Chapter0.opening
こんにちは、木藤紫苑です。
このページにお越し下さり感謝します!!
さて、この愚民戦記 ーネロ・インディースー ですが、これはサークルMASSIの愚民戦記 ーこれでも一応主人公!!ー のパラレルワールド版です。
現代版にしたら面白いだろうねという話が持ち上がり、上げることになりました。
主人公はタスクから別の者へ変っています。ご了承ください
それでは、どうぞ、ネロ・インディースの世界へ
ヒュンッ、という軽い風切り音が鳴る。
続いてビシャッという湿った気持ちの悪い音がした。
そうやって振って軽く血を拭ったナイフをベルトに納め、オドラータ――通称オズは、床に転がる一つの死体を睥睨した。
左胸にどす黒い穴を明けている中年男性だ――否、だったものだ。
禿げかけた頭に、やや太り気味の体。今は恐怖に引きつった表情のまま筋肉が硬直してしまっているが、微笑めば多くの人に“良い人”だという印象を与えることができるような人相だ。
実際この人は周囲から“良い人”だと思われていた……『表』では。
州最大の病院の院長。多くの重症患者の手術を執刀し、成功させた医者であり、チャリティーにも力を入れている慈善家で、名前をウォルタ・コールスターという。
コールスターは最近、自分の慈善活動を広げた。
重い病にかかっていながらも金がないがために治療を受けることのできなかった人々を集め、無償で手術を施し、薬を提供したのだ。もちろん必要な莫大な金額は全てコールスターの負担である。
それが世間にいたく評価され、毎時間ニュースで取り上げられ、メディア及び一般人には「救世主」とまで言われている。
貧民を助ける云々というところだけを見たら確かに「救世主」だろう。
だが、オズは知っている。
こいつが『裏』で何をしていたのか。
重症患者を集めていたのは間違いない。
世間の人々は全員手術され全快したと思っているだろうが、それは否。
コールスターは身寄りのない患者を長期入院と偽って殺していたのだ。非合法で同意を得ない人体解剖。脳や腹を掻き回し、目ぼしい内臓があればホルマリン漬けなど。
コールスターは「救世主」だ。民衆からの人気も高い。その上世間の汚いところを人々に教え、吐き、見せつけて、「これは外道」と声高に論じたあげく改善策までほざき出すものだから、政治家の味方も多い。だからちょっとやそっと怪しいところがあっても目を瞑られるのだ。
それもこれも偽善だ。
だがその「救世主」を快く思ってない、むしろ憎む人も多くいる。特に彼が汚いと言った、そしてオズの住処である『裏』には。
そのコールスター嫌いな人々の内の一人が依頼してきて、マスターがそれをオズに任務として与え、いつも通りに仕事を始め、――人を殺した。
依頼主はどういう考えでコールマン暗殺を頼んできたのだろうか。彼のやり方が気に入らなかったのか、邪魔だと思ったのか。まぁコールスターのせいで『裏』社会が狭くなり、居心地が悪くなったのは事実なのでオズもそれには同感する。
つい数分前までは笑い、怒り、食べ、生を営む確かに動いていた肉の塊をもう一度冷めた目で見下ろして、オズは豪奢なコールスターの邸宅を後にする。
コールスターの死体が発見されるのにあとどれぐらいかかるだろう? 数分か、数時間か。たぶんすぐに見つけられるだろう。
オズの仲間が嘘のメールや電話を使って呼び出した、彼の屋敷で働いている使用人が戻ってきたときに見つけるのかもしれない。
あるいは、彼の部下か。
オズの仲間が盗み出したスケジュールによると、今日の午後には大手術があるはずだ。その執刀医であるコールスターが来ない。しかも連絡もない。訝しんで関係者は彼の携帯電話などにコールするだろうが、当然つながらない、怪しんで自宅に押しかけて、そこでようやく――。
そこまで考えてオズは鼻で笑い、路上の脇に停めてあった乗用車の助手席に乗り込んだ。
「あ、先輩、おかえりなさい。お疲れ様です」
運転席にはオズの後輩であり補佐官が座っている。名前をサマジという。
