獣人メイちゃん、ストーカーやります!
何だかふっと思い立ったので…
よくあるネタかとも思いますが、気付いたら書いていました。
――目が覚めたら、そこは知らない世界。
「どこ、ここ!?」
そんな第一声で目覚めたつもりの、今日の朝。
だけど実際に口から出たのは…
「ほやぁ!」
………赤ちゃんの泣き声だった。
頭は勿論、大根…じゃない、大混乱。
何これ、どういうこと?
そんな戸惑いの朝からも、気付けば早五年。
ああ、私…生まれ変わっちゃったんだなぁ。
ようやっとそう悟ったのは、割と最近。
わたし、獣人のメイちゃん。五歳。
前世は某惑星の某島国の、リアス式海岸が見える地にて。
平和にどっぷり浸かった日本人やってました。
ちなみに前世の名前は覚えていません。
何だか前世ではありえない世界の、有り得ない種族に転生したっぽいです。
せっかくなので、子供人生を満喫しています。
大人になってから、また「ああすりゃよかった」「こうすりゃよかった」なんて後悔するのは、もう御免ですから。
身体能力が半端ないお陰で、前世では出来なかったやんちゃな遊びもし放題。
前世では体験できなかったような世界がたまに垣間見えます。
常識や風習、文化的にも前世では体験できなかった世界が結構垣間見えます。
所変われば、色々変わるモノです。
――今日は、母と一緒にお買物♪
色々と見慣れないブツが溢れ返った市場は、いつ来ても胸が躍ります。
とりあえず触手のいっぱい生えた謎の球体からはそっと目を逸らしました。
ねえ、あれお肉屋さんだけど…あれ、食材? ねえ、食材?
前世の世界とはところどころ違って、たまに凄くびっくりします。
とりあえず、心臓によくなさそうなので精肉コーナーには目を向けません。
モノだけじゃなくって、ヒトだって溢れかえる町の市場。
色々な人を見ていると、そのことにも心が躍ります。
将来を見越して、どんな風に生きればいいだろう?
市場にはいろんな階級の、色んな人が足を運びます。
そんな人たちを見てみると、あまり将来の選択肢は多くなさそう。
とりあえず、あまり苦労しないのが良いなぁ…。
一応、社会情勢というやつに耳を傾けてみます。
文字通り。
「――おい、聞いたか? 南の地でギルベルト将軍が…」
「ああ、反乱なんて世も末だねぇ…」
「最近…こういう話が多いよな」
「物騒な世の中になっちまったな」
「そんな言葉で済ませて良いのかよ?」
「仕方ねぇだろ。他になんて言えって!?」
「………俺、義勇兵に志願しようと思ってるんだ」
「お前…!?」
「――ねえ、小麦のお値段上がってない?」
「仕方がねぇよ。大穀倉地帯で魔物が麦畑を襲うようになっちまったんだから」
「畑を!? そんな、魔物って肉食じゃ…」
「最近は、畑の穀物を襲うって話だ」
「そんな…魔物が畑を襲うようになったら、私達は……」
市場は人や物だけじゃなくって、噂も集まりますねー。
というか世知辛いというか……何やら物凄く、不穏な。
ええと、こんな時代に生まれて、私って運が悪い?
なんだか、物騒な時代に生まれちゃったなぁ…。
私のお耳は、獣人なので獣仕様。
ネコちゃん家のミーヤちゃんやイヌちゃん家のペーちゃんほど高性能じゃないけれど、それでも中々。よく色々な物事が聞こえます。
うん、草食動物系の獣人だし。
危機察知の為に、聴力その他は融通が利く方かも。
獣人ってだけで、ただの人間よりも色々能力高いしね!
そのお耳を活かして、まだまだ情報収集!
母はセロリを値切るのに大忙し!
商人さん、頑張って母を諦めさせて!
