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第47話 僕が見過ごしていた“嘘”



 結局、僕と古川で交わした絶交の約束を陽子に伝えることはできなかった。いや……伝えることができなかったというより、僕自身、()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから目先に控えている“終わり”が怖くて、一生懸命に喋って現実に蓋をしようとした。


 こんなはずではなかったのだ。そもそも僕は約束を守るつもりだったし、覚悟はとっくのとうにできていた。絶交の約束があったから僕は割り切って陽子のことも古川のことも考えられたわけで、自分の心に従って行動できたわけだ。


 それなのに今日になって僕は、これで終わってしまって本当にいいんだろうかと思ってしまった。こんなのルール違反じゃないかって、もしかしたら、いやきっと古川ならそうやって言うだろう。


 ……でも。


 ――成瀬、ごめんね。


 古川は、服を脱ぎはじめる前、何故僕に謝ったんだろうか。

 そもそも何故相沢の言うことを、あんなに嫌な思いをしてまでも従順に聞いていたんだろうか。


 いくら僕のことをボコボコに殴るって言ったって、彼女には、ユイのように相沢の味方でいる選択肢を取れたはずだ。何せ、僕との仲は今日で終わりを迎えるのだから。


 時計を見る。

 日付けが変わるまであと15分ほどだった。


 僕の飲んだ薬が今日で切れる。

 古川の飲んだ薬も今日で切れる。


 僕にとっては思いがけないラストスパートだった。

 薬が切れたあとの世界を怖がるあまり、今すらも生きられなくなっていたところに、彼女は“その未来を捨てる”という選択肢を与えてくれた。結果は大成功で、僕は恐らく人生のなかで最も素直な数日間を送ることができたのだ。


 しかし、つまり、それはお互いにお互いとの未来を捨てる、という条件の下で成り立っていた関係性ということになる。だから条件通りに、僕も古川もきれいさっぱり絶交をするべきなんだろう。


 だが……正直に思う。


 未来を捨てることを止めた途端、つまり僕がこれからも古川と一緒にいたいと願った瞬間から、果たして僕は元通りになってしまうんだろうか。未来を急に恐れはじめ、彼女のことを嫌い、そして遠ざけたりするんだろうか。


 僕にとっての彼女は、そんなにも信用できない人間なのだろうか。


 彼女はそんなにも信用ができない人物なのか?


 思考の回転は止まることを知らずに回り続けて、あっという間に0時を回って日付けが切り替わった。陽子を思い浮かべてみたけれども、際立った心境の変化は感じられない。今この時点で薬の効果が切れているのか、今日寝て明日の朝に効果が切れているのか、どちらなのか分からなかった。


 もしかしたら今、古川も僕のことを思い浮かべているのかもしれない……と考えて、誰が聞いている訳でもないのに恥ずかしくなった。


 ため息をつく。

 ……やっぱり僕は約束通りでもう彼女に関わらないべきなんだろうか。


「どうしようか……」


 久しぶりに引き出しを開けて、穴の開いた包装ケースを手に取ってみる。


 今考えてみても、やっぱり好き薬と忘れ薬を間違えるなんて馬鹿なんだよなあ。薬を飲んだあとの後悔は今でもはっきりと覚えてる。その人のことを好きな気持ちが、自分のなかからみるみるうちに消滅してしまうことはなんて恐ろしいんだろうと思ったんだ。


 彼女に会うことが怖くて、それでドキドキしながら学校に行ったら、そこにはいつもの古川が居ていつもの自分が居たんだ。なんだ消えてないじゃないかって、むしろ今が一番好きなんじゃないかって。


 それで、まさか陽子のことまで好きになっちゃって。


「……ん」


 ……なにかが引っ掛かった。

 僕はもう一度呟いてみる。


 まさか陽子のことまで好きになっちゃって――と。


 なにかとんでもない過ちをしているような気がしはじめていた。


 古川を好きになった、そして好き薬を飲んだ。次の日にドキドキしながら選択授業に行ったのだが別に僕は古川のことを好きなままだった。それから少しして実は好き薬を飲んでいたことに気付いた。陽子のことを好きになっていた。


 引っ掛かりは大きくなるばかりだった。


 破れている包装ケースを音のしない部屋で見つめる。何かそこにヒントでもありそうな気がしたのだが何も出てくることはなく、僕の思考はぐるぐる回りつづける。

 ……古川を好きになった、そして好き薬を飲んだ。次の日にドキドキしながら選択授業に行ったのだが別に僕は古川のことを好きなままだった。それから少しして……といった具合に。


 でも、何週目かでようやく違和感に実体が伴ってきた。


 “次の日にドキドキしながら選択授業に行った”僕は、変わらず古川に恋をしていた。だからそんな自分に落胆をして、古川に冷たく当たったのだ。

「こないだ話した漫画の件」といって彼女はおすすめの漫画を渡してきたけれど、僕はそれを拒否した。机に突っ伏しながら顔も見ずにだ。せめてもの抵抗だった。




 そうだ……それが、好き薬を飲んでしまった次の日だった。

 そうだった、それが好き薬を飲んだ次の日なんだ。

 僕がこれまで見過ごしていた“嘘”は、思っていたよりもずっとずっとシンプルなものだった。




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