サマジは読んでいた新聞から目を上げ、乗ってきたオズにそうねぎらいの言葉をかけた。
「待たせたな」
「いえ、全然待ってませんよ俺。三十分も経ってないんじゃないですか。相変わらずの素早さですね、ホント尊敬しますよ。あ、死体処理は?」
そう言いながらサマジは車のエンジンを稼働させた。
「していない。するなと言われたからな、いいんだ」
静かな振動の中、答えてからオズは備え付けのラジオの電源を入れた。一瞬だけジャズ音楽が流れたが、オズが朱色に塗られたボタンを押すと、すぐに途切れた。
その代わりに聞こえてきたのは落ち着いた男性の声だった。
「こちら本部――、この番号はオズとサマジ、ですか」
「ええ」
「ということは、任務は無事完了、ですか」
「はい、問題ありません。依頼通りに。指示された物も仕掛けてきました」
淡々と男の質問にオズは答える。
ラジオの――、改造された通信機の役割も担うカーステレオの向こうの男が、同じく向こうにいるらしい誰かに何かを言った。遠くて内容は聞き取れない。
それに対して、今度は女性の不機嫌そうな声がし、それを遮って幼い少女の不満げな叫びと共に何か硬い物が折れるバキッという音がした。
どれも内容は分からないが、あらかた想像はつく。
「……では完遂ということで。…………そんなことよりもオズ、私今ちょっと危機的な状況に……、その、できるだけ…………」
「…………はい、分かりました――善処します」
男との通信を切り、訳が分からなさそうなサマジに向かって、
「と、いう訳だ。できるだけスピードを出してくれ」
と、やや苦笑気味にオズは言った。
「……先輩もいろいろ大変ですね」
嫌味なのか心からの同情なのか分からないことを言い、サマジはアクセルを踏み込んだ。
ラジオからのニュースを聞きながら二人は仕事の話をする。
「俺これからまた仕事なんですよ。ほら、今回の依頼主の所に料金取りに行かないと」
「それは御愁傷様だな」
「またそうやってスルーしますか……。それにしても今回のターゲットさんは趣味が異常でしたネェ。資料見ましたよ」
丁度ニュースキャスターが例の“救世主”についての話題を語り出したからか、サマジの振る話題が、数分前にオズが殺した人物の方へ行く。
「趣味、ね……」
人の腹や頭を割り、中を好き放題にいじくり回し、内臓をホルマリン液に入れて愛でる――。半分は仕事だが、残りの半分は趣味だったのだという。
どうやら“救世主”は幼い頃からそういうことに興味があったらしく、田舎へ出向く度に蛙を捕まえては、その口に爆竹を詰め込んで点火し、破裂する様を楽しんでいたと聞く。
それだけならまだ可愛いものの、“救世主”は蛙だけでは飽き足らず、鼠や野良犬といった哺乳動物に化学物質を食べさせてもがき苦しむ様子をいつも笑いながら見ていたらしい。
オズの勝手な憶測でしかないのだが、そんなコールスターが医者になったのは人間の中身が見れるからではないだろうか。
そう、サマジの言う通り確かに異常。
顔をしかめたくなるおかしさ、人徳性がないのは言うまでもない。
……なのだが、まだずっと良い方だ。
「大丈夫、ウォルタ・コールスターなんてまだ可愛い方だよ。もっと危ない奴もいるんだからな」
「………………そうです、ね」
ボソッと呟いて、サマジは口を噤んだ。
ラジオから流れるのは“救世主”を讃える内容のものだった。実際に彼に無料で手術をしてもらった人がゲストとして話している。
これが彼の身に降り掛かった災いについての話になるのは何時だろう?
できればさっさと偽善を褒める話を止めて欲しい。耳障りだ。
車窓から見えるのは、青い空に突き刺さっているオフィスの列と道行くサラリーマン、学生、家族――。いつも通りの『表』の世界だ。
平和な世間で呑気に暮らす彼らは、ニュースでよく見る人がほんの少し前に死んだなどとは誰も思っていない。
迅速且つ静閑に敵を全滅させる。
それが、オズ達が所属するリベルタ・ファミリアの“ネロ・インディース”のモットーだ。