【Dark・Hunter】番外編1
「貴様が悪の根源か……」
突然俺の前に現れたそいつは、明らかに変態だった。
◆
それはある清々しい一日の始まりに、時を遡る。
陽が真上に昇った頃にベッドから起床。
気だるくノビをしながら階段を降り、一階の酒場に辿り着くと、客のいないカウンターにどっかりと腰を下ろす。
いつものようにカウンターの向こうにいる亭主──好々爺然とした老人の恩恵で朝飯をもらい、
「クルド。いつになったらツケを払うんだい?」
「いつか払う」
亭主の言葉を軽やかに流して、いつものようにパンにかじりつく。
そしていつものように、貧相な格好をした黒髪の少年に話しかけられ、
「クルド。一体いつになったらオレの依頼を受けてくれるんだ? もう一月半も過ぎたんだぞ」
「っるせぇガキだな。俺はやらねぇもんはやらねぇっつってんだろ。いいかげん帰ってくれ」
「嫌だ」
「『嫌だ』じゃねぇよ。また栄養失調になって俺の前で倒れるつもりか? 一月半もここにいりゃぁ庶民暮らしがどんなに辛いか身にしみてわかっただろ?」
「最近、友と呼べる者が出来た」
「むかつくほどエンジョイしてんじゃねぇかコノヤロウ。もういいかげん帰れ。迷惑だ」
「クルドに言われたことは全部してきた。掃除もできるようになったし、洗濯もできるようになった。落ちた金も拾えるようになったし、庶民の食べ物も口にできるようになった。ロン爺の手伝いもできるようになったし、それに庶民と会話もできるようになった」
「全部過去形じゃねぇか。その中で現在進行形のものはいくつある?」
「…………」
少年はしばらく無言で考え込んでいたが、やがて黙ってクルドに指を突きつける。そして、
「一つだ」
「は?」
「現在進行形のものは一つだ。今立派に、庶民と会話ができている」
「上から目線かよ」
「そろそろ心が折れそうだ」
「もういいから帰れ、てめぇは」
と、いつものように少年と会話を交わし、いつものように依頼を拒否する。
そんな時にいつものように酒場の窓から幼馴染みの女性──キャシーが乗り込んできて、
「ねぇ訊いてよクルド、事件よ事件。銅貨二枚出すから犯人逮捕に協力してくれない?」
「って、どっから入ってきてんだ! 窓だろ、そこ!」
「ココの方が開いているから入りやすいのよ」
「どこの泥棒だ! 一応警官だろ? お前」
「一応じゃないわよ。ねぇ、それよりも銅貨二枚あげるから──」
「やらねぇっつってんだろ! ったく。誰が今どきそんな低賃金で」
キラリと黒髪の少年の目が怪しく光る。
「オレがやる」
「やるな、お前は」
「銅貨が二枚ももらえるんだ。このチャンスを逃したくない」
「お前、この一月半でどこにプライド捨ててきた?」
キャシーの所へ行こうとする少年の腕をクルドはがしっと掴んで引き止める。
すると少年はクルドへと向き直り、真顔で言い放つ。
「クルド。オレ、ここで生活してきてわかったんだ。プライドで腹は満たせない」
「悟るな。それ言われると俺が泣きたくなる」
「銅貨二枚あれば白いパンが食べられる。そしたら隣に住んでいるお婆さんと半分ずつして食べるんだ」
「どこの山娘だ。いいからお前はもう口を閉じろ。いいな?」
「でも白パンが──」
「いいから座ってろ、ここに」
少年の肩を掴んで引き寄せ、無理やりカウンターの椅子に座らせる。そして入れ替わるようにクルドは席を立ち、キャシーの元へ歩み寄った。
キャシーがクルドを涙目で見つめて同情する。無言でクルドの手を取り、その手にそっと銀貨二枚を握らせる。
「これであの子においしい物を食べさせてあげて」
クルドはすぐに突き返す。
「いらん。全てはアイツをここから追い出す為にやってんだ。こういうことをされたらいつまで経っても出て行かなくなる」
「やっと父親と再会できたのよ? それを出て行かせるなんて非情にも程があるわ。悪魔にでも取り憑かれたわけ?」
「ちょっと待て。父親って何のことだ?」
「あの子、あなたの隠し子なんでしょ?」
「誰だ? そんなデマを流したのは」
「え? ラウルだけど」
「あのクソ盗賊っ!」
クルドは怒りに拳を握り締めると、銀貨を持ったまま酒場を飛び出した。
そして現在。
「貴様が悪の根源か……」
スラム街へと向かう途中のその路地裏で、クルドは黒のブリーフのみを身につけた成人男性と対面する。
それは最悪で最低なる不運の始まりであり、のちに魔女アーチャ事件を解決して、酒場に居候していたあの黒髪の少年──クレイシスが、やっと家に帰ってくれるその日まで。
クルドはその変態に影でしつこく付きまとわれることとなる。