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第45話 服を脱げよ



「……何してんだよ、来んなよ」


「おい心配してきてくれたんだぞ」


 相沢はそういって笑っていた。


「ねえ、やめて。踏まないで」


 僕に駆け寄ろうとする古川を相沢が制止する。


 なんでそんな顔してんだよ。そんな泣きそうな、この世の終わりみたいな顔して。


 相沢が華奢な彼女の手首を掴みながらいった。


「愛莉、まあ落ち着けって。ちょっと話でもしようぜ」


「あんたと話すことなんてない。成瀬を放してよ」


「嫌だよ」


 ニヤニヤ笑う相沢。手を振りほどこうとする古川だけど当然敵わない。


 力って残酷だ。なんで生まれながらに力の強さが違うんだろう。きっとこれが逆だったら相沢はこんなことをしないはずだし、こんなことは起きていなかったと思う。力のある人間なんて地球から消えてしまえばいいのに。


「愛莉、お前この男のこと好きなんだろ?」


「だったらなんだっていうの」


「ったくノコノコ出てきやがって」


 相沢が平手で古川を引っ叩いて、きゃ――と小さな悲鳴が彼女の小さな体から飛び出した。


「なにすんだよやめろよぉ!」


「お前はうるせえよ」


 だるま男に後頭部をこぶしで殴られるが、痛みはその何十倍もの怒りでかき消されていた。「古川に手出すな!」頭のなかが真っ白になっていた。「それ以上やったら許さないぞ!」


 相沢はそんな僕を指差していった。


「ほら、あいつお前のためにあんな一生懸命になってんだよ。な、お前が来るっていうからあんな顔じゅうボコボコになってんの」


 古川は風で煽られたように髪を乱して、僕のほうを怯えたような目で見た。


「ちがう」


「何が、何が違うの……?」


 古川の声は聞いたことがないぐらい弱っていた。


「ハイッ、ということでね、俺も鬼じゃあないからさ、可愛い愛莉に条件をプレゼントしようと思って」


「条件……」


 信じるに値しない人物であることは明白なのに、この期に及んで彼の言うことに期待してしまっている自分がいる。とにかく彼女さえこの場所から逃がせられれば……それだけを望んで藁にもすがる思いで彼の言葉を待っていた。


 相沢は僕のところに来て、髪の毛を掴み上げた。


「やめてってば」古川が怒って、彼はそれにこう返す。「ヤッパこいつにもう暴力振るってほしくないよね?」


 彼女は「そんなの当たり前でしょ」と言った。彼は「だよね」といって髪の毛から手を離した。


「じゃあ、こいつにはもう暴力しないから言うこと聞いてくれるか?」


「……聞くよ聞くからもうやめてよ」


「そうだなあ……」


 相沢は少し間を作ってから、にやっと笑った。


「まずは金かな。一万円、あったらよこせ」


「そんなの……」


 その瞬間、僕は顔を蹴り上げられた。一瞬視界が飛んで真っ白になった。古川の悲鳴が聞こえた気がした。


 ……つまり、言うことを聞かなかったらこういった具合で暴力をふるうということか。


「……言うこと聞かないの?」


「……分かったよ、分かったから……」


 古川は渋々肩にかけたままのトートバッグから財布を出して、そこからお札を抜き取って相沢に渡した。


「やめろ」とか「僕はいいから」とか僕が何度叫んでも、透明人間になったかのように、誰ひとり耳を貸すそぶりがなかった。


「じゃあ次は……そうだな……」


「待ってよ、一体何個いうこと聞けばいいわけ」


「あ? いっこで終わりなんて俺言ってねーよ?」


「どうして、どうしてこんなことするの」


 相沢はニヤニヤしながら言う。


「それは簡単だよ。お前らこっちが大人しくしてたらいい気になって調子に乗ったじゃん」


「私たちの何が調子に乗っていたって言うの」


「成瀬ぇ、お前に言ったよな? 愛莉に手出したら殺すって。あとあのイモ女も愛莉から手を引けとか言ったくせに急にバックレ始めるし、全体的にテメーら3人舐めてんだわ。こちとらそんな甘かねーんだ」


「……仕返しってことなの?」


 相沢は頬杖のように手をあてて言った。


「うんたぶん。まあそれと、やっぱり狙った獲物は手に入れたいじゃん?」


「……こ、こんなの卑怯じゃん! 私もう何も――」


 また相沢は僕の顔を蹴り上げ、さっきよりもずいぶん力が強くて首が取れそうになった。本当にこれは死ぬやつだ。


「わかった、わかったから……お願いだからもう暴力しないで……」


「そうだなあ……じゃあ、脱げよ」


 心臓が止まりそうになる。


 僕は怒鳴り飛ばした。


「ざけんなよてっめえら! やめろよお!」


「だからうるせえって」


 うしろからまた後頭部を殴られるが、そんなことじゃあ止まらないし止められる訳がない。


 狙った獲物? ふざけるな。


 なんとしてでもそれだけはやめさせなければならないから「古川もやるなよそんなことお! もういいから! 全然痛くもなんともないから!」僕は力の限り叫んだ。


「……成瀬」


 この幾らかの時間で急に老け込んだような、古川の歪んだ顔が僕を見る、それから表情が崩れて細くなった目から涙が溢れでる。


「どうすんだよオマエ」


「……成瀬、ごめんね」


 ごめんねの意味を僕が理解するよりも先に、彼女はストライプ柄のシャツのボタンに手をかけた。針が貫通したような痛みが胸を突き抜ける。


「やめろ古川あ! マジでやめろ!」


 歯が折れそうな程食いしばって、這い出ようと身をよじる。


 押さえつけられながら殴られながら、なんとか起き上がろうと床と喧嘩する。でもやっぱり、右腕がしっかり取り上げられているなかで片腕だけでだるま男から抜け出すには、圧倒的に力が不足していた。


 古川の、第二ボタンが空いた。思わず叫びそうになる。


 その瞬間、不意に僕はズボンのポケットにある、異物の感触に気が付いた。

 

 さっき家に取りに帰った護身用のカッター。

 瞬間、鳥肌が全身を襲い掛かった。


 幸いにも左のポケットにあったそれを、僕はポケットの中で捕まえる。

 窮屈に背中を振り返ってみるが、だるま男の意識は胸元のボタンを外そうとする古川のほうへ向いていた。時が止まっているような感覚のなか、僕は手探りでカチカチと刃を出して、逆手に持ち替える。


 迷いはない。狙いを定めて、ひと思いに振り下ろした。

 柔らかいのに鈍い、そんな衝撃が手のひらに走った。


「うわあああ!」だるま男が悲鳴を上げて腰を浮かす。僕はその隙に力づくで立ち上がった。相沢は訳が分かっていない顔をしている。


 息をつく間もなく僕は、相沢目がけて走った。そして唖然としたままの顔にカッターナイフを振り落とす――。




いつも読んで頂きありがとうございます。




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いつも読者様の存在が執筆の励みになってます。これからもよろしくお願いします!



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