「――しかし、世の中こんなんで俺達生きていけんのかな…」
「予言された神託の年まで、まだあと十年もあるのに」
「まだこれ以上、物事が悪くなっていくって言うのかよ!」
「セムリヤ歴1111年なんて、来なければ良いのに…」
「――聞いて、私、赤ちゃん出来たの…!」
「お前…!? それ、どういうことだ…!?」
「ええ、あなたの子なの…あなたの、赤ちゃんよ」
「ほ、本当に俺の子なのかよ!? 何かの間違いじゃ…っ」
「酷い…! あなた、私を嘘つきだっていうの!?」
「そうじゃねえけどよ…別の奴の子なんじゃねぇの?」
「私を身持ちの悪い女だっていうの!? この子は間違いなく、あなたの…!!」
「………黙ってたけど、さぁ。俺、今度結婚するんだよね」
「…!?」
「そ、当然…お前とは別の女と」
「どっどういうことなの…!? それじゃ私は!?」
「言わなくってもわかるだろ?」
「ひ…酷い。酷い…っ!!」
「そんな酷い男に、惚れたのはお前だろ」
「私のお腹の、お腹の赤ちゃんはどうなるのよ!」
「ああ? 俺が知るか」
「なんてヤツ…っ」
な、なんてヤツだ…っ
気付いたら耳に入ってきたとんでもない話に、私は食い入るように音源を凝視していました。
そんな危険な話は家でやれ!
というか、あんな最低クズ野郎には制裁が必要だ!
女の子を泣かせるなんて、男の風上にも置けませんよ!
私は無邪気で無垢な表情を顔に張り付けると、意味の分かっていないような顔で母のエプロンを引っ張った。
遠隔的にやってやるよー!
お子様必殺、無邪気に無駄な大音声!
「ママぁー」
「あら? どうしたの、メイちゃん。セロリは買うのをやめませんよ」
「……。んーん、そうじゃないのー!」
ちっ…商人さん、値切りに負けちゃったのか……
…っと、今はそれどころじゃないない。
「あのねぇ、ママ」
「なあに、メイちゃん」
「あそこのお兄ちゃんが、一緒にいるお姉ちゃんのことイジメてるー!」
「え…っ?」
まさか子供のいる場でショッキング映像!?
…と、母は案じる顔で私の指さす方をロックオン!
そこで私は追加情報を投下!
「ママー、赤ちゃんってどうやってできるのー?」
「えっ!?」
ぎょっとした顔で再び私を見下ろす母。
私はきょとんとした顔で問題の方角へ目を向ける。
「あのお姉ちゃんねぇ、お兄ちゃんの赤ちゃんがお腹にいるんだってー」
「!?」
ぎょぎょっとした母が、物凄い勢いで首を巡らせましたよ!
というか、私の声が耳に入ったのでしょうか。
周囲の人達も、問題の方角に目を向けます。
人のことは言えませんけど、結構他人の話に聞き耳立ててる人っているんだね。
「赤ちゃんって、パパやママみたいなトーフ?のところに生まれるんでしょー? でもあのお兄ちゃん、別の女の人とケッコンするってお姉ちゃんを泣かせてるよー? ケッコンしなくっても赤ちゃんって生まれてくるのー?」
「こっ子供に聞こえる場所でなんて話をしているの…!?」
ママンの憤慨、思いっきり同感です。
まあ、話が聞こえたのは私が獣人だからですが。
それに人の多い場所じゃ、他人の話って気にならないものだしね。
みんな自分の用事で、他人の会話に注意を払っている人は少なそうでした。
多分、聞き耳を立てていた私くらいじゃないですか? 気付いたの。
でも聞こえちゃったからには、ここは黙っていられません。
こんな小さなお子ちゃまでも、起爆剤くらいにはなれるでしょう。
周囲の人達も気の良い人情家!といった下町っ子だったのが功を奏しました。
人の良いおじちゃんおばちゃんが目の色を変えています。
「あいつ…っ 三丁目のロディさんとこのベル坊じゃねーか!」
「ちっ…誰かロディさん呼んで来い!」
「若い娘さん孕ませといて、別の女と結婚するだぁ!?」
「あ? 誰だ、そんなふてぇこと言う奴ぁ!?」
「あたし知ってるよ! ベル坊、リムちゃんと結納の約束したって!」
「リムちゃん!? あんな清純な子まで騙そうってのかい!」
「おい、誰かリムちゃんの親父さんに知らせに走ってやりな! 今度ベル坊が来ても、絶対に敷居は跨がせるなってよ!」
「あいさ、合点! ついでに司教も呼んできてやるよ」
「そりゃいい考えだ! もうこの場で、ベル坊のこと裁いちまおう」
「責任取るって了承するまで、今日は家に帰さないよ…!!」
「「「応!!」」」
――おお、良い感じに大事になりつつありますね。
というかあの人、地元民ですか…
知人友人のいる地元で、なんて危険な話を…。
ロディさん家のベル坊。
その名前が、無駄に私の胸に刻まれました。
いらない情報、増えちゃった。
大事になりつつある市場で。
母は周囲の状況に、自分が口を出さなくっても大丈夫だと思ったのでしょう。
「メイちゃん、帰りましょう」
「えー…」
これから面白くなりそうなのにぃ。
でも母は、幼子の情操教育に問題だと思ったのでしょう。
うん、他人事なら私もそう思います。
今はあの痴話喧嘩の行方が気になる…!
