側にいてほしい
「そろそろ起きないと、夜になるわよ?」
誰かの呼びかけにより直哉は目を覚ます。
ぼやけていた視界が戻るにつれて、自分が今どういう状況なのかを理解する。
今の直哉の状況、夕暮れ時の微妙に肌寒い中で寝転んでいる。
……少女に膝枕をして貰っている状態で。
「えっ、あっ……ご、ごめん!!」
状況を理解すると一気に意識は覚醒して、なにがごめんかは分からないけどとりあえず謝りながら跳び起きる。
対する少女は落ち着いた様子で服の汚れを払いながら立ち上がり、
「そんなに驚かなくても大丈夫よ……特に私のほうには問題はないわ。」
と、なんでもないように言った。
「その、なんで?えと…」 上手く言葉がまとまらず、直哉は困惑する。
そんな直哉を見て少女は溜息を一つつくと、
「貴方はあのあと泣き疲れてそのまま寝てしまったの。その辺に転がしたまま放置なんて出来ないから、仕方なく一緒にいてあげた。
で、今の今まで貴方はぐっすりと寝ていたのよ。理解した?」
直哉が疑問に思っているであろうことについて、説明してくれた。
少女の説明を受け状況を完全に理解した直哉は、みっともなく泣いている姿を見られ、あまつさえも見ず知らずの少女に膝枕までして貰ったことに赤面する。
それと同時に少女が誰なのかという疑問が直哉の頭に浮ぶ。
「どうしたの?」
自分を見つめる直哉の視線に気付いた少女は不思議そうな顔をする。
「あっあの!君の名前は……!?あとなんでこんなところに……!?なぜ僕といてくれたんだ!?」
一度質問を始めると止まらない。
自分の勢いに驚きながらも直哉は少女に詰め寄った。
知りたい、彼女について。知りたい、先程の言葉の意味を。
少女は確かに言った、『支えてくれる』と…。
矢継ぎ早に質問をしてくる直哉を前に少女は深呼吸を一つ、右手を上げて勢いをつけ…
「……えいっ」
直哉の頭に手刀を振り落とした。
「…って!…え、あれ?」
対する直哉は突然のことに戸惑い、オロオロとしだす。
そんな直哉を少女は見据えて、
「落ち着きなさい!まったく……初めて話す相手、しかも私は女よ?そんな剣幕では答えることもできないわ。」
といい、呆れたように溜息をつく。
「あっ…ごめん…。」
少女に叱咤されて直哉は落ち着きを取り戻し、自分のしたことを反省して素直に謝る。
そんな直哉の様子を見て少女は微笑むと、すっと片手を差し出して、
「私の名前は楠茉莉。明日からこの学校に通うことになってるの、よろしく。」
と、自分の名前を教えてくれた。
一瞬迷ったが、少女の手を握り直哉も自己紹介をする。
「小鳥遊直哉、この学校に通っています……。その…昨日も僕達、あったよね?」
昨日のことを思いだしながら、少女に尋ねる。
「それ、ナンパに聞こえるわよ?」
直哉の質問に、少女は口元に手をあててクスクスと笑う。
『あれ?違ったか』と直哉は焦った。
そんな直哉を見て少女は、
「冗談よ。貴方は見てると面白いわね?」
と言い、またクスクスと笑う。
直哉は安堵して、やっぱり昨日の少女なんだと知り、なぜだか分からないけど嬉しくなった。
「とりあえず、そろそろ手を離してくれないかしら?」
直哉は言われてから自分がまだ手を握っていることに気付いて、急いで離す。
少女の手を離す時に、何故か少し惜しいと直哉は思った。
そんな直哉の気持ちを知ってか知らずしてか少女は、
「目が覚めていきなり目の前の女の子に質問攻めだなんて、随分と手が早いのね……おサボりさん?」
冗談めかしてそう言う。
少女にそう言われてから直哉は自分が午後の授業にでていないことに、いまさらながら気付く。
やってしまったなと直哉は頭を抱えるが、それと同時に赤の他人に手刀をいきなり加えてくる彼女も、違った意味で手が早いと直哉は思った。
「まあ貴方のことだから、別に私には関係ないのだけれどね?」
少女はそう言うと側の木によりかかり、腰を下ろした。
だんだんと落ち着いてきた直哉は、そんな少女に改めて質問の続きをする。
「なぜ君はこんなところに来たんだ?校内見学ならここまでは来ないだろ?」
そう、この少女は学校に慣れるために校内を見て回っていたはずなのだ。
こんな外れまでくる必要はない。
直哉の質問にう〜ん…と彼女は少し考えると、
「こんなにも自然があるのに、あんな校内にいたって気持ち良いとは思わないでしょ?それに、もう校内は一通り見て回ったしね。」
と、笑ってそう答えてくれた。
なるほど一理あると納得して、次の質問へ。
「どうして君は僕の側にいてくれたんだ?」
少女は眠った見ず知らずの自分の側に、こんな遅くまでいてくれた。
無論、普通はそんなことは無いはずだと直哉は思う。
「さっきも言ったけど、みっともなく泣いている男の子をほっといたら可哀相でしょ?」
泣いている所を見られたことを思いだし、また赤面しながらも納得のいかない直哉は少女に問い返す。
「でもそれなら誰かを呼ぶなりして、君は残る必要は無いはずだろ。
それにさっき君は僕を『支えてあげる』と言った。見ず知らずの僕になんでそんなことを言ったのか、それが知りたい」
確かに少女は口にした、直哉に対して『支えてあげるから』と…。
言われた時は嬉しく思ったが、冷静に考えてみるとおかしい。
直哉は少女の目を真っ直ぐに見つめる。
少女はしばらく黙り込み、なにかを思うようなそぶりをした後、口を開いた。
「私は……私は貴方のためにこの学校に来た、貴方を支えてあげるために来たの。」
そういった少女は、真剣な眼差しで直哉を見つめてくる。
そんな真剣な少女に直哉は一瞬見とれた。
そして少女のいった言葉の意味を考え戸惑う。
「えっ……それってどういう…」
そんな直哉を見て、とても悲しそうな顔をすると少女は立ち上がり、
「ごめんなさい、これ以上のことはまだ話せないの……。」
そういうとその場を立ち去ろうとする。
去り行く少女の後ろ姿を見ると、直哉にとても大きな寂しさが襲い掛かってきた。
独りになるのは嫌だという恐怖が生まれる。
少女がいなくなるにつれて、自分が自分でなくなっていく。
つらい、もう独りでは歩けない……側にいてほしい。
その気持ちに気付き、驚きつつも直哉は思う。
『彼女なら僕を支えてくれる……』
なんの根拠もない、今日話したばかりの彼女になぜそう思ったのかさえ分からない。
だけどあの時の支えてくれるという一言に、自分は一瞬でも安堵した。
たったそれだけでも直哉は確信を持てる、自分は彼女に側にいてほしいんだと。
今になって気づく、自分は彼女に一目惚れをしたのだと。
だから直哉は覚悟を決めた。
「待って!!」
去り行く少女に直哉は声をかける。
「えっ?」
突然呼び止められ、驚いたという様子で少女は振り向いた。
直哉は自分でもなぜこんなにも積極的なのかと驚くが、なぜか自然に言葉はでていた。
少女の目を真っ直ぐに見つめ、ハッキリと伝える。
「僕と……僕と付き合って下さい。」
突然の告白に少女は驚いている。
しかし直哉は揺るがずにしっかりと思いを伝える。
「僕は…貴方に側にいてほしい。」
すでに日は暮れて、月明かりが二人を照らしていた。
なんというぐだくだ感… あー!!自分にイライラする!!