてあげる……っていうのは無理だから、そのまま転生するよ。それに、合格してなくても善行の方が多いから地獄に行くことは無かったね』
まったく、この人はどれだけ頑張ったんだか……苦労人だね。
『私は……罪を贖わなくても、いいんでしょうか?』
喜びと悲しみが混ざった瞳で、こちらを見る。
『うん、人身事故なんてしょっちゅう起きてるし、すべての命は等しく無に近いからね。大抵の人はそのまま転生するよ。地獄に行くのはそこまで多くないね。本当に狂ったような人だけだから』
『そう……ですか』
『それじゃ、次の生を謳歌して下さい。今度は、後悔の無いようにね。誰かの為に生きるのでは無く、自分の心に素直に生きた方が、楽しいよ。ま、これは老いぼれからの励ましのメッセージだね』
『見た目は僕と変わらないぐらいなのに、凄いですね。やっぱり、閻魔様は暗黒企業なんですね。歳をとらないなんて、社畜みたいですね』
『あ! 最後の最後によくも言ってくれたな!』
『それじゃ、さようなら!』
青年は最後に、憑き物が取れたかのような笑顔で、消えていった。
『はぁ……言いたいことだけ言って、勝手に成仏しやがって……次死んだ時、絶対にとっちめてやるからな』
『閻魔様、次の人ですよ』
隣の鬼が一言そう言い、裏口から出て行った。
『チッ……はぁ、分かりましたよ』
本当に、今日は訳ありの死人が多いな。今日は厄日だ。残業代貰わないと、困るな。
『次の方どうぞ』
内心とは裏腹に、口角はつり上がっていた。
地獄調停、本日も開廷中
最後までお読みいただき、ありがとうございました。