下町っ子のおじちゃんおばちゃん達が介入して、どうなるの!?
しかし私は、五歳児。
母の決定には逆らえず。
ずーるずるずる引き摺られて帰ることに…
そんな、最中。
私の無駄に良いお目々とお耳は、別のものを意識に引っ掛けました。
周囲がこれだけ騒然として。
あの問題カップルも、自分達を取り巻いた騒動に気付いて硬直して。
みんなそれどころじゃない感じ、なのに。
こんな状況下でも深刻な顔でお話ししている、ひと組。
みんな噂を止めて状況の推移を見ているのに。
痴話喧嘩なんて気にならないくらいに、大事なお話?
深刻な様子に、私のお耳はそちらの音を注意して拾い上げました。
うん、私の出来の良いお耳に拍手ー。
「――なんだか、煩くなってきたな」
「おい、それよりも本当なのか?」
「ああ…確かだ。ベルバニアの司教が確認したって話だからな」
「それじゃあ、やっぱり…」
「ああ。神託の年、1111年に予言された男の子だ」
「やっぱり、もう生まれていたんだな!」
「だけどそっとしといてやらないと…今はまだ、力をつける時。修練を付ける時だってんで、司教はそっとしておくことに決めたらしい」
「そんな悠長な…! 修業が必要なら、それこそ大神殿に引き取って力をつけさせればいいのに!」
「それじゃあ、予言の内容とずれるだろ。それに、予言の男の子に修行をつけているのは、あの『黒豹』と『斑兎』って話だぞ」
「え、マジで?」
………な、なんだかまたさっきまでとは一線を画す感じに意味深な…。
意味のわからない単語と、知っている単語がフルミックス!
なんだか、既視感が…。
咄嗟にそう思ってしまったところで、私は話の内容にハッとしました。
そうして、愕然。
何だか知っている単語に、なんで知っているんだろうと首を傾げた所でした。
――知ってる、知ってるよ…!
というか、知らない筈がない。
生まれて初めて耳にする筈なのに、意識が拾ってしまったその単語。
意味深な、それら。
どこで耳にしたのかと首を傾げるどころじゃありません。
それらは、私が前世で得た…というか、やった。
そう、思い至ってしまったのです。
――ここ、私が前世でやったRPGの世界だ…!
道理で街並みにも何か見覚えがあるし、母の姿に強烈な既視感を抱く筈です。
お出かけする度、母の外出着を見る度に何だか見覚えがあると思っていました。
………あれ、基本的な町人の格好じゃないですか。
町毎に設定された町人の格好を、母は忠実に再現していました。
というか母よ…それ、町娘の格好なのですが。
私が生まれ変わってしまったらしい、RPGの世界。
ここはTVに繋ぐ御家庭用ゲーム機から、携帯ゲーム機へとゲームの主流が移行していく過渡期に販売されたゲームでした。
TVに繋ぐ方のゲーム機対応で。
すぐに主流が携帯ゲーム機に取って代わられた為、知名度は低いし人気はすぐに廃れましたが…
前世の私は、ドはまりしました。
ええ、ええ、それはもう。
前世の友人達が盛大にドン引きするくらい。
キャラ達の性格も、ビジュアルも、ストーリーや世界観も。
何もかもが大好きで、大好きで。
それまでゲームはやっても、クリアしたら熱意が褪せていた私。
だけどこのゲームだけは別で、何度も何度も手を伸ばした。
具体的に言うと、三カ月に一度くらいの感覚でNEW GAMEしていました。
我ながらハマりすぎです。
それまで興味の無かった、キャラグッズにも手を出しました。
カラオケで主題歌を歌って、友人達にドン引きされました。
ゲームのやり過ぎでディスクが擦り減り、危機感を覚えて新しく同じゲームを買った時には、生温い目で微笑まれました。
そのくらい、このゲームが大好きだったんです。
そんな世界に、どうした訳か生まれた訳で。
そして前世で散々やり込んだ記憶が言っています。
ここは、ゲーム開始時期と軸のずれた世界。
ゲームの始まる十年前の世界だ、と。
…うん、丁度いいんじゃない?
