秘密の場所
とりあえず校内見学だそうなので体育館や食堂、保健室に中庭等を廻ってみたがそれらしき人物はいなかった。
どうしたものかと悩んでみるが、それで見つかる訳でもなく直哉は途方に暮れる。
「今日は諦めるか……」
すこし残念に思いながらも、見つからないものは仕方がない。
「まだ、次の授業まで時間はあるな……何時もの場所で落ち着くか……」
直哉は呟くと、校舎とは別の方向に歩きだした。
直哉の通うこの『私立青柳高等学校』は通称『青高』と呼ばれ、周りを山に囲まれ敷地内には川が流れる少し変わった学校である。
また、自然と一体なだけではなく、その広大な敷地も他の学校よりも一線をかくしている理由の一つでもあった。
そんな青高なのだが広大な敷地は管理を少々難しくしており、川なども流れているせいですぐに自然そのものの姿になってしまっている。
そのため管理されている中庭やグラウンドならともかく、敷地の奥、山に近くなるほど鬱蒼とした草木が繁っているのだが、別に学校側としてはたいして問題は無く、生徒が迷うような度合いではないので対応としてはたまに業者が整えるぐらいであった。
そして、敷地面積が広いからといって金持ち学校というわけでもなく、来るもの拒まずな校風を学校側は掲げている。(まあ、少し高めの学力は必要なのだが…)
そんなこんなで自然の清々しさと比較的自由な校風、敷地面積の広大さから生徒たちには意外に評判のいいのがうちの青高であった。
そして今から直哉が向かっている場所も、そんな青高の特性のおかげで出来上がった直哉お気に入りの場所だ。
「ふう、着いた。」
普通の生徒はまず立ち寄らない、校内に流れる川沿いから少し奥の開けた場所。
日が射してここちいいこの場所が直哉は好きだった。
日常とは掛け離れた、まるで物語にでてくる秘密の場所……といった様子のこの場所は、直哉を現実から一時の間だけ遠ざけてくれる。
直哉は日が射す場所の真ん中にちょうど生えている木によりかかり、物思いにふける…。
考えるのは何時ものようにいなくなった兄に対しての思い。
兄さんがいなくなったことに対して、周りには辛くないと言っているのは本当。それは紛れも無い事実のはずだった。
しかし、なぜか心がストップをかける…自分一人では何もできないという恐怖が直哉を何時も一歩さがらせる。
兄さんがいなくなって悲しいという感情は乗りこえている…ただ、兄さんかいなくなった自分が一人で生きていけるのかが分からずに……怖い。
そう、自転車の練習で後ろの支えてくれている手が突然離される恐怖。
前フリも無く離され、そして離されたことに気付いてしまったためにどうしていいかが分からない。
心の準備もできず、かといって気付かずにいつのまにか走っている、そんな訳でもない。
そんな状態のまま、いまだに迷っているのだ。
「兄さんが急に手を離すから、僕は前に進めない……」
甘えたことなのは重々承知している、世間では当たり前だということもわかっている。
でも、目的も無く、ただ差し延べられた手を握って連れていってもらうことしか僕はしてこなかった……。
兄さんに甘えてきたのは自分の意思で、楽をして尚且つ兄さんの頼った時の嬉しい顔に、自分が必要とされていると喜んだのも自分だ。
なのに、口から出るのは過保護だった兄への批判………自分が必要な時にいなくなった、言うなれば『我が儘』である。
「惨めだよ…自分で決めれない、目標が立てられない……僕はなんのために僕の人生を歩んで来たんだよ……所詮、よく言う他人に敷かれたレールを走ってきた人生なんだよ……。」
辛いのは兄の死ではない、自分自身の未来への恐怖……。
誰もそれに気付いてくれない。
すこしの間でいいから一人で歩めるまで、支えてほしい。
悲しいんじゃない、怖いんだ………。
それが直哉の思い。
頬を涙が伝う。
「なんだよ……さっきまで元気だったのに………情緒不安定だな僕…あはは……」
誤魔化すように笑ってみても涙は止まらない。
だんだん笑い声も嗚咽に変わりだし、我慢が出来なくなり膝を抱えてみっともなく泣き出す。
「あっ……うぅぁ……は…うぐっ……」
涙は止まらなく抱えた膝では足りなくなり、救いを求めるように手を伸ばす。
そこに誰もいないとわかっている。
それでも誰かに助けて欲しかったから……。
不意に伸ばした手を誰かが優しく握る。
驚いて前を見ると、涙で歪んだ視界にあの時の少女がいた。
「大丈夫、私が支えてあげるから…。」
少女は優しく微笑みかけてくれ、直哉をそっと抱きしめてくれる。
まだ名前もしらないような少女に抱かれているのに直哉は心が落ち着き、同時に重く抱え込んでいたものが少し軽くなった気がした。
そして少女の腕の中で、直哉は泣き続ける。
そこに込められた感情は先程とは違う、安堵からくる声だった。