もしも、ダーク・ハンターの世界に猫語翻訳機という物が存在したならば。
「ねぇねぇねぇねぇ黒猫ちゃん」
「あーもう! 何だよ、朝っぱらから何度も何度も何度も何度もうるさい奴だな! 今度は何だ?」
目覚め起きてからずっとベッドの上で、エミリアは今日もすこぶる元気だった。
「今ちまたで話題の、猫語翻訳機っていうのを手に入れてみたの。これチョーすごいんだよ? なんと、猫の言葉がわかっちゃう便利な機械なの!」
「必要か? 今この時点でオレとお前の会話は成立しているはずだよな?」
「あら、意外と贅沢な猫なのね」
「贅沢か? オレが贅沢なのか?」
「せっかく買ったんだし、ちょっと今の言葉を翻訳してみるね」
にこりと微笑むエミリア。
黒猫はエミリアの考えについていけずに呆然とする。
「今のオレの言葉に翻訳が必要だったか? 何がどう、お前に通じてなかったというんだ?」
「だって黒猫ちゃんって猫だし」
ピピ、と。
甲高い電子音が翻訳機から聞こえてくる。
翻訳機の画面を見つめていたエミリアの顔が、ぱぁっと明るくなる。
「あ、見てこれ。『一緒にあそぼう』だって。もちろんよ、黒猫ちゃん。何して遊ぶ?」
「おかしいだろ! その翻訳絶対おかしいだろ!」
エミリアは黒猫に翻訳機を突きつけて言う。
「ねぇねぇねぇねぇ、もう一回なんか言ってみてよ」
「うるさい! もう話し掛けてくるな!」
黒猫は前足で翻訳機を激しく叩き払った。
エミリアの手から翻訳機が弧を描いて飛び、床へと落ちていく。
カツン、と。
軽い物音が部屋に空しく響いた。
エミリアが今にも泣き出しそうな顔で黒猫を見つめる。
バツ悪そうに黒猫。耳を伏せる。
「その……今のはちょっとやりすぎた。ごめん」
ピピ。
床に落ちた翻訳機から電子音が鳴る。
エミリアはのそのそとベッドを下り、床に落ちた翻訳機のところまで歩くと、それを拾い上げた。
みるみるエミリアの表情に変化が現れる。
衝撃を受けた顔で口元に手を当て、翻訳機の画面の内容を恐る恐る読み上げる。
「好きです。結婚してください」
「誰かあの翻訳機を今すぐ壊してくれぇぇッ!」
黒猫は両耳を塞いだまま天を仰いで泣き喚いた。
◆
黒猫はしくしくとクルドの胸の中で泣いていた。
「おーよしよし、かわいそうに。お前の言葉は通じている。ちゃんとまともに通じている」
「オレはしゃべれる猫なんだ。絶対思い込みなんかじゃないんだ」
クルドは黒猫に心から同情したのだった。