十年後なら、私も十五歳です。
うん、丁度いい年回り。
ゲームにのめり込んだことのある人なら、誰でも思ったことがあるんじゃないかと私は思う訳ですが。
あの感動を!
あの躍動を!
あの名シーンを!
あのキャラ達の私生活を!
実際に、間近で見てみたくないか?と……
そうでもなきゃ二次創作とか同人誌とか、蔓延する訳ないと思う訳ですよ。私は。いや、それだけが理由でもないと思いますけどね。
そして今現在。
丁度いい具合に、十分な準備期間を有してその場に居合わせることが叶いそうな素敵境遇を、突発的に与えられた私がいる訳で。
うん、ここで滾らなきゃ。
そうでなくっちゃ、ゲームファンなんて名乗れない…!
私は母に手を引かれて帰宅を急かされながら。
猛烈な勢いで輝きだした目で、胸のときめきにきゅんきゅんしていました。
輝ける未来を、夢想して。
この時、私は自分の未来を選び取ったと言えるでしょう。
――私、主人公達のおっかけになる…!
冷静になってみれば何とも嘆かわしく、危険な決意でした。
五歳の女児が、堂々と追い回し宣言とか。
それが心の中に留められたものとはいえ、思考が犯罪者予備軍です。
でも突然の天からの啓示を受け取った気分で、私の頭は大興奮でした。
直前まで、痴話喧嘩カップルの手に汗握る展開で興奮していたせいも…
……まあ、あると思いますけれど。
でも真剣でした。
真剣に、私は主人公達のストーカーになる気で満ち溢れていたのです。
さて、主人公達のストーカーになる上で、注意すべきことは幾つかあります。
十年の時間を変に捻じ曲げて、ゲームの展開を変えないこと。
そして十年後、主人公達に不必要に関わって、ゲームの展開を変えないこと。
ゲームの中には、『獣人のメイ』なんてキャラはいなかったんですから。
…まあ、日常パートで不意の接触くらいは許されるかも、しれないけれど。
ですが冒険のストーリーに絡んじゃったら、私の好きな物語が変わってしまう!
それは、問題です。
なので、私にはよりハイスペックな性能が求められます。
主人公達の名場面や、躍動感あふれる戦闘シーンを見守ろうと思ったら、それはボス戦も当然欠かせない訳で。
更にいうなれば、高レベルダンジョン内でも主人公達に私自身の存在を気取らせることなく追跡する技能が求められる訳で。
絶対に気付かれてはいけない状況下、ラストダンジョンまでこっそりついて行くとなったら………
………うん、主人公パーティ並の戦闘能力が最低限必要です。
「ママー」
「な、なあに、メイちゃん」
「メイね、体きたえるー」
「え!?」
幸い、私は獣人。
ただの人間に比べたら、まだ下地がある方…!
私はここで諦める、ではなく。
何故か努力の上に夢を実現する能力を手に入れようと思っちゃった訳で。
それが真っ当な夢なら、大変素晴らしい!
とっても素敵な決意です。
しかしそれがストーカー行為の為となると…うん、褒められない。
「メイちゃん、体を鍛えてどうするの???」
母は、驚きに丸くした目で私を見下ろしてきました。
私は母のエプロンにまとわりつき、無意味にはにかみ笑いを浮かべてみます。
…うん、これで誤魔化されないよね。
わかってましたよ…
獣人は、ただの人間に比べて基礎的な体力も筋力も、身体能力と名のつく全てが格段に優れています。
…その代り、魔術適正は低いそうですが。
それはちょっと残念だけど、まあとにかく。
敢えて鍛えなくても、長じれば自然と素晴らしい身体能力が手に入る訳で。
獣人の大人…特に女性は、戦闘職に就くのでもない限り特に体を鍛えようとしないのが普通のようです。
普通に町人として生きていくのなら、まあ強すぎても意味ないですしね。
だから体を鍛える=戦闘職希望で。
その前提条件で再度考えてみましょう。
まだあどけない五歳の女の子が、いきなり体を鍛える。
お家は一般家庭で、白い壁に赤い屋根。
お庭には専業主婦の母が丹精込めた、マーガレットだのパンジーだのマリーゴールドだのが季節ごとに咲いています。
そんなお宅の五歳の女の子が、いきなり体を鍛える。
「メイちゃん、どうして体を鍛えようなんて…」
困惑を隠さない母に、私は何と答えようかちょっと迷いました。
ストーカーって、親の心臓に負担をかけないように何て言えば良いのかな…?
