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一人じゃいられない


「兄さん…全然笑えないよ…こんなの…」


 夕暮れの静かな墓地に一人、少年は佇んでいる。


「僕はさ…兄さんに頼ってきたんだ……。今更一人で歩いていけだなんて、そんなのいきなり無茶をゆわないでよ…」


 答える声はない、それでも一人、話続ける。


「ほら、こんなにも僕は危なっかしいよ?まだ兄さんの力を借りないと何もできない駄目な奴なんだ……」


 もう何度ここに足を運んだだろう…何度同じ問い掛けをしてきただろう…


 返事はない。ただ空しく風が吹き抜けるだけで、何も変化はない。


「僕は…」

 自分でもわかっている、失った者は二度と戻らない。


「なんで兄さんは僕を一人にしたのさ…兄さんのほうが必要とされているのに…」



 兄は死んだ。



 車にひかれそうになった人を庇い、交通事故で亡くなったのだ。


「助かったら武勇伝なのに、自分が死んだらただの馬鹿じゃないか…」


 目の前で兄が車にひかれるのを見て、僕は時が止まった。

 庇った人や車の運転手、騒ぐまわりの人々が視界から消え、ただ道に転がっている兄だけがはっきりと記憶に残っている……。



 その日は高校生になったお祝いにと、兄が買い物に連れていってくれた。

沢山の荷物を持ち、心楽しく家路についていたときだ。


「危ない!!」

と叫び、兄が荷物を投げ捨て道に飛びだした。


 気づいたら兄は転がっていて、兄が庇った人が呆然としていた。


 車の運転手が慌てて降りてきて、まわりの人々が救急車を呼んだり、倒れている兄に駆け寄ったりするなか、僕は意識が真っ白だった。


 ……そしていつの間にか、兄の墓の前で泣き伏す両親と一緒にいた。


 それまでのことは覚えていなく、ただ、兄はもうこの世にいないという現実だけが重く心にのしかかってくる。



「じゃあ、そろそろ帰るよ…兄さん、またね」


 兄が死んだ後、僕は高校に入り無論友達も作ったが、学校帰りにはずっと兄の墓参りに来ている。

幸い、まわりの友人も察してくれて文句は言わず、ただ優しく見守ってくれている。


 兄がいない日々は僕にとって寂しく、また、頼れる人がいなくなった不安感に駆られ、自分一人で歩んで行ける自信が持てず、ただ惰性で日々を過ごしていく。


 事故当時の記憶はあまりなく、心にはただ大事な人を失った寂しさがあるだけ……いや、大事な人を失ったことよりも心を押し潰す思いがある。



 兄の墓に別れを告げた後、僕は帰路につく。


「春なのに、少し冷え込むな…早く帰って暖かくするか…うわっ…!」


 一際強い風が吹き抜け、一瞬目を閉じる。


「風、強いな…」


 目を開け視界が戻ってくると、またまわりの様子がわかりはじめる。


「………あっ」



 視界が戻り帰路を見るとそこには一人の少女がいた。


 とても綺麗な長髪で、お供え用なのか手に花を抱えて片手で風になびく髪を押さえている。


 思わず足を止めて、少女に見とれる。


「あっ、あの!」


 顔立ちも綺麗で、その姿に僕はとても心を惹かれ、思わず声をかけてしまっていた。



「……えっ?」


 突然声をかけられ、少女は驚く。

 少女に驚かれ、そこで初めて僕は我に帰った。


「あっ、いや、なんでもないです…さようなら」

 自分から知らない人、しかも女の子に話かけたのは初めてで、恥ずかしくなりすぐにその場から立ち去ろうとする。


「あっ、ちょっと…」


 少女は僕を呼び止めようとしたが、

「すみません!なんでもないです!では!」

僕は突然見知らぬ少女に声をかけたことに気恥ずかしくなり、その場から急いで立ち去る。




「あの人は………」

 少年が去った後、少女は自分の手の中にあるものを見つめていたが、

「……きっと、大丈夫かな?」

なにかを思うように頷き、少年が去った方向をもう一度みたあと歩きだした。



 そのまま少女は少年が去った反対方向、墓地へと向かった。


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