ちょっと悩みましたが、最終的に私は満面の笑みで答えました。
うん、良い単語が見つかりましたから!
「メイね、おおきくなったら 隠 密 になるー!」
「考え直して!?」
何故か、母に猛反対を喰らいました。
その夜のことです。
私はもうすっかり寝静まったと思ったのでしょうか。
母が父に相談する声が聞こえてきました。
…うん、私、ばっちり起きています。
「あなた…メイちゃんが」
「ん、メイちゃんがどうした?」
「将来、隠密になるって…」
「隠密!?」
「どこでそんな言葉覚えて来たのかしら…」
「ああ…ネコさん家のミヒャルト君か、イヌさん家のスペード君あたりからじゃないか? 仲が良いんだろう?」
「本当は、女の子らしい遊びをしてほしいんだけど…男の子とばっかり遊んでいるせいかしら」
「女の子らしい遊びとはいっても…この辺で獣人の小さな女の子は、メイちゃんくらいだからなぁ。子供でも、体力面での能力の違いははっきりしているから」
「そうよね、どうしても同じ獣人の子とばかり遊んじゃうのよねぇ」
「このあたりで獣人の子は、やっぱりミヒャルト君やスペード君くらいだしね」
「今度、女の子の獣人が多い区画に連れて行ってみようかしら」
「それも無駄になるんじゃないか? メイちゃんが行くとなったら、絶対にミヒャルト君達も付いてくるだろう。あの二人、僕のメイちゃんにべったりだから……」
「確かに、あの子達がついてきたら他の女の子は委縮しちゃうかもしれないわね。二人とも将来有望だから」
「……今度、僕の実家にメイちゃんを連れて遊びに行こうか。遠い街だから男の子に気兼ねせずに遊べるよ?」
「あなた、大人げないわ…」
………なるほど。
私の隠密発言を男の子の遊び特有と捉えてもらえたようです。
うん、うちの親は一人娘の私に甘いので、もっぱら好意的に判断を下してくれて助かっている面は多々あります。
考えてみれば、私は確かに男の子とばっかり遊んでいました。
これは…体を鍛えるのも、男の子との「修行ごっこ」だと言い通した方が都合よく働くかな?
うん、遊びの一環だといえば、両親の判断も甘くなりそう。
これは早速、明日ミーヤちゃんとペーちゃんに話を持ちかけてみましょう!
冒険ごっこや木登りだのが大好きな子達だから、たぶん大丈夫。
上手に誘導すれば、修行ごっこに転がすことも難しくないはず。
そうと決まれば、早速準備をしないと…。
無作為に運動しても駄目だよね。
計画的に指導してくれる先生を探さないと駄目だよね。
退役軍人のウォルターさん…は、駄目だ。
初孫が生まれたばかりで構ってくれそうにない。
酒場のメリーさん…は、酒場に近寄ったら怒られるしぃ。
うーんと、………あ。
道場の放蕩息子ヴェニ君が、そういえば意外にできるって聞いたような…
駄目元で頼んでみようかなぁ。
未来に向っての、楽しい算段。
興奮状態にある私は、すっかりと気が逸れてしまっていて。
そうしている間にも両親の会話が続いていたんですけれど。
自分の頭の中の楽しい計画で一杯いっぱいになってしまって、両親の会話の続きをうっかり聞き逃していました。
「――しかし、メイちゃんが隠密ね」
「なんだか、とてもやる気で…ちょっと心配だわ」
「うーん…でも、まあ。隠密は無理だろう」
「そうかしら?」
「だって足、蹄だし。パカパカ歩く度に音がするじゃないか」
「ポックポック、音がするわね」
「うん、全然隠れ忍べないのに、隠密は無理だろう」
「それもそうねー」
わたし、獣人のメイちゃん。
馬の獣人のパパと、羊の獣人のママの間に生まれた雑種の五歳。
足の膝から下が、獣です。
足が蹄なお陰で足音が全然隠せないという、現世では当たり前すぎて単純な盲点に気が付いたのは、この半年後。
そして試行錯誤の末、消音の為に蹄カバーを今生初のお裁縫で自作するのは、その更に一月後。
「メイちゃん、なにそれ」
「これは蹄カバー、だよ!」
「変なの。袋に足つっこんでるみてぇ」
「これは蹄カバー、だよ!」
「うーん…でもメイちゃんには似合わないなぁ。その袋」
「これは蹄カバー、だよ!」
「メイちゃん? そんな袋とっちゃえよ。ずりっと滑って転ぶぜ?」
「そうだよ、危ないよ。メイちゃん」
「蹄カバー、なの!」
「「要らないと思う」」
「二人の足にも付けちゃうよ!?」
…そうして、ストーカー行為を開始するには足音の消音よりも、何よりも。
一先ずは、このどこまでも付いてくる幼馴染の二人をどうにかしないことには、目的など達成できないと。
そのことに気付いたのは、五年後。
私が十歳になってからでした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「メイちゃんを嫁にするのは、俺だから」
「なんだよ、僕だよ!」
「俺だってば!」
「決めるのはメイちゃん、だよ」
「………ちっ」
「メイちゃんがどっちを選ぶのか…それまでは協定通り、公平な勝負といこう」
「…そーだな。でも、これ以上の邪魔ものはいらねぇ…よな?」
「うん、そうだね…」
「なあ、ミヒャルト? お前も気付いてる、よな」
「………メイちゃん、体を鍛えながらよく誰かの名前を呟いている、よね。なんて言っているのかはよくわからないけど…」
「あと、辛い時に『~~~様の為』、みたいな言い回ししてるよな」
「「……………」」
「いつの間に変な虫ついた?」
「でも、そんな余地はなかったはずだよね…?」
「わからん…」
「わかんないね…」
「まあ、なんにせよ」
「うん、何であろうと」
「今後ますます傍に引っ付いてないとな。監視が必要そうだ」
「今後もずっと、傍についてないとね。目を光らせとかないと」
頷き合う、そんな二人の幼馴染の。
私の目的遂行の為には何とも傍迷惑な決意なんて。
そんなの全然知らない、わたしメイちゃんでした…。
最後まで読んでくださり、有難うございます!
登場人物
羊獣人 メイファリナ・バロメッツ(5)→メイちゃん
日本人の転生者。チート能力はないけど努力と根性でカバー。
外見はひつじさん全開の可憐さだが、父親が馬なせいか蹴り技がむごい。
ママさん マリファルナ・バロメッツ(21)
可愛い娘を溺愛する専業主婦。男兄弟で育ったので、女の子に憧れがある。
普通に良いお母さんで、今から娘の嫁入り衣装が楽しみ。
パパさん シュガーソルト・バロメッツ(23)
可愛い娘を溺愛する戦うお父さん。意外に武闘派。
可愛い妻と娘にでろでろに骨抜きにされている親馬鹿。羊最高!
猫獣人 ミヒャルト・ネコネネ(6)→ミーヤちゃん
メイちゃんの右二軒隣の男の子。
紳士なママンと乙男なパパンに可愛がられる紳士予備軍。
礼儀作法の躾はばっちり☆ 礼儀作法、だけは。
スペードと公平に勝負するという紳士協定を結んでいる。
狼獣人 スペード・アルイヌ(6)→ペーちゃん
メイちゃんの左二軒隣の男の子。
犬獣人のパパと狼獣人のママによるカカア天下家庭で逞しく育成中。
とりあえず舐められたらお終いだという教育方針に素直に従っている。
ミヒャルトと公平に勝負し、時に邪魔を排除するという紳士協定を結んでいる。
痴話喧嘩カップル
その後、地域住民の力によりベル坊の縁談は破棄された。
ベル坊は喧嘩相手の女性にも愛想を尽かされる。
女性はお腹の子供が別の男の子でも良いと熱く申し出た幼馴染とゴールイン☆
ベル坊との縁談から逃れたリム嬢は器量が良かったのですぐに次の相手が見つかり、堅実な職人さんと家庭を築いた。
ベル坊は地元に居辛くなり、ある日とうとう家出。
その後の行方はようとして知れない…
予言の男の子
ゲーム本編の主人公。メイちゃん一押しのクール系美男子。
今はまだ年齢一桁の少年。
きたるゲーム開幕の時に備えて、本人は過酷な運命など知らずに修行中。